表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
マッドサイエンティストと遊ぼう!  作者: ニー太
98 悪魔と遊ぼう
3351/3386

38

 周囲の風景が変わる。昼間の公園から、一面短い草で覆われた夕方の丘の上になる。風が強く、雲が多い。雲の隙間から落ちかけた日が覗き、空を夕焼けに照らしている。

 空間の強烈な歪みは、まるで捕食者の顎だった。体が亜空間に引きずり込まれる事に、デビルは抗いきれなかった。


(強力な術。時間をかけて準備をしていたのか)


 目の前にいる人物を見据え、デビルは自然に喜悦を覚え、闘志が湧いてくる。


「何そのちぐはぐな格好。チンドン屋?」

「チンドン屋を実際に見たことあるのか?」


 デビルが問うと、真が問い返す。真は制服の上に、武士がつける甲冑の大袖と篭手と脛当てだけを装着し、頭には魔法使いが被る中折れとんがり帽子を被っている。左手には魔法使いが持つ渦巻き状にねじれた木の杖が携えられ、右手にはマシンピストルが握られている。背中からは虫のような翅が生えていた。

 部分的に前世の力を引き出し、戦闘態勢を取っていたわけだが、その結果、奇抜な見た目になってしまっている。


「最後に君が僕とやるつもり?」

「僕のことを随分と買ってくれているみたいだし、お前にとってもその方がいいだろう」

「そう」


 真の答えを聞いて、デビルの口元が綻ぶ。まるで自分のことを見透かしたかのようなその物言いは、普段のデビルであれば、あまりいい気はしなかったであろうが、今このタイミングでこの相手に言われると、何故か好ましく感じられる。


「思えば真と僕、色々と因縁もある」

「確かに、わりとあるな」


 因縁という言葉を聞いて、真の脳裏に嘘鼠の魔法使いの記憶が蘇る。


(嘘鼠の魔法使いも、悪魔と戦っていた事があったな。記憶を消されたのに、僕は思い出している)


 悪魔が持つ記憶の消去の力は、完璧ではなかった。いや、記憶の完全な忘却自体が無理なのだろうと察する。


「さっきも言ったけど、純子を止める可能性が一番高いのは君だ。純子も僕も君を殺したくはないけど、やっぱり殺すしかないようだ。それを承知のうえで――」

「やる前に負けることを考える馬鹿はいない」


 デビルの台詞を真が遮る。昔のプロレスラーが口にしていた台詞の改変だが、自然と真の口からついて出た。この台詞を口にしたレスラーが、アナウンサーにビンタをした場面が面白くて、何度も見直したものだ。


 真が突然横に動く。デビルは動かなかったが、デビルが殺気を放ち、能力を発動させる前兆を確かに感じた。


 それまで真がいた場所に生えていた短い草が、鋭い刃物と化して一斉に伸び上がっていた。

 真が着地した場所の草も、同様に伸びあがって、真を貫かんとする。真は翅をはためかせて飛び上がり、空中から銃を撃つ。


 デビルは銃弾を避ける。ただの銃弾なら避ける必要も無いが、そのような油断はしない。


「オーガニック・トラップ……二号の力か」


 高速で翅をはためかせてホバリングした状態で、伸びあがった草を一瞥して呟く真。


「今僕が備えているこの力。本来は君に授けられるはずだった力。純子の君へのプレゼントする予定だったものを、僕にプレゼントした」

「それはこの前も聞いたし、だから何だよ」

「何も思わないの?」


 デビルが不審と不満が混ざった口調で問いかける。


「思わないよ。何をどう思って欲しいんだよ」

「君……にぶちん? デリカシー無い?」


 真の反応にデビルは呆れる。


「お前に言われたくないし、お前にまで言われるとは思わなかった」


 誰からも同じ非難をされることに、真はうんざりしていた。真としては、これでも気遣っているつもりでいるのに。


「妬いてほしかった。調子狂う……」

「そういうことか。逆に、お前は僕に妬かないのか?」

「その気持ちが無いわけでもない。睦月も純子も君に首ったけだし。でも……抑えている。いや……だからこそ、かな? 純子の気持ちが詰まったこの力、この体、そっくり君に渡したい気分だよ」

