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「鈴音、落ち着け。冷静さを失ったらあいつの思い通りだ」
デビルを真っすぐ見据えている鈴音の肩に、勇気が手を置く。
「勇気にそんなこと言われるなんて、いつもと逆だね。大丈夫だよ」
デビルから視線を外さず、凍える業火のようなオーラもいささかも鎮める事無く、鈴音は言った。
「全然大丈夫に見えないが、信じてやる。絶対暴走するな」
勇気が力強い声で告げ、今度は鈴音の背中を強く叩く。
「そちらからどうぞ。僕はその次に話すよ」
政馬が掌を純子に向けてかざし、促す。
「何で私がスノーフレーク・ソサエティーに入って、そしてあっさり裏切ったか、知りたい?」
「もちろん知りたいよ。聞きたかったことだよ。僕は純子のこと凄く気に入ってたし、僕等の仲間のままでいてほしかったし」
純子の問いに対し、笑顔のまま、残念そうな声で言う政馬。
「私は政馬君と全く考えが合わなかったし、認められなかった。完全に正反対で、受け入れられないものだったんだよねえ。でも、だからこそあえて味方になってみたんだよ」
「いいね。面白いよ。絶対に合わない相手にあえて与するっていう選択。それが出来ちゃうのが純子の面白い所だね」
政馬のその言葉は皮肉ではなく本心だった。
「例え思想的には合わなくても、政馬君の作った組織には価値があると見たし、そこから学べるものはあるだろうし、種を蒔く事も出来るだろうと思ってね。ああ、投資と言った方がいいかなあ」
「それはうちの組織の技術者達の面倒見てくれたことかな?」
「うん。ああ、別に私の思想を刷り込んだりとかはしてないから、安心していいよ。ただ、お互いに刺激にもなったし、良い関係性も築けたし、実り有る時間だったよ」
「有意義だったのは何より。でも結局は裏切った。で、話って? まさか裏切った理由を話したかっただけ?」
「それもあるけど、それだけじゃないよ。ここからが本題。私は政馬君の目指す理想世界は絶対にお断りだけど、部分的になら認めていいんじゃないかとも思うんだよね」
純子の言葉を聞いて、政馬の顔から作り笑いが消える。
他のスノーフレーク・ソサエティーのメンバーも、累と交戦中のジュデッカも、純子の話に気を惹かれていた。
「君達が君達だけの楽園を築く。それでいいよ。君達の国を作って、他国とは隔絶された状態で、君達の理想の国を目指すとか、そういう形なら協力してもいいかなーと。私が転烙市でやったあれみたいにね」
「実はそれ、僕達はすでに検討し始めていた所なんだ。ほぼ同じ考えだよ」
軽く肩をすくめ、政馬は言った。口元に張り付かせた微笑が戻っている。
「今、スノーフレーク・ソサエティーは勇気の持ち物になったし、勇気は僕が考えていた理想郷は認めない。全人類を粛清は駄目だってさ。それならせめて、僕達だけの楽園を作ろうって、そういう計画も出てる。それなら勇気も反対しないだろうしね。だよね? 勇気?」
政馬が勇気の方を向いて伺うが、勇気は政馬に視線を向けているだけで、何も答えようとしない。
「政馬。君の思想、純子から聞いた」
カシムもミサゴも他の戦闘員も仕掛けてこなかったので、話を聞いていたデビルが唐突に口を開く。
「世界は神様に意地悪く作られている。世界を良い形にしようとしても、絶対にどこかに歪みが生じる。一見良い社会に見えても、その陰には犠牲が生じている」
そこまで喋った所で、デビルは純子を一瞥する。
「純子なら、神様の意地悪もぶっ飛ばして、歪みごとまとめて、世界を焼き尽くせる可能性があると、僕は感じた」
「これからそれをやるってこと?」
政馬が嘲笑する。
「デビル、君と僕とはちょっと考え似ている所もあるみたいだね。ちょっとだけどね。色々あって同じ所に行き着いた――部分もあったようだね。うん、僕はそう思うよ。だったらどうしたって話でもあるけど」
「似ているのは認める。一部だけ。でも僕や純子と政馬は、決定的に違う。僕達が望むのは、程良く混沌とした日常。極端なユートピアでもディストピアでもない。君が望む世界は滑稽」
「パラダイスペイン」
会話途中で、鈴音がカッターの刃で自らの掌をゆっくりと切り裂き、奇襲を行った。
政馬は驚いて振り返る。背後から気配を感じ、振り返った時には床から血飛沫があがっていた。
政馬の後方の床が盛り上がり、保護色と平面化を用いて潜んでいたデビルの分裂体が、全身から派手に血を噴き出しながら出現していた。
二人のデビルが同時に鈴音を見る。デビルの奇襲に最も早く気付いたのが鈴音だった。そして奇襲前に仕掛けた。
(心配いらなかったか。むしろこいつ、キレている時の方が役に立つかもな)
冷静かつ鋭敏に察知し、即座に対処した鈴音を見て、勇気は思う。
「藪蛇。寝た子を起こした?」
政馬の後方にいる血塗れで倒れているデビルが、鈴音を見てにやりと笑う。
その倒れたデビルの背中から腹部にかけて、鈎爪が貫いた。床の下から現れたカシムの奇襲だ。
デビルはすぐに自身の体をもんじゃ焼きの具状態にして、鈴音とカシムにやられたダメージを無効化する。
「ヤマ・アプリ。八大地獄モード。黒縄地獄」
政馬がデビルの罪業をエネルギー化して、ヤマ・アプリの奥義とも言える八大地獄モードを行使する。
