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安楽市民球場周辺では、スノーフレーク・ソサエティーの精鋭戦闘員と、転烙ガーディアンのサイキック・オフェンダーによる激しい戦闘が行われていた。
通行人は来ないように排除してある。車も通らない。おそらく巻き添えは出ないはずだ。
大人数による衝突にも関わらず、互いに死者や戦闘不能者の数は少ない。付近の建物をカバーして、ちまちまと遠距離攻撃を撃ち合っているせいだ。
「手強いな。ヨブの報酬を仕留めた時よりもずっと手強いな」
「敵の数が多いじゃん。質はこっちの方が上だけど」
「互いに防御重視の戦闘だからなー。一気呵成に攻め込もうとせず、慎重になりすぎているぜ」
「俺の仮想霊もすぐに打ち消されちゃって、無駄に消耗しちゃった感じだ」
政馬、季里江、ジュデッカ、雅紀がそれぞれ言う。
「もうちょっと温存していたかったけど、切り札を出そうか。ジョーカーを切ろうか」
「応、連れてくるわ」
政馬に促され、ジュデッカが移動する。
やがてジュデッカが一人の白人少年を連れて戻ってきた。頭の所々が禿げ、右目が無い少年だ。
この少年の名はティム・フォモール。スノーフレーク・ソサエティーのジョーカーとされている存在だ。
「カシムが死んじゃったなんて、哀しいヨ……。仇は討つカラ」
「あのね、ティム。仇は討たなくていいし、仇は討てないんだ。殺した奴は殺されているからね」
ティムの言葉を聞き、政馬が苦笑気味に告げた。
「今更だけどさ、ガオケレナの乗っ取り、本当にうまくいくん?」
季里江が疑問を口にする。
「やってみねーとわからねーけど、試してみる価値はあるさ」
「ボクとジュデッカで頑張ってみるヨ。安心しテ」
ジュデッカが言い、ティムが笑顔で主張する。
「ティム、昔に比べると明るい性格になった? 政馬とジュデッカと……カシムにしか心開いてない感あったのに、今、あたしとも喋ってくれたし」
「ボクも悟ったカラ。いつまでも殻に籠っているのはよくナイ」
不思議がる季里江に、ティムは笑顔のまま言った。
「ただ、ガオケレナの乗っ取りには、俺の持てる力全て使い切る必要があるぜ」
と、ジュデッカ。
「じゃあティムとジュデッカは温存? この二人の力抜きで球場に突入するのは難しくない?」
「いや。ティムの力は絶対必要。ティムのキコルは、突破の鍵でもある。今だってそのためにここに連れてきたんだし」
雅紀の問いに、政馬が答えた。
「途中までは戦うさ。ただ、ティムが殺されないようにしっかり護ってくれよ。俺はいい。自分の身は自分で護るからよ」
ジュデッカが不敵に微笑みながら告げる。
「じゃあティム、よろしく」
「わかったヨ。来て、キコル」
ティムが能力を発動させ、十字路の真ん中に巨大な物体が出現した。
手足が付け根から無くて胴体と頭部だけしかない、醜悪な山羊頭の巨人が、横向きに寝そべっている。
「きゃああぁっ!」
「何ぞごれぇぇぅうえぅえぇ!?」
「溶けてい……やめ……」
あちこちから悲鳴があがる。球場周囲に火潜んでいるサイキック・オフェンダー達が、次々と全身が赤く爛れて、赤ガム化していく。
「へへっ、壮観だな」
民家の屋根の上に昇ってその光景を確認したジュデッカが笑う。
「いつも思うよ。君が味方でよかったよって」
政馬がティムの頭を撫でて微笑みかける。ティムも政馬を見上げてにっこりと笑う。
「大分逃げたが、これで障害は無くなったようだぜ」
屋根の上から降りてきたジュデッカが報告した。
「さて、これは絶好のチャンスだ。そして多分最後のチャンスだ」
スノーフレーク・ソサエティーの仲間達を見渡し、政馬が告げる。
「一度は諦めかけた理想郷だけど、せっかくの好機だ。賭けに出る。世界を変革する砲台は利用させてもらうよ。撃ち出す砲弾は入れ替えるけどね。純粋な者だけが幸福の絶頂に浸り続ける世界を作る。不純、不潔、不浄の者はずっとずっと、永遠に、永久に、苦痛に喘ぎ、苦しみを力にして捧げ続けるんだ」
「こんなタイミングで演説するの?」
心地よさそうに語りだす政馬に、富夜が呆れて突っ込む。
