9
「どうした柚?」
柚の様子がおかしいことを察して、蟻広が声をかける。
「いいや。何でも」
柚は変装している真達から視線を外した。
(来ているな。しかし気付かなかった事にしておけば、危険に巻き込まれずに済む)
そう判断して、柚は報告しなかった。
「気付かれなかった?」
熱次郎が柚の後ろ姿を見て呟く。
「いや……柚姉、絶対こっちに気付いていたと思うぜィ」
「気付かなかった振りをしただけで、いきなり仕掛けてくるとか、報告するとか、そういう可能性も考慮した方がいいですね~」
みどりと男治が言った。
「いきなり危険性が跳ね上がったが、計画はこのまま続行するぞ。後戻り出来るわけもないし」
「ふわぁ~、それってあまりよくない方策だよォ~。地獄に続く大穴に全員で突進する構図になりかねないんだよね。ま、真兄はそれが平常運転だから、みどりは驚かないけどさァ」
真の方針を聞いて、苦笑いを浮かべるみどり。
「このまましばらく待機ですか~?」
男治が尋ねる。
「そうなる。伽耶、麻耶、美香、綾音は面倒だが、この調子で、少しずつ連れてきてくれ」
「承知しました」
「了解」
「往復作業、確かにしんどい」
「見返りも期待せず馬車馬のように働く愛の奴隷」
真に指示を出され、それぞれが答える。
綾音達が球場の外へと去る。
「みどり、ガオケレナに念話で接触できるか?」
「ふえぇ~……そいつはやめた方がいいよぉ~。ガオケレナの方からはともかく、こっちから何か反応与えると、純姉に悟られる可能性あるぜィ」
真の要求に、みどりは難色を示した。
「たは~、常にガオレケレナの状態をチェックしている術師か能力者も、いるかもですものね~」
男治も否定的な見解を示した。
「あれを見てみろ。大木の下。当然のようにモニタリングされている」
熱次郎が指した場所には、多くの白衣のスタッフが集まり、接地された機材をチェックしていた。
「僕達がガオレケレナと接触した際には、あんな機材置いてなかったな」
と、真。
「向こうからの接触があった際に、ここの人達に知られちゃうとかはないのー?」
「有り得るけど、ガオケレナもその辺は警戒している……と思いたいよね。相手は人間じゃないから、常識的な思考を期待するのも危険かもだわさ」
ツグミが口にした疑問に対し、みどりが答える。
「この間の接触具合からすると、十分思慮深いと感じたけど」
熱次郎が言った。
「で、今から薬品を打ち込んでいいのか?」
「いいと思うぜィ。でももっとガオケレナに接近しないとさァ」
真の確認に対し、みどりが言った。
「それもまたリスキーだな。伽耶と麻耶がいる間にやっておくべきだった。しくじった」
後悔してうなだれる自分の姿を思い浮かべる真。
「過ぎたこと言ってもしゃーないのだー。頑張ってミッション達成させよー」
ツグミが明るい声で促す。
「先程の四名が戻ってきてから、力を借りるのはどうです~?」
男治が意見する。
「慎重にいくならその方がいい。でもその分、あいつらの負担が増えるし、兵の輸送も薬品の投与も時間がかかってしまう。どっちを取るべきかな」
思案する真。
「今やるか」
思案は数秒で終わった。
「慎重に近づこう。怪しまれて声をかけられたら、木を近くで見たくて近づいただけだと言い訳しよう」
「おお、ナイスアイディア」
「全然ナイスじゃないだろ。真らしい適当な言い訳だ」
「ふわ~、同感」
真の案を聞いて、ツグミは表情を輝かせたが、熱次郎とみどりは顔を曇らせて居た。
五人で合体木に接近する。魔術の変装効果だけは、術をかけた伽耶が離れてもなお残っている。しかしそれ以外の術の効果は切れている。
「面倒な奴がいる」
真が警戒を促す。
合体木の近くに、霧崎とワグナーとネコミミー博士の姿があった。
***
伽耶、麻耶、美香、綾音は無事褥通りへと帰還した。
次は来夢、克彦、エンジェル、怜奈、マリエのプルトニウム・ダンディーの面々に、鳥山正美を加えた五名を連れて行く事になった。
「一度に十人も平気か!?」
美香が案ずる。
「十一人の天使ではないのか?」
「綾音さんに術はかけないので勘定に入れてない!」
エンジェルの言葉に対して叫ぶ美香。
「こちらはぎりぎりって所」
「美香は平気?」
伽耶と麻耶が言う。
「こちらもぎりぎりだが……次は少し減らした方がいいと思う!」
「それなら今減らした方がいいだろうさ」
美香の言葉を聞いて、マリエが主張した。
「私女だけど言わせて。私もマリエさんに賛成。無理してそれで失敗とか目も当てられない。全部台無しになるし、慎重にいかないと」
「しかし回数を重ねれば、疲労もかさみ、危険度も増すという側面もある! どちらが正解かはわからないな!」
「どっちのぜんまいを巻くか、悩みどころだね」
正美、美香、来夢がそれぞれ言った。
「今天使の天啓があった。このまま全員で行く方が吉だと」
「面倒だからそーしましょー」
エンジェルの発言に怜奈が同意する。
「私が三人の術の力を増幅しますよ」
そう申し出たのは黒柿島出身の妖である綿禍だ。
「そんなことが出来るのか! 助かる!」
綿禍の方を向いて明るい顔で礼を述べる美香。
「オリジナル~、あたし達は~? 暇ー」
「まだだ! 順番だ! 大人しく待機してろ!」
二号がダルそうな声をあげ、美香が怒鳴る。
「ミルク達が遅れておるのー」
「時間にルーズな糞猫なんてどうでもいいっス」
チロンが言うと、史愉が悪態をつく。
「姫、黒柿島勢は一人を残して皆死んだらしいぜ」
鬼の血脈である木島一族の枝野幹太郎が、綿禍を見て囁く。
「気の毒な事よ。然れど我等は断じて滅ぶまじく心がけん」
木島一族の当主である木島樹が静かに気合いをいれる。
「デビルに殺されそうだ。私や姫の能力まで使っていたそうだぞ。能力コピーとは安易なものよ。これだから最近の若いのは……」
林沢森造がぼやく。
十一人で移動し、第二陣が球場へと向かう。
球場の近くに来た所で、累、純子と遭遇した。全員に緊張が走る。
(よりによってここで純子が現れるなんて!)
