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真、朱堂、勇気、ミルク、新居の五名が安楽市某所に集う。
真はガオケレナの件も、味方になってくれそうな根人を探していた事も、探し当てた事も、全て伝えた。今は根人達の作戦案がまとまるまで待っている事も。
「ガオケレナに強い力と知性が有るから、破壊は難しい。近くにいる者を問答無用で強制転移してしまった」
真が話す。
「タイムリミットは41~53時間以内。その間に、雪岡の目的に反対する根人達が集まり、作戦を組み立て、その後ようやく僕達が作戦を実行するという流れだ。どんな作戦を提示するかも全然わからない。根人任せだ」
『橋渡りなうえに、作戦内容は他人任せときたか。だが奴等の力を借りるからには仕方ないな』
納得して後ろ足で首を掻くミルク。今はバスケットから出て、自分の姿を晒している。
「光が見えてきたな。あのデカブツを破壊する方法が、そもそも見当たらなかった。ミサイルもツクヨミに撃墜されちまうし、爆弾仕掛けるのも一苦労だ」
と、新居。
「ガオケレナと根人の言葉を全て信じていいのか? 信じるにしても、全てそいつらに任せていいのか?」
勇気が疑問を口にする。
「それはよくないでしょう。他にいい手が無いのは確かですが、そこで思考停止して全部その方々に任せてしまうのは危ういと思われます」
朱堂が私見を述べ、新居を見た。
「すでに安楽市民球場襲撃部隊は組織してある。デビルは裏通りの連中は狙っていないようだし、そっち方面で組織させた。裏通りの精鋭を集めた。デビルがこいつらに目をつけたとしても、今はバラバラだから、虱潰しってのも難しいだろうよ」
朱堂の視線を受け、新居がPO対策機構の裏通り組の状況を伝えた。
「だからデビルも、ひとまとめにされている政府の子飼いや、グリムペニスの本拠地を狙っているというわけですね」
淡々とした口調で言う朱堂だが、その言葉はどことなく皮肉めいて聞こえた。
「攻め込む体制は整っている。デビル討伐隊は少数精鋭だから、本隊と別個と考えて問題無い」
新居が言い、勇気とミルクに視線を向ける。
「デビルの討伐はどうする予定なんだ?」
『位置は特定できる。さっき市民球場周辺から移動したから、すぐに向かったが、あっさりと戻れた』
新居が尋ねると、ミルクが尻尾を不機嫌そうに揺らしながら答えた。
「位置特定できる事は、大したアドバンテージになってねーな」
溜息をつく新居。
「真、お前もデビル討伐隊に加われ」
勇気が真の方を向いて要求する。
「わかった」
デビルに関しては静観していたいと思っていた真だが、機が巡ってきたかもしれないと思い、承知した。
***
始末屋組織プルトニウム・ダンディーはつい今しがた、中枢より連絡が入り、安楽市民球場襲撃部隊に加わるようにとの指令を受けた。
「美香達もこの部隊に入れられるみたいだな」
克彦が現時点での部隊編成を見て報告した。
「神の軍勢として魔界の中心へと切り込む大役だな」
煙草を吹かしながらエンジェルが言う。
「転烙市から戻って、ぜんまいが巻かれるのをずっと待っていた。やっと暴れられる?」
素っ裸でテーブルの上に腰掛けている来夢が、不敵な笑みを浮かべる。
「デビルとかいう輩がPO対策機構を滅茶苦茶にしてるっていうじゃないか。天使様の方は何やってるんだか」
マリエがエンジェルを一瞥して冗談めかす。
「自分を天使とか悪魔とか名乗るのは、中々思い切りがいる事だ。俺は馬鹿にしないよ。ただ、うちのエンジェルは向こうのデビルとでは、根本的に名乗るコンセプトが違いそうだけどね」
「ふっ、流石は我等が天使長。誰よりも俺を理解してくれている」
「そもそもエンジェルのキャラが未だによくわからないんだけどな」
