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新居、李磊、シャルル、義久の四名は同じ建物に潜伏していた。そこにバイパー、ミルク、つくしが訪れる。
「何か変わったことは?」
「史愉から連絡が入った」
バイパーが尋ねると、新居がディスプレイに目を落としたまま答える。市内の情報収集中だった。
「祭りに使う特殊な硝子人を確保したそうだ。で、内通者と遭遇して助けてもらったとさ。内通者の名は伏せてある。真が接触した内通者らしい」
李磊が得た情報を伝える。
「俺にも名を伏せる必要があるのかと。まあいいか。許してやろう」
新居が横柄な口調で言った。
「で、俺達は何の用で呼び出された?」
バイパーがさらに尋ねる。
『各地でPO対策機構と転落ガーディアンの小競り合いになってるぞ。つーか、PO対策機構が発見されて、攻撃されて逃げ回る格好になってる。このままでいいのか? 何か攻勢に出る手が無いと、ジリ貧になりかねないです』
バイパーの質問に答える前に、ミルクが訴える。
「逃げられるなら逃げるようにと、伝えてあるわ」
新居はうるさそうに顔を上げ、つくしが持つバスケットに視線を向ける。
「お前のお仲間の史愉やチロン達が、何かやろうとしているし、そっちに賭ける。で、人員が必要だとも言っている」
「どうせ真が名乗りをあげるよー。真に任せよう」
新居がそこまで話すと、シャルルが言った。
「真にも頼みたいが、こいつらにも働いてもらいたい。特に、声だけの誰かさんの力はあてにしたい所だな」
バスケットを見ながら言うと、新居は傍らに置いてあった小銃を手に立ち上がった。
新居が立ち上がるのと全く同時に、李磊とシャルルも立ち上がる。バイパーも同じタイミングで振り返る。
あまりに同時すぎる動きに、義久だけがぎょっとしていたが、何が意味するかはわかっていた。
「敵と思われる個体、十三、いえ、十四に増加。さらに三追加して十七」
「結構いるねー」
つくしが淡々と報告すると、シャルルが笑う。
新居とシャルルが窓から銃を撃つ。敵の位置は大体わかっている。隠れられるポイントが限定されているからだ。建物の周囲にそういうポイントが絞られている事も、新居達は把握している。
銃弾だけではなく、新居は小銃に取り付けられているグレネードランチャーも発射した。爆音が響く。
こっそりと取り囲んだつもりで、仕掛ける前に、相手から攻撃されたことで、敵は浮足立つ。
『お前達はいいですよ。私に任せろ。つくし、表に出ろ』
「イエスマイマスター」
ミルクが言うと、つくしはバスケットを持ったまま、堂々と扉の外に出た。
「おいおい……」
スモッグを着た幼稚園児姿のつくしが、敵に囲まれている状況で単身外に出る様を見て、義久は苦笑いを浮かべる。
立て続けに、何かが激しく打ち付けられる音が難解も響いた。
周囲の建物――隠れられるポイントが、激しく打ち壊されていく。不可視の力を叩きつけられて、地面が大きくへこんでいる。
敵はわけがわからないまま、悲鳴を上げる間もなく、潰されて死んでいく。
「何しているんだろ? 李磊と同じ力?」
「いや、念動力みたいだ」
シャルルの問いに、李磊は小さくかぶりを振る。
『終わりだ』
ミルクの声が響く。敵の気配は消えていた。
新居達が潜伏する建物の周囲は、あちこち小さなクレーターのようにへこんでいて、隣接する建物の多くが大きくえぐられて破壊されていた。
『雑魚大勢相手にするのは得意なんでね』
「そうみてーだな。出し惜しみしてないでとっとと最前線行ってくれ」
得意げなミルクに、新居が面白くも無さそうに告げた。
***
美香とクローンズは、祭りを楽しんでいた。
「私達目立たない? いくら帽子と眼鏡で変装しているとは言っても、体格同じだし、揃って帽子と眼鏡だし」
十一号が危ぶむ。
「私はお面つけているから大丈夫にゃー」