「ちょっと気持ち悪いぞ、お前」

「ええ……? 今……凄く酷いこと言われた。悪魔も傷つくような酷い発言……」


 肩を落とすデビル。


「正直この件では君に少し腹が立っている。君は純子の気持ちを無下にした。何で拒んだの? 純子は君のことを想って、研究者としての成果全てを君に注ぎ込みたくて、人体実験を繰り返してきたのに。その成果を君に与えられなかった」

「僕には僕で意地があったからさ。でも僕は雪岡に感謝しているよ。改造手術は拒んだけど、それ以外は色んなことを教わり、面倒を見てもらった。でも改造されるのだけは嫌だった。そこまでされるのは抵抗があった」

「わからない。その結果……僕が純子の君へのプレゼントを貰ってしまった」

「お前が貰った事が、気に入らないのか?」


 真にとわれ、デビルは首を横に振る。


「力が欲しいと、純子に僕が望んだ。そうしたら真にあげる予定の力だったと言われて、感情が凄く乱れてしまったのは事実。一つの感情だけではないし、負の感情だけでもない。色々。今もわりと混乱中で整理しきれない」


 深く考えると頭の中がぐちゃぐちゃになる。だから深くは考えないというのが、デビルの本音だった。


「一つわかっていることは……まだ遊び足りない。真……僕と遊ぼう」

「ああ」


 デビルの呼びかけに、真が頷く。


「改めて、いく。死ぬ覚悟は出来た?」

「死ぬ覚悟? 何だそれは?」


 またその台詞かと、真は微苦笑を零す自分を脳内に思い浮かべる。


「それは何の役に立つ? 僕には要らないものだ。僕は絶対に生き残るからな。僕が常に殺す側だからな。そして僕の前に立った敵は、殺される運命だ。死ぬ覚悟が必要なのは、僕の敵に回った奴だけだ」

「そうか。そういう考えだからこそ、君は意思を貫き通し、全てを成し遂げられるわけだ」


 真の答えを聞いてデビルは感心し、納得する。


(サイモン、あんたは絶対死なないつもりだと言っていたのに、殺されちゃったな。とんだヘタレだ。ありがとう。あんたがヘタレを晒したおかげで、あんたの教えを受けた僕は、ますます死ねなくなった。あんたの教えが正しいと、証明し続けてやる。未来永劫、宇宙が滅びるまで、いや、滅びた後も、証明し続けてやる)


 決意を固め、真が殺気を膨らませる。


「凄い……こんなの初めて」


 真から放たれる膨大かつ凶悪な殺気を受け、デビルは笑う。


 デビルが手をかざし、白ビームを放つ。


 真が杖を振るう。光るルーン文字が踊り狂う。


 デビルから放たれた過冷却水が、真に届く前に途中で凍り付き、それ以上進まなくなる。途中で氷の塊が出来て、白ビームもどんどん凍り付き、氷の塊がデビルの手元まで迫り、デビルは白ビームを撃つのをやめた。


