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男治と霧崎の中年二人組が対峙している。
「数日前の続きだな」
霧崎が笑いかける。
「どうした? 先に仕掛けても構わないのだよ?」
「いえいえ~、私は後で構いませんのでどうぞお先に~」
余裕に満ちたにやけ笑いを広げる霧崎に、男治はへらへらと笑いながら腰の低い態度だ。
「男治遊蔵――またの名を草露才蔵。妖怪作りの第一人者、伝説の魔人等という呼称からは、かけ離れたイメージだね、実物の君は。だからこそ余計に油断がならん」
「えっへっへっへっ、よく言われます」
笑いながら頭をかく男治の前で、霧崎が笑みを消し、大きく跳躍して一気に間合いを詰めた。
霧崎の病的な印象を与える痩せ細った体が、力強く機敏に動く。その様を見て、男治はそっちこそイメージを裏切っていると思いつつ、後方に軽く跳んで距離を開ける。
霧崎が着地した瞬間、男治がいた場所の地面が大きくえぐられていた。どのような攻撃をしたかはよくわからないが、あのまま何もしていなかったら、男治は無事で済まなかっただろう。
病的以外の何者でもない青白い顔に再び笑みを広げ、霧崎は胸ポケットからハンカチを抜き取る。
男治の足元の地面から、大量のシダ植物が生えていく。そして生える範囲が広がり、たちまち霧崎のいる場所にも広がっていく。
続けて攻撃しようとした霧崎であったが、反射的に後ろ斜めに何度も跳んで、かなりの距離を取って、シダ植物の生える範囲から逃れていった。
「ふむ……この前も見たが、これは前回とは異なる意図もあるようだな」
霧崎は累や純子から聞いていた。男治は周囲に巨大なシダやコケを生やすことで、自らの力の増幅を計ると。
空気を裂く音が響く。霧崎がハンカチを素早く振ったのだ。
「おや?」
男治が怪訝な顔になる。霧崎のハンカチが一直線に何メートルも伸び、白く細く長い刃と化し、男治の肩を貫いていた。
「何が『おや?』だね。寸前でかわしているではないか」
心臓を狙った霧崎が、にやりと笑い、手首を軽く振ると、伸びたハンカチが瞬時に手元に戻って、元のただのハンカチになった。
「たはー、完全にかわしたと思ったら、かわしきれなかったので、『おや?』なんですけどねえ。それにこれ、御丁寧に毒も塗られてますか~」
傷口から何かが侵入している事を、男治は超感覚で見抜いていた。
「失敬な。毒などではない。様々な細菌だ。どのような効果があるかはお楽しみだ」
「似たようなものですよ」
男治が素早く呪文を唱え、体内に入った細菌を排出しようとしたが、異変の方が先に起こった
傷口に痛みが走ったかと思うと、何か長い物が盛り上がる。
「こ、これは……」
男治の肩の傷口から、異様に長い腕が一本生えていた。しかも肘関節が三つもある。
生えた腕が側頭部を鷲掴みにする。手も異様に大きく、指の関節が多い。長く伸びた人差し指を男治の目に突き入れようとしてするが、男治は両手で手を掴んで、必死に堪える。
「楽しんで頂けているようで何より、もう一ついこうか」
霧崎がその光景を見て満足そうに笑うと、さらにハンカチを伸ばし、今度は男治の左太股を切りつける。
直後、今度は切りつけられた左太股から、同じように腕が生えて、男治に襲いかかる。
「痛たたた……隋分な効果を持つ細菌ですね~。どういうコンセブトでこんなものを作ったのでしょ。阿修羅にでもなりたかったのですか~?」
生えた腕は、掻き毟ったり、締め付けてきたり、指を体内に突き入れようとしたりと、執拗に攻撃してくるが、男治は何とか両手で必死にガードしている。ガードしきれず、多少の怪我を負っているが、問題ではない。
