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星炭流妖術本家道場には、昨日より全ての星炭の術師が集結している。デビルが政府筋の戦闘者達を、片っ端から襲撃しているという話があり、星炭流も他人事ではないと判断し、いつ襲われても一丸となって対応できるようにするためだ。
つい先程、デビルが朽縄一族を壊滅させたという情報が入った。距離の近さからいって、次に星炭流の本家が襲撃される可能性が高いと見て、集結した術師達は厳戒態勢に入っている。
「政府とは名目上は切れてるんだけどな。あくまで商売として付き合う間柄だが」
輝明が皮肉げに言う。
「しかし独立してからも九割以上政府からの依頼を受けていましたからね。政府のお抱えのままだと見なされても仕方ないでしょう」
中年のイケメン術師――夕陽ケ丘良造が言った。
「今日は昨日より緊張感あるような」
星炭本家に居候している少女えなが出てきて、物々しい雰囲気を感じ取った。
「あ、えなちゃんは下がってて。これから危険な人が来るかもしれないのよ」
輝明の叔母であり実質保護者である星炭綺羅羅が、えなを促す。
「私も戦いますっ。ビームも出せますからっ」
えなが真紅の瞳に闘志を滾らせ、勇ましい声で申し出る。
「いや、戦わなくていいし……ビームも出さなくていいから」
えなの後ろからふくが現れて言った。
「そのデビルという輩は、相当な脅威と見なされているようですね。星炭流としては是非ともこれを討ち取り、名を上げたい所です。当主が殺され、私がとどめを刺して、私の武名が広がり、私が次期当主になれば、最高の展開です」
自分に酔った口振りで自信満々に語ったのは、星炭銀河という男だ。本家の血筋の者だが、何かと現当主の輝明に対抗心を振りかざしている。
「本音の部分も喋ってるぞ」
「わざとでしょ」
輝明と修が言う。
「え? 私が何かおかしなこと言いました?」
「帰れ」
不思議がる銀河に、輝明が冷たく言い放った。
「殺人倶楽部もほぼ全滅らしい。あれは純子が作ったものなのにね」
と、修。
「聞いたよ。あいつは自分のマウスも容赦なく手かけているってわけだ。俺達はマウスじゃないけど、純子には散々世話になったし、ファミリーの一員みたいなもんだと思ってたのにな」
そう認識していたにも関わらず、純子が自分が手掛けた者も殺害してくるという事態に、輝明は少なからずショックを受けていた。
「それでも……純子は敵と見なしたら、容赦しないってわけだね」
「デビルの暴走なのかもしれねーけど、それなら純子は何でデビルを止めねーんだって話になるしなー」
修と輝明が喋っていると、正門の方がざわつき、術師達に緊張感が伝導する。
堂々と正門をくぐり、デビルと勤一と凡美が現れる。
術師達は手を出さなかった。デビル達に殺意も闘気も感じられなかったからだ。
「今のうちに降伏すれば見逃す」
デビルが術師達を見渡して、アンニュイな口調で告げた。
「ケッ、何ぬかしてやがるんだ、こいつは。お前がやった外道行為の数々も聞いているし、そんな言葉が信じられるか」
輝明が術師の間を抜けてデビル達の前に出て、不敵な笑みをたたえて言い放つ。
「そんな言葉が信じられるか。そんな言葉が信じられるか? 信じられる? 信じられる。嘘は言わない。星炭輝明。虹森修。君達に免じて、誰も傷つけずに済ませる。だから純子の側に降れと言っている」
淡々と語るデビルに、一部の術師達は動揺した。戦闘を回避できるかもしれないという期待を抱いた者も中にはいた。しかしあくまで戦闘経験の乏しい一部の者達だけだ。多くの熟練した術師達は、そのような甘い話に心を揺さぶられる事は無い。
「純子から言われている。輝明と修は殺すなと。でもそれ以外は何も触れられていない。戦えばそれ以外は皆殺しになる。輝明と修に関しても、はずみで殺してしまうかもしれない。手加減は苦手。以上」
デビルが言うだけ言って、星炭サイドの答えを待つ。
「輝坊、グリムペニスを中心としたデビル討伐隊が組織されて、今こっちに向かっているって。できるだけ時間稼ぎするようにってさ」
綺羅羅が輝明に耳打ちする。
(ケッ、じゃあ会話して少しでも時間稼ぎしておくか。たった三人相手にビビってるのも情けねーけど、こいつらのこれまでの暴れっぷりを聞いている限り、相当ヤバそうだし、こうして向かい合っていても、プレッシャーすげえ)
輝明は無言になって、思案しているつもりでデビルを見つめる。
しばらく沈黙の時間が流れたが――
