35
鈴音の能力によって、デビルの上体が大きく弾けて破裂したが、弾けた肉片はすぐにデビルの体に戻り、復元する。
(好ましい)
人の感情を読めるデビルは、心地よさそうに目を細めた。
(僕に対する途方もなく強い怒りを持つ者が、何人もいる。好ましいし素晴らしい。その怒りを死ぬまで抱き続けて欲しい。そのためには――)
そうするための答えを、デビルは知っているし、実行するつもりでいる。復讐を果たそうとする者達を、ここで返り討ちにする事だ。
「デぇっ! ビィ! ルウゥゥゥゥ!」
カケラが憤怒の形相で咆哮をあげ、デビルに向かって猛然と駆け出す。
「嬉しい。僕を喜ばせるために怒っている。僕が君の友達を殺してあげた、その御礼なのかな?」
デビルが呟いた直後、カケラが前のめりに倒れ、そのままうつ伏せに地面に押し潰される格好となる。重力弾を食らってしまった。
「ぐぴゅぴゅぴゅ……あの馬鹿……。せっかくあたしが苦労して改造してやったのに、突っ走ったあげく簡単にやられて、ふざけんじゃないぞー。とっとと起きやがれっスー。ちゃんと実験成果見せてから死ねーっ」
突っ伏して倒れたままのカケラを見て、史愉が忌々しげに声をかける。
他の面々も戦闘に入ろうとしたが、その動きが止まった。デビル達の後方から巨大な何かが現れ、その存在に目を取られた。
「おい、あれ何だよ……」
カシムが呻く。公園に生えているどの樹木より高い怪物がゆっくりと近づいてきている。一見すると巨大昆虫に見える。手足は細長く、節がある。身体も異様に細長い。
「カマキリに似ているな。カマキリにしては細いし微妙にフォルムが違うが」
バイパーが言う。確かに顔つきも、先に鎌のようなものがある前肢も、全体的な造形も、カマキリによく似ているが、微妙に違って見える。しかし顔にはカマキリのような牙が無く、口からは細い管のようなものが伸びている。
「あれはミズカマキリよ。水生昆虫の」
と、ふく。巨大ミズカマキリは上体しか見せていないので、尾の先にある長い二本の呼吸管は確認できなかった。
「勇気、あいつら――」
デビルの周囲にいる集団を見て、鈴音がますます険悪な形相になる。見覚えのある者達がいた。民主主義をリザレクションする会の者達だ。
「生き残りか。だがあいつらだけじゃない。一般人も混じっている」
デビルが手駒にした集団を見て、勇気が言った。
『時間稼ぎはしっかりやれよ。私達が、デビルを転移させないための結界を張り終えるまでな』
ミルクが味方にだけ聞こえるよう調節した声で伝達する。
デビルが動こうとしたが、デビルのすぐ前方に、槍を構えた少年が現れた。
「接近戦は俺が引き受けた方がよさそうだ」
デビルのすぐ目の前に転移したジュデッカが不敵に笑い、槍で突きにかかる。
一応、回避行動を取るデビル。ただの物理的攻撃なら、体をもんじゃ焼きの具に変えられるために、大した影響は無く、かわす必要も無いのだが、どのような特殊能力があるかわからないので、一応は避けておく。
転移攻撃を得手とするジュデッカは、中距離での戦闘が理想だ。しかし――
(こいつは危険だわ。再生能力持ちじゃない奴が相手をすると、一瞬で殺されちまいそうだしな)
そのように判断して、身を張ってデビルの前に立つ事にした次第である。また、接近戦が苦手というわけではない。
「ごああああああぁあぁぁっ!」
潰されたと思われたカケラが、咆哮をあげながら、悪鬼の形相で立ち上がる。
カケラの表面を虹色に煌めく石が覆いだす。顔も全て石で覆われ、表情も見えなくなった。
デビルによって純子から貰った薬をうたれて怪人化した、民主主義をリザレクションする会と、その家族や友人が、一斉に動き出す。デビルが公園で適当に捕まえて薬をうたれた者達もいる。
バイパー、修、チロン、カシムの四名が前に出て、それらを迎えうつ構えを取る。勇気は最初から巨大鬼をフルサイズで出し、巨大ミズカマキリの動きを注視する。男治、鈴音、政馬、輝明、ふく、善治の六名は後方から遠距離支援に回る。
