30
「それはともかく、だ。純子、こんなことして何になるんだ? 欲望をエネルギー転換するって言ったけど、これが本当に新しいアルラウネのパワーに繋がるのか?」
映像の中で、祭りの参加者達が欲望話叶え続けて狂喜している様子を見て、熱次郎が話題を元に戻す。
「実はねえ、もっと重要な意味が有るんだ」
意味深な微笑を浮かべて純子が言う。
「欲望が満たされるこの絵図そのものが、アルラウネの成長へと繋がる。しかし欲望のエネルギーを注ぐというのは嘘だろ。いや、語弊だ。欲望をそのままエネルギーに転換するわけではない。力の源にするというのも少し違う。学習のためだ」
「真……?」
純子に代わるかのように語りだした真を、熱次郎が訝る。
「ふー……よくわかったねえ、真君。それは推測? それともどこかで知った?」
「推測だ。僕だって今までアルラウネとは関わってきた。どういうものかも知っているし、大体こうじゃないかってくらいならわかる」
「俺はわからなかった……」
純子に問われた真が答える。熱次郎はそれを聞いて肩を落としていた。
「学習って?」
ツグミが尋ねる。
「生まれたばかりのアルラウネじゃあ駄目なんだよね。人生経験も無いせいで、欲望という人間の大事な活力が生じない。記憶の移植をしてもそれは同じ。かといって、一人一人をちゃんと育てるのも手間かかるし」
「アルラウネは宿主の進化を促す生物。進化を促すスイッチが、欲望だったら? 欲望でも願望でも野望でも渇望でも希望でもいいが、感情がスイッチになって、人々の進化が促されるのであれば――雪岡が改造した強化型アルラウネを用いて作る、世界をひっくり返す生体装置にしてみれば、今、この都市で今起こっている現象全て――願いが、欲望が叶っている今この瞬間の全てが、学習になる。僕の推測、間違っているか?」
「ううん、大当たり」
真の推測を聞き、純子は驚きに目を見開きながら、嬉しそうに笑った。
「真君……そこまでわかっちゃったんだ。驚いたなあ。それより……嬉しいなあ。それはアルラウネを知っているからという理由だけじゃ、中々たどり着けない答えだと思うし、私の考えることを誰よりもわかっているからじゃない」
(弟子の考えがわからないはずがありませんよ)
真の頭の中で声が響く。
(認めたくないし、嫌な話だけど、前世の影響が日に日に強くなっているせいで、こうした事もわかってしまうんだな)
前世の記憶を見せられて以降、真は嘘鼠の魔法使いの思考と自分の思考が重なることが多くなっている。彼の人格も頭の中に頻繁に出てくる。
「言葉を現実にする、伽耶ちゃんと麻耶ちゃんの力。イメージを実体化させるツグミちゃんの力。伽耶ちゃんと麻耶ちゃんの力だけでもイメージを現実に作れるし、ツグミちゃんは言葉にしなくても作れる。でも二つを合わせた方がより強く確実な力になる」
純子がここぞとばかりに得意満面になって、朗々と語る。
「アルラウネに施す学習ってのはね、この二つの力を促すものなんだ。転烙市民を使って実践させた欲望と、欲望を成就させる力――その光景そのもの。それらを学習させた新型のアルラウネの力で、世界中の全ての人間、これから生まれてくる人も全部、伽耶ちゃんと麻耶ちゃんとツグミちゃんの能力をミックスさせたものを、備えるようにする。それこそが、私が目指すチェンジ・ザ・ワールドだよ」
純子が明確に自身の目指す目的を口にした瞬間、まるで狙いすました演出のように、純子の後方から一陣の風が吹き、白衣がたなびいた。
「イェア、今のは純姉が念動力で演出したんだぜィ」
「みどりちゃん、せっかく格好つけたのにそれバラさないでー」
みどりが指摘し、純子が渋い顔になる。
「どうして雪岡先生はそんなことにこだわるの? 世界を変えたいなんて大それたこと思うの?」
「それはマッドサイエンティストだから」「探究者だから」
ツグミが問うと、麻耶と伽耶が純子に代わって答える。
「私達も魔術師だし、常に変化を求めている」
「新たな発見も求めている」
伽耶と麻耶は魔術師故に、純子寄りの部分があった。
「人は進歩し続けるものだし、文明を発展させていくものだし、今伽耶ちゃんと麻耶ちゃんが言ったように、変化を求めるし、発見も求める。停滞させちゃ駄目なんだ」
転烙市の夜景を見下ろし、懐かしむかのような笑顔で話す純子。
「千年の時を刻み、人の進歩を――文明の変化を見続けるのは楽しかったよ。それを追うことが――私自身がその中に与える事は、とても楽しかった。そして今後も続けていく。そしてその歩みは絶対に止めない。そして止めさせない。そして否定する事は許されない」
純子の声のトーンが微妙に違っている事に、他の面々は気付いていた。いつもの明朗で弾んだ響きが無い。声が非常に硬質だ。単純にシリアスというだけでなく、物々しく、重い響きがある。こんな声を聞いたのは、真以外は皆初めてだ。真とて、純子のこのような喋り方は、今までほとんど聞いたことがない。
