表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
マッドサイエンティストと遊ぼう!  作者: ニー太
最終章 マッドサイエンティストをやっつけて遊ぼう
3355/3386

2

 真はずっと恐れていた。今、真の恐怖が現実となった。


 ガオケレナは種子を放出した。世界中に撒き散らされたこの種子は、全人類のDNAを書き換え、今いる者達も、これから生まれてくる者達も、全ての人間が超常の力を備えるようになる。

 しかし本当にそれが叶うか、確証は無い。少なくとも半年前は失敗している。


 純子が半年前に使わなかった駄目押しの一手。不確実を確実にするために、世界の法則そのものを書き換える究極の運命操作術『悪魔の偽証罪』。今回はそれを用いた。


 真は看護していた。ずっと看護していた。もう何年もずっと看護している事を知っていた。そういう事になっていた。


 ベッドに寝かされた少女。かつて真は彼女の真っ赤な瞳が大好きだった。美しいと思い、何度も魅せられた。しかし今はその輝きは無い。人工魔眼は破壊された。同じものは作れない。少女の光は永遠に失われた。


 少女の服を脱がし、ぼろぼろの手ぬぐいで体を拭きにかかる。


 服の下から覗くのは白き柔肌――ではない。醜く赤く爛れた肉。失ったものは視力だけではない。少女の全身は爛れていた。あのきめ細やかな綺麗な肌が、柔らかな肌が、今は見る影も無い。


「あー……うー……あぁ……」


 目を覚ました少女が掠れた呻き声を漏らしながら、真の手を払いのけようとする。


「純子、体を拭くから邪魔しないで……」


 真の喉からもひどくしわがれた声が出た。別に老いているわけではない。声帯がおかしくなっているだけだ。


 真の体も様々な変化が生じている。右足の片方が逆方向にねじれている。左手の手首から先は無かった。右目も潰れている。声もまともに出ない。


「あお……あああぁ……」


 少女は――純子は苦しげに呻くが、何がどう苦しいのか、真にはわからない。知る術は無い。もう何年も前に正気を失っていた。


「純子……」

「ああぁ……あぅ……おぉおぉ……」


 たっぷりと慈しみを込めて純子の額を撫でるが、純子は真の手を払いのけ、ベッドの上でゆっくりと藻掻き続ける。その哀れな姿を見る度に、真は涙する。そんなことが何年も続いている。


「落ち着いて……純子……」


 動きを止めようとしたが、純子の手の爪が真の頬を引っ掻く。


「うっきーっ!」


 真は気色の悪い奇声をあげて、純子を何度も殴りつける。真も精神に異常をきたしていた。すぐかっとなって、暴力に走る。この繰り返し。正気に戻って罪悪感に浸り、苦しむ。こんなことが何年も続いている。


(何年も続いている?)

 ふと真は疑問に思う。


「やめろ!」


 声に出して叫び、真は醜い自分を止めにかかる。


 悪魔の偽証罪のおぞましい代償によって、醜い運命を押し付けられた二人を、真はいつしか観測者の立場となって見ていた。


(夢だろ……。目覚めろよ。とっとと目覚めろ)


 自身に必死で訴えかけると、意識が一気に覚醒する。


 夢の内容はいつも違う。しかしこれらの悪夢は初ではない。悪魔の偽証罪がもたらす副反応という悪夢を、最近やたら見てしまう。


(何年も続いている? 夢の中とはいえ、どうしてそんな記憶がある?)


 夢の中の設定に、ふと疑問を覚える真。


(犬飼一の後期の小説は、並行世界パラレルワールドものが多かった。そして、夢は並行世界の自分を断片的に見せている点なんてものもあったな)


 真はパラレルワールドに関して検索した。裏通りのサイトと、そして超常関係のサイトを巡ってみた。


(メープル一族?)


 その中で気になったのは、パラレルワールドや異世界の存在を信じ、調査しているという一族の存在だった。

 しばらくメープル一族に関する記述を読んでいたが、サイトを閉じた。


(馬鹿らしい。何で僕はこんなこと真面目に……)


 息を吐く。混乱しているし、弱気になっていると意識する。


「最後まで……気が抜けないな」

 肉声に出して呟く。


(何か一つ見落としがあれば、間違いがあれば、足場の一つでも足りなければ、時間が足りなければ、それだけで全て台無しになる可能性がある。ここまで積み上げてきたもの、歩いてきた道のり、何もかもおじゃんになる可能性もある。悪夢が実現する可能性だってある)


 そして最後の戦いへと向かいつつある現在、凄まじい綱渡りラッシュにもなっている。ここで足を踏み外せば一巻の終わりだ。これまで散々見た悪夢が現実になる可能性も十分ありうる。


「そんなふざけた結末にはさせない」


 気合いを入れて呟いたその時だった。ふと、自分が勃起している事に気付いた。


 デビル一人倒しただけなのに、性欲がかつてないほど漲っている。


(いや、今は我慢だ。女は買わない)


