19
輝明、修、ふくの三名は繁華街の一つの祭り会場の近くで、祭りの様子を見ていた。
「ここの会場、ちょっと寂しい? 中央に比べて人少なめね」
ふくが祭り会場を見渡して言う。
「平日だしな。祭りの本番は夜だろ。昼間だからまだ人も少ない」
「つまり夜に何か大がかりなことをしてくる可能性大ってことだね」
輝明と修が言った。
「住民の命を吸い取るとか欲望を吸い取るとか、何かそんな情報が回ってきているけど」
「硝子人を使うとか、そんな話もあるな」
ふくの言葉を聞き、近くの硝子人を一瞥する輝明。
「PO対策機構と転烙ガーディアンが各地で戦闘しているっていうけど、こっちは平和ね」
「オキアミの反逆を吸収して、転烙市の兵隊の数は膨れ上がったが、PO対策機構に分散されて、流石に追い切れないんだろうぜ。こっちは堂々と姿晒しているのによ」
輝明が不敵な笑みを浮かべた。堂々と姿を晒しているのは、追っ手を引き寄せて迎え撃つためだ。あまりに敵の数が多ければ逃げるつもりでいるが。
しばらく同じ場所で交わしていると、三人の前に、どう見ても敵以外の何者でもない存在が現れた。
「何あれー? コスプレ?」
「祭りの出し物か?」
「キモいわねえ……」
通行人達がそれの姿を見て、ひそひそと囁き合う。恐れている者はいない。
それは明瞭な殺気を纏って、輝明達を見ている。全身灰色で細マッチョ体型。頭部はトカゲのような形状で、直角に折れ曲がった角が四本生えている。
「ケッ、やっと来たと思ったら、何だこりゃ? 転烙ガーディアンの変身能力者か、あるいは改造された奴か?」
「妖怪では無さそうね。かなり強そうだから気を付けて」
「一目見ただけで物凄いプレッシャーを感じるよ」
輝明が笑う一方で、ふくと修は表情を引き締めている。
(プレッシャーどころじゃないな。震えている。体が戦うことを拒否している)
四本角トカゲ頭怪人と向かい合って木刀を構えた修は、先頭に入る前に、沸き起こる恐怖と戦わなければならなくなった。
(でも……無茶や無理を通すのが虹森の剣士ってね。ここで臆してたら、剣で銃に立ち向かう追及をしてきた御先祖様達に顔向けできないよ)
修が自身に言い聞かせている一方で、トカゲ頭怪人に変化が生じていた。四本の折れ曲がった角が伸び、角度がそれぞれ変わる。いや、ある程度伸びた所で止まったが、角度は変化し続けている。
角の先から一筋の紫の光が放たれる。一直線に放たれるビームというよりも、角の動きに合わせて紐のようにしなやかな動きをするそれは、輝明達ではなく、周囲の野次馬めがけて襲いかかった。
「うわっ、やべーぞー!」
「何でこっちに攻撃するのぉ!?」
「逃げろ逃げろっ」
野次馬達が一目散に逃げだす。しかし野次馬に負傷者は出ていない。
「なるほど。邪魔だから、巻き添え被害を出さないように追い払ったってことか」
「一応は転烙ガーディアンの一員として、気遣いをしているって感じかな。見た目は怪人でも、人としての理性はちゃんと残しているのかもね」
納得する輝明と修。
野次馬達に向けられていた四本の光の紐が、今度は輝明達に向けられる。無論、今度は当たらないように気を付けるなどという事は無い。殺すために当てにきている。
トカゲ頭怪人の四本角がぐねぐねと角度を変える動きに合わせて、四本の光の紐は高速かつ変則的な動きで三人を襲う。
ふくは転移する。修は何度も際どいタイミングで回避し続ける。
(こんなの……もたない。それにこの攻撃テルまで届いているはずだ。あっちはどうなって)
危険ではあるが、修は輝明の安否を確かめるために、一瞬だけ輝明のいる方に視線を向けた。
輝明の姿は無い。つい先程までいた場所から消えていた。
「ペンタグラム・ガーディアン」
離れた場所から輝明の声を聞いて、修は安堵する。ふくが輝明と一緒に転移して、距離を取ったのであろうと察する。
(でも僕がもたないし、このままじゃ不味い)
光の紐の届かない場所に逃れようと、走って距離を取る修。
四本角から伸びる四本の光の紐は、まるで蛇が空中を這うかのような動きで、うねるようにしてさらに伸びていき、修を追う。
「天草之槍」
輝明が呪文を完成させる。輝明の足元から何本もの光の槍が連続で射出され、放物線を描いて飛び、トカゲ頭怪人に降り注ぐ。
トカゲ頭怪人の角の動きが激しくなる。角の根元の光の紐の動きが変化し、飛来してきた光の槍を片っ端から打ち払い、消滅させる。
光の紐の動きが防御に集中された分、修を追い回す光の紐の動きが目に見えて鈍くなり、修は光の紐と距離輪取ることが出来た。
「近接戦闘はヤバそうよ。修は今回下がっておいいた方がいい」
ふくが告げるが、修は汗を流しながら不敵に笑い、かぶりを振る。
「そういうわけにはいかない。囮だけでも務める。それがいないといるとで大違いだよ」
