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マッドサイエンティストと遊ぼう!  作者: ニー太
97 命と魂を弄ぶお祭りで遊ぼう
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28

 チロンと累達の戦闘が始まる前。


 陽は沈んだ。空の道の中継所である、空に浮かぶ透明の階段。満点の夜空の下、転烙市を一望できる。


「いい眺めでしょー。夜だと格段だよねえ」


 最も上の段に陣取った純子が、いつもの屈託の無い笑みを広げて、真、伽耶、麻耶、ツグミ、熱次郎を見下ろして話しかける。

 夜なので見づらいが、近くにあの巨大な黒玉もある。六人がいるのは、市庁舎のすぐ側だ。


「でも見て欲しいのは、夜景じゃないんだ。祭りの様子だよ」


 そう言って純子は、ホログラフィー・ディスプレイを周囲に大サイズで無数に投影した。


『待たせたのー、皆の衆。先程も触れたが、これより初日でいきなり祭りのくらいまっくす、全ての望みを叶える一大いべんとに入る。いや、全ては言い過ぎたわい。全てではないが、かなり色々と望みが叶えられるぞ』


 ディスプレイの一つで壇上に上がった悶仁郎が演説を行っている。


 その時、みどりが空の道を飛んできて、真の隣の空中階段に着地した。


「ヘーイ、丁度いいタイミングだったー」

 歯を見せてにかっと笑うみどり。


「あ、みどりちゃんも来たんだ。ていうかさ、みどりちゃん、ここにダイレクトで繋がる空の道って、ここのVIPしか使えないはずなんだけどなー」

「あばばばばば、気にしない気にしない」


 純子に指摘され、みどりは笑ってごまかす。実は綾音に頼んで飛ばして貰った。


「望みを叶えるって……命を吸い取る前に、まず欲望を吸い取る気か」


 熱次郎が呟く。


「うん。新しいアルラウネには、命のエネルギーだけじゃ駄目なんだ。強い欲望が大量に必要なんだよ。今からそれを引きずり出す。祭り参加者の望むことを――」

『さあ、皆の衆。声に出して願いを言え。望みを、欲望を、願望を、夢を言葉にせよ』


 純子が放している最中に、悶仁郎が促した。


「え……? これは……」

「また脳みそがいっぱい……」「階段の中も」


 熱次郎と伽耶と麻耶が声をあげる。

 映像の中で、寒色植物に脳みそが現れたことを確認する。

 寒色植物だけではない。一同がいる透明階段の中にも、脊髄つきの脳みそが大量に浮かび上がる。


「赤猫電波は解除された。正確には、赤猫電波の補助のために、この脳の力を使っていたけど、脳を別の用途で使うから、そっちは解除したってわけ」


 脳が突然見えるようになった理由を、純子が説明した。


『遠慮せずに声に出して望みを言うのだ。さすれば望みは叶う。世界征服したいとか、あまり大きすぎる望みは無理じゃがの。金が欲しいとか、女が欲しいとか、その程度なら叶うぞ』

「真が純子のこと忘れて私を好きになりますように!」

「ちょっと麻耶……」


 両手を合わせて必死に祈る麻耶と、いつもの台詞を口にする伽耶。


「真、どう?」

「何も変わってないよ」


 伺う伽耶に、真はあっさり答える。


「嘘吐きっ。全然望み叶ってないっ」

「んー……もっとしっかりとした形でないと駄目かなあ……。即物的な願いがいいよ」


 純子に向かって抗議する麻耶。純子は頬を掻きながら答えた。


「それよりこっち見てよ……」


 ツグミがホログラフィー・ディスプレイを指した。


 映像の中では、大量の札束を抱えている男や、半裸の女性に囲まれている男や、マッチョイケメンに囲まれている女、フィギュアを手にして歓喜している男、単に若返って嬉し泣きしている女、ブランド品を身に着けまくってホクホク顔の女等が映し出されていた。