「障害者のために役立てようと思ってな。その失敗作だ。ふふふ、失敗作でもこのように役立てることが出来る」
「なるほどー」
霧崎がさらにハンカチを伸ばそうとしたが、その動きが止まった。
男治から生えていた腕が、唐突に男治の体から落ちたのだ。しかも腕の肌の色が深緑に変わり、鱗で覆われ、ヤスデのような小さな足が大量に生え、紫色の目が開くと、霧崎の方めがけて向かってきた。
霧崎は慌てることなく、地面にハンカチを落とす。落としたハンカチが巨大化し、化け物と化した腕と霧崎の間に大きく広がる
「ふむ。作り変えたというわけか」
「はい~。妖怪化させて、私の言う通りに動くようにしてみましたよ~」
二人が喋っている間に、妖怪化した二匹の腕がハンカチの上を通りかける。
ハンカチが跳ね上がり、あっという間に二匹の妖怪腕を包み込んだ――が、そのハンカチを下からシダ植物が押し上げた。さらに、シダ植物が生き物のように蠢き、ハンカチを掴んで引っ張り、引き裂いてしまう。
引き裂かれたハンカチがひらひらと宙を舞う。男治はハンカチから意識を逸らし、霧崎を見た。ハンカチはもう無力化したと思い込み、霧崎への攻撃のために呪文の詠唱を行っていた。
「油断はよろしくないな」
霧崎が笑ったその時、引き裂かれたハンカチがそれぞれ大きく広がり、形状も元に戻り、七枚の大きなハンカチが宙を漂う。
それぞれハンカチが小さく丸まったかと思うと、一気に大きく広がり、ハンカチの中から機銃を搭載した戦闘用ドローンが七機出現する。この時点でようやく、男治はハンカチの変化に気付いた。
(どういう手品ですか……)
七機のドローンを見上げて、男治が苦笑いを浮かべた直後、ドローンは一斉に銃撃を行った。
男治の体が瞬く間にミンチと化す。しかし男治はそのような状態でなお、呪文の詠唱を続け、術を発動させた。
「真・海没地蔵」
男治と霧崎の周囲のアスファルトが、そこら中盛り上がったかと思うと、大量の地蔵が生えてくる。その全てが濡れており、顔には歪な笑みが張り付いていた。
地蔵達が一斉に口を開き、口から長い海藻を放射する。以前はワカメを放射していたが、今回はワカメだけには限らない。コンブ、アカモク、アマモ等、多種多様な海藻が複雑に絡み合っている。何より長大で目立つのは、世界最大の海藻であるジャイアントケルプだ。
絡み合った海藻が触手のように伸び、たちまちドローン七機を絡めとって、破壊してしまう。そして霧崎の体にも伸びる
「ほう……」
霧崎が感心の声をあげながら、軽快なステップを踏みながら、迫る海藻触手群をかわしていく。
その間に、ミンチ状態になった男治は再生を行う。
海藻触手がとうとう霧崎の右足に巻き付く。動きが止まった霧崎に、他の海藻触手が殺到する。
「前回はシダで巻き付け、今回は海藻か? 植物で人を縛るのが趣味なのかね」
霧崎がアポートの能力を発動させ、ワインのボトル瓶を手元に呼び寄せた。
念動力で栓を開き、瓶を下向きにして中のワインを零し、ワインを全て己の身にかける。
地蔵から吐き出される海藻が次々と霧崎の体に巻き付いていくが、先に霧崎の足に巻き付いていた海藻が、霧崎の体から離れて、弱々しくふらふらと左右にブレて動いたかと思うと、地面に落下した。
他の海藻達も、霧崎の体から離れて、妙な動きを見せて地面に落ちていく。
「たは~、海藻を酔っ払わせたわけですか~」
八割がた再生を済ませた男治が立ち上がり、指を鳴らす。地蔵が一斉に消える。男治はすでに次の術を唱え終えている。地蔵に割いていた力を、次の術へと回す
「殺生石バージョン3.7564」
男治が呟くと、しめ縄が巻かれた、妙に威厳と威容を放っている黒い岩が出現する。
「遥か昔に割れたのではなかったのか?」
