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安楽大将の森。和洋折衷な内装の土産屋兼喫茶店『弾痕の安らぎ』にて、凡美は一人で黄昏ていた。
頭の中に、死んでしまった勤一のことが次々と思い浮かんでいく。半年間の楽しい記憶。心温まる時間。
決して自分から踏み込んでこないスタンスの勤一を見て、凡美の方から気持ちを伝えることはできなかった。深い関係にはなれなかった。だがそれでもいいと思っている。確かに互いに気持ちが繋がっていたのだから。
「きゃーっ! よっちゃーん!」
「けいちゃあーん!」
外で悲鳴が上がっている。窓の外を見ると、カップルがデビルに襲われ、怪人へと変えられている光景が映った。デビルが戦いに備えて、純子からもらった薬で手駒を増やしているのだ。
民主主義をリザレクションする会とその身内も、安楽大将の森に集結している。その中に未成年の姿が無いのは、デビルが自分を気遣ってくれたのだろうと、凡美は察した。
夢見心地で思い出を振り返っていた凡美だが、窓の外に現れた者達を見て、その表情が歪む。
「うわ……沢山来たのね」
思わず呟きながら立ち上がる。
(しかも相当な強者揃い。これはいよいよ……おしまいね。でもできるだけ多くの道連れを作ってやるから)
覚悟を決め、店の外に出る凡美。
真、ツグミ、伽耶、麻耶、勇気、鈴音、政馬、ジュデッカ、カシム、バイパー、史愉、チロン、男治、優、輝明、修、ふく、善治、カケラが姿を現す。ミルクもいるのだが、バイパーが持つバスケットの中に隠れているので見えない。
「全然少数精鋭じゃねーだろ。これ。ぞろぞろと……」
「ミサゴが何で置いてったんだって、苦情入れてるよ。少数精鋭だからなんて返信したら怒られそう」
カシムと政馬が苦笑気味に言う。
「あ、デビル発見だぞー。ぐぴゅう」
史愉が公園の芝生にいるデビルを指した。デビルも討伐隊の来訪に気付く。
「あの人達も敵だよね? 敵も数多いし丁度よかったー」
デビルの周囲に何十人もいる虚ろな顔の者達を見て、緊張感の無い声をあげるツグミ。
「確かに敵も多いな。一般人を洗脳したうえで怪人化しているのか」
「こっちの倍以上いるよ。こっちの質の方が上だと信じたいね」
「しかし見た感じ雑魚のようでいて、雑魚では無さそうだ」
勇気、政馬、ジュデッカがそれぞれ言う。
凡美がデビルの傍らに移動した所で、デビルは大きく息を吸い込んだ。
「ようこそ。いらっしゃい。世界を生ゴミのまま維持しておきたい――有象無象の諸君」
いつもの淡々とした口調で、デビルが声をかける。
「正直、僕は、君達は、要らないと思う。君達のすること、全て無意味だと思う。僕がいなくても、君達が何をしても、雪岡純子は、この生ゴミを――世界を焼き尽くす。阻めないし、変えられない。ただ一人を除いては」
喋りながらデビルが片手を上げ、討伐隊の中の一人を指した。
「真、君なら出来る。可能性があるのは君だけ。君なら純子を止められる」
真を指し、確信を込めて言い切るデビル。討伐隊の皆の視線が真に集中する。
「おいおい相沢、随分高く買われているようだが、こいつと何かあったのか?」
バイパーがからかうが、真は無言のままデビルと視線を合わせていた。
「はっ、こいつは何をエビデンスにそんなこと言ってるんだ……っていう台詞を、続け様に連発してくれちゃってるねえ」
ジュデッカが肩をすくめて冷笑を浮かべる。
「でもねでもね、凄く興味湧くね。敵である僕達をさ、否定するのはさ、なじるのもさ、わかるんだ。でもさでもさ、自分のやる事も否定しちゃってよね? 無意味だと意識して、何でその無意味なことに従事するの? 何で純子側について戦うの? ただの自己満足?」
政馬がデビルを見て尋ねる。
「そう……その通り。ただの自己満足。そしてその僕の自己満足のために君達は殺される。そのために君達の大事な仲間も殺された」
「何だと……」
