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破裂した良造の体の中身を至近距離で浴びて、善治は血塗れ肉片塗れ内臓塗れになって、呆然としている。
「良造さんっ!」
綺羅羅が悲痛な叫びをあげる。
「善治っ!」
「善治は生きてるのか?」
輝明が叫んで善治の方に駆け寄り、少し離れた修が固まっている善治を見て誰とはなしに問う。
「あー、駄目ですよ~。もう手遅れです」
男治が輝明の行く手を遮り、善治の側に寄るのを阻んだ。
「父さん……」
善治は震えながら、掠れ声で呻く。
「生きてるけどあれはもう手遅れですよ~。皆さん、近づいちゃ駄目ですからねー。ウイルスみたいなものか呪いなのか憑依なのかわかりませんが、とにかく、接触して感染だか伝染だかしちゃうものですよ。今破裂した人に仕掛けられていたんです。私も昔この手の術をよくかけました。楽しかったですねえ~。えへへへ。どうもあのデビルという子も、昔の私と同じ遊びが好きみたいです。何か親近感湧いちゃうなあ~」
いつものようにへらへら笑いながら、いつもより嬉しそうに、男治は善治の状態を解説した。
「どうすればいいんだよっ!?」
輝明が激しい苛立ちを覚えながら、声を荒げて問う。
「だから手遅れですってばー。遠くから処分するしかないんです。諦めましょ~」
「ぐっぴゅっぴゅっ、焼却処分してほしいならしてやるぞー。あたしに任せろ。わっはっはっはっ」
笑いながらあっさりと言い放つ男治と史愉に、輝明はさらに強い怒りを覚える。
「どけ、役立たず共」
勇気が前に進み出ると、大鬼をフルサイズで出して、善治の回復を試みる。
「勇気、どう?」
鈴音が伺う。
「何かヤバいものが、体の中と一体化してしまっている。俺の力の性質では、除去できない……。呪いの類かな、これは」
難しい顔で答える勇気。
(呪いを解析して解呪している間に、善治がどうなるかわからない。それに近付くだけでもアウトじゃ、解呪だって容易にできねーだろ……)
輝明の中に絶望感が広がる。
「呪いか……それなら私がいける」
勇気の言葉を聞き、ふくは決意して呟く。
(父さんがこんな殺され方して……俺も……死ぬのか……)
膝をつき、うなだれる善治。
(いざ死を前にすると、怖くて仕方がないもんだな。ずっと……覚悟して戦っていたつもりだったけど、もう助からないとなると……)
すっかり諦め、絶望した善治であったが、何者かが自分の体に抱き着いてきた感触を受け、我に返る。
「ちょっとちょっとぉっ!? ふく、何やってるんですか~!?」
「うるさい。引っ込んでて。口も開くな」
善治に抱き着いているふくを見て、男治が慌てるが、ふくは冷たい声を発して、服を脱ぎ始める。さらには善治の服も脱がして、露わになった素肌と素肌をつける。
「いや、マジで何してんスカ……」
「房中術じゃねーだろうな……」
史愉が呆れ、バイパーが危ぶむ。
「あああああ、何をするかわかりましたが、お父さんの頭は爆発しそうで~すっ! まだ十歳の娘が人前であられもない姿を晒して~っ!
