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勇気、鈴音、バイパー、ミルクの出現により、霧崎と男治は戦闘を中断した。
累も勇気に従い、ホログラフィー・ディスプレイを見る。しかし何が起こっているかは、大体わかっている。
願いを叶えて浮かれていた人々の様子に変化が生じていた。皆一様にして顔色が少しずつ悪くなっていく。そのうち多くの者が蹲り、倒れる者まで出てくる始末。
列を作って動かなかった硝子人が動き出し、倒れている者を介抱しだす。ただ救助のためだけに動いているわけでもなく、人々の状態をチェックしている。
「純子の言う通りだったな。市庁舎だけではなく、他にも祭り用の硝子人があちこちに潜伏していたようだ」
映像の中で動く硝子人達を見て、勇気が言った。
「市民全員ダウンか? 小さい子とかいる親や、医療関係者もダウンしてたらどうするんだよ……」
『純子はその辺もちゃんと気を回すし、そういう人間は除外するか、あるいは……硝子人でフォローさせるかだな。あれだけの数を投入しているんだから、そういう使い方もできるだろ』
危ぶむバイパーにミルクが告げる。
「硝子人は全部ぶっ壊してやるぞー」
「それは無理だと思うよ」
史愉の台詞を聞いて、ネコミミー博士が苦笑する。
「ちょっと待ってくださ~い。硝子人を壊してはいけませんよ。市民の生命力が、今吸収されている最中ですから。その制御をしているのが硝子人であり、制御が出来ないと、命が無尽蔵に吸いつくされちゃう危険性もありますよー」
男治が制止する。映像越しであろうと、男治には硝子人が何をしているのかが判別できたし、無闇に壊すことが良くない結果をもたらす事も見抜いた。
「ぐっ、ぐぴゅう……それじゃ硝子人を苦労してこっちの制御下に置いたのも無駄ってことじゃないっスかー。ふざけんじゃねーぞー」
思いっきり顔をしかめる史愉。
「元々君達に勝ち目は無かったのだよ。中途半端な人員の導入が不味かったな。しかし大人数の部隊を投入すれば、こちらにも考えがあったぞ」
霧崎がにやりと笑う。その言葉と笑みが意味する所は明白だ。
「真の読み通りだったっスね。ふん……。犠牲なんていくらでも出していいから、人数ぶちこんでおけばよかったんだぞ」
史愉が吐き捨てた。
***
輝明、修、ふくの三人は、祭り会場の一つで、祭りに訪れた市民達の様子を見ていた。
倒れた老人の元でかがみ、ふくが状態をチェックする。
「大体の人は命に別状が無い……けど、消耗の激しい人もいるから、それらの人が危険だわ」
ふくが報告していると、その隣に硝子人がやってきて、倒れている人を介抱しだす。
周囲を見ると、特に状態が悪そうな者達の元には硝子人が近づき、状態を調べ、あるいは担ぎあげて運んでいた。
「この硝子人らはこのためにいたのかな?」
「いや、このためにもいたんでしょうね。色々と想定して、その対策を予めプログラムされているんじゃないかしら」
修の疑問に対し、ふくが私見を述べる。
と、そこに蟻広と柚が現れた。
「またてめーらかよ」
「それはこっちの台詞だしマイナス2」
輝明が眉をひそめると、蟻広も眉根を寄せる。
「出会った事に? 台詞に?」
「両方だ。マイナス1ずつだ」
修が冗談めかして尋ねると、蟻広は面白く無さそうに答えた。
「警戒しないで。争う気は無いよ。もう純子の望みはほぼほぼ達成された……と思う。後は今後どうなるか見守るだけだ」
穏やかな口調で告げる柚。
「いや、確かにこの先のことは聞いてないけど、まだこの後も純子から指令が来る可能性はあるぞ」
「ケッ、そうなればまだ争う可能性はあるってこった」
蟻広が柚に向かって言うと、輝明が皮肉げに吐き捨てた。
***
陽菜とエカチェリーナも市庁舎ビルの廊下の椅子に腰かけ、祭りの様子を映像越しに見物していた。
「この先に何があるんヨ?」
蹲る人や倒れた人達を見て、エカチェリーナが疑問を口にする。
「私達が苗床で育てた強化型アルラウネに、転烙市から抽出した力が注がれる。新型アルラウネは砲台。エネルギーが充填され、人々の欲望を学習させられたアルラウネは、世界を変えるための砲弾を撃ちだす。そう純子が言っていた」
