25
デビル、勤一、凡美の三人は、PO対策機構に所属するとある集団に襲撃する前に、遅めの昼食を取っていた。
「随分と大食いなんだな」
三人分以上はありそうなメニューが、デビルの前のテーブルに並べられているのを見て、勤一が言った。デビルはやや細身な体つきをしているのに、この食事量は余計に異常に思える。
「僕にとっての超常の力を使う代償。特に分裂は消耗が激しい。贅肉はつかない。全てエネルギーに変換される」
「なるほどね」
「能力を詰め込み過ぎたせいで、以前のような分裂はできなくなった。スペックが高くなった僕をもう一体生み出すわけだから」
「ふむふむ」
「少しスペックを落とした分裂体を作るという事もできない。どちらも本体だから? スペックを落として分裂体を増やし過ぎると、力が大幅ダウンすると、純子が言っていた」
「なるる」
「そうなのね」
デビルの話に相槌を打ちながら、食事をとる勤一と凡美。
「ところで雪岡純子ってデビルの彼女なのか?」
勤一のその質問に、デビルは食した麻婆豆腐を少し噴き出した。
「デビルもそんなリアクションするのね」
凡美が小さく笑う。
「純子と付き合っているわけじゃない。あれは真のものだし」
「そうなのか。でも真て……相沢真だろ。一応敵なわけだし、遠慮する必要あるのかよ?」
デビルの言葉を聞いて、不思議そうに尋ねる勤一。
「敵だけど、一目置いてるし好意もある。女の取り合いなんて、醜い真似はしたくない。純子ともそういう関係になりたくはない。僕はそういうのはいらない」
デビルが心情を吐露する。
「それって貴方のこだわりなの?」
「色々ある。いや……昔嫌なことがあって、そこからも来ている」
凡美に問われて答えながら、デビルはまた、お人形さんにした睦月を弄んでいる自分のことを思い出し、激しい不快感を催す。
『俺はまた君に会える気がする』
人形にされて弄ばれたにも関わらず、睦月は別れ際にそんな優しい台詞を自分にかけてくれた。デビルはそれが堪えている。もう色恋沙汰は避けたい。ましてや他の男も絡んできたり、嫉妬心が作用したりと、そんな複雑な事態は絶対に御免被りたい。
「色々複雑そうだけど……」
「正直触れてほしくない話題。やめて」
何か言おうとした凡美を、デビルが制した。
「相沢真のことは聞いておきたいな。お前とどういう関係なんだ?」
「向こうは僕のことを大して意識していないと思う。僕は勝手に意識している」
勤一の質問を受け、デビルは答えた。
「僕が戦って負けた相手を倒した。どう考えても勝てそうにない相手なのに、挑んで勝った。意思を貫き通した」
孕聖村でデビルは真と交戦した時、真が百合に勝てるとは思えなかった。しかし真は勝利した。
そして真は、今度は純子に挑もうとしている。最初、真の方に心が傾いていたデビルだが、真が純子に挑む理由が陳腐で気に入らなくて、一気に冷めた。故にデビルは純子についたが、それでも、勝てそうにない相手であろうと自分の意思を貫こうとする真の姿勢には、強く惹かれている。
「純子は殺すなと言ってたけど、真が純子の最大の障害になるんじゃないかと、僕は強く予感している。だから僕は真を全力で止めるつもり」
「そのためには、純子の言いつけを破って、相沢真を殺すのも吝かではないと?」
デビルの話を聞いて、凡美が確認する。
「そうなる」
デビルは躊躇うことなく頷いた。
***
勇気と鈴音は久しぶりに、住処である明時神社へと戻った。何日も空けていたが、拝殿の中は空気が淀んでいる事も無い。二人がいないうちに、神社関係者が清掃をしてくれていた。
拝殿の中に入るなり、二人は畳の上二寝転がる。
「純子とデビルのせいで毎日大変だね」
「全くだ」
鈴音のぼやきに、勇気はぼんやりとした表情で同意する。
「デビルも……民主主義をリザレクションどーこーの馬鹿共も、よほど俺のことが嫌いなんだな。そんなに憎まれるようなこと……嫌われるようなことした覚えは無いんだが」
力無い声で口にした勇気の台詞に、鈴音は怒りを覚える。
「勇気は自分を犠牲にして他人を救っているのに、そんな勇気を嫌って、いじめようとして……何なのあいつら……地獄に落ちればいいっ」
鈴音が悔しげに吐き捨てると、勇気は無言で鈴音に手を伸ばし、肩を軽く撫でる。
いつもの勇気らしからぬ所作だが、鈴音は別に驚かない。鈴音が真剣に怒っていたり悲しんでいたりすると、勇気は優しくなる。
『悲しい話だね。人間を助け続けていたのに、最期は人間と戦って、人間に殺されるなんて』
勇気の脳裏に、数年前の記憶が蘇る。鈴音が口にした台詞が蘇る。
「昔、木島の里の郷土資料館に行ったこと、覚えているか?」
勇気が鈴音の方を向いて伺う。
「うん」
鈴音も思い出した。人のために尽くし、人のために戦い、最期は人に殺された癒しの大鬼。その話を聞いて、鈴音が口にした台詞も、勇気が返した台詞も、覚えている。
「もう一度言う。俺はあんな馬鹿げた死に方をする気は無い」
