33
一夜明けた午前九時。勇気の元に政馬から電話がかかってきた。
『勇気、今日もデビル討伐隊に僕も混ぜてよ。ジュデッカとカシムも混ぜて』
「別にいいが……あいつは掻きまわすだけ掻きまわして、いつもいつも逃げのびている。いい加減うんざりだ」
本当にうんざりした口調で言う勇気。
『こころにデビルの場所の特定を頼んだよ。前回だってデビルのいる場所占って当てたのは、こころだしね』
「便利で頼もしくて恐ろしい奴だな」
『本人曰く所詮は占いだから、当たるとは限らないと、いつもね、しょっちゅうね、言われてるけどね。実際外れたこともあるし、敵が意識して防御している時にはわからないらしいけど、それにしても当たる方が多いよ。的中率高いから頼りになるよ』
「まあ、デビルの動きはあの糞猫がマーキングしてあるから、こころが占ってくれなくてもわかるだろ」
『あのね、僕はミルクなんて信じてないんだよね。じゃあ』
勇気の口からミルクの名が出て、政馬は一転して機嫌が悪くなり、電話を切った。
「態度の悪い奴だ。会ったら罰だな」
勇気も機嫌を悪くする。
「こころは……悪い予感はしていないのかな?」
「何を言ってるんだ?」
鈴音の脈絡の無い台詞に、訝る勇気。
「私、凄く嫌な予感がする……」
「お前の予感なんてあてにならない」
「そうやっていつも私のこと馬鹿にして……。真面目な話をしている時まで馬鹿にしないでよ」
「馬鹿にしているんじゃない。不吉なこと言われていい気はしないし、真に受けたくもないんだ。俺に死相が見えるのか?」
「見えてない。でも、直前に見えることもあるし」
「ふーむ……」
不安げな鈴音を見たまま、勇気は思案する。
(そう言えば占い師のおっさんも不吉なことを言ってたな)
ふと、時計を見やる勇気。
「残りは30~42時間か……。本当に世界が変わるのか?」
ガオケレナの言葉を鵜呑みにするなら、その時間までに有効な手を打たないと、世界は再び激変するという。勇気は前回の当事者であるが、それでもいまいち現実味を覚えなかった。
「失敗しても、世界が終わるわけでもないんだよね? 混乱はあるだろうけど」
「何が言いたい?」
問う勇気だが、鈴音が何を言いたいか、実は何となく察しがついている。
「勇気が、政馬が、命懸けで阻止する価値なんてあるの?」
「今日は随分とネガティブだし、くどいな」
「ずっと疑問に思っていることだよ。何度か……勇気にも言ったよ」
鈴音が怒ったような口振りで訴える。
「勇気はいつも他人のためにばかり……自分を犠牲にしてさ。今回はそれがいつもよりキンチョだよ」
「顕著だろ。キンチョって何だよ、馬鹿鈴音。ガキンチョの亜種か」
毒づいてから、勇気は吐息をつく。
「お前の言いたいこともわかるけど、ここで動かないで、後で嫌なものを見る方が、俺にはよほど辛いんだよ」
「……」
真顔で口にした勇気の台詞に対し、鈴音は何も言えなくなった。そのことも、鈴音は承知している。わかっていてなお、感情では納得しきれない。
***
デビルと凡美は純子と同じホテルに泊まっている。
「まだ出ないの?」
凡美がデビルの部屋を訪れ、声をかける。
「作戦を練っていた」
椅子に座ったまま、凡美に目を向ける事も無く、デビルは口を開いた。
「どうも……彼等は僕の居場所を探れるみたい。前もって出現場所がわかる予知能力もある? だったら……それを逆手に取る」
「罠を張って待ち構えるつもり?」
「そういうこと。いっぱい殺せるように。少しでも戦力を削ぐために。純子の敵を少しでも排除する」
何故か嬉しそうに微笑みながら言うデビルを見て、凡美も相好を崩す。
「あなた……そんなに純子のこと好きなんだ」
「そういう方向の話を振られたくない」
凡美の台詞に、デビルはむっとした顔になった凡美を見上げる。
「ごめんね」