「何だこれ……。マジで言葉にすると願いが叶うのか?」

「私の願いは叶わなかった。純子も市長も嘘吐き」


 熱次郎が呻く一方で、麻耶は憮然としている。


「ふえぇ~……これ……欲望が叶うってことで、欲望を発散させまくってるってことだわさ……」


 みどりは精神世界での流れの方を見ていた。


「願ったことを言葉にして訴えると叶うシステムで、欲望を口にすることで、欲望の精神エネルギーとやらを抽出してるのか?」


 熱次郎が純子の方を見て尋ねる。


「んー、ちょっと違うけど、大体はそんな感じかな。イメージを実体化するシステムを使ったんだ。転烙市内限定だし、時間制限や回数制限も有るし、場所によっては通じづらいんだけど」


 純子が解説する。


『市長ぉっ、私の希望は叶わないよー』

『僕も無理だった。ちゃんと望み叶えている人との差は何?』

『絵が上手くなりたいのに上達していません』

『俺も駄目だ。好きな子いるけど、口に出してあの子が俺を好きになりますようにって言ってみたけど、叶ったかどうか確認するために電話して告白したら、ごめんなさいっ言われちゃったよう』


 映像の中では、望みを口にしたのに叶っていない者達が市長に訴えている。


「最後の子は、それを公の場で暴露しちゃって記録にも残ること、わかっているのかな……?」


 告白した云々を半泣きで訴える少年を見て、ツグミが半笑いになる。


「必死すぎておかしいけど、ネット上でネタにされるの目に見えてるな」

「可哀想」「まあまあのネタ提供」


 真、伽耶、麻耶が言った。


『あー……望みの叶え方というものがあってじゃな……。その……例えば金が欲しい場合、通帳の残高を増やすとかではなく、現金を望むがよい。あるいは金目のものがええの。好きな女に自分に振り向いて欲しいとか、権力が欲しいとかは無理じゃ。女が欲しいなら、自分を好きになった誰々が欲しいと、そう望むがええ。其処許を好きなその女が出るでの。ようするに、はっきりとした形で、欲しいモノを出現させることは出来るが、形のない望みを叶えるとか、変化させるとか、そういうのは難しいようじゃて。スキルを身に着ける溶離、スキルを状態させる道具を求める方がよいかもしれんの』


