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血まみれの真が通常空間に戻る。デビル討伐隊の面々がその姿を見て、一斉に駆け寄った。
(危なかった……。嘘鼠の魔法使い、御頭、この二人は再生能力が無いからな。この二人の状態で食らったダメージは、そのまま僕が引き継ぐし、獣之帝の再生能力は、獣之帝が食らった分しか治せないのか)
今のデビルとの戦闘で、その事実を初めて知った真である。
「デビルは?」
鈴音におぶさった状態の勇気が真っ先に尋ねた。自分の足では歩けないほど消耗している。
「確かに殺した。もう復活は出来ない。転生するまでは」
「御苦労だった」
真の答えを聞き、勇気は労う一方で疑問も抱いていた。
(あのとんでもなくしつこくしぶといデビルが……本当に死んだのか? また出てくるんじゃないかと疑ってしまうな)
だがその疑問はすぐに解消した。デビルの死体も通常空間に現れたからだ。
「確かに死んでいるね」
「ぐっぴゅー。やっっっっっとケリがついたぞー。デビルの死体はあたしが三体共全部回収するぞー。異論は許さんぞー」
政馬がデビルの死体を見下ろして言い、史愉が鼻息を荒くして言い張った。
「お姉ちゃん……私の手で仇は討てなかったけど、あいつは死んだよ」
鈴音がデビルの死体を見やり、虚しさでいっぱいの表情で呟く。
(あいつにどれだけ殺された? あいつはどれだけ悲劇をもたらした? もっと早めに殺しておけば、犠牲は少なくて済んだし、鈴音の身内が殺される事も無かったのに)
鈴音の背に身を預けたまま、勇気は悔む。
真が勇気を一瞥する。勇気の憔悴しきった青ざめた顔を見て、これは頼れないと判断する。
「伽耶、麻耶……回復を……。身体のあちこちが痛くてキツい……。骨も結構折れてるみたいだ」
「らじゃー」「あいあいさー」
「きずなおれー」「我が愛しき者を苦しめる傷よ、去ねよっ」
真が頼むと、伽耶と麻耶が即興魔術で真のダメージを回復する。
「優もカケラもカシムも修も死んだのか」
「いや……僕は生きてるんだけど……。何で死んだことになってるの? 僕ってそんなに脆弱に見えてたの?」
真の言葉を聞き、修が苦笑いを浮かべて主張する。
「お前、どうやってデビルにとどめをさしたんだ?」
ジュデッカがやってきて、不審感を丸出しにして問う。
「企業秘密」
真は答えない。
(真の秘密を知ってしまったが、たまげたな……。前世の中に、あの獣之帝がいたぞ)
ミルクは閉鎖空間の中で起こったことを、全て見ていた。真が前世の力を使うことは知っていたが、獣之帝が真の前世とまでは知らなかった。
(これなら純子にも勝てるかもしれないな……)
真を見て、ミルクは本気でそう思った。
「真先輩、おつかれさままま。いよいよ次は……」
「雪岡の前に、砲台――ガオケレナをどうにかしないとな」
労ってくるツグミに、真は声をひそめて言う。
「真先輩と雪岡先生、元の鞘に収まるといいよね」
「必ずそうする。付き合わせて悪いな」
ツグミ、伽耶、麻耶を見て、真は頭の中で微笑みかける。
「いいってことよー」
「よくないけど仕方ない」
「報われない愛の奴隷だから仕方ない」
ツグミ、伽耶、麻耶がそれぞれ答える。
「厄介なデビルは討伐できたものの、疲れたわい」
チロンが尻もちをついて扇子を仰ぐ。
「安楽市民球場に攻め込む前に休息が必要だぞー。ぐぴゅう。あたしはデビルの死体の回収が終わったらしばらく休むから、お前達は死ぬ気で働くがいいぞー」
「そうはいくか馬鹿。休憩はくれてやるが、事態の収束まで休日は無い」
史愉が言うと、勇気が釘を刺した。
「もうあたしは……ぐぴゅぴゅ……しゃーない。放っておいたら純子の思い通りになっちゃいそうだし、それは癪だから、頑張るしかないッすね」