「実年齢は五百歳以上だけどね」
男治がさらに取り乱し、修が突っ込んだ。
ふくの全身から粘菌が噴き出して、善治の体にへばりついて広がり、包み込んでいく。
「う……ぐっ……」
「あああ……ふく……苦しいでしょうに、その術は……」
苦悶の表情で呻くふくを見て、男治が思いっきり顔をしかめる。
「ふくは何をしているの?」
「呪いを吸い取って自分に移し替える術です~」
修が尋ねると、男治が答えた。
「そんなことしたらふくは……」
輝明が顔色を変えるが、男治は首を横に振った。
「死にはしませんよ~。ふくは吸い取った呪いを浄化できますし。でもかなりの苦痛があるはずです。ただし、呪いに悪霊とかがセットで憑いてくると、ややこしいことになりますね~。以前もふくは力霊に憑かれて、あんなことになっちゃいましたし~」
「そう言えば出会った時はそうだったな」
男治の説明を聞いて、輝明は納得した。
「これでもう大丈夫」
ふくがやつれた顔で呟き、善治から離れて服を着る。
ふくに助けられた善治は、肉片となって飛び散った父親を見て呆然としている。
「ふく~、おお……こんなに憔悴しきって……。しかしこの高度な術を使いこなしたこと、お父さんは誇りに思いますよ~。えらいえらーい。いい子いい子~」
「離れろ……失せろ……消えろ……」
笑顔で抱きついてくる男治を、心底鬱陶しそうに拒絶するふく。
「ぐぴゅう、そんじゃああたしらはデビルを追うぞ。ミルクがマーキングして、奴の位置は把握できるらしいぞー」
「そうなのか。マーキングしたのは見事と褒めてあげるよ、ミルク」
史愉の言葉を聞き、政馬がミルクに笑顔を向ける。
『ふん。さっきはなじったくせに』
「なじったのは僕じゃないよ。それに僕は君が大嫌いだよ。勇気を勝手にかどわかしたからね」
鼻を鳴らすミルクに、政馬は笑顔のまま言い放つ。
「星炭流の者は負傷者の手当てを急げ。その後で戦死者の遺体の搬送な」
輝明が指示を出す。
「生きてた……よかった~。ぎゃんっ!?」
へたいりこんでいた銀河の後頭部を、輝明が思い切り蹴り飛ばした。
「おい、役立たずの糞カス無能、こういう時くらい働け」
「はいぃ……」
輝明になじられても、今の銀河は逆らう気力も無かった。
「良造さん……今まで……お疲れ様です。貴方には何度も星炭流は救われたわね……ありがとう」
綺羅羅が涙をぬぐいながら、良造の破裂跡を見やり、労いと礼を述べる。
「デビルの居場所は?」
『安楽市民球場の近くだ。転烙ガーディアン共の潜伏場所のど真ん中だな。ここに手出しをするとなれば……』
チロンが問い、ミルクが答えた。
「総力戦でもなければ手出しは出来ないぞ。そして新居が総力戦はまだ駄目だとNG出してるぞ。理由は言わないし、イライラするぞ」
「どんな理由があるってんだ。しかも言えない理由って何だよ」
『よほどの理由だろうな。だが……もし誰かの利害が関わるとか、そんなことだったら許さんですよ』
史愉がぼやき、バイパーが訝り、ミルクが怒気を込めて言う。
「星炭流もデビル討伐隊とやらに入れろ」
「ぐぴゅ。少数精鋭しか受け付けてないぞー。数が多くても足手まといどころか、敵に利用されかねないッス。強い駒だけ厳選しろッス」
輝明が要求すると、史愉が断りを入れる。
「俺と修とふくと善治で行く。ふく、動けるか?」
輝明がふくを見る。
「いける……。消耗してるけど、テル達が行くなら頑張るわ」
「ふく~、無理しないでくださいよ~。いや、来るならお父さんの側にぴったりついていてくださあい。お父さんがふくを守りますかね~」
「ウザい。あっち行って」
案ずる男治を、冷たく突っぱねるふく。
「間抜け猫。今度はちゃんと転移防ぐんだぞー」
『やかましい。文句が有るならお前達でやれヴォケガ』
星炭邸から離れて輸送ヘリに戻りながら、史愉とミルクが言い合う。
「父さん……ううう……」
