26
朽縄一族は国仕えの妖術流派においては白狐家と並び、二大巨頭とも呼ばれる大家であるが、滅多に動く事が無いので、同業者達からの評判はあまりよろしくない。
朽縄の当主である朽縄正和からすれば、たださぼっているわけではなく、国家を守護する最後の壁として存在しているとの弁だが、その結果最も安全圏にて、大して血を流す事も無く、稼ぎだけは頂いているという事実も確かにある。
その朽縄一族が、現在血を流しまくっている。
「うちはPO対策機構にあまり関わってなかったのに、な。それでも攻撃してくるとは、驚いた、な」
外出していた朽縄正和が本家の道場に帰宅し、一族の者達が殺されまくっている惨状を見て、危機感の無い声を出す。
正和だけではない。一族の者が続々と本家道場に集まってくるが、余計に死体の山を増やし、襲撃者にとって願ったり叶ったりの展開となってしまった。
デビル、勤一、凡美の三名は、朽縄の妖術師達相手に楽な戦いをしていた。まとまって襲ってくるわけでなく、少しずつ援軍がやってくるので、追加された分の援軍だけを相手にすればよい格好となる。
このような初歩的なミスを犯した理由は明白だ。朽縄一族の実戦経験が乏しいであるが故にだ。
「無闇に道場の敷地に入る、な。援軍が集結して数が揃うのを待つんだ、な」
流石に当主の正和はその事実に気付き、道場の外にいる術師達に制止をかける。
「しかし道場の中には女子供――非戦闘員や練習生も……」
術師の一人が訴える。
「そいつらを助けようとして今飛び込んでも、な。助けることも叶わず、ただ無駄死にするだけだ、な。PO対策機構にも援軍を要請したから、待つしかない、な」
「来てくれますかね……。我々は散々援軍要請も拒み、無駄飯食らいと蔑まれているのですよ?」
他人事のように言う正和に、別の術師が苛立ちと皮肉を込めて問う。
「その可能性は大いにあり得る、な。でも今騒いだ所で……」
正和の言葉が途中で止まった。
デビル、勤一、凡美が、道場の敷地を出て、正和達の前に現れたからだ。
「こいつらも仲間だよな? ただの偵察か?」
「援軍来るまで待機していたんじゃない? 待っている間にこっちが出てくるとは面なくて、油断してたのかしら?」
勤一と凡美の台詞を聞いて、正和は嘆息した。正にその通りだった。
「大間抜けだった、な。覚悟を決めて戦うしかない、な」
正和が渋い顔で獣符を三枚取り出して放つ。道場の敷地内に生き残りがいた事を確認出来ていたために、まだ交戦中で、外に出てくることなどないと、高を括っていた。
巨大な狼の顔が三つ、空中に出現する。顔の側面からは蝙蝠の翼と蟹の鋏が生えている。
デビルが重力弾で、凡美が棘付き鉄球で、あっさりとウルフフェイスを迎撃する。
「うぐ……これまでのに比べて、結構パワーあるな」
勤一は青黒マッチョに変身し、ウルフフェイスの口を両手で受け止めて防いでいたが、口が徐々に閉じつつある。そのうえ脇から生えた蟹の鋏が、勤一の手を挟んでくる。
勤一に噛みつかんとしていたウルフフェイスが突然消えた。デビルが消滅視線を使ったのだ。
他の術師達も一斉に獣符を取り出し、部分的な合成獣を次々と呼び出すが、三人はすでに朽縄の術師達と交戦を続けていたので、もう慣れてきていた。呼び出された獣をいなしつつ、術師に向かって攻撃を繰り出し、少しずつ術師の数を減らしていくという作業を行うだけだ。
しかし正和の術だけ飛びぬけて強いせいで、道場の中でのこれまでの交戦程には、スムーズにはいかなかった。
「あのヨレヨレ服が大将みたいだ。あいつから殺した方がよくないか?」
勤一が正和の方を向いて提案する。
「了解」
デビルが頷き、正和の背後に転移する。
正和は気配を察知し、振り返り様に獣符を放つ。
獣符はターココイズブルーの巨大な海月となって、正和の全身を覆う盾のような格好で現れる。
デビルの背から、棘や刃が生えまくった太い黒手が四本伸びて、海月を遠回りして裏に回り込もうとする。