「そういうのはいらない。一緒にいて楽しいかどうか。犬飼だってそうだった。マッドサイエンティストが悪魔と一緒に、世界を焼き尽くす遊びを楽しむだけ」
(露悪が過ぎても痛々しい。でも、デビルからそれを取ったら何も残らないわよね。それに……)
デビルを見て、凡美は思う。
「世界を焼き尽くせって、いい響きの呪文ね」
これは凡美の本心だった。心惹かれる台詞だ。
「最高の言霊」
デビルが言い、ホログラフィー・ディスプレイに地図を投影する。安楽市絶好町が映し出されている。
「誘き寄せるのはここがいいかな」
デビルが地図の一角を指した。
「安楽大将の森。夜になると裏通りの住人がよく抗争していた、あの悪名高い公園ね」
「でもやるのは夜じゃない。今からだから」
デビルが立ち上がる。
「勤一も一緒ならよかった」
「そうね。でもきっとあっちから見守ってくれてるわ」
デビルの言葉を聞き、凡美は嬉しさと寂しさが同時に沸き起こる。
「神様は私達のような悪人を、きっと見捨ててる。その代わり、私達には悪魔がついている」
冗談のようでいて、かなり本気で、凡美はそのような台詞を口にする。
「悪魔は世界を蝕む。人の心を、命を弄ぶ。人の法にも神の法にも逆らう」
「いいわね、それ。この世界は……一見美しいこの風景は――」
窓の側に移動し、町の景色を見ながら喋る凡美。
「この世界は、綺麗に飾っただけのハリボテよ。表面だけ良く見えても、一皮剥けば、そこにあるのは腐ったゴミと糞の塊。私も、私の息子も、勤一君も、サイキック・オフェンダーになった人達も、みんなみんな、糞と生ゴミの中に巣食う蛆虫の奴等に……いじめられてきた……」
途中で悔しげな口調へと変わり、凡美はデビルの方に振り返った。
「だからさ…、焼き尽くせるものなら焼き尽くしてよ。デビル。世界を焼き尽くして」
「僕はその手伝いをするだけ。無意味な手伝い。不要な露払い。僕の一人満足。でも僕にとっては重要なこと。世界を焼き尽くすのは、純子がやってくれる」
快い笑顔で、しかし瞳に暗い輝きを宿して訴える凡美に対し、デビルは淡々と告げる。
「でも、この世界が生ゴミは言い得て妙。気にいったよ」
淡々と告げた後で、デビルは小さく微笑んだ。
***
安楽市絶好町繁華街の裏道。褥通りと呼ばれる地域がある。裏通りの住人だけが足を踏み入れる危険地帯で、店舗も裏通り向けのものばかりだ。
デビル討伐隊は、その褥通りに集結していた。真、伽耶、麻耶、ツグミの四名は、一番遅くにやってきた。すでに現地には、ミルク、バイパー、史愉、チロン、男治、勇気、鈴音、政馬、ジュデッカ、カシム、優、カケラ、輝明、修、ふく、善治がいる。
何故彼等が褥通りにいるのかと言えば、こころの占いで、デビルがこの場所に訪れるというので、待ち伏せするためにだ。
「よう」
真が勇気に向かって短く声をかける。
「応」
いつも通り短く返す勇気。
「少数精鋭じゃなかったのか? 随分大所帯じゃないか」
「俺もそう聞いたから、この人数には面食らっている」
真が問うと、勇気は眼鏡に手をかけながら渋面で答えた。
「ぐぴゅう、奴と交戦してみろっての。とんでもなくヤバい奴だぞ。確実に仕留めるにはこれくらいいた方がいいぞ」
「ケッ、この前と逆のこと言ってねーか? この眼鏡白衣は」
史愉が言うと、輝明が揶揄気味に突っ込んだ。
「おいチビハリネズミ、お前が果たして役に立つのか? 足手まといになりそうな奴は、ここで除外した方がいい」
「ケッ、何度もデビルを取り逃している腐れ無能国家元首様が、何かぬかしてるぜ?」
勇気が輝明に向かって威圧的な口調で告げると、輝明が笑いながら嫌味たっぷりに返す。
「えっとですねえ、喧嘩はやめましょうねえ。星炭流の術師――それも当主である輝明君が来たとあれば、頼もしいですよ~」
男治がなだめにかかる。
