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(不思議な話だ。いや――僕が気まぐれすぎるだけかな?)
つい数秒前まで動いて、自分を殺しにかかってきた者を素手でひきちぎり、痙攣する血肉の塊へと変えながら、デビルは物思いに耽る。
(半年前は純子の目的に反感を抱いていたのに。純子の目指す世界は、混沌そのものになりそうで嫌だったのに。負けを認めて諦めた時、心の中で、忌々しく捨て台詞を吐いていた。『好きな風に世界を変えればいい』って。今でも覚えている。でも変わった世界は悪いものではなかった)
活動しづらくなるという事も無かった。明智ユダのように、自分の存在をすぐ察知してしまう困り者も現れたが、それもたまたまの話だ。
デビルが今いる場所は、高嶺流妖術という妖術流派の本家道場だ。政府のお抱え術師の一族であり、PO対策機構の一員でもあるという理由だけで、デビルの襲撃対象となった。
道場の広い庭のあちこちに、様々な方法で殺害された亡骸が転がっている。襲撃から数分しか経っていないのに、死体の数は二十を越えた。
「こんなの勝てない……。当主……逃げた方が……」
デビルを見て、壮年の男が恐怖で青ざめた顔を、年配の男に声をかける。
他にも多くの老若男女がデビルの前で戦闘態勢を取っているが、その戦意はほぼ失われている。何しろ残った彼等とほぼ同数の死体の山が、道場の敷地内に散乱しているのだから。
「馬鹿者! ここで引いたら高嶺流の沽券に関わるであろうが! この台詞を私が人生で何回言ってると思っているんだ! おっぱいおっぱーい!」
縁側の柱に蝉の如くしがみついた年配の男が、憤怒の形相で喚き散らす。
(世界を焼き尽くせ……か。言葉だけは威勢がいい。僕の同胞達――憧れしシリアルキラー達。世界を焼き尽くせ。でもその言葉は――目の前の世界を焼き尽くすだけの話)
心の中で呟きながら、デビルは眼前の光景と心の中の映像を重ね合わせていた。
(純子は――本当に世界全てを焼き尽くす)
デビルは夢想する。世界が焼き尽くされる光景を。脅え、泣き、怒り、必死の形相で逃げ惑い、絶望して崩れ落ちる、無数の顔を。
それは今現在、デビルの現実でも展開されている光景でもある。脅え、泣き、怒り、必死の形相で逃げ惑い、絶望して崩れ落ちる、無数の顔がある。それを作っているのはデビルだ。
(僕はそんな純子と同じ道を歩いている。つまり僕も一緒に世界を焼き尽くしているんだ)
そう意識すると心がとてもウキウキワクワクしてしまう。気持ちが弾む。踊り出したいくらいの気分になってしまう。悪の心に春の陽気が満ちている。
「せっかくこんなに明るく晴れやかな気持ちになっているんだ。悪魔らしく、精一杯踊って楽しまないと」
声に出して呟いた直後、恐怖に怯えていた敵達が、勇気を振り絞って――というより、ヤケクソ気味に攻撃してきた。一斉に攻撃の術を用いる。
「明太子シールド」
デビルの体が完全に見えなくなるほどの巨大メンタイコが現れ、全ての攻撃を防ぎ切った。
「ぎぇばっ!」
「重び! ぶぴっ!」
重力弾が降り注ぎ、二人の術師が潰された。
デビルが掌をかざし、白ビームが放たれ、一人の術師が氷漬けにされる。
肩や背中から生えた枝葉から放たれたビームが、二人の術師を穴だらけにする。
「君達も一緒に遊んでいるんだよ? 僕と。純子と。悪魔と。マッドサイエンティストと」
恍惚とした表情で、死者と生者を見渡して告げるデビル。
同胞が瞬く間にさらに五人殺され、残った術師達はすっかり臆してしまっていた。
「こうなったら私が出るしかあるまい! 高嶺流当主、参る!」
柱にしがみついてがなっていた男が威勢よく叫び、柱から地面に飛び降り、両手で印を組む。
「高嶺流妖術絶頂崩壊究極秘奥妙義・極Ⅳ! 蛮徒狂咲悶体陰裂黒霧地獄!」
当主が両手を大きく広げて叫ぶ。当主の体から黒い霧が溢れ出し、広がっていく。
「凄い」
思わずデビルの口から称賛の言葉がついてでる。かなり強大なパワーであることが、一目見てわかった。
黒い霧がデビルに迫る。デビルは消滅視線を用いて霧を消すが、当主から霧はとめどなく溢れ出すのできりが無い。