史愉と優は動こうとしなかった。戦いの趨勢を伺い、状況を見て温存しておく構えだ。ミルク、伽耶、麻耶、ツグミは、結界の作成に回っている。
この時、真の姿が無くなっていたが、多くの者は気付いていなかった。
「前衛たった四人でいけるのかよ。ああ、あの石みたいなのも入れれば五人か」
カシムがへらへらと笑いながら、獣の骨の仮面を被る。
「そこの花嫁コスプレ、びびってるなら引っ込んでてもいいんだぜ」
「じゃあ御言葉に甘えて」
バイパーがからかうと、カシムは笑いながら地面に沈んでいった。
「タブーのバイパーと肩を並べるなんて、ちょっと光栄かな。前衛だけど」
「つまんねー冗談ほざくのは、平静を装いたいからか?」
隣で木刀を構える修の言葉を聞いて、バイパーは前髪を払う。その直後、五人の怪人が、二人の前に殺到した。
バイパーと修が怪人達を攻撃しようとしたその刹那、五人のうちの三人が消し飛ぶ。後衛陣が立て続けに攻撃したのだ。
「あちゃ~……今、攻撃が四人分くらいかぶっちゃいましたよ~? 効率よろしくないオーバーキルですねー」
「ケッ、連携も糞もなく適当にやってっからだよ」
「僕はそうなりそうな気がしてたからね、やめといたけどね」
男治が苦笑いを浮かべ、輝明が吐き捨て、政馬が爽やかに笑う。
「グリーンジャージの世界。柿の沼より出ずる男」
デビルがぽつり呟くと、デビルの周囲の地面、大量の柿で覆いつくされた。
「な、何だこれ……」
デビルと近接戦闘を行っていたジュデッカが戸惑う中、何百何千という柿の中から、巨大柿を被ったような頭部の男達が飛び出てきた。
柿頭男は体表がオレンジで、股間に柿のヘタを生やし、しかもそれがくるくると回転し続けている。
「何だぁ? この大量の変態」
「カキヌマンズというらしい」
呆れるジュデッカに、デビルが答える。デビルも心なしか憮然としているようだ。二つの能力の組み合わせだが、初めて使った能力だ。
柿怪人がジュデッカに続け様に飛びかかる。
ジュデッカは相手にすることなく、デビルの後方へと転移して、槍で突く。今度はかわせなかった。
デビルの頭を槍が貫通するが、すぐに元に戻る。
「そういやこういう体だったな。水みたいな手応えだ」
呟いた直後、ジュデッカは自身の背後に殺気を感じた。
ジュデッカが振り返ると、もう一人のデビルが現れていた。
「混沌ナポリタン」
後方からナポリタンを飛ばして攻撃してくるデビルであったが、ジュデッカは連続で転移して回避する。
「そういや分裂できたんだったな。一匹でも厄介なのによ」
二人のデビルと少し距離を置いた所で、頭をかきながら面倒臭そうに言うジュデッカ。
「おい、真はどうしたんだ?」
後方から術で遠隔攻撃を行っていた輝明が、真の不在に気付いた。
「あの子達はミルクと一緒に戦線から離れてるわね。真はいなくなってる」
ふくが言う。少し離れた場所で、ミルクは猫の姿を見せていた。傍に伽耶と麻耶とツグミもいる。
「あいつらーっ、何堂々とサボってんスかーっ。いや、転移封じるための結界作るミルクはいいとして」
「ケッ、てめーもサボってんじゃねーかよ」
喚く史愉に輝明が突っ込む。
「考えがあるんでしょ。ただサボってるわけじゃなくて」
ふくが言い、前衛組の支援に戻る。
カケラとチロンと修とバイパーとカシムの五人は、デビルに改造された怪人達を切り抜け、少しずつデビルに迫る。その気になればチロンは転移で一気にデビルの元に迫れるし、カシムも地面の中を移動してデビルに接近できるが、デビルの駒を少しずつ潰していくことに力を入れていた。
「このっ!」
凡美が大きく口を開き、少しずつ迫る前衛五人にめがけて、手当たり次第にビームを連発する。
「鬱陶しいババアだ」
カシムが舌打ちして地面の中に沈む。
ビームは一発も当たらなかったが、凡美の攻撃に気を取られ、修とバイパーは殺到するデビルの手駒の攻撃を受けてしまう。修は肩に爪による斬撃を食らい、バイパーは口から吐かれたピンクの粘液を左足に浴びた。