「あたしは麦わら帽子にお面だから平気だろー」
祭りで買ったお面をつけている七号と二号が主張した。
「いつもならオリジナルが『遊びにきたわけじゃないぞ!』と怒る所ですけど、どうしました?」
「十三号……今のオリジナルの物真似怖いにゃー」
「本人そっくりだったね……」
「流石はオリジナルを最も信奉する十三号だぜ……。こりゃオリジナルに化けていてもわかんねーなー」
十三号が怒鳴る所だけ美香そのものだったので、他の三名のクローンは慄いていた。
「少しくらい息抜きも必要だろう! どうせ今は打つ手も無い! そして現在、あちこちでPO対策機構が転烙ガーディアンに襲われていると聞く! 襲撃者を招き寄せ、返り討ちにして、少しでも戦力を削ぐのもいい!」
「じゃあ変装しなくてもいいじゃんよー」
美香の主張を聞いて、二号が突っ込んだ。
「誘き寄せ作戦なんてしなくていいぞ」
美香達の後方から声がかかり、美香とクローンズが一斉に振り向く。
いたのは勇気と鈴音だった。
「祭りを楽しむのはいいとして、無理に戦闘なんてしなくていい」
「オリジナルもそうだけど、祭りを楽しむのがいいという考えがわかんない。私達抗争の真っただ中なのよ?」
勇気の台詞を聞いて、十一号が非常に真っ当な発言を口にする。
「それくらいの余裕は王者として備えておくべきものだからだ。どこでも俺は俺だ。だから祭りを楽しむのはいい。お前も俺と似たような性質だろう」
「うむ! その通り! 話がわかるな!」
「ようするに慎重さに欠けてるってことじゃない……」
勇気の台詞を聞いて、美香は気をよくして微笑み、十一号は呆れて突っ込む。
「勇気、みどりちゃんがいるよ」
鈴音が勇気の袖を引っ張って言う。勇気も美香達も、鈴音の指した方を見る。
「おーい! みどり!」
美香が大声をあげて手を振る。
「美香姉……今PO対策機構は、転烙ガーディアンに追われている身なんだよね? 目立つことしていいのぉ~?」
「勇気達もいるし、みどりもいるのだ! 戦力的に構わん!」
みどりが苦笑しながら問うと、美香は胸を張って言い切った。
「もや……かいわ……みどりか。何をしている?」
勇気が問う。
「またもやしとかかわれ大根って言おうとしたべー? あたしは遊軍だし、単独調査だよォ~」
「何かわかったことは?」
「ふぇ~、今は特に……」
「ふぇぇぇ~んっ、ダズゲデグダヂャーイッ!」
みどりが肩をすくめた直後、身も世も無い悲鳴があがった。
「行くぞ!」
「行くにゃっ!」
「行くぞ、鈴音」
「うん」
美香と七号が叫び、勇気もそれに応じるように鈴音に声をかけ、四人で悲鳴が上がった方へと駆け出す。
「あーあ、面倒事は関わらない方がいいのに~」
「あばばばば、面倒事に首突っ込まない美香姉とか、どこの世界の美香姉だよォ~」
二号がぶーたれ、みどりが笑いながら、十三号と十一号は無言で、それぞれ後を追う。
祭り会場の外れに人垣が出来ていた。
人垣をかき分けた先には、凄惨な光景が広がっていた。何人もの男女が無残な死体となって転がっている。
死体はいずれも特徴的な殺され方をしていた。目出した肌の部分を見るに、全身に非常に小さな穴があけられて殺された者と、体のあちこちをひきちぎられて肉片を散乱させて死んだ者がいる。
大量の死体を挟む格好で、全身灰色の肌のヒューマノイド二人と、恐怖に引きつった表情の三人が対峙している。
「あいつら、PO対策機構の者だな。見覚えがある」
三人の方を見て勇気が言った。
灰色の肌のヒューマノイドは、肌の色以外は双方デザインが異なった。一人は体のあちこちに赤い宝石のようなものが、規則的に埋め込まれていて、背が高い。頭部はイカを思わせる形状をしているが、顔には目も鼻も口も確認できない。赤い宝石があるだけだ。
