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「音木史愉。君のこと、純子から聞いている」
シリアスな怒りの表情で睨んでくる史愉に、デビルは語りかける。
「何故そっちにいる? 君もマッドサイエンティストだろう? 世界を敵に回してでも己の理念を貫く研究者であり、追及者ではないの? 君もマッドサイエンティストなら、純子の方につくべき。そして世界を焼き尽くすんだ」
「ふん、純子の馬鹿も霧崎の変態も、あたしに向かって君と同じようなことをぬかしていたが、あたしは純子なんかに絶対与しないぞー」
デビルの呼びかけを一笑に付す史愉。
「音木史愉。音木史愉。音木史愉。音木史愉音木史愉音木史愉、音木史愉」
フルネームで名を連呼してくるデビルに、史愉は底知れぬ気持ち悪さを覚える。
「この呼び方されて嬉しい? 伊福部ルカは、人をフルネームで呼ぶ男だった」
「そんなことまで知ってるの……。ルカの細胞でも取り入れて記憶もあるの?」
動悸が激しくなっていることを意識しながら、史愉は期待にも似た感情を抱きながら問う。
「純子から聞いただけ。で、君はルカのこと好きだった?」
「……」
淡々と尋ねるデビルに、史愉は愚かな期待をしたと思い、恥ずかしくなる。そして悔しくもなる。
「これは純子から聞いたわけじゃない。その怒り方見れば誰でもわかるよね。せっかくだし、君の好きな男の力で殺してあげるよ」
「はあ……。実につまらない奴……くだらない奴だぞー」
史愉が心底うんざりして吐き捨てたその時、デビルがエントランスに猛烈な吹雪を巻き起こす。
史愉の白衣の内側から、数匹のリスのような生き物が飛び出す。その体色は全身が鮮やかな赤で、自然界にいる生き物ではない。
エントランスの天井にまで届く炎の渦が、デビルと史愉の間に発生した。史愉の力ではなく、史愉が作った超常の力を有するリスもどきの能力だ。先程の羽虫も、史愉がコントロールしていたとはいえ、力そのものを発現させていたのは羽虫だった。超常の力を有する生物に力を行使させ、自身は出来るだけ力を温存させておく。
火災警報器が鳴り響く中、炎の渦がデビルに向かって突っ込んでいく。
炎の渦を消滅視線の能力を発動させ、炎の渦を速攻で消し去るデビル。
センリと他の能力者が、デビルが炎の渦に気を取られた隙をついて、遠隔攻撃話行う。デビルの上に浮かんだ光の錐がビームを何度も放ってデビルの体を貫き、不可視の力弾がデビルの体を打ち据える。
どちらも大した効果は無かったが、遠隔攻撃に気を取られているデビルのすぐ横に、史愉が転移して現れた。
(体をゾル状に出来る故に、単純な物理攻撃は効きづらいみたいだけど、それならそれで手はいくらでもあるぞ。さっきだって、こいつは通じていたみたいだし)
史愉は右腕をデンキウナギに変えると、デビルの首に巻き付けて高電圧高電流を流す。
全身の力を失い、デビルは再び崩れ落ちる。
(確かに感電は不味い。全身が痺れて、脳も心臓もやられて、肉体をゾル化してダメージを散らす間も無く、問答無用で動けなくなる。でも……ワグナーにいじってもらったおかげで、僕の制限は少し解けている)
身体機能が完全に停止していたにも関わらず、デビルの思考は途切れていなかった。
史愉の背後から、二次元化を解いたもう一人のデビルが、床から盛り上がるようにして現れる。
殺気を感じた史愉は、振り返る事なく、反射的に念動波を全方位に向けて放とうとしたが、遅かった。先にデビルが攻撃した。
デビルの掌から過冷却水が至近距離から放たれ、史愉を瞬時にして氷漬けにしてしまう。
(こいつ……そう言えば分裂できたんだった……。いや、分裂は封じられたとも聞いたような……)
氷の中に閉じ込められただけではなく、体の芯まで凍結された状態で、史愉は薄れゆく意識の中で思考する。
みどりと戦った際、デビルは以前のような分裂は出来なくなった。魂が肉体と離れたら、即座に死ぬようになった。離れた場所に細胞を保管して、魂を行き来するような事までは出来なくなったのである。