(うわー……酷い展開になったもんだなあ)
(運命の神様の魔が差した? 悪戯のぜんまいを巻いた?)
美香、克彦、来夢が声に出さずに呟く。
「どこに行っていたんです? 綾音。いえ……何をしているんです?」
累が不審な顔になって声をかける。
「オキアミの反逆経由で、サイキック・オフェンダーの増員と案内を任された所です」
綾音がポーカーフェイスで告げる。
(これ……誤魔化せられる相手じゃないような……)
克彦が思う。伽耶と麻耶と美香の三人がかりとはいっても、純子と累の目を欺けられるとは、到底思えない。
***
霧崎とワグナーとネコミミー博士の目を盗みながら、真達はガオケレナに近付く。
「これ以上は難しいな。横に回り込もう」
真が言い、側面に回り込んだが、そこも木の根本には研究員が大勢たむろしていた。
「接近は無理だろ」
「ですね~。白衣の研究者ばかりですし、私達が近づいたら怪しまれますよ」
熱次郎が言い、男治も同意する。
「念動力で薬品打ち込むとか、熱次郎の触手で打ち込むのはどうだろう?」
「駄目だって。念動力は悟られるよォ~」
真が提案するも、みどりが即却下した。
「俺の触手か……サポートが欲しいな。真、見つかった際の対処も考えてくれよ」
熱次郎は却下せずに努力してみる構えを見せる。
「わかった。みどり、ツグミ、男治、向こうが気付きそうだったら、あるいは何かあったら、軽くでいい。注意を逸らすような行動をしてくれ」
真が指示を出す。
「オッケイ、真兄」
「がってんだー……いや、でも何をすればいいかまで私が考えるの? 私頭悪いのにー」
みどりが頷き、ツグミが小首を傾げる。
「三人同時に気を引くんですか~? それはそれでまた問題な気もします」
「だね。あたし一人で十分だべー」
男治の意見にみどりが同意し、もしもの時に気を惹く役目は緑一人という事になった。
熱次郎が触手に薬品を持たせて、地面の中を移動させる。
「触手って穴掘っているんですか?」
「いや、物質を透過して移動できる」
「君から生えているわけでもないんですよね~?」
「ああ、触手だけが独立して動いている感じだな」
男治の質問に答える熱次郎。
「つまり触手に持たせたものは、カシムみたいに透過できるのか」
「ある程度はな……。小さいものに限るよ」
真の言葉に対し、熱次郎が頷く。
ガオケレナの根元まで到着した触手が、地面の中からガオケレナの根に、注射器の針を刺して、薬品を投与する。
「上手くいったぞ……」
緊張の面持ちで口元に微笑を浮かべ、熱次郎が報告した。
「よっしゃ」
ツグミが拳を握りしめ、熱次郎の肩に手を置く。
「よくやった。でもこの先もずっと大変だ。少しずつ人員を送り込んで、この場を占拠、その後は防衛し続けなければならない」
「ずっと綱渡りだね~。そしてワンミスでも台無しになっちゃうなんて、鬼畜ハードだあ。寿命縮む~」
真とツグミが言う。
「ツグミはそのうち不老化処理してもらおう」
「ええっ、何で~?」
真の言葉に驚くツグミ。
「その方が都合がいい」
「それ、真兄にとっての都合のよさだよねえ……」
「ツグミは永久に真のパシリにされるわけか。おそらく伽耶と麻耶も一緒に」
真の意図を汲み取り、呆れるみどりと熱次郎。
「永久パシリっ。永遠に魂が解放されない奴隷っ」
「可哀想にな」
ムンクの叫びのポーズを取るツグミを見て、熱次郎が笑う。
「他人事じゃねーべ、熱次郎もだわさ」
「ええ~……」
みどりの言葉を聞き、熱次郎が嫌そうな顔になった。




