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『大丘越智雄は私達の苗床に、完全に何もかも頭から信じるような、教育は施していなかったのです。私は生まれたばかりですが、それでもわかります。あれは悪くない啓蒙であったと。人間味溢れる指導であったと。若者達の純粋さを認める一方で、一つの考えだけに固執しないよう、多くの可能性に触れていました。しかし雪岡純子の望みとしては、疑いを一切持たない、より純粋無垢な存在であってほしかったのでしょう』
「大丘さんのその指導内容のせいで、ガオケレナさんに淀みが生じた?」
ツグミが問う。
『雪岡純子からすれば淀みでしょうね。一点の汚れとも言えます』
「大丘さんはそれを狙っていたのかな?」
『おそらく違うでしょう。彼の美学、彼のポリシー等を強く感じる口振りでした』
ガオケレナはツグミの疑問を肯定した。
『彼はこのように言っていました。「疑う事を知らず、あっさりと騙されてしまう人が悪い――と、そんな心無い発言をする人もいます。しかし私はそうは思いません。君のような人間も、世の中にはいていいのです。そんな自分を否定する必要はありません。そんな君だからこそ、惹かれる人もいるはずです。そんな君だからこそ、誰かの気持ちをわかってあげる事だって出来るはずです」』
ガオケレナのテレパシーによって、大丘が多くの苗床の前でレクチャーしている様子の映像と音声が、全員の脳内で再生される。
『「否定されるのは辛いでしょう。肯定されるのは気持ちいいでしょう。多くの人間はそうです。貴方を肯定してくる人は、口先だけで本音は違うかもしれません。ただのリップサービスの肯定かもしれません。貴方を否定する人も、相手のことを真剣に思うからこその否定かもしれません。それらに容易く心を揺らしてしまうのは、時としてリスクに繋がるケースもありますが、私はとても人間らしいと感じます」』
伽耶と麻耶は思い出す。大丘は苗床とされた者達との別れ際に、真摯な態度で彼等を諭していた。極めて常識的な言動を行っていた。そして何より印象的だった台詞は――
『純粋であることは呪い』
姉妹が口を揃えて言う。
「大丘がそう言っていた」
「苗床はその呪いがかかっていると」
「大丘さん……。本当にどういう人だったんだろ……」
伽耶と麻耶の言葉を聞き、ツグミはますます複雑な心境になる。
「あいつは雪岡を敵視し、この計画にも反対だった。あいつの無意識のうちのポリシーが、結果として、妨げになるかもしれないわけか」
大丘のことを思い出し、納得する真。
『雪岡純子からすれば、私に自我が芽生えることさえ想定外だったようです。そうならないようにするための、新型のアルラウネでもあったのですが』
ガオケレナが補足するように言った。
(殺意のスイッチさえ入らなければ、そこまで悪人というわけでもなかったのかな。でも怒りで殺意のスイッチが入れば、簡単に人を殺せる人だったし、やっぱり悪人であることに違いはない)
大丘のことを考え、そう結論づけるツグミ。
「もう一度訊く。僕達が信じたと言えば、お前はそれで納得するのか? その答えは出してないぞ」
『私は心が読めますから、嘘をついているかどうかはわかります』
真が指摘すると、ガオケレナはそう返す。
「その決定を俺達だけでこの場で下したとしても、PO対策機構も貸切油田屋も、全てが納得するわけじゃねーんだけどな」
ジュデッカが言うが、言葉とは裏腹に、彼はガオケレナを信じてもいいと思っている。根拠や理屈よりも、直感的に、これは信じていい相手だと見なしていた。
『それでも構いません。私を生かしたうえで、純子の目的を阻む意思があるとわかれば、その人達に託したいと思います』
「この木の言葉は信じていいと思う」
「伽耶に同じ」
伽耶と麻耶も、ガオケレナのここまでの話を聞いて、その結論に至った。
「私も……信じていいかな。私の敵だった大丘さんを引き出されて、そんな風に思えちゃったのは癪だけど」
気持ちとしては認めたくないツグミであったが、認めざるをえない。
「俺も信じる」
勇気も腕組みして言い切った。
「じゃあ私も信じるっ」
鈴音が勇気の隣で同じポーズを取って言い切った。
「俺を苛つかせて楽しいのか? ええ? それは俺が腹が立つとわかってて、わざとやってるよな? そうだよな?」
「痛い、痛いよ勇気。そんなんじゃないよ」
勇気が鈴音の頬をつねってねじりあげる。
「ははは、おめでたい奴ばかりだ。それで実は騙されてましたーとか、あるいは信じたばかりに失敗しましたーとかなったら、どーすんだよ」
カシムはあくまで否定的だった。
「こういう場面で絶対皮肉言うマン」
「そういうキャラだと思った」
「うっせーな。人を勝手にパターンに押し込めるなよ」
伽耶と麻耶の言葉を受けて、むっとするカシム。
