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マッドサイエンティストと遊ぼう!  作者: ニー太
98 悪魔と遊ぼう
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11

 はねとばされた竜二郎の首が、回転しながら宙を舞い、床に落ちる。

 頭部を失った小柄な体がうつ伏せに倒れる。


「嘘……だろ……」


 幼馴染の親友の首がはねとばされる場面を見て――呆然とした顔のまま床に落ちている生首を見て――鋭一が震えながら呻く。


(今の能力は……ちょっと面白いけど……術理がいまいちわからない)


 デビルは手をかざし、竜二郎が出したキメラを自分も出そうと試みていた。しかし出来なかった。


「やっぱり全ての能力を取り込めるわけでもない。相性が有る。術と能力の違いなのかな?」


 そう呟くと、デビルがさらに移動する。鋭一の目の前へと瞬時に。


「エーどーしたんデスカー? 嘘だろ。えーどうシタンデスかーウソだろ。ええどうしたんですかうそダろー嘘だろ嘘だろウソダロうそだろ嘘ダろえー……? どーしたんですかー?」


 鋭一と目と鼻の先の距離で、デビルは竜二郎と鋭一の言葉を繋げて繰り返す。


 鋭一の歯が、がたがたと音をたてて震える。

 恐怖で震えているだけではない。それ以外の強く激しい感情が、鋭一の中に沸き起こっていた。覚悟が定まった。


(やってみろよ……。俺にはもう一つの能力がある……)


 竜二郎を殺された光景を見て、思考が停止しかけた鋭一であったが、デビルのふざけたオウム返しを聞き、怒りと共に闘志が再燃する。


 鋭一は、他者から攻撃された直後、その攻撃してきた相手に触れると、受けたダメージをその相手に返して、自分の傷は癒すという力がある。それをデビルに食らわせてやるつもりでいた。おあつらえ向きにも、わざわざ相手が接近してきてくれたのだ。その能力でデビルに大ダメージを与えてやる腹積もりであった。


 デビルが腕を振るった。


 鋭一の頭部が消失したかのように、優と卓磨の目には映った。ぱあっと赤い霧が一瞬、空中に発生した事も確認した。

 血が、脳漿が、骨が、激しく細かく砕け散って、大きく宙に広がった。床にも広範囲に飛び散った。

 鋭一の頭部が粉々になったが、眼鏡は半分砕け散っただけで、もう半分が床に落ちた。


 頭部を失った鋭一の体が倒れるより早く、デビルの視線が卓磨に向けられた。


 デビルの視線が自分に向いたその時、卓磨は股間が温かくなるのを感じていた。恐怖のあまり失禁していた。


(カウンターの能力なんて……発動する暇も無いくらいに早く攻撃されたら、それでおしまいだ……という事はつまり、俺も……死ぬよな。あはは……俺、チビってるよ。敵が怖くて、殺されるのが怖くて……チビってるよ……)


 鋭一の死に様を見て、卓磨は思う。


(俺……こんな最期なのかよ? 仲間が次々殺されていって、ビビってチビりながら死んでいくのかよ? こんな格好悪い最期……)


 自身の死に方を意識して、絶望する卓磨の思考が途切れた。デビルが卓磨の頭部に手を伸ばしてデコピンをすると、卓磨の顔から上が吹っ飛んでいた。鋭一のように木っ端微塵になったわけではない。

 卓磨の頭部の上半分は、顔下半分から分離するかのように大きく吹き飛んで、体からかなり離れた位置――トレーニングルームの壁に、べちゃりと音を立てて断面がひっつくと、ゆっくりと壁に沿って床に落ちていった。血の痕が壁についている。


 竜二郎、鋭一、卓磨の三人が続け様に殺される光景を見て、優は震えながらへたりこんだ。


(こんなに簡単に……こんなにあっさりと……何度も修羅場を潜り抜けた私達が、手も足も出ずに……蹂躙されて……)


 圧倒的な力の差を、そして仲間達が次々殺されていく光景を見て、優は戦意を失っていた。これが絶望というものかと実感していた。


 優の前に、デビルが近づいていく。

 優は脅えた顔でデビルを見上げる。


(可愛い)


 涙を流して自分を見上げて恐怖する優を見て、デビルは愛おしく感じる。元々可愛らしい顔の美少女であるが、今のこの顔はさらに可愛いと感じる。


「君は殺さないから、安心していい」


 デビルが優の頭に手を置き、優しい声音で告げる。


「純子のお気に入りは殺さない。純子にも殺すなと言われているしね。しかも君は犬飼とも親しかった。だから殺さない。安心して。安心した? 脅えなくていい。泣かなくていい」


 デビルのその言葉を聞いて、優は気が付いた。自分が泣いていた事に。


「今日は記念日。君だけ生き残った記念日。仲間は皆死んだのに、君だけ殺されなかった記念日。今日というとても大事な日が、君の心に刻まれる。君にとっては一生忘れられない、素晴らしい日になったはず」


 デビルが紡ぐ言葉に、優は安らぎのような感情を覚えてしまう。怒りも憎しみも感じない。あまりに圧倒的すぎる力を見せつけられ、どうしょうもないという絶望感と諦念と恐怖が、怒りや憎しみの発生すらも許さなかった。