「そういうこった。俺達はずーっとそうしてきたんだからな」
修が拒否し、輝明も修と同様に不敵に微笑む。
(でも今回ばかりは不味いんじゃ……)
トカゲ頭怪人の四本の光野紐の動きを見て、ふくは危ぶむ。短い時間なら、修は囮としての役目を果たせるだろう。しかしその時間は長くもたないと、ふくは見なしていた。
(あいつの攻撃手段が、あの光る紐だけかどうかもわからない。あいつからは底知れない力を感じる)
正直、現時点で逃げた方がいいのではないかと、ふくは思った。あるいは輝明と修を下げて、自分一人で戦うかだ。
二人の修行のために、ふくは積極的には戦わないで補佐している事が多い。だが今回はそんな悠長なことを言っていられないレベルの敵なのでないかと、疑問に思い始めていた。その見極めが非常に微妙なラインだ。正直言えば、ふく自身が前面に出ればそれで済む。
(いや、二人に賭けてみよう)
しかしやる気満々の二人を見て、ふくはそのように判断してしまった。この選択を、ふくは後悔する事になる。
「だったら……短期決戦でいって。一気に畳みかけて。時間が長引くほど危なくなるわ」
「わーったよ」
「了解」
ふくに促され、頷く輝明と修。
輝明が炎柱を呼び出す。星炭流の中でも、かなり威力のある術だ。
炎柱は大きく上へと伸び上がると、アーチを描いて、トカゲ怪人の真上から降り注ぐ。
光の紐のうちの二本の根元が、トカゲ頭怪人の頭上へと曲線が盛り上がるかのように伸びたかと思うと、降り注ぐ炎と衝突する。
炎が四方に弾けたかと思うと、次の瞬間、綺麗さっぱり消失していた。
「嘘だろ……」
いともあっさりと自分の術を破られて、輝明は愕然とする。
「解析したわ。あれはこれと同じよ」
ふくが指したのは、輝明の周囲を回る五つの光球――ペンタグラム・ガーディアンだった。
「どういう意味だよ?」
「あの光の紐も凝縮されたエネルギー体ってこと。でも違う部分もある。あの光の紐は、角と直結したままでしょう? あいつの体から常にエネルギーが送られ続けているから、攻撃するにせよ、防御するにせよ、損失した分は瞬時に補填されちゃうってこと。輝明のこの光の玉は、削られればそれっきりだけどね」
「攻撃し続けていれば、いずれ底が尽きるか? 今の炎柱の術にしても、かなり攻撃力あるってのに、あんなにあっさりと防いじまった所からみるに、あいつ自身が有している力は、相当なもんじゃねーか」
二人が喋っている間に、怪人は修を追い回している。
「それでも削っていくしか今は手が無いのよ。どうせ何やってもあれで防がれちゃうし。効率よく削れそうな攻撃を選んで仕掛け続けて」
「わーったよ」
それこそ非効率的だと思った輝明であったが、ふくの言う通り、他に手を思いつかないので、従う。
「もう少し近づけば、私のマイクロ波であの光の紐の防御もお構いなしに、本体に直接攻撃できるし、テルと修が頑張って隙を作った所で一気に畳みかける」
「なるほど」
隙が見えたら、トカゲ頭怪人の背後から迫り、マイクロ波で攻撃するつもりで、ふくは備えていた。非効率的かと思いきや、そうでもなかったと、輝明はふくのプランを聞いて考えを改めた。
「人喰い蛍」
雫野流の術を行使する輝明。大量の三日月状の小さな明滅が発生し、トカゲ頭怪人に飛来していく。
トカゲ頭怪人は修への攻撃の手を止め、四本の角を高速で動かし、四本の光の紐をさらに高速で振り回して、光の膜のような残光を発生させながら、人喰い蛍を完全に受けきった。
「マジで鉄壁だぜ」
「でも防御を徹底しているってことは、再生能力はそれほどでもないのかも。あるいは無いんじゃない?」
唸る輝明に、ふくが推測を述べる。
「今のはいい線言ってたけど、あまり隙が見えなかったわ。今以上の攻撃をすれば、隙が出来るかもしれない」
「ケッ、簡単に言ってくれるなよ。今以上の術なんて、いくら俺でも限られてくるぜ」
ふくと輝明が喋っている間に、トカゲ頭怪人はまた修を追い回す。
光の紐四本が修を追って伸びている様を注視していたふくが、目を剥いた。
「テル!」
ふくが血相を変えて叫び、輝明の手を取って転移を試みた。
光の紐のうちの一本が、先端が無数のブロック状にほどけて分離したかと思うと、高速で射出されたのだ。
その狙いの全てが、輝明に向けられている事をふくは確認した。
(飛び道具は無いと油断させておいて、攻撃の合間の隙をついて、飛び道具を使うテルに全力攻撃……)
向こうも自分と同じようなことを考えていたという事実に、ふくは自分の方こそ油断していたと痛感する。
「ぶっ……食らっ……ちま……」
転移した直後、輝明がくぐもった声で呻き、腹部を押さえて崩れ落ちた。
「テル……」
うつ伏せに倒れた輝明の体の下から、地面に血が広がる様を見て、ふくは愕然とした。




