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ホツミに電話をかけて確認を行った真は、次にチロンに電話をかけた。現在は市庁舎内に潜伏し、工作を行っているはずだ。
「そちらの首尾は?」
『うーむ……完璧というほどではないし……上々とも言えん。硝子人全てに仕掛けは出来なんだぞ。しかし市庁舎への仕掛けは出来ておる』
歯切れの悪い口調で報告するチロン。
「新居の方から僕達に、市庁舎に潜入しろという指令があった。だからそっちに向かっている」
『では市庁舎内で合流じゃな。お主の内通者とは話をして、引き入れる手筈は整っておる。ただ、四人が限界じゃと言っておったぞ』
「伽耶と麻耶を一人にカウントすればオッケーだな」
『こらっ』
真の台詞を聞いて、同時に怒り声を発する伽耶と麻耶。
『怒る声が聞こえたのー』
チロンが笑い声を漏らす。
「奴等が何か仕掛けたタイミングに合わせて、硝子人の行動の阻害、そしてお前達が市庁舎内に仕掛けた仕掛けを作動させる。さらに――純子の居る場所へと攻めこもう」
陽菜との連携もあるが、それは黙っておく真であった。
『一気呵成に行くわけか。じゃが、純子が何をするかわからんし、何かしたらもう遅いかもしれんし、大体何かする時刻に純子が市庁舎内におるとも限らん。綱渡りどころか、これは運が良ければ何とかなる大作戦じゃぞ』
「真先輩はいつもそんな感じだよ」
「だな……」
チロンの言葉が聞こえたツグミと熱次郎が、口を出す。
『そ、そうか……。では、市庁舎内で合流してからまた打ち合わせといくぞ』
電話が切れた。
「真はレイシスト」
「否。ちょっとムカツきはしたけど、目的のために手段を選ばないのが真。それでいい。真はそれでいい。それでこそ」
伽耶がむっとした顔で非難がましく言い、麻耶は満足げに微笑みながらフォローする。
「僕だって手段くらいは選ぶよ……。酷い見方だな」
姉妹の方を見て真が言う。
「でも実際、市庁舎内に入った後に二人は目立たないか?」
熱次郎が伽耶と麻耶を見つつ、遠慮気味に言う。
「二人の魔術で目立たなくさせるか、あるいは招待されて来たと言えばいい」
と、真。
「それなら最初から伽耶と麻耶の魔術をあてにして、楽に潜入でいいじゃないか。そうすることは出来ないのか?」
「流石に全面的に頼るのは危険だろう。向こうも全く警戒していないわけではない。市庁舎に転移で入ることはできないっていうし。要所だけ抑えていった方がいい」
熱次郎が意見したが、真はやんわりと却下した。
「大雑把になったり慎重になったり、真に付き合うのは疲れるな……」
「同意」「だがそれがいい」
熱次郎の言葉に、伽耶は半眼で頷き、麻耶はにやにや笑っていた。
***
純子と累のいる部屋に、悶仁郎が訪れる。
「こちらの準備は整ったぞ。力を吸い取れば、転送できる」
悶仁郎が報告する。
「各地に分散しているPO対策機構は、街中の目立つ場所にいる者以外は、執拗に攻撃し続けています。しかし……祭り会場の真ん中などに陣取っている者達は手出しがしにくいようですね」
続けて、累が収集した情報を伝える。
「市庁舎内に敵が入ってきているとか、ないかな? 私があっちの立場なら、何人かこっそり潜入させるけどねえ」
「とてもチェックしきれないですね。監視カメラや超常のサーチ能力に引っかからないよう動ける者も、多いでしょうし。そして市庁舎内はまつりに向けて人の出入りも激しく、ばたばたしています」
「祭りがあるから、人の流れを抑えることも、いちいちちぇっくする事もできんしのう」
純子が言うと、現場をある程度知る累と悶仁郎が、投げ槍気味に答える。
部屋をノックする者がいた。
「どうぞー」
純子が声をかけると、扉が開く。訪れたのは陽菜とエカチェリーナだった。
「ちょっと話があるんだけど。忙しいのはわかってる。でも大事な話。オキアミの反逆の兵士達の扱いについてさ」
少し緊張気味な面持ちで話しかける陽菜。
陽菜が真に頼まれた役目は二つある。ここにはそのために来た。
「陽菜ちゃんどうしたの? 何か緊張してる?」
あまりにあからさまに様子がおかしい陽菜を見て、純子が訝る。
「え? そ、そうかな?」
上擦った声をあげる陽菜。隣でエカチェリーナが額を押さえている。
「くっくっくっ、わかりやすいのう、この娘っ子」
「謀る者の目と顔つきです。僕達でなくても多分わかりますよ。嘘をつくのが下手な人ですね」
悶仁郎が笑い、累が冷たい口調で言う。
(いきなりしくじっちゃった……?)