 ひるんだデビルに、真が銃をフルオートで撃つ。


 デビルは、今度はかわさなかった。目を凝らして真の銃を見る。

 真のマシンピストル――じゃじゃ馬ならしが消えた。消滅視線を用いたのだ。


「雪岡から貰ったお気に入りの得物だったのにな」

「それは悪いことをした。つまり善いことをした」


 真の台詞を聞き、デビルが言った次の瞬間、真の姿が変貌した。


 服装も顔も体型も、真のそれではなくなっていた。しかし魂は変わらない。


「久しぶりですね。悪魔。――と言っても、君は私を覚えていないでしょうが」


 魔法使い風の格好の長い金髪の青年――嘘鼠の魔法使いが、デビルを見て優雅に微笑む。


「理解。その姿――その力を皆に秘密にしておきたかったからか」


 デビルは真の前世の姿を見るのは、初見ではない。百合との戦いにおいて目撃している。


「千年の時を越えて再び相まみえるとは思いませんでしたよ」


 嘘鼠の魔法使いが笑顔のまま杖を振るい、呪文を唱える。


 再び光るルーン文字が杖より現れたが、今度は先程よりずっと数が多い。


 光るルーン文字はデビルの近くまでやって来た所で、急に軌道を変えて、デビルの前方の地面に直撃して消えた。


 刹那、地面から無数の太い土槍が突き出して、デビルに向かって猛烈な勢いで射出される。


「明太子シール……」


 明太子の盾で防ごうとしたデビルであったが、土槍は安々と盾を破壊し、デビルの体に次々に突き刺さっていく。


 デビルは体をゾル化させてやり過ごす。ゾル状となったデビルの体が、次々と古飛来する土槍の衝撃によって、半ば爆ぜるようにして弾け飛んでいく。


 土槍の攻撃が終わり、デビルの体は元に戻ったが、激しい違和感を覚える。


「体に土を混ぜてみました。しかも土には鉱物の毒も混ざっています。さて、どんな気分ですか?」


 にこやかに尋ねる嘘鼠の魔法使い。


「排除する……」


 体内に紛れ込んだ異物の排出は、そう難しいことではない。溶肉液などは面倒だが、土程度なら――と思っていたデビルであったが、上手くいかなかった。体内で土がデビルの体にしがみついているかのような感触だ。


「グリーンジャージの世界。植物は浄化装置」


 デビルが呟くと、足元の草が一斉に伸びて、デビルの体を貫いていく。草がデビルの体を貫く度に、デビルの体内から土が噴出されていく。


 その最中に、嘘鼠の魔法使いは次の呪文を唱えていた。


 光るルーン文字が乱舞し、またデビルに向かっていく。


 デビルは左足を強く踏んだ。全ての文字が消え、魔力がデビルに吸い込まれていく様を、嘘鼠の魔法使いは確認した。


(そんなことも出来るのですか。ああ……真の記憶にありますね。そのような能力者の記憶が)


 次に何が起こるか察知したが、遅かった。デビルが右足を踏み、吸収した力が解放され、嘘鼠の魔法使いがいる場所で爆発した。


 手応えを感じる一方、デビルは不穏な気配も感じる。邪な気が満ちている。


「はんっ、しくじりやがって。みっともねえなあ。先に俺を出せってんだ」


 嘘鼠の魔法使いに代わり、獰猛な笑みを広げた野卑な男が現れた。頭以外を甲冑で包んだ蓬髪の武者だ。


「別の前世を呼び出した?」

 武者――御頭を見てデビルが問う。


「そういうことよ。んじゃあいくぜ」

 御頭が呪文を唱える。


「悪因悪果大怨礼」


 黒い奔流が御頭より放たれる。デビルは難無く避ける。


 次の呪文をとなる御頭。

 させまいと、デビルは重力弾を放つ。


「望まれし天高気清……ぐえっ!」


 御頭の術が完成すると同時に、重力が御頭にのしかかり、御頭は倒れた。


 デビルも同時に攻撃を受けていた。デビルの周囲の空間の色が変化している。夕焼けの光が青く変わる。足元の草は黒く変化している。デビルは激しい息苦しさと重苦しさに見舞われ、立っていられなくなった。気圧と湿度を変化する術であるが、デビルにそこまでわからず、対処のしようがなかった。


(転移で逃げられれば……。でも、この空間内では転移が出来ない)


 苦しみながらも、デビルは重力弾を解かない。逆に力を入れる。根競べの格好となっている。


「や……やるじゃねえか……。大したもんだ。へっ……へへへっ……出てきてすぐだってのによう、俺はここまでだわ……。〆は任せたぜ」


 押し潰されたまま御頭が笑う。


 デビルの周囲の色が元に戻る。デビルを蝕む攻撃も解除され、体が一気に楽になる。しかしかなり体力を消耗してしまった。


 一方で、御頭は別の者へと変貌を遂げていた。凄まじい気が迸り、デビルは圧倒される。


「くぅぅぅううぅぅああぁぁあぁああぁぁあぁぁぁ!」


 長く尾を引く咆哮があがる。先程生えていた昆虫の翅が再び生え、真紅の頭髪、ピンクの肌、額から生えた角を持つ人外が現れた。獣之帝だ。


 デビルは真と百合との戦いで、この姿を見たことはあるが、戦闘力がどれほどのものかは知らない。獣之帝の姿での百合との戦闘が終わった辺りから、見物していたからだ。しかし真の前世の中で、最も強い力を持つ事は、対峙しただけで実感できる。


