16
翌日。都内某所。新居、弦螺、沖田、宮国、朱堂の、PO対策機構のトップ陣が顔を突き合わせている。
「殺人倶楽部を含めた政府の特殊戦闘部隊拠点が二つ、政府お抱えの妖術流派が三つ、自警団組織の二つが壊滅しました」
「グリムペニス日本支部も襲われ、死者多数です。一応、退けましたけどね」
「他はともかく、あの殺人倶楽部が壊滅かよ」
朱堂と宮国の報告を受け、新居は舌を巻く。
「デビル一人でここまでやるとはね。だが純子のやり方としてはおかしいな、ここまで積極的に殺戮に臨む時点で、純子の指示というより、デビルの独断だろう。まあ、それも純子は承知のうえで許容しているんだろうから、同罪だがなー」
新居からすれば複雑であった。純子は新居にとって恩人であり、師にもあたる。裏通りに堕ちたばかりの時に世話になった。今、その純子と相対する事になっている。
「この先もどんどん襲われるぞ」
「全員一ヵ所にまとめるぅ?」
「全員は無理があるし、それこそ一網打尽にされかねない。しかしすぐに救援に行けるようにした方がいい。襲われた時に素早く対処も出来るようにしたい」
沖田、弦螺、新居がそれぞれ言う。
「真や勇気は、何か重要な情報を掴んで、対策に乗り出したようだ」
「ようだ?」
新居の台詞を訝る沖田。
「こっちにも情報を回さない。漏洩を恐れてな。それにしたって俺にだけは教えればいいのに、こいつは許せねーなー」
新居がぼやく。
「良いニュースと考えていいのでしょうか?」
「まだ何とも言えねーよ。活路となるかもしれない……って所かな。真の様子からするとな」
宮国が伺うと、新居は難しい顔で答えた。
***
正午。
ガオケレナは昨日、真達に猶予は92~104時間と告げた。
「現時点で残り時間は73~85時間になったな。アルラウネ砲台のガオケレナの言葉を鵜呑みにするならな」
喫茶店にて、ツグミ、伽耶、麻耶、熱次郎を前にして、真が言う。
「その時間を過ぎると世界崩壊」
「崩壊はしないけど、また世界が大変なことに」
麻耶と伽耶が言う。
「みどりちゃんはどうしたの?」
今日は男の子バージョンのツグミが、真に尋ねる。
「引き続き精神世界にダイブして調査中だ。ガオケレナの言う、協力してくれそうな根人を探してな。しかしこの調査とやらも、一筋縄ではいかないらしい。下手に接触すれば、こちらの行動も相手にバレてしまうし」
と、真。
「ガオケレナの存在自体が御都合主義的に奇跡だし、ラッキーだったよな。まあそれでもまだ綱渡りだし、成功するかどうかわからないが」
熱次郎が言う。敵の切り札が思想的にはこちらの味方で、協力してくれる展開は、奇跡的な幸運と捉えられた。
「デビルが昨日大暴れだったらしいね」
「竜二郎まで死んじゃった……」
「貴重な殺人倶楽部が……貴重な弟弟子が……」
ツグミが言うと、伽耶と麻耶が悲しみの表情になってうつむく。
「派手に暴れたもんだ。殺人倶楽部も黒柿島の連中も大勢殺された」
真は心の中で大きく溜息をつく自分を思い浮かべた。
「これも純子の指示か?」
熱次郎が口にした疑問は、真も思い浮かべたことだ。しかし――
「違うと思いたい。しかしデビルのこのパワーアップには、雪岡が絡んでいる可能性が高そうだ」
真ははっきりと否定しきれなかった。純子を信じたくても、完全に信じ切れなかった。マッドサイエンティストは目的のために手段を選ばない。親しい者を切り捨てる可能性も疑ってしまう。
***
グリムペニス日本支部ビル。
河馬我、白汰毘、ムロロンの死によって、綿禍は昨日から現在に至るまで、悲しみに暮れていた。誰が話しかけても返答をせず、押し黙って俯いていた。
「綿禍にも色々と協力して欲しい所ですが、あの様子では無理でしょうね。とほほ」
男治が史愉を前にして言う。同室に綿禍とカケラとチロンもいる。
「デビルは少しでも不利になると、とっとととんずらするようだぞー。勇気は散々ちょっかいかけられたにも関わらず、仕留めきれてないぞー。ぐぴゅ。次こそ絶対仕留めたい所だぞー」
「純子と累もあんなもんと組む神経がわからんわい。そのうえ自分が手掛けたマウスまで殺しおって……」