来夢の言葉を聞き、エンジェルは満足げに笑い、克彦は微苦笑を浮かべる。
「中二病なのか何なのかわからないですけど、それが行き過ぎた結果がデビルなんですかねー。きゅっきゅっきゅーっとな」
怜奈が自分の頭のスペアを磨きながら言う。
「思い込みの暴走――おかしなぜんまいを巻いて魔が差すことは、俺にもあった。俺は運がよかったから、破滅の道に行かなかっただけだよ」
「何するんですかーっ!」
喋りながら来夢は足を伸ばし、テーブルの上に並べられた怜奈の頭のスペアを蹴り飛ばして床に落とした。怜奈が抗議の声をあげる。
「その歌禁止って言ってるのにまたやったから。罰だよ。怜奈の頭は空っぽなの?」
「鼻歌禁止にするなんて横暴過ぎですし、この鼻歌が無いと頭掃除が乗らないんですよっ」
「来夢のいない所でやればいいんじゃない?」
くすくす笑うと来夢と怒る怜奈を見て、克彦が怜奈に意見した。
***
安楽市民球場内。ガオケレナの根元には多くの機材が持ち込まれ、ガオケレナの状態をチェックしている。夜もライトが大量に浴びせられている。
純子、霧崎、ワグナー、ネコミミー博士、ミスター・マンジの五人のマッドサイエンティストが、その根元で会話を交わしている。
「ムッフッフッ、いい育ちっぷりだねー」
合体巨木を見上げて感心するミスター・マンジ・
「数時間目を離しただけでも、大きさが明らかに違う。あと数日すれば、横幅も客席に及びそうだね」
「横幅の成長は右肩下がりだし、計算した限り途中で止まるみたいだから、その心配はいらないみたいだよ」
霧崎が言うと、ネコミミー博士が報告する。
「植物は門外漢なので初歩的な質問になるかもしれませんが、夜も植物に光をあてていいものなのですか?」
ワグナーが疑問をぶつけた。
「動物と違って植物に悪影響は無いと言われているねえ。ていうか、このサイズだから、地上から多少の光では影響ほとんど無いよ」
「なるほど」
純子の解説に納得するワグナー。
「ただ、一つ問題があるね」
「どんな問題?」
純子の一言に、ネコミミー博士が反応する。
「従来のアルラウネ同様に、精神波が感じられる。ガオケレナには多分……自我が芽生えている」
「それは……深刻なイレギュラーになりうるんじゃない?」
「そうしないために手を尽くしていたと聞いていたのだがね」
純子の報告を聞き、ネコミミー博士と霧崎が危ぶむ。
「うん。自我が芽生えることがないように、特殊仕様なアルラウネに改造したうえで、純粋な子達を集めて苗床にして、育んだんだけどな。どこかでミスがあったのかなあ……」
「純粋な者が苗床だと何故に自我が抑えられるのです?」
ワグナーが尋ねた。
「アルラウネは欲望や渇望を糧にするからね。幼少期の段階で宿主のそういった感情に触れないと、自我が芽生えないことがわかっているから」
「欲望の学習の時に自我が芽生えたのではないですか?」
「欲望の学習の時にはもう、ある程度育った状態だからさ。それも普通のアルラウネで実験済みだよ」
「質問ばかりになって申し訳ありません。自我があると何の問題が?」
「推測の領域になるけど、純粋な砲台にはならない可能性が出てくるんだよねえ。そういう悪い可能性を排除するために、自我が芽生えないようにしたんだ」
続けて質問をぶつけまくるワグナーに、純子は一つずつ答えていく。
純子は根人との会話を思い出した。ガオケレナに意思と知性があったために、真達を強制転移して排除した可能性があることを。
『自我が芽生えていて、それを隠しているというのであれば、君の味方ではなさそうだな』
そしてヴァンダムの台詞を思い出す。
(んー……ここまできたんだから、計画に支障は無い……と思いたいけど)
確かな不安要素が、闇の底から鎌首をもたげてきたような、そんなイメージが純子の中に浮かんでいた。




