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マッドサイエンティストと遊ぼう!  作者: ニー太
11 マッドサイエンティストの恋人で遊ぼう
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17

 翌日の朝、安楽二中では一時間目は潰されて、体育館で緊急朝礼という運びになった。一昨日の三年生が被害を受けた殺人事件に触れるであろうと、生徒は皆予想していた。


 その一方、生徒間である噂が流れていた。

 菊池礼子という女生徒が白昼堂々、公衆の面前で強姦されたというのだ。

 犯人は三年の不良グループを殺害したのと同じ、ひょっとこのお面を被った男。しかも安楽二中の学ランを着ていたという話である。


 画像や動画も出回ったという話もある。多くは速攻で削除されて見えなくなっているが、学校裏サイトに張られ、大手のSNSや匿名掲示板、第三国のエロサイトにも流れ、それらを通じて確認した者は非常に多いという。

 真のクラスでも当然その噂は流れていた。礼子本人が姿を見せないのをいいことに、あからさまに声をあげ、動画を保存したと得意げに喋る者まで現れ、激昂した礼子のグループの女子達が咎められ、その後宗徳と真に交互に殴られて保健室へと直行した。


 当初、その噂をネット上で積極的にバラまいてやろうと考えていた計一であるが、強姦を未遂で終えてからのあの嫌な感覚が忘れられず、全くその気は失せていた。

 そこかしこでヒソヒソと聞こえる噂話にすら、計一は気分を害して、懸命に吐き気をこらえる始末。昨日の夕食も今朝の朝食も、ろくに喉を通らなかった。


「あの噂、本当だと思うか?」


 朝礼の最中、一番前に並んでいる真の元に、一番後ろにいるべきである宗徳がやってきて声をかける。


「噂話なんてアテにしない……と言いたい所だけど、気にはなるな」


 真が答える。実際礼子がこの場にいないというのが、噂の信憑性を強めている気がしてならない。


「三年の連中の件もだけど、怪人ひょっとこ男の仕業とか、作り話くさいけどな」

「僕もそう思う」


 思うというより、そう思いたいというのが真の本心だ。礼子とは最近わりと喋るようになった仲でもあるし、酷い目にあったという話は偽りであってほしい。

 だが、そんな真の願望を壊すかのように、突然一人の女子生徒が壇上に駆け上がり、校長からマイクをひったくって、こう告げた。


『私は昨日通学路で犯されました』

 菊池礼子だった。


『噂は本当です。見ていた人も多かったですし。私を助けようとして殺された人もいます。噂の通り、うちの学校の制服を着て、ひょっとこの面を被っていました』


 まるで真のように、無表情かつ淡々と話す礼子。それまで雑談でにぎわっていた生徒達が一斉に押し黙り、固唾を飲んで礼子の話に耳を傾ける。教師達すらもあまりの出来事に、固まって動けなくなっている。


(何言ってんだ、あいつ……。何で犯されたことになってるんだ。俺は最後までやってないぞ)


 一瞬、唖然としかけた計一だが、礼子が何で自暴自棄になって自分で暴露しているか、流石に気がついた。


(でも途中まではやったわけだし、その様子も動画に撮られて……噂になって……それでショック受けてあんなことを……ってわけか)


 計一の想像は当たっていた。最後まで至らなくても、礼子に恐怖と屈辱の想いはたっぷりと植えつけられたし、陵辱されたという噂が一人走りしている。それだけでも礼子の心を壊すには十分すぎる。


『私は最悪の体験を味わい、心を殺されました。きっともう、この先まともな人生を送れないと思います。これで満足できましたか? 私が犯されたという噂を楽しんでいる皆さん』

「やめろ」


 由美が止めに入りマイクを取り上げようとしたが、礼子は自らマイクを放り捨て、壇上から飛び降りた。そして二年の列――自分のクラスの方へと目を向ける。明らかに、その一番前にいる真の方に視線を降り注いでいる。