デビルが憫笑を浮かべて口にした台詞に反応し、カケラが歯噛みする。
「そう……政馬が言った通り、僕が純子の側につく事も、無意味な手伝い。不要な露払い。僕の一人満足。純子にとっては無意味だけど、僕に――僕達の命と魂にとっては無意味じゃないから。悪魔はマッドサイエンティストと遊びたい。悪魔はマッドサイエンティストと友達。だから遊ぶ。そう思っていた。でも、そうじゃなかった。無意味じゃなかった。僕が無意味でなくなって、意味を与えてくれる子が、一人、そこにいる。真がいることで、僕は無意味ではなくなる。嬉しいね」
『真なら純子が斃せる根拠は何だ?』
デビルの長広舌の途切れるタイミングを待って、ミルクが尋ねた。姿は依然として見せていない。
「二人の逸材を僕は知っている」
真に視線を合わせたまま、デビルは喋る。
「この世界は生ゴミだけど、そんな生ゴミの中から、逸材が生まれることもある。誰もが不可能と思うようなことを、やってのけてしまう者が、稀に現れる。強い力を持ち、強い意思を抱き、強い運命に護られた者。それが雪岡純子。だから彼女は、世界を焼き尽くす。凡夫には止められない。でももう一人、信念を貫き通し、不可能を可能に出来る逸材を知っている。それが相沢真」
「くっだらねーぞー。腐った精神論と妄想を語る悪魔とか、滑稽だぞー」
「悪魔だから精神論は大事。悪魔はメンタルに依る生き物。そしてこれは断じて妄想じゃない」
せせら笑う史愉に、デビルが真顔で断言する。
「僕は確信している。真なら純子を止められる。だから……僕が真を止めれば、純子を止める者はいなくなり、純子は世界を焼き尽くす。僕のこの遊びは無意味ではなくなる。自己満足でもなくなる」
デビルの話を聞き、自己満足を否定して自己満足するだけではないかと、何人かは思ったが、そう思わない者もいた。
「ただの思い込み。お前がそう思いたいだけ……と言いたい所だが、確かに真なら、あのエロ女を止められそうだな。俺は適役だと思う」
勇気が腕組みして言った。デビルのこれらの言葉はデビルの思い込みに端を発しているとはいえ、全てを否定しきれるものではないと、勇気には思えた。
「同感。真はずっとそのために純子の側にいたし、ずっとそのために戦ってきたんだから。その役目に相応しいよ」
「ケッ、まるで主人公様だな。しかしまあ今回に関しては、てめーこそがその役に適しているのも確かだぜ」
修と輝明も、勇気と同様に受け取る。
「真、黙りこくってるけど……」
「きっと反応に困ってる」
伽耶と麻耶が真を見る。
「反応に困ってるわけじゃない。感心していた。驚いてもいる」
デビルを見たまま、真が言う。
「驚いて……?」「何を感心?」
「真理を見抜いていた奴が、僕以外にもいて、それがデビルだった事にな」
姉妹が尋ねると、真は珍しく微笑を浮かべて言ってのける。
「おいおい、何様なんだ? こいつは」
「大した力も無く、純子の金魚の糞の分際で、自慰期過剰もいい所だぞ」
カシムと史愉が呆れる。
(大した力はあるんだけどな)
ミルクは思う。真が如何なる力を秘めているか、つい先程真の口から聞いたばかりだ。
(何か隠し玉を隠しているのはわかるが、果たして何なのやら)
(ここまで言い切るからには、こいつは相当の力を有しているし、デビルもそれに気付いているって事か)
チロンとジュデッカが真を見て推測する。
「俺達は俺達でケリをつけるぞ。お前にはもううんざりだ」
勇気がデビルを睨み、不機嫌そうな声を発する。鈴音も険悪な形相で、冷たい殺意をデビルにぶつけている。
「君達はもう飽きたと言った。もう忘れた? ならもう一度言う。飽きたし、君達はどうでもいい」
デビルが冷めた口振りで言い、勇気と鈴音をしっしっと手で払う仕草を見せる。
「パラダイスペイン」
鈴音がカッターで己の頬をざっくりと切り、能力を発動させる。デビルの上体が弾け飛ぶ。戦いの火蓋は鈴音によって切って落とされた。




