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悶仁郎のスピーチは、転烙市の全ての祭り会場で、特大ディスプレイで映し出されていた。
全ての願いが叶うわけではないと知った人々は、無難に金品にするか、あるいは趣味に走る形で願いを叶えていった大きな物を望まず、ささやかな願いを叶えて喜ぶ者もいる。
「やったー! 念願のレアカードげっとしたぞー!」
願いを叶えた男が煌めくカードを抱え、歓声をあげる。
「ちょっと待った。それは本当に価値があるのかね?」
「え?」
レアカードを手に入れて喜ぶ男に、白髪の老人が問いかける。
「ちゃんと金を出して買って、開封して引き当ててこそ、レアカードの価値と喜びがあるのではないかね? こんな形では安直に手に入れたのでは、それは真のレアカードゲットの価値とは呼べないのでは?」
「うるせーよ爺、大きなお世話だし、あんたの考えを押しつけんな」
老人の指摘を受け、男は気を悪くする。しかし一理あると感じているからこそ、気を悪くしている面もあった。
「おおおおおおおっ、本当に口に出して望んだものが出た! 部長もやってみてくださいよーっ」
巨大なフェネックに抱き着いた女性が、興奮した声で促す。
「よ、よし、出世して社長になりますよーに」
促された中年男が望みを口にするが、何も起こらない。
「部長、市長の話を聞いてなかったんですか? 権力とか目に見えない形の望みは叶いませんて。ちゃんと形あるモノでないと。それに社長になるくらいなら世界征服した方がいいでしょ」
「よ、よし……じゃあ若くて優しかった頃のオカンをぷりーずっ」
巨大フェネックに抱き着いた部下の女性が、アドバイスすると、中年男は別の望みを口にすると、中年男の前に十代半ばの少女が現れる。
「ああああ、あの頃のオカン……いや、めっちゃん出たーっ! 今の擦れたババアじゃない、高校の部活で初めて会った頃の可愛くて優しいめっちゃんだー! ひゃっほーい!」
「部長……若い頃の奥さん出して、今の奥さんはどうするつもりですか……」
中年男は歓声をあげて少女に飛びつく。部下の女性巨大フェネックにしがみついたまま、半眼で見ている。
「願いは幾つでも叶えられるようだね。しかし形ある物を出現させるという限定だ」
大金を詰め込んだアタッシュケースを幾つも抱えた男が言う。
「ぷにぷにの正体が知りたいって願ったけど無理だったから、ぷにぷにを出せと言っても無理だった。つまり、この願いは形になるモノでないと駄目。願いを叶える者が知っているモノでないと、形に出来ない」
その隣で、友人の男が分析する。
「ところでその金、記番号もちゃんとばらばらなのか?」
「一応……。でもちゃんと使えるかどうか怪しいし、銀行でチェックしてもらった方がいいな」
現金を出した男が自信無さげにいう。
「それで偽札扱いされたらどうするんだ……」
「でも現金作るのが無難だって市長が言ったから……」
ぷにぷにを願った男が呆れると、現金を願った男はまた自信無さげに言った。
「願った物を出す形か。それじゃあ俺の願いは叶わねーなー」
祭りに参加した人々が、願いを叶えて浮かれている様子を見やり、カシムは渋い顔で言う。
「お前の願いって女になりたいこと?」
ジュデッカがからかい気味に尋ねる。
「女にならなくてもいいから、もう少しスリムな見た目になりてーんだよ。そうすれば色んな服着れる」
「ダイエットすればいいじゃん?」
「実際に体型変わったら戦闘力ダウンしちまうわ。見た目だけ変化してーのっ。身体能力は維持できねーと駄目だ」
あっさりと言う季里江に、カシムが主張する。
「わかっているだろうけど、皆これに乗っちゃ駄目だよ。どんな罠が有るかわからないからね」
政馬がスノーフレーク・ソサエティーの面々に向かって呼びかける。
「え~? そういうことは早くいってくださいよー」
「こういうのを躊躇なく試す馬鹿がいるからね。本当早く言ってほしかった……」
