18
アドニス・アダムスは転烙市に入り、自警団と裏通りの混合チームの中で行動していた。アドニスはチームのリーダーを務めている。
裏通りの始末屋をしていたアドニスは、PO対策機構の一員となってからというもの、忙しい日々を送っていた。裏通りの仕事とPO対策機構の仕事、双方をこなさなくてはならないからだ。
超常の能力者相手に、何の能力も持たないアドニスが渡り合うのは、中々骨が折れる。アドニス自身は回数をこなすたびに慣れてきたが、単独でサイキック・オフェンダーを相手に戦っていたわけではない。大体チームで戦っていた。そして彼等と戦う際に、同僚達は死んでいた。
アドニスは極力同僚をかばうように動き、サイキック・オフェンダーと戦う前に、自分の経験を語り、生き残る術を伝授し、互いにカバーしあって生き残るための指導を行う。そんなことを繰り返しているうちに、アドニスの評価は上がり、名も広まり、常にチームのリーダーを任せられるようになった。
「東で戦ってきた時のノウハウは、ここでは活きないかもしれないな」
無骨な顔つきのアドニスが、いつも以上にしかめっ面で告げたので、チームは緊張感に包まれていた。それだけアドニスは信頼されており、その言葉は重い。
(俺の探し求めていた何かはここなのか? 確かに居心地は悪くないが)
喫茶店にたむろする仲間達を見渡し、アドニスは思う。
何かを探してアドニスは生きてきた。その何かが何であるかもわからず、アドニスはただ探していた。何かが何であるのか、答えは未だ見つかっていない。
『アドニスさん、貴方の近くでPO対策機構の兵が、転落ガーディアンに襲撃されている模様です。援軍を現在集結させている所です。部隊を率いて向かってください』
PO対策機構から連絡が入り、アドニスはチームを率いて、早足で指定された場所へと向かう。
アドニス達は住宅街の外れの林道へと入る。
「何でこんな人気の無い場所にいるんだか……」
舌打ちするアドニス。転烙ガーディアンは転烙市を守護する立場であるが故、人の多い場所にいた方が、攻撃されづらい。そのためアドニスは、なるべく人気の多い場所で行動するよう心掛けていた。
しばらく進むと、銃声が何発か響く。アドニスのチームは林の中に入り、銃声のした方へと向かう。
「うわ……これは……」
現場に到着し、凄惨な有様を見て、自警団のまとめ役が呻いた。
林の中に無数の死体が転がっている。どれも体がひしゃげて、おかしな方向に曲がって果てている。
「念動力で殺されたんじゃないかな」
チームの中で超常の能力者が言った。
「全て同じ殺され方ということは、一人の仕業か。まあ、サポート役もいるかもしれんがな」
アドニスが言った直後、また銃声が響いた。かなり近い。
一行が林の中を進むと、PO対策機構の兵士二人と遭遇する。
「援軍か。助かった……」
「いや、助かってないだろ。まだあいつがいる。救援にも被害が……」
アドニス達を見て、一人は安堵し、一人は銃を構えたまま油断なく身構えている。
「敵がどんな奴か、簡潔に教えろ」
「肌が灰色で、人のようで人でなくて……極めて俊敏です。そして恐ろしい怪力で、人の体を簡単に折り曲げて……」
アドニスが要求すると、先にいたPO対策機構の兵士が、蒼白な顔で報告した。
「念動力じゃなかったのか」
先程念動力だと予測した兵士が頭をかく。
「俊敏。怪力。これは不味いかもしれない」
アドニスが口にしたその言葉の意味を、多くが理解できなかった。しかし理解した者もいた。
「林の中という地形が危険かも」
理解した者が言う。
「そうだ。ここからすぐに出た方がいい」
樹木を利用して近接攻撃を仕掛けてくる可能性が高いと、アドニスともう一人は見なした。
一斉に動き出す一同。林の中から林道に出ようとする。
(追ってくるか?)
