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マッドサイエンティストと遊ぼう!  作者: ニー太
98 悪魔と遊ぼう
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28

「糞っ! やってくれたなっ!」


 勤一が忌々しげに吐き捨てると、貫かれた腹を押さえて立ち上がった。


「人喰い蛍」


 善治が雫野の妖術を用いる。殺傷力が極めて高いこの術は、これまで善治を何度も救ってきた。


「爆鱗蛾」


 良造も術を唱える。しかし術がどのように発動されたか、どこに発現したか、良造以外にはわからない。


 善治の狙いは勤一だった。


 凡美が棘付き鉄球を盾状に変化させ、人喰い蛍を防がんとしたが、三日月状の光滅はそれを嘲笑うかのように、棘付き盾の内側へと回り込み、勤一の全身を穿ち抜く。

 前のめりに倒れる勤一。常人なら致命傷になるダメージであったが、勤一の耐久力は常人のそれを遥かに凌いでいるうえに、再生能力も極めて強い。この程度では死には至らない。


「勤一君!」

「ま、まだ大丈夫……いける……」


 案じる凡美の方を向いて微笑みながら、勤一が身を起こす。


 その直後、勤一は大きく目を見開いた。凡美の後方に、鱗粉を撒き散らす巨大な蛾が飛んでいたからだ。


「糞っ!」


 勤一が凡美に飛びかかり、覆いかぶさる。直後、蛾が撒き散らした鱗粉が立て続けに連鎖爆発を起こし、蛾そのものにも連鎖して爆発した。


「流石は父さん……」


 心底感心する善治。良造が用いた術は、非常に制御が困難で、星炭の術師達の間でも敬遠されている術だ。しかし良造は完璧にコントロールしてみせた。


「凡美さん……大丈夫?」


 覆いかぶさる勤一の声が、凡美のすぐ耳元で響く。それとほぼ同時に、温かい液体が大量に凡美の首筋に垂れてきた。


「勤一……くん……」


 血塗れの勤一を至近距離で見上げ、凡美は息を飲んだ。勤一の身体のあちこちが穴だらけだ。


 凡美が勤一の下から急いで這い出る。

 爆風を浴びた勤一の背面を見て、再度息を飲む。背中や肩の肉が弾け飛んでえぐれ、筋線維や骨、一部内臓までもが露出している。


「大丈夫……まだ……いけ……る」


 掠れ声で言うと、勤一の体中の小さな穴が塞がっていく。弾け飛んだ箇所の肉が盛り上がり、再生していく。出血も止まった。


 修が勤一めがけて間合いを詰める。それを見て凡美が口からビームを吐いて追い払おうとしたが、修は軽く斜め前にステップを踏んでビームを避けると、一気に勤一に接近した。


 勤一が腕を振るうが、修は軽く避けると、木刀による突きを勤一に浴びせる。


「ごほっ……ウザ……い!」


 修めがけて蹴りを放つ勤一。しかし修はまたしても軽く回避して、今度は勤一の頭頂部に木刀を振り下ろした。

 頭蓋骨が割れる音が響き渡る。勤一の動きがまた止まる。


(ダメージの蓄積が響いて、こいつは動きが大振りになっている。畳みかけるなら今だね)


 勤一を見て修はそう判断するが、そう上手くいかないことはわかっていた。勤一だけではなく、凡美もいるのだ。


「いい加減にしろ!」


 怒声をあげたのは凡美だった。勤一ばかり狙って、三人がかりで執拗に攻撃し続け、勤一がぼろぼろになっていく様を見せられてキレた。


 凡美が修めがけて棘付き鉄球を繰り出す。凡美の攻撃を避けるため、修は勤一から距離を取らざるをえなかった。


「レーザーかまいたち」


 良造が術を完成させる。三匹のかまいたちが勤一と凡美に向かって駆け出し、そのうちの一匹が走りながらレーザーを照射してくる。


「ぐあっ!」

 レーザーに焼かれ、悲鳴をあげる勤一。


 凡美が棘付き鉄球を巨大化させ、レーザーを防いだ。しかし三匹のかまいたちは鉄球を回避して、勤一に迫った。


 腕からレーザーブレードを生やしたかまいたちが、勤一の足を切断する。

 体勢が崩れた勤一の頭部に、かまいたちの一匹が口からレーザーを吐いて浴びせた。


「さよなら……パーンチ!」


 顔面を炎上させながらも、勤一は憤怒の形相でイメージの巨大な拳を繰り出し、かまいたちを三匹まとめて粉砕する。


(勤一と凡美が劣勢? 仕方ないな)


 二人の様子をチラ見したデビルが、小さく息を吐き、潜ませ居ている分裂体でもって、勤一達を助けることにした。


(あの男は他の術師達と比べて、群を抜いている。強い。あの男のおかげで劣勢になっている感がある)


