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転烙市では、転烙魂命祭が始まって二日目となる。祭りは予定通り継続するものの、市内の病院は体調不良者で溢れており、二日目からは盛り下がると見られていた。
盛り下がる理由はそれだけではない。昨夜、祭りの参加者達が口に出して叶え、出現させた望みは、数時間ほどで消滅し、多くの人々を落胆させた。もっとも、この短い時間でも、欲望をフルに発散させた者も多くいる。
転烙市にて生命エネルギーを回収させて、欲望と力の在り方を学習させた、新型強化アルラウネの苗が、巨大合体木として安楽市市民球場に出現したという報を受け、転烙市にいるPO対策機構は全員東京に帰還する運びとなった。
「御苦労だったな。任務は失敗したようだが」
帰還した新居に向かって、沖田が告げる。悦楽の十三階段の弦螺と、グリムペニスのシュシュと宮国、政府代表としての壺丘と朱堂もいる。
「御苦労で済ませておけよ糞爺。余計なことほざくな。俺は失敗とは思ってねーんだよ」
長年裏通りのトップの一人として君臨し、元総理大臣でもある、威厳と風格に満ちた沖田が相手だろうと、普段の横暴で不遜な態度は一切崩さない新居であった。
「貸切油田屋にも報告はしておきました。一応、協力してくれるスタンスのようです」
宮国が報告する。
「あいつらはあまりあてに出来ないだろ。口ばっかりだ」
「我々にちゃんと協力してくれたヨブの報酬は、壊滅してしまいましたね。しかも味方であるスノーフレーク・ソサエティーに襲われるとか」
壺丘が吐き捨て、朱堂が真顔で言う。
「なんでしゅとーっ、それは初耳でしゅたっ。シュノーフレーク・ショサエティーと今後も手を組んで大丈夫なのでしゅか!?」
「大丈夫という保証は無い連中だが、今あいつらを敵に回すのは避けた方がいい」
オーバーアクションで驚くシュシュに、新居が面倒臭そうな顔で言った。
「グリムペニスの音木や男治は来ないのかね?」
「連戦により疲れているから、勝手に会議して後で報告してくれとのことです」
沖田が伺うと、宮国が答えた。
「それより『砲台』をどうにかしようっていう会議だよう」
弦螺が訴える。
「ニュースをつけるぞ」
新居が断りを入れ、ホログラフィー・ディスプレイを大画面で開く。
画面には都市の風景が映し出されていた。都市の上空には、人間が、貨物が空を飛び交い、あちこちに頂上が見えないほど高いオレンジの塔が建ち、寒色系の植物が生え、奇怪なデザインの動物が人に連れられて歩き、ガラスで出来た人形のような者が作業を行っている。
「これって……転烙市でしゅかー?」
シュシュが大きくのけぞって、両腕を激しくはためかせる。
『御覧の通り、数日前に流れたネットの噂は本当じゃよ。転烙市は半年前より、てくのろじいを飛躍的に進歩させておる。半年間、秘匿し続けてきたが、今こそ転烙市の最先端技術を全世界に公表し、全人類への貢献に務める所存』
続いて、硝子山悶仁郎がにやけ顔が映し出され、声明が流された。
「このタイミングで公表する意味は何なんだ?」
壺丘が誰とはなしに問う。
「単純明快に、もう秘匿する意味が無いから公表して、言葉通りに人類の文明発展に貢献しようと考えたから――んなわけねーな。こいつは力の誇示だ」
新居が苦々しげに言い放つ。
「技術をアピールすることで……なるほど、そういうことですか」
「オーバーテクノロジーに色気を出す者達が現れるというわけだ」
朱堂と沖田も理解した。
***
アメリカ。貸切油田屋本部。
「予想通りですが、組織内に転烙市のオーバーテクノロジーを取り込みたいという者が、多数出現していますね。前回の情報漏洩の時点で、すでに勝手に動き出している者もいる始末です」
ラファエル・デーモンの報告を受け、実質上の貸切油田屋のトップであるテオドール・シオン・デーモンは、額に手を当てて渋面で溜息をつく。