アドニスは殿を務めて警戒していた。敵がこちらの動きに合わせて追撃してくるか、あるいは向こうも警戒して迂闊に手出しをしないで様子を見るか、さもなければ全く別の手をうってくる可能性もある。
「前!」
「上だ! 木の上から!」
後方を警戒していたアドニスは、仲間の声に反応してはっとして前方に向き直る。
ヤモリと人が半々に混ざったような灰色の肌の怪人が、樹木に張り付いて首だけをPO対策機構の方に向けていた。
PO対策機構の兵士達が一斉に銃を撃つ。あるいは超常の力で遠隔攻撃を行う。
半ヤモリ怪人は素早く樹々を飛び移り、あるいは樹木を盾にして、それらの攻撃を巧みに避けていく。
「速い。加えて、戦い慣れている感がある」
アドニスが呟き、手榴弾のピンを抜いて投げる。
半ヤモリ怪人の行く手を読んで投げたが、半ヤモリ怪人は、アドニスが手榴弾を投げた事も、その投げた先も全て見切っていた。途中で移動コースを変える。
爆発が起こるが、半ヤモリ怪人は爆破地点から大きく外れた所で、樹木から樹木の間を飛び移って移動しており、回り込むようにして、PO対策機構の側面へと接近していた。
接近させまいと、PO対策機構の能力者が赤く光り輝く防壁を作り、半ヤモリ怪人の行く手を遮る。
半ヤモリ怪人はお構いなしに赤い防壁に突っ込み、これをあっさりと砕いて突破した。赤い防壁がガラスのように砕け散る。
「そんな……どんなパワーだよ……」
防壁を張った能力者が怖気づき、後ずさりする。
「うわあああっ!」
とうとう半ヤモリ怪人が目と鼻の先まで接近し、近くにいた一人が悲鳴を上げて逃げ出した。
半ヤモリ怪人はその逃げ出した男を狙って飛びかかり、すぐにまた跳躍して木にへばりつく。男の頭部を踏み台にして片足で蹴ったのだ。男はそれで首が折られ、崩れ落ちた。
死の恐怖が瞬く間にPO対策機構に伝染する。接近を許した時どうなるかという現実を目の当たりにして、それは恐怖となり、彼等の士気を挫いた。
(そうなることで、余計に死に近付いちまうってのにな……)
一人冷静なままのアドニスは、半ヤモリ怪人に向かって銃を撃つ。半ヤモリ怪人は回避しながら、一人だけ恐怖に支配されないアドニスに注目していた。
「お前達、逃げろ。全員、逃げろ。ただし、同じ方向に逃げるな。ばらばらに逃げろ。そうすれば一人でも生存確率は上がる。こいつ一匹みたいだしな」
アドニスが告げ、また銃を撃つ。
「隊長は……?」
「俺はこいつと少し遊んでから逃げるよ。早く行け」
部下の一人が伺うと、いつもしかめっ面のアドニスが、にやりと笑ってみせた。
それは有無を言わせぬ笑顔だった。後ろめたさを覚えながらも、部下達は一目散に逃げる。アドニスの笑顔と言葉と覚悟を免罪符にして、我が身の安全が一番という選択を取る。
アドニスはここまで全て計算のうえでやっていた。
「さて……間に合うかな。それとも……」
呟きながら銃を撃つアドニス。半ヤモリ怪人はまた巧みに回避する。
(それともここが俺の旅の終わりか? 俺の命はこの時のためにあったのか?)
自問しながらさらに銃を撃った直後、半ヤモリ怪人と目が合った。
(やはり……こいつは元人間か。確かに知性がある。俺と戦うことを選んでくれたか。俺を気に入ったのか、あるいは気に食わなかったか、そんな理由でな)
そんなことを考えて、アドニスは再度微笑む。
アドニスは銃を撃ち続けるが、完全に見切られていた。しかしアドニスが撃っている限り、半ヤモリ怪人も容易に接近することが出来ない。
アドニスが銃弾を撃ち尽くし、リロードするために木陰に隠れる。
その瞬間を待っていたかのように、半ヤモリ怪人が一気にアドニスへと接近した。
その瞬間を待っていたかのように、アドニス以外の者が銃を撃った。
半ヤモリ怪人は回避しきれなかった。撃たれることはわかっていたし、撃つ者の姿も、撃つタイミングもわかっていたが、撃つ側の先読みの力が勝っていた。脇腹を銃弾が穿ち、弾頭の中の溶肉液が、半ヤモリ怪人の体内に流し込まれる。
「ヤモリは可愛いけど、このヤモリっぽいは怪人はあまり可愛くないよね? 何か中途半端でキモくない? キモいよね? アドニスさん、どう思う? 私はキモいと思います」
林の中に一人現れた正美が、銃口を半ヤモリ怪人に向けたまま、アドニスの方に顔を向けて話しかける。
リロードを終えたアドニスが撃つ。正美も少し遅れて撃つ。
アドニスの弾はかわされたが、正美の弾はまた当たり、半ヤモリ怪人は蹲った。
「何だよ、この違いは……ははは……」
アドニスが乾いた笑い声を漏らす。
半ヤモリ怪人は苦悶の形相で立ち上がると、木の上へと一気に駆け上がる。
なるべく木を盾にする格好で、木から木へと飛び移って逃げ出す半ヤモリ怪人。
高速で跳躍を繰り返した半ヤモリ怪人だったが、その跳躍中にアドニスの銃撃が頭を穿ち抜いた。
再生能力は乏しく、溶肉液に抗する力が足りない半ヤモリ怪人は、それが致命傷となった。地面に落ち、痙攣を始める。
「何だ、正美とアドニスで終わったのか」
そこにオンドレイがやってきてつまらなさそうに言った。他にもPO対策機構の兵士が数名いる。
「あんたらが来ると俺の存在が霞むな」
「ほう? では来ない方が良かったかな?」
アドニスが冗談交じりに言うと、オンドレイがにやりと笑った。