黒手のうち二本は、海月の触手に絡めとられて止まる。しかし残り二本の黒手は触手を避けて、海月の裏に回り込み、正和に襲いかかった。
「それはないんだ、な」
正和は苦笑いと共に新たな獣符を放つ。目から腕が、耳からはタコの触手が生えた、巨大な猿の頭が現れた。かなり際どいタイミングで、目から生えた手が黒手を掴んで止める。
次の瞬間、黒手から凄まじい勢いで炎が噴き出した。獣符から出された巨大猿頭が焼かれ、正和も業火に包まれる。
「サラマンダー・サック」
デビルが能力名を口にする。本来は自分の体から炎を出す能力だが、デビルが作った黒手からも炎が出せるようになっている。
「うわああぁあぁっ! あぁうあ! ああぁーッ!」
全身炎に包まれた正和が絶叫をあげてのたうち回ったが、すぐに動かなくなった。
当主が焼死する場面を目の当たりにした朽縄の術師達は、完全に士気をくじかれた。凡美と勤一はそんな彼等を容赦なく殺害していく。
敷地の外にいた術師達を全滅させた三人は、また敷地内に戻る。道場の中にまだ人の気配があったが、挟み撃ちにされる危険性もあったので、先に援軍を潰したのだ。
家屋の中に入ると、まだ十代前半と思われる術師が数人、デビル達の前に震えながら立ちはだかる。その後ろには、非戦闘員と思われる老女が震えている。
「残っているのは、まだ半人前とかお手伝いさんとか、そんなんだな」
勤一が言う。
未成年の術師達を見て、凡美はユダや自分の息子の凡助と重ね合わせる。
「お願いデビル。まだ小さいし、その子達は殺さないであげて」
「情けをかけても、相手は復讐しに殺しにくる」
凡美が懇願したが、デビルは溜息混じりに難色を示す。
「それでもいいなら殺さないでおく。凡美の頼みだし」
デビルが言い捨て、少年術師達に背を向けた。
「ということだ。お前等、死にたくなければそこから動かないでおけ。向かってきたら殺すぞ」
勤一が少年術師達を恫喝し、彼等と視線を合わせたまま後退する。
「次の場所は、殺してはいけない相手が何人かいる」
朽縄の敷地を再び出た所で、デビルが口を開いた。
「殺してはいけない? どういう理由でだ?」
「純子の知り合いだから。でも勢い余って殺すのは仕方ない。それは不可抗力」
勤一の問いに、デビルはそう答えた。
***
史愉、男治、チロン、ミルク、バイパー、カケラ、優の七名が、輸送ヘリで移動していた。この七名が、デビル討伐隊だ。
「連絡が入ったぞー。朽縄一族も全滅したみたいっス。間に合わなかったね。ぐぴゅぴゅ」
「ろくに働かずに無駄飯食っていると評判の人達ですし、ま、別にいいんじゃないですか~?」
どうでもよさそうに言う史愉と男治。
「ぐっぴゅ。しかし次の候補地になら間に合うかもしれないぞ。ここから近いっス。朽縄ン家よりも近くにあるッス」
「ちょ……ここは……」
史愉がホログラフィー・ディスプレイに差した場所を見て、男治の顔色が変わる。
「デビルがその場所に行くとわかるのか?」
ホログラフィー・ディスプレイの地図を見て、バイパーが疑問を口にする。
「近場だから選ぶ可能性が高そうだという理由だぞー」
あっさりと言い放つ史愉。
「行きましょう! すぐ行きましょう! もしふくの身に何かあったらと思うと、お父さんはいてもたってもいられませ~ん!」
必死の形相で喚きたてる男治に、一同呆気にとられる。
『男治が珍しくエキサイトしているが、どこに行くつもりだ?』
「星炭流妖術の本家道場ッス。家出している男治の娘の居候先だぞ」
ミルクが問うと、史愉が答えた。
「グリムペニスとスノーフレーク・ソサエティーはともかくとして、政府の子飼いばかり狙っておるのー。一方で裏通りの方は襲わんのは何故じゃ?」
『裏通りは組織や個人がバラけすぎている感あるからじゃないか?』
チロンの疑問に対し、ミルクが推測を口にする。
「勇気と政馬にも連絡いれたぞー。自分のことを悪魔と名乗る馬鹿餓鬼を今度こそぶっ殺してやんぞーっ」
「ぼこぼこにされたくせに威勢がいいのー」
意気込む史愉を見て、チロンが呆れながら言った。