「勇気は怒ると思うんだけど平気なん?」
季里江が問う。
「平気。大丈夫。問題無い。やり遂げてしまえば、世界を変えてしまえば、その後で順応してしまえば、多分勇気も忘れるし、怒りもそのうち覚めるよ」
政馬が喋りながら、大通りに視線を向けた。大勢の老若男女が現れ、攻撃してきた。
「敵兵士が増えた。キコルの力は効いてないの?」
「効いてないみたイ。おかしイナ」
物陰に隠れつつ、富夜とティムが不思議がる。
「近場に待機していた連中が出てきたな。しかし何でティムの能力が通じてないんだ?」
訝るジュデッカ。
二人の女性が、キコルに近付いていく。
「このデカブツの力かイな」
「そうみたいね。でもこれは私の力でも消せないわ」
オキアミの反逆のナンバー2である中山エカチェリーナと、ボスである渦畑陽菜が、キコルを見上げている。
「赤い塊にされテもーた奴等は治せるん?」
「やってみる」
エカチェリーナに問われ、陽菜は近くで赤ガム化している者達に近付く。するとあっさりと赤ガム化は解除され、元の人間に戻った。
「キャンセルゾーンに入れば元に戻せるみたい」
「よっしゃ、ほな片っ端から元ニ戻していき」
キコルによって赤ガム化していく味方を陽菜が解除していく。
「おいおい、キコルの力が無効化されちまってるぜ」
ジュデッカがその光景を見て舌を巻いた。
「そういう能力者がいても不思議じゃないけど、それにしてもいとも簡単に破ってくれたね」
「ううう……ボクは役立たずナノ? 哀しイヨ」
「そんなことないよ。ティムはまだまだ役に立てるから」
顔を曇らせるティムの頭を撫でる政馬。
「ティムの能力を消している奴を探して仕留めればよくない?」
「さっきの女二人が怪しいな。ふー……俺も出し惜しみしている場合じゃなさそうだ」
富夜が提案し、ジュデッカが溜息をついて槍をアポートした。
「あたしにはわかるじゃん。さっきの二人の女のうちの若い方よ。今見えなくなっているけど、正確な位置もわかる」
「よし、季里江は俺と一緒に来い」
季里江が言うと、ジュデッカが季里江の方を向いて告げた。
***
純子と霧崎と累は、球場近くのホテルの一室から、無数のホログラフィー・ディスプレイを投影し、球場周辺で繰り広げられている戦闘を見物していた。
「私の娘も来ているようだ。やれやれ」
季里江の姿を見て、渋面になって肩をすくめる霧崎。
「季里江は改造手術とかされていないんですよね?」
「生来の能力だけだよ。あれは超常の力を持つ者を探れる。どんな能力かも多少はわかる。そして純粋に自身の肉体を強化する力も身に着けている。私は改造手術することも提案したが、物凄く嫌がった。自分の力だけで成長したいとのことだ」
累が伺うと、霧崎は渋い表情のまま語る。
『改造なんかして無理矢理に進化しなくても、努力で成長する分でも強くなれる事を証明したい。そうすればこいつもそのうち改心する』
以前、真に言われた台詞を思い出す純子。
部屋の扉がノックされる。
「どーぞー」
純子が声をかけると、扉が開き、蟻広と柚が現れた。
「うちのお師匠はどこ行ったんだ? 知らないか?」
「綾音に何か用なのですか?」
蟻広が問うと、累が問い返す。
「俺は弟子だし、用があったら悪いのか? おまけに質問を質問で返す。師匠の親父といえど減点1だ」
「そういう言い方はしなくてもよいでしょう」
蟻広の口振りに、少しむっとする累。
「連絡しても応じない。居場所もわからない。何か妙な胸騒ぎがするんだ」
蟻広が不安げな表情を見せる。
「師を案ずる蟻広の気持ちを汲んであげて」
「おい、そういう言い方されるとハズいっ」
柚の台詞を聞いて蟻広が狼狽する。
(やっぱりそうなのかなあ? そんな気配はしていたし、累君も何となく気付いているようだけど)
累を一瞥して純子は疑念を抱く。
「球場とその周辺のホログラフィー・ディスプレイに、綾音ちゃんが映っていないか、私がチェックしてみるね。累君と霧崎教授は、外の援護してきてほしいなー」
「わかりました」
「承知した。あの子も来ているようだし、行ってくるか」
純子に要請され、累と霧崎は立ち上がった。