『熱次郎は?』
伽耶と麻耶が口を揃えて尋ねる。
「あいつは留守番。みどりの補佐をしてもらっている」
真が答えた。
『私と何人かは奴の転移による逃走を防ぐ役割を担ってもらうぞ。転移封じの結界を張るからな』
バイパーの持つバスケットの中のミルクが、有無を言わせぬ口調で言った。
「それ、うちのツグミに協力させてくれないか」
「え? 私が」
真がツグミを推薦し、ツグミはきょとんとした顔で己を指す。
「ミルクとツグミだけじゃなく、伽耶と麻耶も含めた四人に頼みたい」
『何か考える所があるようだが、聞かせてもらおうか』
「他には知られたくないことだ」
真がバイパーの元に近付いていき、身をかがめてバスケットに顔を寄せる。
「おいおい、ここに来て内緒話かよ」
バイパーがからかう。
「ツグミは絵の中に他者を封じる力と、絵を現実に被せる力がある。累から習ったものだが……。どちらでもいいから、その力でデビルを別の空間に一時的に閉じ込めてくれ。その空間に入れた時点で、ミルクの力で、そこから転移して逃れられないようにしてほしいんだ。伽耶と麻耶は、ツグミとミルクの力添えを頼む」
囁き声でミルクに語り掛ける真。
『デビルを閉鎖空間に送る意図を教えろ。ただ逃走を防ぐだけじゃないと見た』
「僕がその隔絶された空間の中で、デビルをやっつける。多分、僕には出来る。しかし僕の力を他に見られたくない」
『お前の力って何だ?』
「そこまで教える必要あるのか?」
『当たり前ですよヴォケガ。そこが一番肝心だろう』
ミルクに罵られ、仕方なく真は、自分のプランと秘密の能力を全て伝えた。
「……の力でやっつける。僕なら勝てると思う」
真はミルクへの印象はあまりよろしくない。ファーストコンタクトの際に悪い印象を植え付けられている。しかしわりと義理堅い一面もある事は知っていたため、全て打ち明けた。バイパーとの繋がりがあるという面でも、信じていいと思えた。
『なるほど。わかった。確かにそれは、人前で言うのは躊躇われるし……そいつを私に話したからには……うん。秘密は守ってやるです。私は口が堅いから安心しろ』
ミルクが真面目な口調で言う。
『しかし気になる発言があったな』
不審がる声を発するミルク。
『やっつける……ってのは何だ? 真、私の知るお前なら、そこで殺すと断言しそうなもんですよ。お前もしかして、デビルを殺したくないのか? 自分の持つ秘密の力を隠しておきたいという理由だけじゃなくて、負かしたうえで、デビルの命も助けようとしていないか?』
「意外と鋭いんだな」
『何が意外と、だ。そんなことしたらお前はド顰蹙どころじゃすまないぞ。デビルがどれだけPO対策機構の者を殺しているか、知っているだろう』
「わかった。ちゃんと殺すよ」
非難気味のミルクに、真は告げた。
「それと、実行するのはデビルがある程度弱ってからだ」
『お前もいい根性してやがるな。美味しい所だけ頂きですか』
「合理的だろ」
真がバスケットから顔を放して立ち上がる。
「相沢とこそこそ内緒話とは、変わった組み合わせだったな」
バイパーが垂れてきた前髪を払いつつ、おかしそうに声をかける。
『あいつはいつだって鍵を握っている。あるいは握ろうとする。だから私のような強者とも接近する。最初に会った時からそういう奴でしたよっと』
そこまで喋ってから、ミルクははっとする。
『デビルが移動している。近いぞ』
全員に聞こえる音量で、ミルクが報告する。
「こっちに来るのか?」
チロンが尋ねる。
『いや、反対方向に行っている。停まった。これは安楽大将の森ですよっと』
と、ミルク。
「褥通りに来るって話じゃなかったのか?」
「こころの占いもたまには外れるよ。でも近いからいいじゃない」
勇気が政馬の方を向いて尋ねると、政馬は微苦笑を浮かべて言った。