凡美はそれを見逃さず、バイパーに狙いを定めて棘付き鉄球を放つ。
飛来する途中で棘付き鉄球は形状を変える。ブーメランのような形になり、そのうえ炎に包まれる。
「糞がっ!」
ピンクの粘液に足を絡められているバイパーは、身をかがめて炎のブーメランをかわしたが、その隙を狙って、怪人がまたピンクの粘液を吐き出してきた。今度は右腕に付着し、しかもそれが胴体と一体化する。
ますます身動きとれなくなったバイパーに向けて、別の怪人が目玉を飛ばして攻撃したが、カケラが光り輝く石つぶてを放ち、目玉を撃ち落とした。
炎のブーメランはまるで意思のある鳥のように動き、今度は修に襲いかかる。
(彼女の武器はこれとビームだけだよね。再生能力はあるのかな? まあ、試す価値はある)
修はここで切り札を使う算段を立てた。
ブーメランを木刀で打ち払い、その直後、木刀の柄を凡美に向ける。
ブーメランは飛翔を続ける。凡美のいる方へと戻っていく。
修が引き金を引いた。銃声が響く。木刀に仕込んであった銃を用いたのだ。銃口に先には凡美がいた。
「くっ……」
撃たれた右腕を押さえて、顔を歪める凡美。
「外したか」
修が眉根を寄せて呟いたその時だった。
凡美の真後ろの地面からカシムが現れ、凡美の背中から胸を鈎爪で貫いた。
カシムの仮面の上に、凡美の血が垂れる。
「へっ、楽勝。ざまみろってんだ」
カシムが小気味よさそうに笑う。
「カシム! 逃――」
政馬が顔色を変えて叫んだが、間に合わなかった。他の多くの者もそれを目撃した。しかしカシムだけには、死角になって見えていなかった。
炎のブーメランは修の木刀で打たれた後もなお飛んでいた。カシムの死角から弧を描いて飛来し、凡美を攻撃して実体化している状態のカシムの腹部に突き刺さり、カシムの全身を炎上させた。
「うぎゃあぁあぁぁあぁぁ!」
花嫁衣装が炎に包まれ、カシムが絶叫をあげる。のたうち回り、仮面が地面に落ちる。
カシムの透過の力を使えば、炎からも、刺さったブーメランからも逃れられると思われた。しかし――
「何でだ!? 何で!? ふざけんな! どうして!?」
カシムは必死に透過の力を用いて、炎から逃れようとしたし、刺さっているブーメランも抜こうとしたし、地面の中に潜って炎を消そうとしたが、いずれも出来なかった。透過の力が働かないのだ。
「ワイルド・どんでん返し・シングス……。私の鉄球が体に触れている間は、超常の力を使えなくした。私の残った命も全て使って……そういう作用を発生させたのよ……」
口から血を吐き出しながら、炎上したまま、のたうち回ることをやめて仰向けに倒れているカシムを見下ろして、凡美は笑う。
いくら後付けで色々な力を付与できる能力とはいえ、相手の力そのものを封じる事まで出来るかどうかは、凡美にもわからなかったが、最後の力を振り絞った結果、上手くいった次第である。
「糞……日本でこれ……何て言うん……だっけ? ド忘れ……した……」
カシムが火達磨のまま凡美を見上げ、掠れ声で問う。
「イタチの最期っ屁ね」
カシムに向かって凡美が教えたが、カシムには聞こえていなかった。質問した直後に絶命していた。
「ごぷ……げほっ……がふっ……」
凡美がさらに体力の血を吐き出しながら、前のめりに崩れ落ちる。
顔だけ上げてデビルを見る。二人のデビルのうちの一人が、凡美の方を見ている。
(この世界は……綺麗に飾っただけのハリボテ。一皮剥けば、そこにあるのは生ゴミ。それが世界の正体。私も、凡助も、勤一君も、生ゴミの中に巣食う蛆虫に……いじめられてきた……)
死を間際にして、凡美の中で激しい怨嗟が渦巻くと同時に、強い願いが沸き起こる。
「だからさ……焼き尽くせるものなら……焼き尽くしてよっ! デビル……! 世界を……焼き尽くし……て……」
最後の最期に力を振り絞って大声で叫ぶと、凡美はさらに大量の血を口から吐きだし、目を見開いたまま地面に顔をつけて息絶えた。