力強く宣言すると、勇気は鈴音の手を強く握った。
「そして今の生き方を変える気も無い。半年前は……気持ちが揺らいで、純子の思惑通りに動いてしまったけどな」
大きく息を吐く勇気。
「こんな声が聞こえない世界になってほしい。あと少し……世界が優しくなれば、あの忌まわしい泣き声は聞こえずに済むんじゃないかって、漠然と考えていたんだ。でも……それはすごく難しいことだ。だから……惑わされてしまった。そして今の世界を作ってしまった……。俺も戦犯だ」
「勇気が惑わされても、誰にも勇気を責める視覚なんて無い」
先程の力強い声とは一転して、虚しげに語る勇気に対し、今度は鈴音が力強い声で断言した。
「前にも言ったが、俺は政馬の気持ちもわかる。純子の気持ちもな。理想の世界のために、世界そのものを作り替えちまおうって発想。でもそのためには、多くを壊さないといけない。そんなやり方、俺は断じて認められない。それじゃあ今まで俺がやってきたことは何だったんだって話になる。助けてきた奴等も殺しちまうんだぞ」
そこまで話した時点で、勇気は鈴音の手を放して起き上がる。
「あの大鬼が何で木になったのか。自分の出来る範囲で、救えるだけ救おうとした果ての姿だ。俺もそうする。自分の出来る範囲で努力する。ただし、あの大鬼のような結末にはならない」
それは勇気が何度も口にしていた台詞だ。全てを一気に引っ繰り返す事はしない。近道もしない。大を取って小を切り捨てるようにやり方もしない。
「政馬は世界を醜いと断じて、純粋な世界を創るため、醜さを全て排除しようとした。強引に消そうとした。あいつはその方針を改めたかと思ったら、さっきの様子を見ると、そうでもないようにも思えてきた」
「政馬はもう大丈夫だよ」
きっぱりと言い切るし鈴音を、勇気は不思議そうに見た。
「何でそう言いきれる?」
「女の勘」
「お前のどこが女だ。鈴音のくせに生意気だぞ」
「ひどい、ひどいよ勇気」
勇気が鈴音の鼻をつまんでひねっていると、拝殿の扉が開く。
「おお、帰って来たか、鬼っ子達よ。そして早速やっとるのー」
入ってきたのは星炭玉夫だった。
「げへへ、私達毎日盛ってるの」
「黙れ。下ネタはやめろ」
「むぐぐぐ……」
嬉しそうに下卑た笑い声を漏らす鈴音の顔に、勇気が座布団を乗せて押し付ける。
「鬼っ子よ、くれぐれも気を付けるがよいぞ。よくない卦が出ておるでな」
「またそれか」
真顔で忠告する玉夫に、勇気はげんなりとした顔になる。
「わりと当たるからタチが悪い。当分用心しておかないとな」
「はははは、相変わらず素直に礼が言えん奴よ」
勇気の台詞に、玉夫はいつもの快活な笑みを浮かべた。
***
グリムペニス日本支部ビル。史愉のラボ。史愉の前には、男治とカケラと優がいる。カケラは寝台に寝かされている状態だが、意識はある。
三時間前、カケラの改造強化手術が終わった所だ。かなりの長時間に及ぶ手術だった。
優がここにいる理由は、新居が提唱したデビル討伐隊に加わるために、史愉達の元に訪れたからだ。デビルと戦うのであれば、グリムペニスの面々と共にいた方が良いと判断した。
「君はスノーフレーク・ソサエティーの一員なんだろ? どうしてこっちを選んだの? ぐぴゅ」
「私がこっちに先につくことで、スノーフレーク・ソサエティーも繋がりやすくならないかなあという、そんな計算ですう」
史愉の問いに、優が答える。
「その計算が意味有ったか無いかわからないけど、政馬達は協力すると言ってるぞ。普段なら突っぱねっている所だけど、今回はそうも言ってられないぞ。共闘してやることにしたぞ」
と、史愉
「新居の呼びかけで、PO対策機構でデビル討伐隊が組織されたのはいいが、問題はデビルが神出鬼没すぎて、討伐隊が駆けつけた時には、殺戮が終わっている可能性が高いことと、すぐに逃げられてしまうことっス。加えて、昨日のスノーフレーク・ソサエティー襲撃は、純子と累も一緒だったぞー」
「転移は封じないダメですね~。特に彼は、長距離転移能力を会得しているようですし、厄介ですよ~」
史愉と男治が言ったその時、電話がかかってきた。
『朽縄一族が襲われている。救援を頼む』
救援要請をしたのは防衛省事務次官の朱堂春道だった。
「今から行って間に合いますかあ?」
優が尋ねる。
「ここからそう遠くはないっス。ヘリで急行するぞ」
「朽縄一族は相当な強者の集まりですから、あるいは粘ってくれるかもしれませんよ~」
史愉と男治が言うと、カケラが身を起こした。
「俺も行く……」
憤怒の形相で宣言するカケラだが、その声はかすれている。動きもぎこちない。手術が終わったばかりで、体が回復しきっていない。
「とてもその体じゃ動けそうにないッス。どうしてもというなら、到着する頃までに回復するよう、薬打ちまくっておくぞー」
「頼む……」
史愉が言うと、カケラは迷わず応じた。その打ちまくる薬に恐ろしい副作用があろうことは、カケラにも予想できたが、考慮はしなかった。