「今世紀初頭、あるソフトの開発者が捕まった事件があった。ソフトが悪事に使われたという理由で、開発した人間が捕まったんだ。結局は無罪になったけど、そんな理由で開発者が逮捕されて裁判になった時点で、私にはあれが、魔女裁判としか思えない。才能への冒涜。知性の退行。文明を否定する蛮行。ま、そういうことを昔、何度も何度も見たよ。まさか現代にもなって、あんなことをやるとは思わなかったけどねえ。人類はさ――文明がいくら進歩しても、使いこなす中の人達はさ――中々進歩しないってこと」
そこまで話した所で、純子は真を見た。
真を見る純子の表情を見て、何人かはぎょっとした。酷く物悲しそうな微笑を称えている。これまで純子が見せたことが無いような表情だった。
(悲しみの感情が乏しくなっていると聞いたけど、今のこいつには……)
確かに悲哀に満ちた表情をしていると、真の目には映る。
「私の師匠もね、そういう理由で殺されたんだ。ヨブの報酬はずっとそうしてきた。ヴァンダムさん時代のグリムペニスもそうしてきた。弾圧し、規制し、迫害し、抑制し、捻じ曲げてきて、否定してくる。人類の可能性そのものを壊しにかかってくる勢力が、同じ人類の中に現れる。私の中にまだ微かに残っている、悲しみと、そして怒りが、そういったものを意識する度にくすぶるんだよねえ」
純子がそこまで語った所で、近くで何かが軋むような音が響いた。
「何だ?」
「あれだ」
真が声をあげ、熱次郎が音が響く方向を指す。
音がしているのは、市庁舎の上空にある巨大な黒玉からだった。
「ヘーイ、黒玉の空間歪曲率が増大化しているぜィ。これ、空間の扉だよォ~。近くによるまでわからなかった。空間の歪みそのものは遠くからわかったけど」
みどりが黒玉を解析して報告する。
「欲望を学習するために、市民の精神を吸い込んでいるのか?」
「それは関係無いよ。それは精神世界を通じて送られるものだから、物質的に転送する必要は無いんだ」
真の質問に、純子は小さく首を横に振る。
「つまりこちらは、転烙市民から吸い取った命をエネルギーにして送る装置か」
黒玉と純子を交互に見て伺う真。
「んー、二つ誤解があるかな。生命力変換装置とは別だし、命を吸い取るって言い方、まるで転烙市の人達を殺しちゃうみたいに聞こえるよ? 確かに生命力は吸い取るけど、死ぬほどではないし」
「前は転烙市民を砲台のエネルギーにすると言ってただろ」
純子の言葉を聞いて、真が言った。
「取り敢えず大虐殺回避」
「言うほど見境無いマッドサイエンティストでも無くてほっとした」
「いや、まだわかんないべー。死ぬほどではないけど、どの程度って話よォ~」
伽耶と麻耶が胸を撫でおろす一方で、みどりが指摘する。
「んー、個人差あるし、軽度の人は明日くらいまで全身倦怠感でさいなまれる程度で済むと思う。運悪く重度になった人は、数ヶ月は昏睡状態になるかなー」
「駄目じゃん」「重度の人が色々と大変」
「重度の人、それで働けなくなっちゃったりとかしたら、フォローするつもりはあるの?」
「うん……まあそれは、市の方でフォローするよ……」
「取り敢えず大失業回避」
「気遣いできるマッドサイエンティストでほっとした」
伽耶と麻耶が再び胸を撫でおろす。
「いや、大失業って何だよ」
「さっき大虐殺だったから語呂合わせ的に」
熱次郎が突っ込むと、伽耶が答える。
「生命力の吸収が……始まってるぜィ」
みどりがホログラフィー・ディスプレイを見ながら言う。映像の中で、先程まで浮かれまくっていた人々が、どんどん倒れていく姿が映し出されていた。おそらくこれは、祭り会場だけではない。
「うん。転烙市のそこら中にいる硝子人がその制御をしているんだ。命を吸い過ぎないようにね」
「雪岡の言葉を信じて、硝子人を壊すなと連絡しておく。その制御が出来なくなったら、死者が出かねない」
真がPO対策機構にグループメッセージを送る。
「正直、俺は純子の主張は間違ってないと思う。それどころか賛同も出来るぞ」
「僕もだよ。雪岡先生の気持ちも少しわかるんだ。でも……」
『やり方が問題』
「そういうことだな。やり方が迷惑極まりない」
熱次郎、ツグミ、伽耶と麻耶、真がそれぞれ言った。
「ところで、私達はばれていませんか?」
会話を盗み聞きしていたワグナーが、デビルの力で二次元化した状態で囁く。
「多分。僕は気配を殺して気付かれないように隠れるのが得意。正確には、最近得意になった。そうならざるえなかった」
デビルが言う。
「そうですか。しかし実に興味深い話です」
「知らなかった?」
「計画の全てを伝えられていたわけではありませんからね」
意外そうな声をあげるデビルに、ワグナーが答える。
「で、結局世界を変える砲台――アルラウネはどこだ?」
真が問う。
「ぽっくり市の苗床で育てたあの新型アルラウネ。あれはどこなんだ? あれを砲台にすると言っていたよな」
今まさに、その砲台となる新型強化アルラウネに、欲望を学習させて、生命エネルギーを吸い取って注ぎ込んでいる最中であるが、そのアルラウネがどこにあるかは不明のままだ。
「この先にあるよ? 飛び込んでみる?」
真の問いに対し、純子は笑いながら、右手をあげて空中を指差す。
純子が指した先には、黒玉が浮かんでいる。