様々なゲームやアニメのグッズまみれになったアリスイと、その隣で額を押さえているツツジが言った。
「おい、硝子人達が動いている」
雅紀が声をあげ、全員が雅紀が向いている方を見る。
列を作って待機していた硝子人達がばらばらに動き、願いを叶えて喜んでいる祭りの参加者達をそれぞれ見ている。
「よくわからねーな。何かしら力を発動しているのは確かだが、その力も乏しい。具体的に何してるかもわかんねー」
ジュデッカが解析するも、詳しいことは不明のままだった。
***
「僕はツグミと伽耶と麻耶を餌にして、お前を誘き寄せようなんて考えていたが、お前の考えは……遥か先にいっていたな。自分が浅はかな愚物のように思える」
真がその事実を認めた。しかし悔しいとは思わない。むしろ嬉しいとすら感じている。純子が敵として強大だと実感する度に昂る。
「雪岡先生……見損なった……」
ツグミの目から涙が零れ落ちる。それを見て純子も笑みを消しも表情を曇らせた。
「どうして! どうしてそんな酷いことが出来るんだよ! 人の命を何だと思ってるんだ! しかも僕と……伽耶さんと麻耶さんのコピーだなんて……。これが、この脳みそが全部……僕だなんて……」
ツグミの反応を見て、その場にいる全員が驚いていた。
(こいつがこんなに感情を爆発させるなんて……。しかも男バージョンの方で)
真が気遣い、ツグミに寄り添って肩に手を置く。
「伽耶、麻耶、大丈夫か?」
真が姉妹を見たが、ツグミほどショックを受けている様子は無かった。
「私はいまいち現実感無い。何か麻痺してる」
「私も伽耶と同じ。ツグミみたいに泣いたり怒ったりって気持ちは沸かない。人体実験とか、コンプレックスデビルでもよくやってるから」
「麻耶と同じ。でも……一つだけわかる。これは許しちゃいけない事だって。理屈でわかる」
「感情で一つだけわかる。いや、今感じた。免疫はあるけど、これはやっぱりおぞましい……」
伽耶と麻耶が今の心情を口にする。
「んー、何が悪いの?」
純子は否定される事が理解できなかった。
「この脳は確かに医学的には生きているけど、生物的には生きているとは言えない代物だよ? 自我は無いし、魂魄さえ入っていない。機械みたいなもんだよ。植物だと思ってもいいし。そんなに深く考えること無いよー。確かに無断でやったのは悪かったし、傷つけちゃったなら謝るけど。すまんこ」
「許さない……許せない」
「落ち着け、ツグミ」
涙ぐんで憤慨するツグミを、真がなだめる。
「想像以上に罪を重ねまくってる奴だな。しかも進行形で」
純子を見て、真が静かに言い放つ。
「でも、お前の全ての罪は僕が贖ってやる予定だし、それは問題無い」
「んー、どうやって?」
真の台詞を聞いて、純子は面白がるかのようにまた微笑を浮かべた。
「そうだな。取り敢えずは、動けなくなるまで痛めつけて、押さえ込んで、押し倒して、もう一度レイプしてやるよ。今度は皆の前で、それをやってやる」
「それは嫌だなあ。ていうか押さえ込んでと押し倒してが順番逆だよー」
真の台詞を聞いて、純子の微笑が引きつった。
「い、今とんでもないことが聞こえたような……。幻聴?」
「幻聴ってことにした方がいいことだよね」
伽耶の目が点になり、麻耶の目が泳ぎ出す。
「もう一度……もう一度?」
熱次郎がうわごとのように、真の台詞を繰り返し呟く。
「真先輩……それ僕にもやらせて」
「え?」
『えっ?』
「ええ……」
「ええええ~……」
ツグミの発言に、みどり、牛村姉妹、熱次郎、純子が戸惑いの声をあげる。
「二人がかりで犯ろう。公衆の面前で犯ってやろう。アレは伽耶さんと麻耶さんに生やしてもらう」
「ええええええ~っ!? 生やすの!?」
「そんな呪文唱えたくないっ」
ツグミの発言を聞き、麻耶が素っ頓狂な声をあげ、麻耶は力を込めて拒否した。
「真君……勢いだけで滅茶苦茶言ってない? それともそうやって皆の心を和ませているのかな? ツグミちゃんもだけど……」
「どっちかというとツグミの方が僕より滅茶苦茶だろ」
純子が苦笑気味に言うと、真が言い返した。