「その砲台とやラは、どこにあるんヨ?」
「それは聞いてない」
「ほんまにこれでよかったンかな?」
エカチェリーナが溜息をつく。
「私は純子を信じたいけど、正直不安もあるし、その不安を拭ったうえで……ハッピーエンドに収めてほしいな」
希望的観測を述べる陽菜。
「あの子にそないなこと、できるんかイな」
「さあね。でも私は期待している」
会話をしている二人の横を、ドレッドヘアーの老婆が通りすぎる。老婆は犬やアヒルや山羊や羊やミニブタを連れて、アコーディオンを弾きながら歩いていた。
「フィッフィッフィッ、これからじゃよ。注がれた力を蓄えたアルラウネが芽吹き、育ち、種子を飛ばしたその時から、世界は大きく変わるのじゃ。そこに至るまでは、終わりではない」
二人の会話を聞いていたかのように、老婆――阿部日葵は笑いながら告げた。
「あのババア……市役所ン中に動物連れ込みまくってええンか? うわ、山羊が糞しとるやんっ」
目の前の足元に落ちている山羊の糞を目撃し、エカチェリーナは顔をしかめた。
***
「黒玉の先にあるのか。理にはかなっているけど、どこに繋がっているんだ……」
「イェア、亜空間てわけじゃなさそうだぜィ」
熱次郎とみどりが解析を行うが、黒玉がワープするための空間の扉という事以外はわからない。
「あ、真面目に、中に入ること考えちゃってるんだ。全然怖がってないし」
「雪岡先生、僕達がそれくらいで怖がると思ったの? ここに来るまでどれだけ修羅場を潜り抜けてきたと思ってるのさ」
純子の台詞を聞いて、ツグミが言い放つ。
「私は怖い」
「私は怖くない」
伽耶と麻耶がそれぞれ反対のことを口にする。
「何かヤバい所に繋がってそうな気配感じるぞ。転烙市民の生命力吸い取るアルラウネがいる場所って時点でさ」
と、熱次郎。
「お前を退けて、穴の中に入って、その先にあるアルラウネを何とかすれば、ハッピーエンドかな?」
「そうかもねえ。させないけど」
真が純子を見て言うと、純子は不敵に笑う。
「純姉、この人数相手にやる気~? そりゃみどり抜きの真兄達五人だったら、どうにかなるかもしれないけど、御存知の通り、あたしは御先祖様や純姉に匹敵するくらいの力があるんだぜィ?」
挑発気味に言うみどりだが、それでもなお悠然と構えている純子を見るに、ここで容易くふるぼっこには出来ないだろうと見る。
「確かに六体一はキツいかな。戦うならね?」
悪戯っぽい笑みを浮かべ、意味深な台詞を口にする純子。
「させないからと言ったけど、それは私を退けるとか、砲台にする強化型アルラウネを何とかすればとか、それに関してね。穴の中――悶仁郎さんが作った転移装置に入るのは、問題無いよ? というか、この先にあるものを君達になら見せてもいいし、むしろ自慢したいし。真君には特にね。一緒に来ない? 怖いならやめてもいいけど?」
純子が少し煽り気味の口調で喋る。
「行きたい」
申し出たのは真ではなかった。熱次郎でもツグミでもない。
一同が声のした方を向くと、意外な人物がいた。
「ふわあ……デビル、いたのかよォ~」
みどりが驚きの声をあげるが、身構えはしない。デビルに敵意は感じられなかった。
デビルだけではなく、ワグナーの姿もあった。
「隠れてたの? 全然気づかなかったよー」
「盗み聞き、失礼しました。実に興味深い話をしていたもので、つい」
純子が意外そうな声で言うと、ワグナーが禿あがった頭をかきながら微笑む。
「そっかー。じゃあ乗りかかった舟ってことで、二人も御一緒にどーぞー」
言いつつ、純子は真の方を見る。真の明確な答えを、はっきりと聞きたいと、視線で促していた。
「御目にかかってやるよ。ついでに破壊してやればそれでハッピーエンドだ」
真が言うと、純子は満足げに笑う。
純子が先に黒玉の中に飛び込む。
次いでデビルとワグナーが跳躍して飛び込む。
「距離があるな。伽耶、麻耶」
真が姉妹を見る。
「みんなとんでとんでー」「あ、そーれ、ふわっとなー」
伽耶と麻耶の即興魔術によって、全員の姿が浮き上がり、黒玉の中へと飛びこんでいった。