燃え盛る黒い縄が何重にもデビルに巻き付いていく。さらには燃え盛る鉄の針が何本も床の下から現れてデビルの体を貫き、燃え盛る鉄の斧がデビルの体を刻んでいく。
ゾル化して逃げることも、転移で逃げることも、平面化で逃れる事も出来なかった。燃え盛る黒縄はデビルの力の発動すら封じきっていた。そしてデビルはあっという間に黒コゲになっていく。
(凄いパワーだ。しかもその力の源は僕にある。そう、政馬は僕にとって天敵。性格も嫌いだけど、相性の悪さという意味でも、殺した方がいい)
最初からいた方のデビルが、奇襲した方の自分の体がいともあっさりと焼却される様を見て思う。
「こうして見ると、ジュデッカと累、純子とデビル、似た者同士だね。ジュデッカ達は罪業も罪悪感も大きいけど、純子達は罪業は大きくても罪悪感は無いし」
ヤマ・アプリに映し出されたそれぞれの人物の顔と、黄色と赤の数字を見て、政馬が言った。
(そもそも罪業と罪悪感を力に変換の意味が不明。それらをエネルギーに変えたら、罪業と罪悪感は減るの? 罪悪感はともかく、罪業が減るというのもおかしい)
政馬の能力に、釈然としないデビルであった。
「デビルは政馬君相手だと、凄ーく相性が悪い相手だねえ。てなわけで――」
純子が喋っている間に姿を消す。
「私が相手をするよ」
政馬のすぐ目の前に現れた純子が、政馬の喉元めがけて手を伸ばす。
しかし純子の手は、政馬に届かなかった。純子は途中で動きを止めて、素早く横に跳んだ。
政馬の前方に、目だけが光り輝く影法師のようなものが出現し、政馬をかばう格好で純子の前に立ちはだかる。
「百合ちゃんの弟子の一人、雅紀君の仮想霊だったっけ」
影法師の目の光を凝視し、純子は不敵に笑う。この影法師の光る眼を見ると、体感が色々と狂う効果があるが、純子はそこまで知らない。しかし知らなくても、何かしら悪影響を及ぼしにかかる力が有る事は、一目で見抜いていた。
「これは中々凄いかも。私も抵抗するのに必死だし」
純子が自身の抵抗力を上げつつ、人工魔眼の力をフルに用いて、影法師の解析を行う。
「それ、目を見なければいいんじゃないですか?」
「あ、そうか」
累に指摘され、純子は影法師の光る眼から視線を外した。
「ヤマ・アプリ、断頭台」
政馬が純子の罪業を利用して純子を攻撃する。不可視の斬撃が純子に降り注いだが、純子は軽く横に跳んで回避する。
一方で、ミサゴがデビルに向かって攻撃を再開していた。左右にステップを踏みながら突っ込んでいく。
そのミサゴの動きに合わせて、スノーフレーク・ソサエティーの戦闘員達も、デビルに向かって攻撃しだす。
「プロミネンス・ストーカー」
「パラダイスペイン……」
勇気がデビルに炎のアーチを放ち、鈴音は頬をカッターで切り裂く。
まるで全員で示し合わせたような一斉攻撃だった。まず鈴音の力が作用し、デビルの体が不可視の力で突き上げられたかのように、上方へと垂直に弾き飛ばされる。体をゾル化する間も無い不意打ちであったし、例えゾル化しても、鈴音の攻撃を回避も防御も出来ず、そのまま打ち上げられていただろう。
空中に打ち上げられたデビルに対し、スノーフレーク・ソサエティーの戦闘員の遠隔攻撃が、雨あられと飛来する。
デビルは転移して、それらの攻撃を避けた。体をゾル化できるといっても、どんな厄介な能力の攻撃があるかわかったものではない。余裕をかましてはいられない。
鈴音と勇気が気配を感じ取って振り返る。デビルは二人の後方に転移していた。デビルが転移した場所は、勇気達のすぐ真後ろというわけではなく、少し距離が離れている。出入り口を背にした格好だ。
勇気が振り返るなり、大鬼の足を具現化させ、デビルを蹴り上げんとする。
デビルは大鬼の蹴りを避けなかった。単純物理攻撃であれば避ける必要も無い。体をゾル化して凌げばいいだけだ。
大鬼の足が出入り口の自動ドアを粉砕する。防弾ガラスのドアが吹き飛ばされたが、半ば液状化したデビルの体は、大鬼の蹴りをすり抜けていた。
「パラダイスペイン!」
鈴音が自分の目玉にカッターの刃を突き立てて叫んだが、デビルは力の発動と同時に大きく横に移動していた。デビルのいた空間に光の柱が発生する。
あのまま自分が留まっていたら、光の柱の中でどうなったかわからないが、例え今の体でもただではかまなかっただろうと、デビルは確信していた。
デビルが勇気に向けて手をかざし、白ビームを放つ。
「身代わりUFO」
勇気が銀色の円盤を出して、自分と鈴音を護らんとする。
白ビームが身代わりUFOに直撃すると、たちまち円盤は氷の塊によって取り囲まれ、落下した。
それを見て、流石の勇気も危機感を覚えた。ここまであっさりと自分の防御が破られるとは思っていなかった。
身代わりUFOを落とした白ビームが、勇気をも捉えるかと思われたその時だった。
「ばりあーっ」「でぃっふぇーんす」
入口の方から声が聞こえた。
白ビームは勇気の直前で弾かれて、あらぬ方向へと曲がって放射し続けていた。
「いい所に来たな。褒めてやる」
入口に現れた者達を見て、勇気が眼鏡に手をかけて不遜な口振りで言い放つ。
デビルが振り返ると、入口には、真、伽耶、麻耶、ツグミ、熱次郎の五人の姿があった。