 悶仁郎が困り顔で詳しく述べる。


『じゃあ俺のことが好きなこはるちゃんを出して!』

『ダイヤモンドいっぱい出ろーっ!』

『絵が上手くなるペンタブちょーだいっ!』


 悶仁郎のアドバイスに従い、次々と望みを声にしていく祭り参加者たち。 


 そして映像の中で祭りの参加者達が、二度目の挑戦によって願いを叶えていき、今度は成功して喜んでいる者と、またしても駄目だった者達がいた。


「よーし、私も試そう。私のことだけ好きになる真を――」

「ちょっと待った」


 麻耶が生き生きとした顔で望みを口にしようとしたが、真が制した。そんな麻耶の都合のいい自分をもう一人出されたらたまらない。


「これって……伽耶と麻耶の口にしたことが現実になる魔術と似てないか?」

「似てるどころじゃない」「言われてみればそのまんま」


 真が疑問を口にし、伽耶と麻耶が同意する。


「イメージの実体化は、僕の力のそれと似ているよね」


 ツグミが不安げな顔で言う。猛烈に嫌な予感がした。最悪の想像が脳裏をよぎっていた。


「真先輩、僕と伽耶さんと麻耶の力、ずっと雪岡先生が興味を抱いてて、僕達が狙われているって言っていたけど、もうすでに奪われているってことじゃないかな?」

「ふぇ~……それって……」

「まさか……」


 ツグミの台詞を聞き、みどりと熱次郎も気付いた。みどりの視線が透明階段の中にある脳に向けられ、熱次郎は映像の中で映っている寒色植物とくっついている脳を見る。


「逆手に取る機会も無し」

「すでに敵のミッションは達成されていたっ」


 真の方を見て、姉妹が言う。真は三人が狙われている事を承知のうえで、餌にして逆手に取るなどと、先に口にしている。


「この脳の正体は、ツグミと伽耶と麻耶のクローン脳か。そしてこの大量の脳が、祭りに参加した市民の望みを叶えている」

「ぴんぽーん」


 真の指摘に、純子が弾んだ声をあげる。


 真が口にするまでもなく、その事実に気付いたツグミは、真っ青な顔になっている。伽耶と麻耶はいまいち現実感を持てずに、戸惑いの表情を浮かべていた。


「赤猫電波と硝子人の力で、視覚も気配も隠して見えなくしていたけどね。そして脳そのものも赤猫電波の補助をしている。三つの能力が同時に働くことで、転烙市の情報の発信を妨げ、脳の存在を認識できなくするという、二つの効果を出していたんだ。で、今、脳と硝子人達はその役割を解いたから、転烙市中にあるこの脳を認識できるし、何なら転烙市の情報も外に発信できるよ? もう全て手遅れだけどね」


 笑顔で得意げに語る純子。


「区車亀三は硝子人経由でその能力を知り、硝子人と同じ能力で自分の姿を隠していた。勇気が聞いた、区車亀三が今際の際に口にしていた脳みそという単語は、これを指していたのか」


 真が数日前の区車亀三の騒動を思い出し、口にする。


「ヘーイ、これさァ……知能はあっても知性が無いっていうか……計算、反応、判断、記憶は無いけど、意思は無い。精神活動は全く無いよォ~。魂も無い。医学的には生きているのかもしんないけど、こんなの……あたしには生きているものだと思えないよぉ……」


 脳を解析して、その結果を口にするみどり。


「雪岡先生……僕や伽耶さん麻耶さんに興味を抱いていたって、このためになの? こんなことに使うことを……こんな絵図を思い描いていたの?」


 ひどく冷たい声で尋ねるツグミ。無表情だが、その瞳には青い炎が宿っているかのように、他の面々には見えた。


「そうだよ。確かに私はツグミちゃんと伽耶ちゃんと麻耶ちゃんの能力に、ずっと興味持っていたよ。ずっと狙ってたよ。だからこっそり細胞接種して、クローンの脳みそを培養して、能力もコピーできないか試していたんだー」


 笑顔であっさりと肯定し、真相をばらす純子。


「結論から言うと、精神……いや、魂が無い限りは能力まで完コピってのは無理があったよ。ようするにこれ、三人の劣化能力といったところだねえ。超常の力がフルに発揮できる条件は、不滅の物質であり、絶対的な記憶装置である、魂があってこそなんだ。でも、流石に魂のコピーは出来ない。精神や記憶のコピーだけでは歪なものになってしまうし、何より邪魔になる。そこで記憶と精神を一時的にコピーして、同じ能力をある程度まで発現させた所で、邪魔になった記憶と精神をイレースし、音声などによる入力に反応して、力を引き出す装置にしたんだよ。で、それを転烙市のいたるところに設置し、生命維持できるようにしたってわけ」


 そこまで解説した所で、純子は足元を指す。透明の階段の中に埋まっている、脊髄がついたままの無数の脳を。


「これが……全部僕達。ただし魂は無い、心も無い、ただの……生ける……装置……」


 ツグミが声を震わせる。この真実は、相当堪えているようだ。


 伽耶と麻耶はツグミのようにショックを受けていなかった。魔術教団に所属し、人体実験も数限りなくしてきたし、魔術師が死んだら、体はばらばらにして触媒にすることが当たり前という世界で育ってきたので、免疫がある。


「僕は雪岡先生が……どうしても悪人に思えなかったけど、真先輩の言った通りだったね。本当に……マッドサイエンティストだったんだ」


 ツグミが純子を見て微笑みながら言った。純子も微笑んだままだ。互いに微笑んでいるが、ツグミの目は笑っていない。青い炎が燃えたままだ。


「彼女の方が君よりずっと悪魔的ですね」

 二次元化した状態のワグナーが囁く。


「僕もそう思った」


 同じく二次元化して保護色で潜んでいるデビルが言った。二人はみどりの後をこっそりとつけてきて、先程から同じ透明の階段で、二次元化した状態でずっと話を聞いていた。

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