「ううう……」


 呻き声が響き、優ははっとする。そして恐怖する。声は冴子のものだった。冴子がまだ生きていた。


「まだ生きてた。しぶといね」


 デビルが溜息をついて、倒れた冴子の方へと振り返ったので、優はさらに恐怖した。


「や、やめてくださぁい……。冴子さんを……殺さないでくださあい……」

「生かしておくのは君だけだよ」


 掠れ声で懇願する優だが、デビルはにべもない。


「嫌ぁ……お、お願いしまあす。どうか……どうかぁ……」


 デビルの服の裾を掴んで引き留める優に、デビルは再度溜息をつき優の方に振り返る。


「わかった。そんなに言うなら……やめる。いや……土下座して必死に懇願してみて。それで僕の心を動かしてみて。それで僕の気が変わるかもしれないよ?」


 デビルが告げると、優はすぐさま言う通りに土下座した。


「お願いしますう! もうやめてくださあいっ! 冴子さんを殺さないでくださあいっ!」


 優は今まで生きてきた中で、ここまで誰かに必死に懇願するなど、初めてのことだった。


(神様……お願いですう……。冴子さんまで殺されるのは嫌ですぅ……。どうか……デビルの気持ちを変えて……冴子さんを殺させないでくださあい)


 冴子が殺されないように、神に祈りながら、悪魔を名乗る少年に必死に懇願し続ける優。


「続けて。頭を床にこすりつけたまま、もっと大きな声で叫び続けて」

「許してくださあい! お願いですうっ! 冴子さんを助けてくださぁい! 殺さないでくださあいっ!」


 土下座して必死に頼み込む優であるが、本当はわかっていた。自分がこんなことをした所で、デビルが聞いてくれるはずがないと。しかしそれでも、例え百憶分の一ほどでも可能性があるのなら、それに賭けて何でもするつもりでいた。


「もういいよ」


 デビルに言われ、優は懇願の叫びをやめた。


 すぐ間近から猛烈な血の臭いが漂っている。猛烈に嫌な予感を覚えて、血の気が引く思いを覚えながら、ゆっくりと顔を上げる。


 間近に顔があった。あまりに近すぎて、一瞬誰の顔かわからなかった。生気の欠けた虚ろな目が、最初に視界に飛び込んできた。

 切断された冴子の生首だと気付いたのは、1.5秒後だ。


 優の思考は停止した。無駄だとはわかっていたし、絶望的な結果になるだろうと思っていたが、その無駄と絶望が現実になった瞬間、優は心底絶望しきって、何も考えられなくなった。


 デビルがかがみ、虚ろな表情のまま固まっている優に、顔を寄せる。


「僕は君に会いに来た。僕は君と遊びに来た」

 デビルは優しい声音で囁いた。


「君の前で、君の大事な仲間を皆殺すという遊び。君はそれを防ぐ遊び。楽しかった。とても楽しかった。本当に凄く楽しかった」


 虚ろな顔の優の頬に、自分の頬をすり寄せるデビル。そして顔を動かして、反対の頬に舌を伸ばし、流れ出る涙を舐めとる。


 デビルが舐めとっても、涙はどんどん零れてくる。


「消滅視線、今、発動させてみたらどうかな? 至近距離だし、抵抗レジストもしない。僕の舌くらいなら消せるよ?」


 そんな言葉を囁いて、デビルは優の目にまで舌を這わせ、涙を舐めとり続けた。デビルの唾液が目に入り、唾液と涙が混じり合う。


 デビルの行為を、優はおぞましいとも感じない。それどころか、どこか安堵さえしてしまっている。その行為で安堵している自分がおかしいと感じる。


 デビルが舐めるのをやめて、少し顔を離す。


「今日は記念日。これは僕からの記念のプレゼント。記念日そのものも僕のプレゼント。何の記念日? 君の心に生涯残り続ける深い傷が出来た記念日。その傷も僕のプレゼント。その傷を一生大事に抱えて、健やかに生きて」


 デビルのその言葉を聞いて、虚ろだった優の表情が変わった。再び恐怖に怯える顔つきになった。


「そんな顔しなくていい。君は生かすと言った。君は殺さない。大丈夫。安心していい。よしよし」


 デビルが優しい声音で告げ、優のゆるふわ頭を優しく撫でる。


 殺されるかと思って脅えたわけではない。優は一生この日この時間を引きずって生きていくことを意識して、その事実に怯えたのだ。


 デビルが立ち上がると、ホログラフィー・ディスプレイを投影し、画面を人差し指で指す。


「ウルトラ狐狗狸さん、次の敵の名前と居場所を教えて」


 デビルの指が画面上を動く。


「ウルトラ狐狗狸さん、次の敵の居る場所に連れて行って」


 口にしてから、最初からこっちで頼めばよかったと思うデビル。


 デビルの前に、直立した小さな狐が箱を持って現れる。狐の尾は四つに分かれていた。


「ウルトラ狐狗狸さん?」


 デビルが尋ねると、小さな狐がこくりと頷き、箱を掲げてみせる。

 狐が掲げた箱の蓋が開く。するとデビルが小さな箱の中に吸い込まれるようにして消える。直後、狐の姿も消えた。


 優は呆然とその光景を眺めていた。そしてその後もしばらくの間、呆然とし続けていた。仲間達の死体が散乱するトレーニングルームで、ずっと呆けていた。


 その後、どれくらい経ったか。優は唐突に口元を引き締め、立ち上がる。

 もう涙は流れていない。絶望も悲しみも無い。その双眸には、底知れぬ暗黒が満たされている。

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