その後、ワグナーのおかげで、視界内での分裂は可能になったものの、純子に改造されて、また変化した。分裂は二回――体を増やすのは合計三体が上限となり、予め時間をかけて分裂して、用意しておかねばならなくなった。もちろんそれらの情報を史愉は知らない。
氷漬けにされた史愉から視線を外し、デビルはセンリと他のグリムペニス兵士を見やる。
「あれ~? 音木さんまでやられちゃったんですかあ。これは驚きましたね~」
そこに、間延びした声と共に男治が現れた。全然驚いている様子は見受けられない。
現れたのは男治だけではない。木島樹、林沢森造、枝野幹太郎の木島一族の三名もいる。
「いつも威張り散らしている糞女があんな姿になって、ざまあと言いたい所だが、あいつをあんな風にするなんて脅威だな」
氷漬けになった史愉を見て、神妙な表情になる幹太郎。
「オーバーライフ級の史愉ですらあの有様とは、かつてない強敵也。用心してかかれ」
樹が注意を促し、身構える。
「すでに何人もやらちれまってるな。ビビってるわけじゃねーけど、これ、かつてないほどヤバい相手な気がするぜ」
デビルを見ながら、幹太郎は神妙な面持ちのまま言う。言葉とは裏腹に、幹太郎は震えを必死で堪えている。エントランスの惨状だけではなく、デビルを一目見て、その強さを本能で理解していた。
「ごちゃごちゃ喋ってないで、さっさとやらんか。これだから最近の若い者は」
森造がいつもの台詞を口にする。
「パスタなんて虚弱な呼び名は口にすべからず! スパゲティー・カラドリウス見参! ミートソース爆弾」
名乗りをあげるなり、ミートソースの塊をデビルめがけて放つ樹。
「明太子シールド」
デビルが呟き、巨大な明太子を目の前に出現させる。ミートソース爆弾は明太子に当たって爆発した。
「何ぞ……」
自分の技を使ってきたデビルに、樹は呆然として呻く。
「ミートソース爆弾」
「とにかく育み、我等を護れ! グリーンジャージの世界!」
デビルもミートソースの塊を投げてきたが、森造が生やした樹木に当たって爆発した。
爆発の威力を防ぎきれず、爆風が樹と森造と幹太郎を襲い、三人は揃って吹き飛んで倒される。
「どっちが強い?」
倒れた樹を見て、小さく微笑むデビル。樹はデビルを睨む一方で、慄然としていた。どちらが強いか、答えは知れている。自分と同じ能力を使うが、明らかに自分より強い相手を前にして、恐怖するなというのは無理がある。
「噛神~」
男治がチロンから習った雫野流妖術を用いる。デビルに向かってつぶてを投げる。
つぶてをかわしたつもりのデビルであったが、つぶては空中で大きくカーブして、デビルの右手首に当たる。
デビルの右手首の肉が盛り上がる。盛り上がった肉が大きく伸びてUの字に曲がり、先端から口が開いて、デビルの顔に噛みつく。
自身の体をゾル化して、デビルは食らいついてきた肉の攻撃をやりすごした。さらには盛り上がっている肉もゾル化させ、体内へと引きずり込んで元に戻す。
「たは~、やりますね~。それではこれで。金毛毛羽毛現~」
毛羽毛現という髪の毛で攻勢された妖怪が現れる。ただし、これは全ての髪が文字通り金髪だ。
金毛毛羽毛現がデビルめがけて、怒涛の勢いで膨大な量の髪の毛を噴射した。
危険と感じたデビルは、横に跳んで避ける。デビルがいた空間を、金髪の髪が床と水平に伸びていく。
避けたと思ったデビルであったが、数本の髪の毛が手足や首、さらには胴にも巻き付いている事に気が付いた。
巻き付いた毛に反応するが如く、他の毛も方向転換してすさまじい勢いでデビルに殺到する。
衝撃波で吹き飛ばそうとしたが、毛の勢いは止まらない。
消滅視線で巻き付いている毛と向かってくる毛を消したが、全てを消しきれなかった。
(半分以上……抵抗された。これは生物か)
その事実に気付いた時には遅かった。対象の毛が一斉にデビルに絡みつく。
体をゾル化して凌ごうとしたが出来ない。平面化して逃げる事も出来ない。体を変化させる事が出来ない。巻き付いた毛から体の力が吸い取られている事がわかった。
