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真とみどりと熱次郎は、雪岡研究所に戻っていた。
三人揃って、昼近くまで寝ていたが、正午には目覚めて食事をとった。
「久しぶりの真おにーちゃん、みどりおねーちゃん、熱次郎おにーちゃん達とのお食事、嬉しいヨ~」
鉢植え少女のせつなは上機嫌だった。青ニート君によって、口に食事を運んでもらっている最中だ。
「純子おねーちゃんや累おにーちゃんも早く戻って来ればいいヨネ」
せつなの何気ない言葉に、真は頭の中で表情を曇らせる自分を描く。
「今度僕達が戻ってくる時は、あいつらを連れ戻してくるって――そう勝手に決めて東京を離れたんだけどな」
「そ、そうだったんだー。う~……」
真の言葉を重く受け取り、せつなが渋い顔になって唸る。
「皆さんが行っていた転烙市が今朝になって公表されて、世界中大騒ぎになっていますよ」
毅が報告する。三人ともこの情報は知らなかった。昨夜遅くに帰宅して寝て、起きてからすぐ食事になって、まだ情報チェックも行っていない。真とみどりの習慣として、普段は食事前か食事中に情報サイトやニュースを見てチェックするが、疲れが抜けきっておらず、その気力も沸かなかった。
「これだけでも十分な偉業だよな。マッドサイエンティストの端くれな俺としては、純子の存在がどれだけ大きくて遠いか、よくわかる」
未来都市と化している転烙市の様子を紹介するニュースを見ながら、熱次郎が力無い声で言う。
「でも純子はさらにその上を目指しているし、俺はその妨害をする立場にいる。何だかなあ……。いや、スタンスははっきりしているし、向こうに着く気は無いけどさ」
「未練はあるんだろ。別に未練や執着はあってもいい。僕にもそういうのはある」
もやもやした気持ちを訴える熱次郎に、真が告げた。
「迷いは無いけどな。迷いがあったままでは苦しくなる」
「俺にも迷いは無いさ。未練も無い。真は俺の話を聞いてたのか? あるのは引け目とか嫉妬とか劣等感の類だ」
いいこと言って励まそうとしている真の話が、かなりズレていたので、熱次郎は苦笑いを浮かべた。
その時、真の電話が鳴る。相手は勇気だった。
『少数精鋭で急襲部隊を編成して安楽市民球場に突撃する。俺がお前達もそのメンバーに選んでやった。来い』
有無を言わせぬ口調で告げる勇気。
「行くけど、その前に伝えないといけない事がある。転烙ガーディアンやオキアミの反逆だけじゃない。アルラウネの苗――砲台そのものにも意思と知性と力があるらしい。僕達は昨日、その砲台の力で、転烙市に強制転移で戻された。そっちにも注意しないといけない」
『凄まじく厄介だな。情報が不足しすぎているが、話を聞く限り、そいつに無力化されてしまう可能性大か』
真の報告を聞いて、勇気は唸る。
「砲台そのものを探るための威力偵察にした方がいい。それでさえ難易度は高いが」
『もたもたしている暇は無いんだぞ。失敗を繰り返しているうちに、砲台は育ってしまう』
「だからといって事を急いても、徒に戦力と時間を失うだけだ」
『急がば回れか。気に入らないが……お前の言う通りだな。わかった』
真の意見を聞き入れる勇気。
その後、両者でしばらく打ち合わせを行ってから、電話を切る。
「早速出動ですか」
「ああ」
毅が声をかけると、真は頷いた。
(今は浮き沈みの沈みか?)