「欲をかいて……組織内でも優位に立ちたいのか? どうせ死の商人の連中だろう?」
「お察しの通りです」
子供ボディでぼやくテオドールの台詞を肯定したのは、テオドールの秘書にして世話役マリオ・スコットだ。
「勝手に動き出しているというのは、転烙市に向かった奴がいるという事か?」
「ええ。しかしそれだけではありません。雪岡純子を評価して同盟を組もうとする勢力まで現れました」
テオドールの質問に対し、ラファエルはさらに悪い報告をした。
「全世界のフィクサー連中に、雪岡純子への手出しをしづらくするために、このタイミングで転烙市の存在を公表したのか」
憮然とした顔で言うと、テオドールはこの時点で決断する。
「安楽市民球場に生えたアルラウネ『砲台』に、とっととミサイルを撃ち込んでしまおう」
「強行してよろしいので?」
「ああ」
確認するラファエルに、テオドールは頷いた。
「時間が経てば余計に動きにくくなるし、会議なんてしていられない。ここは強行した方がいい」
***
PO対策機構は祭り当日夜に輸送機で東京に戻ったが、スノーフレーク・ソサエティーの面々は、翌日になってから装甲バスで東京に戻っている。
「転烙市に来るだけ来て、特に何もせずに終わった」
一人の少年が呟く。人間の子供の姿に化けているミサゴだ。アリスイ、ツツジと共に、スノーフレーク・ソサエティー一向に混じって新幹線に乗っていた。
「転烙市のことも公表したのか。しかし当然ながらアルラウネの件については未公開だな」
ホログラフィー・ディスプレイに映る、得意げに演説する悶仁郎を見て、雅紀が言った。
「貸切油田屋のスパイから連絡じゃん。転烙市がオーバーテクノロジーの宝庫と聞いて、転烙市側に取り入ろうという勢力も出てきてるとさ」
「貸切油田屋やらのデカい組織の中にいる奴に助平根性を出させて、純子への攻撃参加を躊躇わせるために、このタイミングで転烙市を公表したわけだ。何から何までよく考えてやがるわ」
季里江の報告を聞き、ジュデッカが皮肉げに吐き捨てる。
「機を見るに敏――と言いたい所だけど、即物的というか、近視眼的だね。そっちに行くのは間違いだよ。もっと価値があるものがあるのにさ」
憮然とした顔で政馬。
「もっと価値があるもの……ってまさか」
嫌な予感がする季里江。
「僕達はアルラウネの砲台を狙おう。あれこそ奪う価値がある」
政馬の決定を聞いて、バス内にいるスノーフレーク・ソサエティーのメンバー達は驚いた。呆れている者もいる。
「奪ってどうするの?」
富夜が尋ねる。
「世界を書き換える装置なんだろう? プログラムを書き換えよう」
「いやいや、世界を書き換える目的に使われるようではあるが、世界を書き換える装置とか……話聞いた限り、そういうわけではなさそうだぜ」
ジュデッカが苦笑しつつ、政馬の言葉を否定する。
「え? 僕はそう受け取ったけど? そうじゃないの? 確証は無いよね? 確証は無くても、試してみる価値はあるよね?」
「余計なことして危険を冒すのは、愚の骨頂という卦が出ています」
一人やる気満々の政馬に、こころが静かに告げる。
「でもいずれにしても純子は止めなくちゃならない。その最中に隙を見て、純子が作った砲台を僕達が頂いて、僕達の都合のいいように使うってのも有りじゃない? 有りだよね? よし、有りだ。」
「捕らぬ狸の皮算用って言葉知ってる?」
「政馬はいつもそんな感じだけど、振り回される側になってみてほしいんよ」
諦めようとしない政馬に、雅紀と季里江が呆れ気味に言った。
(俺は政馬のこういう所好きだし、乗ってやりてえ所だが、皆反対してるしなあ。そして俺は出戻り組だから、こういうシチュで余計に口出しづらい)
そう思って、ずっと無言でいるカシム。
「よし、勇気を誘ってみるかなー」
ほぼ全員に反対されているというのに、政馬は自分の決定を取り下げるつもりは無かった。