「えっへっへっへっへ~、無駄ですよ~。再生、復元、肩代わり、転移、液状化、揮発、平面化、色んな方法で逃れる人がいますが、金毛毛羽毛現はそれらを封じちゃうんですよね~。そういうので逃げられなくする方法は無いかと模索した結果、つい最近編み出して、この金毛毛羽毛現に付与してみましたよ」
胸を張って得意げに解説する男治。
(これは確かに厄介だ。でも……)
逃れる方法は何かあるだろうと、デビルは頭を巡らせる。
「というわけで、皆さん今がチャンスですよ。金毛毛羽毛現には当てずに攻撃してくださ~い」
「いや、絶対当たるだろ……」
男治が言うが、体の八割以上が金髪で巻き付かれた状態のデビルを見て、幹太郎が突っ込んだ。
デビルが髪の毛の隙間の背中と肩から枝葉を生やして、自分めがけてビームを連射する。
髪の毛が次々と焼かれて切断されていき、デビルは拘束を解いた。
「あああ~、金毛毛羽毛現が~」
男治が嘆く。
(かなり吸われた……。全身にダルさが……。ここに来るまでも含めても連戦だったから、そこそこ消耗もしている……)
ふらつきながらデビルがそう思ったその時だった。
「悪因悪果大怨礼」
極太黒ビームが放たれ、デビルに直撃した。
「こやつ、反応も鈍いし、弱っておるのではないか?」
エントランスに現れ、デビルに奇襲をお見舞いしたチロンが言う。
「えっへっへっ、それならダメ押しと行きましょうか~……って」
男治が笑いながらとどめを刺そうとしたが、デビルは平面化してさっさと外へと移動する。
(強者がここまで揃うと流石に難しい)
これ以上留まると敗北すると見て、デビルは逃走する。ビルの外に待機している転烙ガーディアンの転移能力者と合流し、逃走する事にした。
「荒らすばかり荒らして逃げきや……」
樹が忌々しげに吐き捨てる。
「王……申し訳ありません。力及ばず」
「無事で何よりじゃよ」
謝罪するセンリに、チロンが微笑みかける。
「ぐっぴゅううぅぅぅっ! よくもこのあたしを氷漬けに……って、デビルいないしっ!」
史愉が氷を破壊してようやく復活したが、すでに戦闘が終わっていたので愕然とする。
「白汰毘が……今度こそ死んじゃったのー……治らないのー……ううう……」
「おい……白汰毘……嘘だろ……。しっかりしてくれよ……」
ムロロンと河馬我は、白汰毘の亡骸にすがりついて嗚咽を漏らしている。
(力が膨れあがっている……?)
真っ先に異変に気が付いたのはチロンだった。白汰毘の骸の方を見る。
「おやおや~? あれって……」
男治も気が付いて、白汰毘の骸を見た。男治は何が起こっているのか、すぐにわかった。
「いかん! 離れろお主等!」
チロンも察知し、血相を変えて、ムロロンと河馬我に向かって叫ぶ。
「え……?」
「なん……」
ムロロンと河馬我が怪訝な声をあげてチロンを見た直後、爆発が起こった。
白汰毘の骸に仕掛けがしてあった。親しい者が傍に寄って悲しんでいる所で、爆発してそれらの親しい者も殺害するトラップだ。
「そんな……ムロロン……河馬我……」
至近距離で爆発に巻き込まれ、上半身が肉片となって吹き飛んだ状態のムロロンと河馬我の骸を見て、カケラが震えながら呻く。
「あちゃ~……三人も死んじゃいましたねー。ムロロンの能力は貴重でしたし、白汰毘もいい出来だったのに、勿体無いな~。死体にトラップは私も昔よくやりましたよ~。懐かしいなあ。敵が引っかかる所をこっそり見て、よく笑ってました」
男治が苦笑いを浮かべ、肩をすくめる。
「惨いことをしよる……」
「命と心を弄びし下衆がっ……許しがたいっ」
森造が顔をしかめ、樹が怒りを露わにして吐き捨てる。
「畜生……畜生ぉぉっ! 何だよそれっ! うわあああああっ!」
家族同然の仲間を三人失い、号泣するカケラ。
「そうそう、あんな感じです~。罠にかかって、今のカケラ君みたいな顔をしていた人を見てよく笑ぐぶっ!」
無神経な台詞を口にしている最中の男治の腹を、チロンが思いっきり殴りつける。男治は苦悶の形相となって、腹を押さえて前のめりに倒れた。




