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現場での報告により、純子はガオケレナのすぐ側に真や勇気が現れたと知った。
「今度は勇気君も来てるね。あ、ジュデッカ君も映ってる」
監視カメラの映像を送られ、そこに映っている面々を確認する純子。
「ジュデッカがいるという事は、スノーフレーク・ソサエティーも動いているのですね」
累が確認する。二人は純子が買い取ったホテルのエントランスにいる。累と純子以外に、霧崎とワグナーもいた。
「うん。で、また強制転移されてるよ。ジュデッカ君まで飛ばすとか、ガオケレナの力は凄いねえ」
「葛鬼勇気君と言えば、彼を敵視する団体が最近目立っていますね」
ネットでニュースサイトを見ながら、ワグナーが言った。
「民主主義をリザレクションさせる会という団体です。反葛鬼勇気を堂々と掲げる集団で、過激な言動が目立ちます」
「ああ、あの古臭い過激派を思い出させる者達のことだね」
ワグナーが口にした名を聞き、霧崎がせせら笑う。
「馬鹿馬鹿しいのが、メディアがそうした胡散臭い弱小集団をクローズアップする事だよ。葛鬼勇気君という独裁者が、国民に受け入れられている事が気に入らないのはわかるが、プロバガンダに用いるには貧相すぎるだろうに」
「今は昔とは違います。鼠を虎のように映した所で、視聴者はあっさり見抜きますね。メディアの手法も実に古臭い」
霧崎の言葉に、累が同意する。
「あ、デビルが目を覚ました。ちょっと行ってくるねー」
純子が断りを入れて、エントランスを後にして、特設ラボへと向かう。デビルの状態は離れていても把握できるようにしてあった。
特設ラボに入ると、すでにデビルは寝台の上で起き上がっていた。
「デビル、改造手術終わったばかりだし、動いたら体に負担……無さそうだねえ」
寝台から降りて立ち上がったデビルを見て、純子は微笑む。
「全く平気」
自分でも不思議になるほど、デビルの体は元気だった。体に力が漲っている。気分もとても快活だ。
デビルは無言で純子の横をすり抜け、外に出ようとする。
「どこに行くつもりなの?」
声をかけなければ何も言わずに出ていくであろうデビルに、純子は声をかけた。デビルは対人コミュニケーションをほぼ放棄しているので、周囲が気遣う必要がある事は、ここ最近の付き合いで、純子もよくわかっていた。
「受け身は性に合わない。こちらから仕掛けていく。純子の敵は片っ端から地獄に落とす」
デビルの声は、いつになく弾んでいるかのように、純子の耳には聞こえた。手術の効果で少しハイになっているのではないかと勘繰る。
「んー……私と親しい子達は殺さないで欲しいなあ」
「善処する」
純子が苦笑交じりに告げると、デビルは短く答えて、特設ラボを出て行った。
***
突然転移して現れた、真、伽耶、麻耶、みどり、勇気、鈴音、ジュデッカ、カシム、ツグミの九名に向かって、サイキック・オフェンダー達は即座に攻撃を仕掛けた。
「ばりあーっ」「でぃっふぇーんす」
「パラダイスペイン」
伽耶と麻耶と鈴音が障壁を多重にかけて、サイキック・オフェンダー達の攻撃から皆を護る。
「ツグミを連れてきたのはやっぱり正解だった」
激しく飛び回り、時折攻撃もしている、土偶ママとシャチビッ子とフルーツサイチョウを見て、真が呟く。この三体の怪異が、多くの敵の意識を引き付けている。
「勇気、打ち合わせ通りの方法で脱出しよう。鈴音と僕とみどりとツグミを投げ飛ばせ。伽耶と麻耶とカシムとジュデッカは、地面の下をくぐって逃げろ。カシム。三人をつれていってくれ」
真が指示を出す。
「二手に分かれる方法での逃走に切り替えたか。いい判断だ」
ジュデッカは真の指示を良い判断と受け取り、にやりと笑う。
「政馬達にもさっさと離脱するようにメールしておいた」
勇気が報告した。
「じゃあお先っ」
「ばいばーい」
「サラバイ」
カシム、伽耶、麻耶が能力を発動させて、ジュデッカと共に地面の中へと潜った。