「時間稼ぎしてるんじゃない? もうすぐPO対策機構が来るのかも」
凡美がデビルに声をかける。
(ケッ、あっさりと見抜かれた)
輝明が苦笑する。
「そうか。それならさっさと戦闘」
デビルが腕を振ると、掌から細く長い紐のようなものが現れ、大きくうねりながら、術師達の
「火陣アラビアータ」
スパゲティー・カラドリウスこと木島樹の能力を用いるデビル。麺から豪火が発生し、数人の術師達を火達磨にする。
「水子囃子」
夕陽ケ丘善治が雫野流の術を発動させる。ビニール状の霊体が複数現れ、炎に包まれた術師の全身を包みこみ、火を消す。それで助かった者もいたが、間に合わずに戦闘不能の重傷をすでに負った者もいたし、死人も出ていた。
「妖鋼群乱舞!」
「水飴祭り」
「星炭散華!」
「天草之槍」
星炭の術師達が一斉に反撃に出て、妖術でデビル達を攻撃しまくる。
棘が無数についた鉄の壁がデビル達の前に現れ、術の大半を無効化した。凡美が棘付き鉄球を飛ばして、壁に変形させたのだ。
突然猛吹雪が発生した。星炭の敷地内――術師達が固まっている場所だけに発生している。術師達の動きが、反応が鈍る。視界も白く覆われ、敵の姿が認識できなくなる。
術師達が何が何だかわからなくなった所に、デビルと凡美が吹切れる吹雪の中に向けて、無差別な遠距離攻撃を開始した。
(どうする……? どうすればいい? この状況で……)
修は吹雪の中で耐えながら、逡巡していた。
(この吹雪の中から飛び出たら、そこに敵が待ち構えていて、カウンターを食らうのは、火を見るよりも明らか。吹雪の中でこんな言葉を使うのも変だけど)
近接戦闘を引き受けて、術師達を護らなくてはならない立場にある修だが、この状況でその役割に踏み切るのは躊躇われた。
逡巡している修より先に、ふくが吹雪の中から飛び出て、最前線に出て踊り出た。星炭邸の入口に。デビルと勤一の前に。
(私はもう何百年も生きてきたし、いつ死んでもいいの。私より若い人達が死ぬのは見たくない。少なくとも……テルと修と綺羅羅さんは殺させない)
ふくは思い出していた。数日前、転烙市でトカゲ頭怪人に輝明が殺されかけた時の事を。相手が強敵であれば、まず自分が正面に出て戦うと、最も危険な役目は自分が引き受けるべきだと、あの時から決めた。
「強そう。凡美には悪いけど、子供だからといって加減できなさそう」
デビルが凡美にも聞こえる声で言うと、ふく相手に黒手を出して攻撃する。
ふくは石のようなものを前に投げる。石の真ん中には目玉がついており、石の一面からは根が何本も生えていた。
石についている目と視線があった瞬間、デビルの体が硬直した。黒手も全て止まる。
デビルの動きが止まった隙を見逃さず、ふくは至近距離でマイクロ波を放ちだす。
「何だこれ……」
「全身が……熱くてだるくて……」
ふくから生じるマイクロ波を浴びて、勤一と凡美が顔をしかめる。
デビルが硬直から解ける。何をされたかも理解している。自分も似たような能力を備えている。
「ハシビロ魔眼」
デビルの目が光る。それを直視したふくの動きが止まる。つい数秒前のデビルと同じ状態になり、ふくのマイクロ波発生の能力も解ける。
ふくの動きが止まったその瞬間、修も吹雪の中から飛び出てきた。
青黒い肌の筋骨隆々な怪人に変身した勤一が、修を迎え撃つ。
勤一の剛腕が修の頭部めがけて振るわれる。
修はスウェーバックで避けた後、体を元の姿勢に戻す勢いに乗せて木刀を振るい、勤一の頭部をしたたかに打つ。
修が持つ木刀はただの木では無い。虹森家に何百年と伝わる、神木から削った木刀だ。その硬度と強度は、真剣を遥かに凌ぐ。
「ぐっ……」
思ってもみない痛打に、勤一は顔をしかめて動きを鈍らせた。
そんな勤一の隙を見逃すことなく、修は連続で木刀を打ち込まんとする。
しかし修は追撃できなかった。凡美が口からビームを吐き出し、修を攻撃したからだ。修は大きく身を沈めてかわす。
「解除か」
デビルがぽつりと呟く。敷地内に吹かせていた猛吹雪が止んでいた。星炭の術師が、解除の術で、デビルの能力を打ち消したのだ。
「中々やるじゃない。あの餓鬼」
吹雪を消した張本人である綺羅羅が、デビルを睨み、荒い息をつきながら毒づく。吹雪を解除するだけで、力の大部分を使い果たしてしまっていた。
「聖犬、おいで」
ふくが声を出して呼びかけると、全身の輪郭がぼやけて、白い靄で覆われた姿の大きな四足獣が現れた。
白い靄の獣――聖犬が、デビルの前に踊り出る。
「ブルーブレード」