 ゆっくりと真の方へ向かっていく。ずっと真を見つめたまま。明らかに常軌を逸した雰囲気に、真も宗徳も息を呑む。


「ねえっ、もう知ってるだろうけれど、私、相沢君のこと好きなの。付き合ってくれない?」


 それまで無表情だった礼子が微笑みをたたえ、大勢の生徒達が見守る中、よく通る声で言った。いや、生徒全員に聴こえるようにわざと大声で言ったのだ。


 真は何も答えられなかった。気の利いた言葉が思い浮かばない。だが礼子はそんな真のリアクションを見透かしたかのように、笑いながら言葉を続ける。


「そうよねー、汚されちゃったから、それもこうして知れ渡っちゃったから、私なんて余計駄目だよねー」


 歪な半笑いを浮かべ、自虐的な響きの上ずった口調で言う礼子。誰の目から見ても、明らかに今の彼女の精神状態はおかしい。どんな言葉を投げかけようと、爆発する地雷と化すであろう。


「そういう理由で付き合えないとか、そんなことはない。でも、そうじゃなくて……」


 しかし例え黙っていても悪い方向に解釈し続け、傷ついていくのがわかったので、せめてどうにか傷つけない言葉を選び、彼女の心の痛みを和らげようと試みる真であったが、それがうまくいくはずもなかった。


「だったらさ……二股でもいいから付き合ってよ……。私が二番目でもいいから……私を慰めてよ……。癒してよ……」


 歪な笑顔のまま、双眸から涙をこぼし、礼子は真に懇願するかのような響きの口調で言う。実際それは魂の叫びであり、懇願だったのかもしれない。

 真は何と言っていいかわからず押し黙ってしまい、そうしているうち由美や他の教師がやってきて、礼子を連れ去ってしまった。真はそこで「うん」と言えばよかったと、その後ずっと後悔する事となる。


***


 昼休み。計一はその日もラノベを広げていたが、ポーズだけで読んではいなかった。朝の出来事のせいで、頭に全く入らない。


 片想いであった菊池礼子は壊れてしまった。自分が壊してしまった。三年の不良共を殺した時は、罪悪感など一切無く、爽快感だけだったというのに、礼子の時はまるで違う。後味の悪さのあまり、計一の思考はほとんど停止したままになっていた。


(これというのも、全部あいつが悪い……)


 ようやく気を取り直しかけた計一がまず思った事は、全ての罪の元凶は相沢真にあるという考えだった。


(あいつがいたから俺は苦しみ、菊池もあんな目にあったんだ。あいつが悪い。おまけに朝のあのやりとりは何だ。あいつがもっとしっかり対応して菊池を支えてやりゃあよかったのに、うろたえやがってよ。普段はクールキャラ演じているくせして、ここぞという所で化けの皮が剥がれやがったな。あー、情けない)


 自分のことは棚に上げ、真の礼子への対応を己の中で不甲斐ないと断じて、激しい苛立ちを覚える計一。


『ではいよいよ本番に入ってもらおーかなー。まずこちらで裏通りの荒事に長けた者を三人ほど雇っておくから、君自身は手を出さず、その三名を使ってねー。彼等三名に、相沢真君の周囲の誰かを襲うように指示を出しといて。本人は駄目だよー』


 雪岡純子からメールで指示されるが、その内容は奇妙な代物だった。


『使う? 何のために俺じゃない誰かを使うんだ?』

『それも私の研究のため、そしてゲームの盛り上げ要素だとでも思ってほしいかな。私にとっては必要な事だから、ちゃんと私のシナリオ通りに動いてねー』


 納得のいく説明は返ってこなかったが、指示には従った方がよさそうだと判断する。何しろ自分に力を与えた人物だ。自分が今持つ以上の力は当然持っている事だろうし、関係は良好に保っておいた方がいいに決まっている。


『ならあいつの家族がいいかな?』

 歪んだ笑みを浮かべて訊ねる。


『いいんじゃないかなー。じゃ、後は任すねー』


 雪岡純子とのメールは終わった。わざわざ他者の手を使う意味がわからないし、雪岡純子ではなく、自分がそのチンピラ三人とやらに指示を出す理由もわからないが、すでに計一の中でそんな疑問はどうでもよくなっていた。


(どうせあいつは俺と違っていい家族に恵まれているんだろう。それを目の前でブチ殺された時、どれだけあいつが悲しむか、考えただけでぞくぞくするぜ)


 同じ教室という空間の中で、そんな邪悪な想いに馳せる者がいるなどとは露知らず、真は仁と宗徳、それに由美を前にして、あからさまにどんよりとした空気を作っていた。

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