「有名なあれはそうですけど、妖怪作りを得手としている術師は、あれを鉱物妖怪化して使役しているのが定番なのですよね。私もです。ま、私の殺生石バージョン3.7564は、一味違いますけどね」
霧崎と男治が喋っている間に、殺生石は宙を舞い、霧崎へと接近する。
「亜硫酸ガスでも出すのかね?」
飛来する殺生石の解析を試みる霧崎。その顔色がすぐに変わった。
霧崎が転移する。
すると殺生石はUターンして、高速で飛翔する。行先には、転移した霧崎がいた。
「文字通りに殺す石か……」
霧崎が呻いた。解析によって、触れた者の肉体と霊魂を強制分離させるという、問答無用の力が殺生石に備わっていた事がわかった。この能力を初めて見るわけでもないし、自分なら抵抗して防ぐ事もできなくはないとも思ったが、試したいとは思わない。失敗すれば即死だ。
転移したことで、少し時間を稼ぐことが出来た。その稼いだ微かな時間で、霧崎は力を集中させる。
霧崎が用いたのはアポートだ。呼び出したのは、二十体近くの硝子人だった。
硝子人達が宙に浮きあがり、霧崎の盾となって、飛来する殺生石を阻む。
殺生石が硝子人達に当たる。次から次へと硝子人が砕かれ、あるいは砕かれなくても落下していく。
そして殺生石も砕かれ、無数の破片となって落下していった。数体の硝子人達は無傷のまま残る。
「たは~……上手いことやりますねえ」
男治は霧崎を見て感心した。硝子人達には人間の霊魂が宿っている。殺生石バージョン3.7564は魂と肉体を強制分離する力がある。故に、硝子人相手にその能力を連続して使い続けてしまい、力を使い果たしてしまった。霧崎によって力を無理矢理使わされて、ガス欠にされたというわけだ。
「ぶはーっ!」
「わっはっはっはっ、ネコミミー博士ならともかく、お前如きがあたしに勝てるはずがないぞーっ」
その時、ミスター・マンジが悲鳴と共に倒れ、史愉が高笑いをあげた。
「どうやら一勝一敗、霧崎教授と男治遊蔵は未だ戦闘中ですか」
累が呟く。こちらも丁度チロンを倒した所だ。
「皆気を付けて!」
ネコミミー博士が鋭い声を発する。
霧崎と累が、ネコミミー博士が見ている方を見ると、そこに見知った者達の姿があった。
現れたのは、勇気、鈴音、バイパーであった。バイパーはバスケットを下げており、中にミルクがいる事も明白だ。三人はホログラフィー・ディスプレイを開いたまま移動している。
「また君ですか」
勇気を見て溜息をつく累。ついこの間も、みどりとの戦闘で勇気が現れて邪魔をした。
「しかもミルクもいるぞ。転烙ガーディアン達を――始まったか……」
霧崎が言いかけた台詞を止め、笑みを浮かべる。
「勇気、君が来たのか」
史愉が声をかける。
「お前達、何を遊んでいるんだ。転烙市がとんでもないことになっているぞ」
不機嫌そうに告げる勇気。
「戦っていて気付かなかったのか? そこ見てみろよ」
バイパーが街路樹を指す。ただの街路樹ではない。あの寒色植物だ。
「え……? これは……」
「おやおや、何と……」
寒色街路樹を見て、史愉と霧崎が呆気にとられる。
以前赤猫電波を遮断した際、転烙市中に異変が生じた。寒色植物、空の川、そしてオレンジ塔の中に、夥しい数の脳が出現したのだ。
そして今もあの時のように、近くにある寒色植物の中に、大量の脳が出現している。
「いよいよ開始ですよ。この脳は、赤猫電波によって隠される一方で、赤猫電波の補助も行っていましたが、今はその補助の力を解除したのです。別の用途に用いるために」
累が解説する。
「残念だけど……君達は止められなかったね。まあ、止めようがないんだけど」
ネコミミー博士が勇気達と史愉達を交互に見て、哀れみを込めて言った。