もう一人は中肉中背で、頭部は鮫を思わせる形状になっていた。大きく突き出した口が有り、鋭い牙を大量に覗かせている。しかし目は見当たらない。両腕の前腕からは大量の細い麺のような触手が生え、地面まで垂れていた。
それは輝明達が交戦した灰色の怪人と瓜二つであったが、勇気や美香達が知る由も無かった。
鮫男の方が、三人に向かって腕を突き出す。腕から生えた麺状の触手が一斉に伸び、三人のいる方に向かって伸びていく。
「やらせんにゃーっ!」
七号が叫ぶと、アスファルトが砕け散って、大量の礫が噴き上がり、麺触手に直撃した。麺触手の多くは上方に吹き飛ばされ、何本もちぎれ飛ぶ。
灰色ヒューマイノドが二人揃って、美香や勇気達の方を向く。
「おい、あいつは葛鬼勇気じゃないか?」
「ていうことはPO対策機構の援軍か?」
「あそこにいるの……変装しているけど、ツクナミカーズじゃないの?」
「転烙市の敵だぞ。やっちまうか?」
ギャラリーが勇気と美香達の方を見て囁き合う。
「これさ、モブも敵に回りそう?」
二号が野次馬の反応を見て不安がる。この中には能力者も多そうであるし、それらが敵に回ったことを考えると脅威だ。
「手出しをするのは自由だが、反逆罪で死刑にしてやるからそのつもりでいろよ」
勇気が宣言すると、大鬼をフルサイズで出現させる。そこらのビルより背の高い鬼が現れたので、野次馬達はあっさりと畏縮する。
「お前達! 逃げてもいいぞ!」
美香がPO対策機構の三名に向かって叫ぶ。
「助かったけど……助けてもらって自分達だけ逃げるってわけには……」
「邪魔だ。消えておけ。どうせ役立たずの足手まといだ」
PO対策機構の一人が留まって一緒に戦う旨を伝えようとしたが、勇気がすげなく言い放った。
三人は申し訳さそうに逃げていく。灰色ヒューマイノド二人はその三人に最早目をくれず、勇気と美香達を脅威と認識し、そちらに集中していた。
「ヘーイ、皆気をつけれ。こいつらかなり強いぜィ」
みどりが警告を発したその瞬間、イカ男の全身の赤い宝石が光を帯びた。
***
「ムッフッフッ、また勇気君か。彼とはとことん縁が有るようだね」
ホログラフィー・ディスプレイの中で、イカ頭と鮫頭の灰色怪人と対峙する勇気を見て、ミスター・マンジはにたにたと笑っていた。
「うわあ、強者が揃っちゃっているね。みどりちゃんもいるし。ツクナミカーズもいる。これはいくらバージョン2が二体でも、難しいんじゃない?」
ネコミミー博士が、ミスター・マンジの横からディスプレイを覗きながら言う。
「勝てる気はしないね。しかしチミ、データさえ取れれば構わんだろう。そしてデータを取るにはうってつけの相手だよ。むっふっふっふっ」
「データを取る事もままならないまま瞬殺されちゃう可能性も、無きにしも非ずだけどね。作った四体の中で個体差が凄いし、この二体は期待できそうにない」
「ムフフフ、あの二体はそこまで弱くないよ、チミ。再生能力も備えているのだから。そして殺傷力が極めて高い。そう、殺戮のために生まれてきたような命だよ」
「でも勇気君達に勝てるとは思えないよ。四体のバージョン2のうち、二体はこれでお釈迦だね。せっかく作ったのになあ」
ミスター・マンジは笑いながら興味津々に見物しているが、ネコミミー博士は浮かない顔だった。ネコミミー博士は自分が手掛けた実験体を大事にする。しかしあくまで実験体としての範疇で、あまり情を持つようなこともない。
ネコミミー博士とミスター・マンジは、大石常雄からデータを取得し、さらに改良した、陰体をベースにした強化版灰色怪人を新たに四体作り、PO対策機構討伐へと差し向けたのであった。
「せめて四本角だったらいい勝負できただろうに」
そう言ってネコミミー博士が、ホログラフィー・ディスプレイをもう一つ開く。そこに映し出されていたのは、四本の角を生やしたトカゲのような顔の灰色怪人だ。この灰色怪人が、作った四体の中で、群を抜いて素晴らしい出来であった。