 デビルは良造を見てそう判断し、良造に狙いを定める。


 その良造は、息子の善治と口を揃えて、同じ呪文を唱えていた。

 親子が同時に同じ術を発動させる。善治と良造を中心にして、電撃が渦状に広がっていく。星炭流妖術の奥義、雷軸の術だ。


「きんい……」


 何か言おうとした凡美であったが、言葉は途中で止まった。勤一が凡美の体を抱え、思いっきり放り投げたからだ。


 電撃の形状をした生体エネルギーの奔流二つ分が、勤一の体を飲み込んだ。

 凡美は放り投げられながらも、勤一から目を離さなかった。勤一が雷軸の術によって飲み込まれる光景をはっきりと見た。


 電撃が通りすぎた後、勤一は青黒い怪人の姿も解いて、人間の姿に戻って膝をつき、力無くうなだれていた。片手を地面につき、完全に倒れまいと体を支えてはいたが、全身の至る場所にある傷が再生する気配は無く、その顔にはほとんど生気が無い。


「勤一君っ」


 戦闘中という事も忘れ、凡美は泣きながら勤一の元により、縋りつく。


(いつも貴方を見ているつもりでいたのに……それなのに今回は……)


 勤一を助けてやれなかった自分の不甲斐なさを、恨めしく思う凡美。


 棘付き鉄球に回復作用の力を付与し、勤一の回復を試みる。傷口は塞がっていくが、勤一の顔に生気は戻らない。


 勤一が片手を動かし、自分にすがりつく凡美の手の甲を撫でる。


「凡美さん、逃げて……。これじゃ……まとめて殺される……」


 勤一が弱々しい声で訴えるが、凡美は動こうとしない。


「これでも死なないのか……ならば――」


 勤一にとどめを刺そうと、呪文を唱える良造だったが、驚愕の表情になって詠唱を中断した。

 すぐ目の間の足元が盛り上がり、目と鼻の先にデビルが現れたのだ。


 デビルはまだ敷地内にいる。その気配はある。戦闘を行っている最中だ。だがもう一体のデビルが突然現れた事で、良造の思考は一瞬停止してしまった。


(分裂? 分身? そんな能力があると言ってたな。失念してた……)


 理解した時にはもう遅かった。デビルの腕が良造の腹部を貫いていた。


(父……さん……)


 腹部から臓物を撒き散らし、のけぞって倒れる良造の姿を目の当たりにして、善治も固まった。


(こういう時、固まっちゃいけないって、小さい頃から星炭の術師は皆習っている。例え目の前で家族が殺されても、動揺せず、心を押し殺して動き続けろ、考えろと、そう教え込まれている)


 致命傷を受けて倒れている父親の姿を見て、善治は必死に冷静になるように努め、今が戦いの最中である事を意識しようとする。


「でも……俺は駄目みたいだ……」


 善治は倒れた父親を見たまま落涙し、ぽつりと呟いた。


 修が善治の側に移動して構える。父親が死んだショックで戦意喪失してしまった善治を守ろうとした。


 凡美は勤一の側で泣いている。


 デビルは良造から離れて、勤一の方に向かっていた。


「勤一……」

「勤一君っ、しっかりしてっ」


 デビルが勤一を覗き込み、凡美がとめどなく涙を流しながら声をかける。


「いや……もう俺は駄目みたいだ……」


 自分を覗き込むデビルと凡美を見上げ、勤一は力無く微笑みながら、ぽつりと呟いた。


「神眼のカルボナーラ」


 スパゲティー・カラドリウスの力で、回復作用のある麺を出すデビルであったが、勤一のダメージは癒えない。


(駄目だ。そもそも回復系の力は僕は苦手みたいだ)


 消滅視線もそうだが、付与された能力の中には、デビルと相性の悪いものが幾つかある。


(回復しないということは、勤一はもう限界を越えている。このままでは死ぬ)