 股間を押さえて深呼吸をする真。しかしそんなことで収まるわけもない。


(この滾りは全てあいつにぶつけてやればいい。全て終わらせた後で、滅茶苦茶にしてやる)


 そのためにも確実に勝利を収めなくてはならないと、改めて決意する。


『お前のその一途な所は好感持てるけど、人間多少ブレたっていいんだよ』


 ふと、サイモンの台詞が脳裏に響く。


『好きな女がいても、性欲の発散のために浮気くらいしてもいいじゃないか。あるいは、二人の女を好きになってもいいんだ。男ってのはそういう風に出来ているんだからさ』


 それを聞いて真は女を買うようになった。しかし――


(でも今だけは……とっておく)


 放出せずに溜めておくことで、自分の力に変わるような、そんな気がして。


***


 純子は累と共にホテルの一室で寄り添って座り、テレビを視ていた。


『先週の放送で、不謹慎な発言があったことをお詫びします』


 番組の冒頭でそんなテロップが流れる。


「どんな発言があったんですか?」

「んー、確かねえ、キチピョン」

「キチピョン?」

「キチガイに伏字したつもりでピョンつけたけど、結局それでもクレーム殺到したんだってさ」

「そんなことでクレーム入れる神経がわかりませんね」


 呆れて大きな吐息をつく累。


「年月が経つにつれ文明は発展して便利で豊かになる。それを見るのは楽しかったよ。でもさあ、その一方で、気色の悪い規制が次々と生まれ、息苦しくなっていくんだよね」

「わかります。昨日まで良いことが駄目だとされる。あれも駄目。これも駄目。どんどん世の中が窮屈になっていく」

「ま、私達はそんな世の中の潮流にも従わず、ずーっと好き勝手に生きてきたし、これからもそうやって生きていくけどねー」


 そう言っていつもの屈託の無い笑みを広げた純子だが、すぐにその笑みが消えた。


「シスターは……窮屈な生き方してたなあ。あっち側の人達って、あまり幸せそうには見えないんだよねえ。こんなこと、大きなお世話かもだけどさあ」


 珍しく寂しそうな顔になって語る純子。累は純子と付き合いが長いが、彼女がここまで悲哀を如実に表した事は、ほとんど見た事が無い。


「そして真面目に生き続けて……私より先に死んじゃった。いや、私の二倍くらい生きてるから、この受け取り方はおかしいか。はあ……でもさ、シスターの死がじわじわと響いてきてるね」

「殺人倶楽部と、殺人倶楽部を殺したデビルも死にましたよ」

「まあ、優ちゃん達の死も哀しいけどさ。流石に付き合いの長さが違うんで……」


 累が言うと、純子は微苦笑を零す。


「こんな世界から離れて、平和に暮らせば、知り合いの死に心痛めることも無いでしょうけど、僕達には無理ですね」

「無理だけど、真君は私にそうさせたいみたい?」

「マッドサイエンティストを辞めさせたからといって、裏通りの住人やめなくてもいいじゃないですか。普通の科学者でもいいですし」

「んー……どうやって辞めさせるつもりなんだろ。真君の目を逃れて続ける事だって出来ちゃうわけだしさあ」

「人の生き方を無理矢理変えるなんて、無理があります。しかもよりによって純子の生き方を変えるなんて……」


 累が喋りつつ、純子の方に首を傾げて寄りかかる。


「十分あり得るよ。私の人生を変えたのも、累君の人生を変えたのも、前世の真君なんだしさ」


 純子のその台詞を聞いて、累ははっとした。


「今の真と前世を比較するのはナンセンスですが……」

 累が否定しかけたが――


「同じ魂の同一人物なのに、比較するのはナンセンス? 私は大いに意味があるものだし、輪廻を経て魂の縦軸を飛び越えて私達の前に現れた真君には、その意味を持たせる力が大いにあると思うよ?」


 純子に否定し返されて、累は再度はっとした。


***


 新居は、李磊とシャルルと共に、安楽市絶好町の中枢施設の一室にいた。


「優が死んじまった……。素直で可愛い弟子だったのにな……。畜生……」

「本当可愛い子だったのにね。勿体無いなー」


 嘆く李磊の肩をシャルルが軽く叩く。


「可愛い弟子には旅をさせよって言うが、一人旅させた結果おっ死んでりゃ世話ねーし、ヤバそうな戦いだったわけだし、李磊が傍で守ってやればよかったんじゃね?」


 と、新居。


「今更だ。それに弟子っつっても、武道の弟子だからさ」


 李磊は額を押さえたままかぶりを振った。


「さあてと、これからまた会議だ。時間が限られているし、最後の作戦会議になるかな」


 新居が部屋を出る。


「いつ降ってきてもおかしくないね」

「かなり大型の台風だってな」


 シャルルと李磊が、窓から曇天を見上げて言った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