「ペペロンチーノ・ウィップ」
当主を攻撃したが、当主を守るようにして、黒霧が党首を覆う。霧に触れた瞬間、複数の麺の鞭が一瞬にして黒ずんで、弾け飛んだ。
(どう攻略したものか。中々厄介)
思案するデビルだが、すぐに考えるのを辞めた。自分が考える必要は無い。
「ウルトラ狐狗狸さん、どうにかならない?」
デビルが呼びかけると、箱を持った二足歩行の四尾の狐が現れる。
狐の手にする箱が開き、中から風が吹き出し、デビルに迫った黒霧の一部を吹き飛ばした。
直後、狐はすぐに消えてしまう。飛ばした霧の量も大したことはない。しかしそれで十分だった。
(そうか。そんな単純な手でいいのか。霧だし)
デビルは目の前の空気を圧縮すると、一気に解放した。殺人倶楽部の藤岸夫の能力だ。
「偶然の悪戯」
さらに運命操作術で、目論見の成功率が上がるようにしておく、これは御守り程度の代物で、確実な効果は期待していない。
「ぬおおおっ!」
凄まじい勢いの突風によって、黒霧の大半が吹き飛ばされ、悲鳴をあげてよろめく当主の姿が露わになる。
その瞬間、デビルは衝撃波を放ち、当主の体を大きく吹き飛ばした。道場の壁に叩きつけられる当主。
黒霧が消える。当主の精神集中が遮られ、術が解けたのだ。
「サラマンダー・サック」
倒れた当主めがけてデビルが手をかざして呟くと、手から猛烈な勢いで炎が噴出する。炎が当主の体を包む。これは新生ホルマリン漬け大統領のボスとなった、甘粕瑞穂の能力だが、瑞穂のそれより遥かに出力があり、激しい炎が遠距離まで噴き出る。
「うぎゃああぁあぁ!」
炎に全身を焼かれ、七転八倒しながら絶叫する当主。
「高嶺流も……おしまい……だ」
最期にそう言い残し、当主は果てた。
残った術師達はすっかり戦意を失くしていたが、デビルが襲いかかってきたので、引け腰ながらも必死に交戦する。しかし抵抗虚しく、次々と殺されていき、あっという間に全滅した。
(家の中にまだ誰かいる。隠れている。皆殺しにしておかないと)
デビルが屋内にいる者達の位置を探る。
(ああ、裏から逃げようとしている。逃がさない。だって僕は悪魔だし)
道場の裏口へと転移するデビル。
転移した先には、逃げようとしている数名がいた。二人は女性。一人は老人だ。他は皆子供だ。
突然現れた全身返り血塗れの少年に、女子供達は恐怖に固まる。彼女達は戦闘に参加せず、戦闘の様子さえ見ていなかったが、襲撃者によって一族が全滅した報告はされていたし、故に逃げようとしていた。そして現れたデビルが、一族を皆殺しにした襲撃者であるという事は、一目でわかった。
「遊ぼう」
デビルがにっこりと笑う。
老人も女も子供も、デビルは容赦なく殺していく。
最後に残ったのは身重の女性だった。
「お、お願い……助けて……」
小さな子供も容赦なく殺した相手に対し、命乞いなど無駄だと理性ではわかっているが、女性は恐怖に震えて懇願していた。
(孕み女か。これは壊し甲斐のある玩具だ。胎児を引きずり出して、まだ生きているうちに見せてあげよう。その時どんな顔をするか――)
無邪気に残虐行為を思い浮かべて、実行しようとしたデビルであったが、女性の整った容姿を見て思い止まる。
(似ている……)
女性の顔立ちは、勇気の知っている人物によく似ていた。おそらく親族だろうと思われる。
「鈴音の身内?」
デビルが鈴音の名を出すと、女性ははっとした顔になる。そのリアクションが答えになっている。
「ちゃんと答えて」
女の膨れた腹を片手で掴み、爪を突き立てるデビル。わかっていても確認のため、本人の口での答えを求める。
「そ、そうよ……」
「姉?」
「ええ……」
脅え、躊躇いながらも、女性が頷く。
「わかった。鈴音に免じて見逃す」
デビルが鈴音の姉の腹から手を放した。
「ただし、鈴音に直接会って、伝えて。今あったこと全て。デビルが皆を殺したと伝えて。すぐに会いに行って。直接口で伝えて」
「は、はい……」
直接会って口で伝えることに何の意味があるのか、鈴音の姉には意味がわからなかったが、言う通りにしないと、自分も腹の子共々殺されるのであろうと、直感的に理解していた。