血痕と肉片だけになって飛び散った良造の前で、善治は蹲って嗚咽している。
「善治。お前はここでフェードアウトしてもいいぞ。だが、来るつもりならメソメソしてんじゃねえよ。メソメソするのは後にしろ。今どうしてもメソメソしていたいんなら、来なくていいぜ。そこで気が済むまでメソメソしてろ」
「行く……」
輝明が冷たい声で告げると、善治は涙をぬぐって立ち上がった。
***
長距離転移能力者の助力で、デビル達は安楽市民球場近くのホテルまで一気に逃走できた。純子が寝泊まりしている場所だ。
(凡美の鉄球を回復能力仕様にして命を繋いでいた。僕の力でも、凡美の力でも、回復しない。血が足りないようだし、やはりもう無理なのかも……)
勤一の様子を見て、デビルは半ば諦めていた。
純子が勤一を培養液の中へと入れる。輸血も行う。
「手遅れというか……もうどうにも出来ないよ。体はとっくに死んでいるし、魂の大部分が冥界に入っている。ここに来るまでに一度死んじゃったみたいね。何かがあって霊魂が肉体に戻って、一時的にしがみついているみたいだけど」
デビルの耳元で、純子が囁く。
(やっぱり駄目だったか。つまり凡美の力で……一時的に魂を呼び戻したのかな。でも、死者の復活は凡美にも純子にも出来ない)
デビルが嘆息する。
「凡美さん……。デビル……」
培養液カプセルの中で、勤一がくぐもった声を出す。
「俺、死ぬみたいだ。自分でわかる……。俺……ずっと……楽しかったよ」
勤一が青ざめた顔で微笑みながら告げる。
「私も……楽しかった……」
凡美は声をつまらせ、ぐちゃぐちゃの泣き顔となって、勤一の両手を握った。
「デビル……世界を焼き尽くすまで、一緒に遊ぶことは出来なかったけど、地獄から……お前が世界を焼……」
勤一の言葉が途中で途切れる。目を見開いたまま、何か喋ろうとして口を開いたまま、勤一は事切れていた。
「悲しむことないよね……。私も……すぐにそっちに行くから。地獄まで、一緒に……」
培養カプセルの中の勤一を見上げ、うわごとのように呟く凡美。
凡美がいつまでも勤一の側から離れない一方、デビルと純子は部屋を変えて一息ついていた。
「僕は悪魔失格かも」
「んー? 何で?」
デビルの思わぬ台詞を聞いて、純子は興味をそそられる。
「勤一の死に悲しんでいる。僕が遊びに誘って死んだ勤一なのに。いや……死ぬような遊びに誘った時点で、やっぱり悪魔か……」
「私だってデビルや真君を、死ぬかもしれない遊びに巻き込んだ。でも皆、自分の意思で遊びに参加したんでしょ? そんなこと言ったら、私含め世界中悪魔だらけだよ」
「そうだね」
純子の理屈はもっともだと、デビルは思う。
「僕はまだ遊んでいたいな」
ぽつりと呟くデビル。PO対策機構の者を次から次へと殺していることで、彼等も本気で対策に乗り出してきた事は、デビルにもわかっている。彼等は自分を殺すまで、自分を追い回すだろう。自分が招いた事態であるし、後悔はしていない。これも遊びの一環であるが、最早自分は破滅にまっしぐらであると、デビルは認めている。遊びはそろそろ終わる。しかし――
「まだ……遊び足りない」
自然と笑みを零し、デビルは夢見心地な表情で言う。
この楽しい時間を少しでも長続きさせたい。自分でその時間を失くすようなことをしているのに、そう思う。その矛盾もデビルはわかっている。もっと上手なやり方もあるのかもしれないが、今はただ、全力で殺して回りたい。悪意を振りまいてやりたい。
笑顔のデビルを見て、純子は愛おしさがこみ上げてきて、両手を広げて近づく。
デビルは純子と距離を取って避ける。
「また触ろうとする」
「いやいや、触ろうとしたんじゃないよー」
抗議するかのように言うデビルに、純子は残念そうな顔になる。
「ハグしようとしたの」
「それも触ってることになるし、もっと悪い……」
嬉しそうににこにこと笑う純子とは対照的に、デビルはげんなりした顔になった。