 その事実を受け入れたデビルの胸が軋む。


 もう一人のデビルは、輝明、ふく、その他の術師達を相手に戦闘を継続していた。まだ余裕はあった。


 だがその余裕が無くなる事態が発生した。


 腹部が青く発光しているアブが大量に現れ、敷地内のデビルに襲いかかる。

 さらにはデビルの足元から巨大シダ植物が生えて、デビルの腹部に巻き付く。


「ふく~っ、危ない所でしたね~。しかしふくのピンチにお父さんが颯爽と登場ですよ~。もう安心ですっ。ああ……この台詞はとても気持ちいいですね~。最高です~」


 男治の歓喜に満ちた声が響き渡った。星炭邸の塀の上にいる。男治だけではない。史愉、チロン、ミルク、バイパー、カケラ、優の姿もあった。


「いや……苦戦はしていたけど、別に私はピンチになっていなかったし……」


 男治の姿を見て、ふくは微笑を零す。ふくにとっては忌々しくもあるが、男治の登場が頼もしく感じられてしまった。


「デビルゥゥゥゥ!」


 カケラが激昂して、塀から飛び降りてデビルめがけて一直線に駆け、襲いかかる。


 優もありったけの力を込めて消滅視線を用いたが、デビルは抵抗レジストした。


「おい、まずあいつの転移による逃走を封じるのが先だぞ。さっさと結界を築けっス」

『わかってるわヴォケガ』


 史愉が促すと、ミルクが鬱陶しそうに応じ、転移を封じる結界を張るために呪文を唱え始める。


 カケラがデビルに肉弾戦を挑むも、デビルの衝撃波によってあっさりと吹き飛ばされた。史愉が放った青アブ達もその衝撃波で粉微塵にされる。


 だがシダ植物だけは、がっちりとデビルに絡みついたまま離れない。


「悪因悪果大怨礼」

「グリーンジャージの世界。鬱陶しいこの葉っぱは僕のものとなり、僕を守る」


 チロンが黒ビームを放つが、デビルが林沢森造の能力で、男治が生やした巨大植物を自分の支配下においたあげく、さらに巨大化させてデビルの体を大きく振り回して遠くへ飛ばした。その動きが、黒ビームの回避へとも繋がっている。


「はえ~……そんなこと出来るんですか~」

 感心する男治。


「あ、やってるね。デビルいたよ。いるよ」


 星炭邸の門の前に政馬も現れ、デビルと勤一と凡美を指した。政馬の隣には勇気と鈴音もいる。


「鬼の泣き声が幾つも……」


 勇気は凡美と善治に視線を向け、顔をしかめる。


「こいつら分身しているの? もう分身できないって話じゃなかったんスかー?」


 デビルが二人いることを確認して、史愉が疑問の声をあげる。


『純子に改造された結果、その問題もクリアーしたんだろう。あるいは別の誰かの仕業か』


 と、ミルク。


(続々と面倒なのが現れる。こうなる前に出来るだけ殺しておきたかったけど、成果はいまいち。それに勤一と凡美をこの状態のままにはしておけない)


 二人のデビルは同時に吐息をつく。


「逃げる」


 門の間にいるデビルが一言告げ、勤一を抱えて立ち上がった。


「純子の元に連れて行く。助けてもらう」

「無理だ……。俺は助からない……自分でわかる」

「僕にはわからない」

「何だよ……その日本語は……」


 デビルの台詞を聞いて、勤一は力なく笑った。


 デビルが凡美の手を取ると、転移した。


「外の奴、あっさり転移されちまたぞーっ。ミルクーっ! この役立たずのボケネコー!」

『間に合わなかったんだよっ。しかしあいつをマーキングはした。どこに逃げても場所はわかるぞ』


 史愉がミルクに食ってかかると、ミルクは笑い声で告げた。


「まだここに一人いるぜ」

 バイパーが敷地内のデビルを見て言った。


「あいつを殺した所で、もう一人が逃げているから、多分無意味だぞー。あ……」


 史愉が喋っている間に、デビルの上半身が消滅した。優が再度消滅視線をフルパワーで使ったのだ。


 残った下半身が蠢き、上半身を復元しようとする。


「ケッ、させるかよ」


 輝明が凍結符を放つ。十枚以上の呪符がデビルの下半身にくっついて、凍らせた。


「ヤマ・アプリ、八大地獄モード。無間地獄」


 星炭邸の敷地内に入ってきた政馬が、能力を発動させた。デビルの凍り付いた下半身の至る場所に小さな穴が開き、切り刻まれ、腐食して崩れ落ち、最後に燃えあがった。


「斃した……けど分身していたみたいだから駄目なんだよね?」

「そうなるぞー」


 政馬が渋面で呟くと、史愉も同様の渋面で言った。


「またしても逃げられてしまったようですねえ」


 かつてないほど全力で消滅視線の力を使った優が、憔悴しきった顔で、双眸から血を流しながら悔しげに言い、その場に崩れ落ちた。


「善治……?」


 その時だった。死んだと思われた良造が目を見開き、起き上がったのである。


「え……父さん? 無事だったの!?」


 どう見ても致命傷だった父親が、立ち上がって歩いている様を見て、善治は驚く。腹部は血で真っ赤だが、それでも歩いている様を見ると、傷は浅かったのではないかと思えてしまう。


「ああ……不思議だな。殺されたと思ったのにな」


 良造も自身の状態を不思議がる。痛みも感じない。


「歩かない方が……」

「痛みも何も無いんだ。あれ……? 体が……勝手に……」


 良造が喋りながら善治の方へ歩み寄ると、やにわに善治に抱き着いた。


「と、父さん? やっぱり大丈夫じゃないんじゃ……」


 よろめいて倒れかけたのかと案ずる善治だったが――


「あ~……またですねー。もうその人は駄目ですよ。トラップ化されてまーす」


 男治が善治と良造の二人を見て、へらへら笑いながら言った。


「離れて!」


 その台詞の意味を察したふくが血相を変え、善治に向かって叫んだ。


(トラップ化とは……あれか……)

(まさかまたあれを……)


 チロンとカケラも気付いた。一昨日、デビルがグリムペニスビルを襲撃した際、白汰毘の亡骸に仕掛けを施し、ムロロンと河馬我を屠った事を。


 次の瞬間、良造の体が破裂した。

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