「純子なんて元々屑でカスで腐れ外道で人でなしのろくでなしだぞー。親切っぽく見せているのは上っ面だけで、一皮剥けばただのマッドサイエンティストだぞー」
「そうだったんかのう……。ま、何にせよ腹が立つことに変わりはないわ」
史愉とチロンが揃って不機嫌そうな声で話す。
「俺がデビルを殺す」
カケラが陰にこもった声で宣言する。
「あのですねえ、カケラ君では無理ですよ~。全然敵わなかったでしょ? 足手まといにしかならないから引っ込んでおきましょう。いくら怒っても、どうにもならないものはどうにもならないんですよ~?」
男治がへらへら笑いながらカケラを諭す。本人はこれでも諭していつもりだった。
「少しは言い方を考えたらどうじゃ」
「いえいえ、ここは厳しくとも、はっきりと言っておく場面ですよー」
注意するチロンに、男治は言った。
「カケラ、復讐したいならあたしが改造してやるぞー」
史愉が真顔でカケラに声をかけた。
「あたしも頭にきてるぞ。あたしのもてる技術全てぶちこんで、君を最高のマウスにしてやるぞー」
「頼む。俺はどうなっても構わないから、とびきり強くしてくれ」
史愉を真っすぐ見つめて、張り詰めた表情で告げるカケラ。
「あ、私も協力して色々と術をかけてあげましょうか~? カケラはオギャーと生まれたその頃から知っている仲ですし、私にとっても子供みたいなものですからねえ」
男治が明るい笑顔で申し出る。
「あんたのどこが親だ。片手の無かった俺を見て、失敗作だから、どうせすぐ死ぬからと、さっさと殺してしまえみたいなことを言っていたよな。覚えているぞ」
「えー、そんな酷いこと言いましたあ? 全然覚えてませ~ん。たっはっはっ」
カケラに睨まれ、男治は頭をかきながら笑う。
「二人がかりで改造とかややこしいことになるし、カケラが男治を嫌っているようだから、あたしが担当しておくぞー」
「頼む」
史愉とカケラが部屋を出ていく。
「とほほ~。いつも私はこうやってハブられる~。どうしてなんでしょうね~?」
「何百年も生きているくせにわからんのか」
肩を落とす男治に、呆れるチロンであった。
***
マンションの一室に、複数の男達が座り、会話を交わしている。
ここは反葛鬼勇気を掲げる過激派活動家団体、『民主主義をリザレクションさせる会』の本拠地だ。
「今日も民主主義リザレクションソングを歌うぞ、歌うぞー」
「はー民主主義は金科玉条どっこいしょー。民主主義だけ絶対正義でほいさっさー、よいよいよーい」
「民謡は嫌だよ。ラップで歌おうぜ」
「アニソンテイストがいいってば。その方が今の時代はウケる」
「やっつけろーあくのどくさいしゃーくずーきゆーき」
「そんな子供向けアニソンじゃダメだってば。臭そうな大きなお友達にウケる奴でよろー」
自分達の思想を世に広め、賛同者を広めるために、彼等は毎日真剣に議論を交わし、良い手段は無いかと模索していた。
「ちょっとこれ見てよ」
男の一人がホログラフィー・ディスプレイを大サイズで投影する。
『――であるからして、この都市のオーバーテクノロジーを全世界に解放するが故に、この都市の特別な自治権を認めて頂きたい』
転烙市のニュースと、市長の硝子山悶仁郎の会見が行われている。
「この市長は独裁者と呼べる者では?」
「いや、違うだろ……。市長の選別方法には難が有るし、民主主義と呼ぶのは躊躇うけど」
「誰にでも機会はあるし、民主的ではある。そんな奴より、俺達が敵とするのは、葛鬼勇気だけだ」
「じゃあその敵、さっさと殺そう」
「ん? 誰の発言だ?」
「そうだ。殺そう……」
「うん、殺そう……。葛鬼勇気を……殺そう」
「いいね……葛鬼は殺すべき。未成年だろうが容赦せず殺して、民主主義を取り戻す……」
「お前達何を言って……ああ……そうだ。葛鬼勇気。殺しちゃおう……。それが民主主義のリザレクション也……」
気が付くと全員虚ろな表情になり、似たような台詞をぶつぶつと連呼し始めていた。
(手駒は手に入った。勇気を襲うには、元々勇気を憎んでいる連中が操りやすい)
デビルが窓の外から室内を見て、満足する。民主主義をリザレクションさせる会のメンバーの憎悪を増幅させ、勇気への殺意一色で満たしたのだ。
(僕は引き続き、PO対策機構に与する者を襲っていくか)