 肩と背中から大量の枝葉を生やすデビル。


 獣之帝は片手を上げ、天を指差す。直後、上空から雷鳴が轟く。


 葉が光り、獣之帝めがけて一斉にビームが放たれる。


「くあぁっ!」


 獣之帝が手を振り下ろし、雷が落ちた。


 デビルから放たれたビームを、飛翔して避ける獣之帝。


 直雷撃を食らい、横向きに倒れるデビル。


「くぅううぅうぅぅっ!」


 獣之帝が咆哮をあげ、立て続けに雷を降らした。雷鳴が何度も響く。何度も爆発が起こり。高電圧高電流が倒れたデビルの体を幾度も駆け抜けて、高熱が細胞を焼き続ける。


 デビルの意識は失われていたが、再生と共に意識が戻った。しかし再生しきっていない。途中で再生が止まっていた。


 獣之帝の姿が消える。真の姿に戻る。


(終わった……。もう再生できない。ゾル化しようと、復元できない。身体の力が根こそぎ……もっていかれた)


 身動きできないデビルは、その時点で敗北を受け入れる。


 気が付くと真がすぐ側に寄り、かがんでデビルを覗き込んでいる。真は体中から血を流し、呼吸も荒かった。デビルのエネルギー吸収カウンターと、重力の攻撃を受けたダメージだ。


「僕の負け。これなら……純子に勝てる……かもね」


 掠れ声で告げるデビル。


「でも……よかった。勇気に殺されるのは……真っ平御免。君でよかった」

「よくわからない理屈だな」


 デビルの言葉を聞いて訝る真。


「君は勇気と正反対」

「どこが? 何であいつと比較されるんだ」

「勇気は他人のために生きている。あのまま他人のために生き続けて、きっといつか他人のために死ぬ。君は我を通す。そのために大勢の人間も巻き込むし、何が何でも自分の信念を貫く。無理そうなことでもやり遂げる。そうやって……百合を倒した。僕は、君が百合を倒すことは、無理だと思っていた。でも君はやり遂げた」


 称賛と尊敬を込めてデビルは語る。


(確かに僕は、善意で動いているわけでもない。正義を掲げているわけでもない。ただエゴを通しているだけだ。その辺りがデビルから好意的に見られた原因なのかな?)


 デビルが自分には好意を抱いている理屈が、真にはいまいちわからないが、そう推測する。


「さっきまで……遊び足りないと思っていたのに……。今は……遊び疲れた」

「つまらなかったか?」

「いや。満足。満足したからこそ遊び疲れた。いや、逆だ。遊び疲れるほど遊んだから、満足」


 デビルが笑顔で、自分を覗き込む真を見上げる。


「真……君は僕が見た誰よりも……強くて眩しい魂を持っている」


 真に向かって憧れるかえのような眼差しを向け、デビルは話しかける。


「君なら純子を止められるし、護れる。その二つを同時に出来る君には、僕では敵わないと思った……ちょっと……悔しいけど」

「そうか」


 痛みと疲労に顔をしかめながら、真は頷いた。アドレナリンが切れてきた。


「とどめは?」

 デビルが伺う。


「僕はお前に何の恨みも無い。いや……知り合いを何人か殺されているけど、でも、それで復讐する気持ちにもなれない」

「いいから……とどめを刺して。ここで死にたい。今が……一番……死に時だ。さっきはあんなに……殺す気……満々だったのに、どうしたのさ……」

「わかった」


 真は頷き、魔法使いの杖を手に呼び出す。


「またな……って、とどめ……いらないじゃないか」


 事切れているデビルを見て、真は息を吐いて立ち上がった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