反論しかけた史愉だが、すぐに考えを改める。
「良造さんの仇は討てたね」
修が善治の側にやってきて声をかける。
「ああ……」
うつむき加減になって消え入りそうな声を出す善治。
「そっとしておいてあげましょ」
と、ふく。
「そうしてやりてーのも山々だが、あいつらが言ってたように、まだ終わっちゃいねーからな。ま、俺達に出番あるかどうか不明だけど」
輝明が史愉と勇気の方を見て告げる。
「ふく~、頑張りましたね~。偉いですよ~。そうだ、御褒美に久しぶりにお食事に連れてってあげましょうか~」
「行かない」
ふくの側に男治がやってきて、喜悦満面で声をかけるが、ふくはすげなくそっぽを向く。
(真兄、お疲れさまままま。こっちも一応進展あったぜィ)
みどりから真の脳に直接連絡が入る。
(進展あったにして……浮かない感じだな)
みどりの声音を聞き、真が訝る。
(根人達が方針を決めてきたんだけどさ……。まあ、それ聞いてちょっとね……。主要な連中連れてきてよォ。そこで話すわ)
(わかった)
不穏な雰囲気はあったが、ここで不安がっても仕方がない。
(とうとうデビルも斃した。あとは……)
真は純子のことを意識する。
(改めて考えると……酷い話だ。千年もの間、孤独の道を歩いてきた、あいつの積み重ねを、他ならぬ僕が潰そうとしているんだから)
いずれにせよ、その後のケアは、自分がしっかりと努めるつもりでいる。
(あいつが諦めなかったように、僕も諦めないし、最後まで戦い通す。絶対に勝つ。あいつのやることを台無しにして、マッドサイエンティストもやめさせる)
それは真が何度も心の中で強く決意してきた事だ。改めてここで決意する。
(そして僕が納得する形で、ハッピーエンドに収めてやる)
***
純子は霊体が接近する気配を感じた。それが誰であるか、見なくてもわかった。
純子の前に少年の霊が浮かび上がる。純子を見て微笑んでいる。純子も自然と微笑み返す。
「デビル……今度こそ本当に死んじゃったんだね」
『そのつもりで遊んだから何も悔いは無い。いっぱい殺して楽しかった』
本当に楽しそうに言うデビル。
『真、強かった』
「真君にやられたんだ?」
『うん。君にも勝つかもね』
「あはは、俄然楽しみになってきたねえ」
純子が笑う。楽しみになってきたという言葉は、余裕ぶっているわけではない。偽らざる本心だ。
『君が焼き尽くした世界を見てみたかった。もう少し君と一緒に遊んでいたかった。でも一人で突っ走ってはしゃぎすぎた。その結果がこれ』
とはいえ、デビルに悔いは無い。やりたいようにやりつくしたのだから。
『僕のことは忘れ――』
「忘れないから。忘れるわけないし、忘却の力も私には効かないよ」
屈託の無い笑顔のまま、純子はデビルの言葉を遮り、言い切る。
『僕はもう完全に死んでるし、使いたくても使えない』
肩をすくめるデビル。何故か自分がその台詞を口にしようとした瞬間、強いデジャヴを覚えた。
「生まれ変わったらまた会いに来て。その時、敵でも味方でもいいから、会いに来て。百年後でも千年後でも、また会える時を待ってるよ」
『わかった。じゃあ……また……』
純子の元を去ろうとして、ふとデビルは思い止まる。
『でも、生まれ変わっても、きっと僕はまた悪魔だ。またいっぱい悪さするし、またいっぱい殺す。めいいっぱい悪意を撒き散らす。悲劇と惨劇を生み続ける』
「いいんじゃない? それで」
デビルの言葉に対し、純子はにっこりと笑った。
デビルはそれ以上何も言わず、純子の前から姿を消す。
『睦月の方は、お別れを言いに行かなくていいのか?』
冥界へと旅立つ間際、デビルの霊体を誘う犬飼の霊体が、声をかける。
『いい。もうそれは前に済ませたから』
爽やかな表情でデビルは答え、犬飼と二人揃って、現世を後にした。
98 悪魔と遊ぼう 終