「伽耶と麻耶の防御が解けた分、キツくなったよ。逃げるなら先きに逃げないでほしかった」
「泣き言を言うな。耐えろ」
不満を訴える鈴音に、勇気が容赦なく命じると、大鬼をフルサイズで出現させる。サイキック・オフェンダー達がどよめく。実の所、フルサイズで出す必要は無かったが、敵を威嚇してひるませる効果を狙った勇気であった。
大鬼が一人一人つまみあげて、掌の上に乗せていくと、大きく振りかぶるポーズを取り、全員を一気に投げ飛ばした。
「うっひゃあぁぁぁっ!」
「嫌な跳び方あぁぁっ!」
みどりとツグミが楽しそうな悲鳴をあげる。
全員をまとめて投げた後、大鬼は消える。転烙ガーディアンとオキアミの反逆に所属するサイキック・オフェンダー達は、目の前で起こった突拍子も無い出来事に対応できず、呆然とした顔で見送ってしまった。
放り飛ばされ、放物線を描いて飛来した彼等であったが、地面に落ちる前に勇気が大鬼の両手を出して、全員をキャッチしていく。
「ふぇ~……脳が結構揺れた……」
「転烙市の空の道でも空飛んだけど、こっちはスリルあった~」
地面に下ろされたみどりとツグミが胸を撫でおろす。
「伽耶と麻耶達も無事逃げれたみたいだ」
メールで確認する真。
「一応、収穫はあったと見ていいのか?」
勇気が真の方を見て伺う。
「そう思いたい所だけど……」
真が喋りかけた所で、電話がかかってくる。相手は新居だった。
『お前……ぞろぞろ連れて市民球場に乗りこんだらしいな。独断で突っ走りすぎだろ』
「でもおかげで収穫はあった」
新居が咎めると、真は勇気の前では濁し気味だった言葉を、今度はきっぱりと肯定してみせる。
『どんな収穫だ?』
「秘密。情報漏れすると不味い。しかし重要な情報を手に入れた」
それだけ告げて、真は電話を切る。
「電話の相手はPO対策機構のオフィスか? ガオケレナの話や、根人に協力を求めることを言わなくていいのか?」
「それらの情報は僕達だけでキープしておく。まずは解析結果をグリムペニスに持って行こう」
確認する勇気に、真が答える。
「史愉とミルクに調べさせるのか」
「史愉やミルクなんかに頼るより、スノーフレーク・ソサエティーの優秀なマッドサイエンティストに任せた方がよくない?」
そこに丁度いいタイミングで政馬が現れ、声をかけた。ミサゴと熱次郎もいる。
「俺は科学者では無いが、ミルクと史愉の方が優秀だってことはわかる。政馬が嫌がる気持ちはわかるけどな」
「むー……仕方ない」
勇気の言い分を聞き、政馬は不満げな顔をしたものの、事実として受け入れた。
***
「真の奴、勝手なことばかりしくさりやがって」
電話を切られて毒づく新居だが、目は笑っている。
「真も成長しているなーと感じたよ」
同室にいたシャルルが言う。李磊と義久もいる。電話の内容はスピーカーにされていたので聞いていた。
「あいつは思い切りがよすぎるというか……もうちょっと慎重になった方がいいんだがね。しかし新居の影響受けすぎ。俺の言うことはあまり聞きやしない」
と、李磊。
「防御重視の李磊の考えはダサいからな。そりゃ誰も聞きたくねーだろーよ」
「酷いなおい」
新居の憎まれ口に、李磊が苦笑する。
「義久は忙しくなりそうだね~」
シャルルが義久を見る。義久はずっとホログラフィー・ディスプレイ複数を出して作業に夢中だ。今すでに忙しそうだ。
「やっと情報解禁だしね。俺が転烙市で見てきた数日間を、改めてサイトに投稿しまくれるよ。PO対策機構と転烙市との攻防をね」
忙しくはあるが、充実している様子の義久であった。
「真の収穫が新居にすら秘密ってのはどうなんだろうな。そんなにヤバい内容かねえ」
「そうなんだろうな」
李磊の言葉に対し、新居はどうでもよさそうな相槌を打つ。
(もうさ、あいつ中心の物語って感じだしな。俺達は脇役だ。それなら俺は、脇役らしくサポートに徹している方が、上手くいくんじゃねーかな)
新居はそんな風に考え始めていた。