陽菜の動揺が激しくなる。
「わ、私は純子を騙したりとか、敵になったりとか、そんなつもりは無い。これは本当よ」
さらに露骨に緊張しまくった声と表情で言う陽菜。
累と悶仁郎が揃ってゆっくりと刀を抜く。その所作を見て陽菜は息を飲む。
「ビビんな、陽菜。うちがついとル」
エカチェリーナが耳元で力強い声で囁く。嘘のように陽菜の中から恐怖が消え、自然に微笑さえ零れた。
「でもさ。疑問には思っている。不安もある。そして……真の目的――貴女にマッドサイエンティストを辞めさせるって目的を聞いて、何だか真の方を応援したい気持ちにもなっている」
嘘偽りを捨て、正直な気持ちをぶつける陽菜。純子、累、悶仁郎はじっと聞いている。悶仁郎は刀を収めた。
「どっちかにつくとかいう、そういう話でも無いんだよね?」
陽菜を落ち着かせるように柔らかな微笑をたたえて、純子が伺う。
「裏切るつもりなら、オキアミの反逆を率いてここまで来ないよ。無視するのが一番効果的だったでしょ?」
「なるほど。理にはかなっておるのう」
陽菜の話を聞き、悶仁郎が顎を撫でながら笑う。しかし累は抜刀して陽菜を凝視したままだ。
陽菜が真に要請された一つ目の役目は、純子の居場所の確認。真達が市庁舎内に入った際、純子がいないのでは話にならない。それはもうすでに果たしたも同然だ。あとは真に伝えるだけである。
「オキアミの反逆云々の話は嘘ですよね? 最初は騙そうとしたわけですよね?」
累が冷たい声で問う。
「それは嘘……ではなく、会話をもたせるために……会話を振るために入った話題というか、それもあるし……」
しどろもどろになりつつも、陽菜はもう一つの役割を果たそうとしていた。それは時間稼ぎだ。真達が市庁舎内に入るまで、純子を市庁舎内に留めておくために話をしていて欲しいと、真に頼まれていた。
「陽菜ちゃんも私にマッドサイエンティストを辞めさせたい?」
純子が穏やかな口調で尋ねた。
「私は真と貴女の関係性が素敵に感じられただけ。それでいて、真の方を応援したいというか、真の望みが叶う方がハッピーエンドになりそうな気がしただけよ」
正直に答える陽菜。
「それで、貴女の目的は何なのですか? それをはっきりとさせてください」
累がゆっくりと刀をあげ、陽菜に切っ先を向ける。
「おイ、あんた。失礼にも程があるで。こっちに敵意が無い事もわからんのかい」
「累君、脅しすぎだよー。過敏になりすぎ」
エカチェリーナが陽菜をかばうように前に出て、腹立たしげに言う。純子も累をなだめにかかる。
「陽菜ちゃん。そう思われることも、何かこそばゆいような、嬉しいような、そんな気分でさ。少なくとも嫌じゃないよー」
純子はいつもの笑顔で喋っていた。陽菜は少しほっとしたが――
「でもさあ、やっぱりはっきりとさせておきたいよね。真君から何を頼まれてきたの? 私を裏切ることにならないって言ったけど、頼みを聞いた時点で裏切りだよ? そして私は基本的に裏切り者を許さないんだ」
屈託のない笑顔で告げる純子のその台詞は、脅しでは無いと感じ取り、陽菜の緊張は最高に高まり、エカチェリーナは身構える。
陽菜がちらりと時計を見る。時刻は四時四十分。
「なるほどー。私とお喋りして時間稼ぎかー」
視線の動きだけであっさり見抜かれ、己の迂闊さを後悔して嘆いた。
「準備は出来ている事だし、イベントを早めるかな」
「祭りに集まる人の数が少ない状態での決行となりますよ?」
純子の方針変更を聞き、累が微かに眉をひそめて確認する。
「別にいいでしょ。仕事帰りの人は遅れて参加すればいいわけだし」
と、純子。
「裏切るつもりはない。裏切っているつもりはない」
陽菜がぼそりと呟く。
「真に力を貸すことは、貴女のためにもなると信じているから……」
「それは貴女の勝手な考えでしょう?」
累が敵意の視線を陽菜に向けて、冷たい口調で切って捨てる。
「いいよ、累君。私も陽菜ちゃんの解釈を信じるよ」
純子が累に向かって言うと、累は陽菜から視線を外した。エカチェリーナも小さく息を吐き、構えを解く。
「そっちの方が面白そうだしね」
「ふふっ、足元すくわれんようにのう」
純子の台詞を聞いて、悶仁郎がおどけた口調で言った。