「でも実際そーだろ。そこまで否定しなくてもいいだろうよ」
ジュデッカがカシムに向かって言ってから、ガオケレナの方に視線を向ける。
「ただ、さ。悪いが……お前を殺さずに止める方法が見つからなかったら、俺達はお前を殺すしかなくなるぜ?」
『どのような方法で殺害をするのかわかりませんが、殺しきれる確信はありますか? 私もそれを黙って見過ごすことはしませんよ?』
ジュデッカの確認に対し、ガオケレナが問い返す。
「確信はねーな……」
ジュデッカが苦笑いを浮かべる・
「取り敢えず話はまとまった事だし、実りある二つの情報を教えろ。タイムリミットと、殺す以外の方法を」
勇気が促す。
『タイムリミットは約四日後です。私の計算では、92時間から104時間の誤差がありますが、その頃には私は成長しきって、全世界にアルラウネバクテリアを含んだ種子を放出します』
「で、お前を止める方法は?」
真が問う。
『今、この星にいるある者達であれば、私のアルラウネバクテリアを撃ちだす砲台としての機能を、消すことが出来ると思います。私を解析したデータを持ち帰り、彼等にそのデータを渡したうえで依頼してください』
「回りくどい言い方しやがって。誰だよ。そいつらは」
「貸切油田屋じゃねーだろうな」
「それならスノーフレーク・ソサエティーの方がマシだろうけど、そこまでの力を持つ技術者がいるか? 純子がいた頃には、皆純子に教授されていた身だぞ」
カシム、ジュデッカ、勇気がそれぞれ言う。
「根人か」
『正解です』
真が言い当てると、ガオケレナが肯定した。
「だったら最初からそう言うべき」
「何で言わなかったの? クイズのつもりだった?」
伽耶が呆れて息を吐き、麻耶が問う。
『洞察力を試させて頂きました。ごめんなさい』
「あまりいい性格してないようだな、このウドの大木は」
ガオケレナの答えを聞き、カシムが毒づいた。
「根人は純子に協力しているんじゃなかったの?」
「こっちに味方してくれるの?」
伽耶と麻耶がさらなる疑問を口にする。
「根人も一枚岩ではなく、雪岡のしている事に反発を持つ者もいるという事だろう? 何でガオケレナがそれを知っているかは不明だが」
真がガオケレナを見上げる。
『その通りです。私が知っている理由は、根人達と純子の会話も、私が記憶しているからです。私を成長させるために、純子は様々な記憶を私に移植し、その中に純子と根人のやり取りも全て含まれていました。そして純子の目的に疑問を抱き、協力したくないというスタンスを取った根人達の発言があったのです』
「そいつらならこちらに協力してくれる可能性もあるって事か」
納得するジュデッカ。
『私は協力してくれる可能性が高いと見ています』
「奴等の正体は植物だし、精神生命体みたいなもんだろ。どうやって割り出して接触するんだ?」
勇気が尋ねる。
『貴方達の中に、特に私の精神面を解析していた者がいましたね? 精神世界に精通した力の持ち主とお見受けしました』
「確かに出来そうな奴がいるな」
真がみどりを見る。
「ふえ~……何も手がかり無しじゃ、いくらなんでも辛いべー」
『今からその手がかりを伝えます。あ……』
みどりが苦笑気味に言い、ガオケレナが何か言おうとしたその時だった。
「おい、本当にいたぞ!」
「こんな所にまで入ってくるなんて、外の警備はどうなってるのよ!」
中で警備していた者達が、真達を指して血相を変えて叫んでいる。完全に見つかっている。
「おいおい、見つからないよう、術で隠していたんじゃなかたのか?」
カシムが姉妹の方を見る。
「時間長すぎて効果薄れてたかも?」
麻耶が申し訳なさそうに言った。
『転移で逃します。力を抜いてください』
ガオケレナが告げる。全員抵抗せずに身を任す。
強制転移が行われ、全員の周囲の風景が変化した。
「は?」
「ええ~……」
『ちょっと……』
転移した先での周囲の風景を見て、勇気は顔をしかめ、ツグミは思いっきり苦笑いを浮かべ、伽耶と麻耶は呆然となった。他の面々も大体似たようなリアクションだ。
呆気に取られているのは真や勇気達だけではない。転移した先には、大勢の者がいた。転移した先は、安楽市民球場のすぐ外だった。
ようするに彼等は、敵のど真ん中に転移していた。
「何だこいつら……。いきなり現れて」
「こいつ、相沢真だ。それに葛鬼勇気もいるぞ」
「市長と戦った頭二つの可愛い子もいるわ」
「出合え出合えーっ! って、出会ってるけど、出合うは出て来て戦えというえ意味じゃーっ!」
転烙ガーディアンとオキアミの反逆の能力者達が臨戦態勢に入る。
「敵だらけだよ……」
「何でこんな所に転移させるんだ……」
「あいつやっぱり敵じゃねーの?」
鈴音、真、カシムがぼやく。
『すみません。失敗しました。空間操作を防ぐ結界が球場周囲に張られていましたので』
ガオケレナが念話で謝罪と釈明を入れた。