転烙市で捕まった際、累と交わした会話を思いだす真。
(いや、そうでもない。向こうが順調に見えるが、僕達も何とか食いついている。僕はそう信じる)
真がせつなの方を見る。
「すぐにとは言えないけど、雪岡は必ず連れ戻すから」
「うん、待ってるヨ」
真の言葉を聞いて、せつなは嬉しそうに微笑む。
「最悪、真兄が負けても純姉は帰ってくるべー」
みどりがにやにやしながら言う。それを言ったらおしまいだと真は思ったが、口には出さなかった。
***
安楽市民球場周辺は物々しい警戒態勢下にあった。転烙ガーディアンとオキアミの反逆の能力者達が周囲の道路を埋め尽くしている。通行人達はそれを見てぎょっとしている。
「三百人以上いるかな。あるいは四百人か? 全て超常の能力者だが……軍が攻めてきたらひとたまりも無さそうだな。固まりすぎってのもよくない」
球場周辺の様子を見て、蟻広が言う。
「先程のミサイルとやらの攻撃は迎撃したじゃない。純子はちゃんと色々と想定して対策を練ってあるだろう」
と、柚。
「俺達は兵隊だから、四の五の考えず、目の前の敵と命懸けで戦えばそれでいいってか?」
球場の外から見える巨大合体木を仰ぎながら、蟻広は自虐めいた口調で言った。
「おはよ」
後ろから声をかけられ、柚と蟻広は振り返る。そこには凡美がいた。勤一の姿もある。
「もう昼でお早くないから、マイナス0.3な」
「小数点のマイナスもあったのか」
蟻広の台詞を聞いて微笑む勤一。
「いよいよ大詰めみたいね」
「ああ、そのようだ。ええ、そのようね」
凡美の言葉に、柚は男言葉と女言葉の両方で返す。
「何で二回返したの?」
「何となく気分」
凡美が尋ねて柚が答えたその時、アコーディオンの音が近付いてきた。
家畜を連れて、アコーディオンを鳴らしながら歩いてくる日葵に、転烙ガーディアンとオキアミの反逆の兵士達が注目する。
「ウフェ~ッフェッフェッ、おーい、皆の衆、昼飯の時間だよ~。ああ、一度に来るんじゃないよ。交代でね~」
「あんたも来てたのか」
蟻広が日葵に声をかける。御久麗の森繋がりで、蟻広は日葵と縁が有る。
「食料配給係は必要だろ。それに、これは私の宿命でもあるからさ。最後まで見届けないとね。フィフィフィフィ」
日葵はいつもの不気味な笑い声を発する前に、一瞬だが真顔になった。
「人間、一番大事なもんは食だからね。食が力に代わる。食で命が保たれる。当たり前のことだけど、最近の若いもんはその当たり前のことを見落としているよ。ウヒヒヒヒ。この時のために、転烙市の牧場で私が丹念に育てた家畜共を使ってやったんだから、気張っておいきよ。フヒュヒュヒュヒュ」
「これだけの人に何日も配給できるだけ家畜いるの?」
「どんだけ育ててるんだって話」
日葵の話を聞いて、凡美と蟻広が言う、
「これから数多くの死が生まれる。避けられない激しい戦いが始まるからね。私はあんたらが少しでも多く命を繋ぎ止められるようにと、そう願って、私が育てた選りすぐりの命をあんたらに与えているのさ」
日葵の話を聞いて、凡美、勤一、蟻広、そして近くにいた多くの者達が、神妙な面持ちになる。
「明らかにあれ、朝より伸びてるな」
球場の中から生えている巨大合体木を見上げて、勤一が目を細める。他の面々もつられて『砲台』を見る。
「凄まじい生命力を感じる」
「そりゃそうだ。転烙市の市民の生命エネルギーを吸いまくったんだから」
柚と蟻広が言った。
(彼等はサイキック・オフェンダー。犯罪者達。世界に背を向け、罪を犯し、道から外れた者達。つまり――僕の同胞)
勤一や蟻広達を、文字通り影の中からこっそりと様子を見ながら、会話を聞きながら、デビルは思う。
(彼等は何故戦う? 命懸けで、戦う選択をした? おそらく彼等は知っている。自分達が、世界そのものと戦うことを、本能が――いや、魂が知っている)
一つの結論に行きあたる。
(世界を焼き尽くすために戦う)
デビルが行き着いた結論はそれだった。疑いなくそう信じた。
(僕には――僕一人には世界を焼き尽くす力は無い。でもあのマッドサイエンティストには有る。今まさに、世界を焼き尽くそうとしている。本当の意味で悪魔となろうとしている? 悪魔がいることを証明してくれる? いや、僕も悪魔だ。僕も悪魔らしくあるべきだ)
デビルはこの時点である事を決意し、その場から移動した。
(僕も世界を焼き尽くす一人になる。そのためには――)
そのためには、やれることは全てやらなくてはならない。思いついたことは全てやっておくべきだ。デビルは自分にそう言い聞かせる。