デビルが手刀を振る。振った手刀から青い光の刃が生じて、聖犬に当たる。
聖犬が切り裂かれると思っていたデビルだが、そうはならなかった。聖犬から青い光の刃が生じ、デビルにめがけて放たれる。
デビルが左足を踏む。聖犬よりデビルに反射された青い光の刃が消える。
「カウンターか」
ぽつりと呟くと、デビルは右足を踏んだ。
直後、爆発が起こり、ふくの体が吹き飛ぶ。
「これもカウンター……で、あってるはず」
殺人倶楽部の卓磨の能力を披露したデビルが、倒れたふくを見ながら言った。爆発のダメージを受けた影響で、ふくが呼び出した聖犬は消えてしまう。
デビルは攻撃される気配を感じ取り、後方に大きく跳んだ。
間一髪で、デビルがいた場所に炎の柱が降り注ぐ。炎柱の術――星炭の妖術の中でも上位の術にあたり、威力も強い。
術を使ったのは輝明だった。吹雪を受けたせいで、未だ全身を震わせている。
他の術師達も呪文を唱え、再びデビルに向けて一斉に術を解き放つ。
デビルは転移して、星炭の術師達の一斉攻撃を避ける。
デビルが転移した先は、星炭邸の敷地内――星炭の術師達のいる真ん中だった。
術師達は慄き、反応が遅れた。デビルの両手の指から一本ずつ、計十本の光の糸が伸び、乱舞する。殺人倶楽部の右山堅吉からコピーして改良した能力だ。右山堅吉は光るトイレットペーパーとして活用していたが、デビルは糸にすることで体力の消耗を抑え、糸状に凝縮する事で殺傷力を増している。
「妖鋼群乱舞」
輝明が術を完成させ、大量のメタリック有翼小人がデビルめがけて飛翔する。
光の糸は術師達には届かずに、メタリック小人達を切り裂くに留まる。大量の小人達を切り裂いているうちに、威力も速度も減少してしまったのだ。
光の糸が引っ込む。その代わりのように、今度はデビルの眉間から黒いテープのような物が伸びていく。
(あれは……)
ふくが星炭邸の敷地内に入り、デビルの眉間から長く伸びる黒いテープ状のものを見て、慄然とする。それはふくが数日前、転烙市で真っ二つにされた能力だ。
黒いテープが乱舞する。たちまち三人の術師が殺害された。二人は首を切断され、一人は上半身と下半身を分断された。腕を切断された者や、両脚を切断された者もいる。同じ切断系、糸紐帯形状の能力であるにも関わらず、先程の光の糸とは比べ物にならない威力だ。そのうえ自動追尾性能があることを、ふくも輝明も知っている。
(この黒いテープ、威力はあるけど、この能力も疲れる。頭と首に痛みがある)
初めて使ってみて、自分と相性の悪い能力だとデビルは知る。
「ていくざっとくらえ」
輝明が術を発動させ、全身長い毛で覆われた巨人が出現し、デビルに襲いかかった。
デビルは黒手を展開させて、毛むくじゃら巨人をズタズタに引き裂く。
しかし毛むくじゃら巨人はすぐに再生する。
デビルが巨人に気を取られた隙をついて、術師達が一斉に攻撃を仕掛ける。
「明太子シールド」
デビルはそれらの術を尽く、巨大な明太子の盾で防いだ。
次の瞬間、術師達が次々と地面に押し付けられるようにして潰れていった。重力弾を複数放っていたのだ。
「ケッ……油断しやがって」
不可視の重力弾を避けた輝明が、潰された同胞達を見て忌々しげに吐き捨てる。
「死ねこのっ! さよならパーンチ!」
門の外で、勤一が怒号と共に拳を振るう。巨大に拳のイメージ体が生じ、修めがけて飛来する。
修が危うく避けた所に、凡美の棘付き鉄球が、棘付きフリスビーへと形状変化し、回転しながら襲いかかった。
(ヤバ……い)
棘付きフリスビーの方は避けられず、修の右脚が切り裂かれる。修は体のバランスを大きく崩し、片膝をつく。
勤一と凡美が、完全に隙を晒した修に向かって、二人がかりでとどめをしにいったその時――
「斬り逃げシャーク」
「流星燕」
善治と良造の術が、勤一と凡美の攻撃を妨げる。地面から鮫の背びれのように伸びた湾曲した光の刃が、勤一めがけて走る。黒いブーメラン状の平たい刃が二枚、凡美に飛来する。
黒い刃は変則的な動きをするものの、凡美は棘付き鉄球を振り回し、これをあっさりと撃ち落とした。迎撃はわりと難しい術であるというのに、あまりにも容易く撃ち落としてしまった凡美を見て、術をかけた良造は驚く。
「ぐあっ!」
勤一が悲鳴を上げて大きくのけぞって倒れた。光の刃を避けられなかったので、受け止めようとしたが、力負けしてしまったのだ。
運が悪いことに、デビルを狙った攻撃の術の一つ――光の槍が流れ弾となり、倒れた勤一の腹部を貫いた。




