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史愉は硝子人の列の後方から忍び寄ると、両腕を蛸の触手に変えて伸ばして、最後尾の硝子人に巻き付け、一気に引き寄せた。
「ぐっぴゅ。確保したぞー」
「大胆にやりおるのー」
触手で雁字搦めにした硝子人を床に倒してドヤ顔の史愉に、感心しつつ呆れもしているチロンだった。
「部屋に入りましょう~」
近くにあった扉を開き、男治が促す。
「ぐぴゅう……狭い部屋ッス」
「解析だけ手早く済ませましょうね~」
三人がかりで解析を開始する。
「確かに超常の力に反応している。何らかの力を秘めている」
チロンが呟く。
「霊魂も入れられていますしね~。体が人ではなくても、これは人みたいなものですよ~」
何故か嬉しそうに笑いながら言う男治。何故嬉しそうなのかは、チロンも史愉も理解出来ていた。
「霊魂あれば人っていう定義なの?」
史愉が尋ねる。
「私はそう見てますよー。妖怪だって人間と何も変わらないんですよ。人ではない姿をしていても、DNAが人のそれと異なっていても、精神構造は人と変わりないですし。そもそも大抵の妖怪が、元を辿れば人間ですし、遺伝子も人のそれに近く、人との間に子孫も残せますし」
「むう……他の者が口にすれば賛同しがたい話じゃが、男治が言うなら説得力があるの」
元を辿れば、日本の妖怪の何割かを作った人物であると噂され、現代ではマッドサイエンティストをしている男治の主張だけに、チロンは否定しきれなかった。
解析を進める三名。
「作った者の思念が……流れ込んでくる。これは祭り用にこさえたものじゃわ」
「2パターンあるという情報が得られたっス。赤猫電波補佐用に作られたものを祭り用にも流用する硝子人と、祭りのためにだけに作られている硝子人」
「いずれにしても……区車亀三さんの口にしていた事は本当みたいですねえ」
「うむ……。祭りの参加者から、物質的にも精神的にも力を吸い取るシステム。この硝子人はその作業のために作られておるわ」
それぞれ解析してわかった事を口にするチロンと史愉と男治。
「ぐぴゅ……。硝子人に吸収、移送を司る役目を担わせる気なのね。得心が行くぞ。都市全域から、祭り参加者から力を吸い取るのも、吸い取った力を集めるのも、誰がそんな面倒で大掛かりなことやるんだって話だし」
エネルギーの吸収と移送にも、力が必要となる。都市全域からの吸収と移送となれば、それを個人レベルで行うには無理があると史愉は見ていた。
「ええ、ええ、ええ。赤猫電波を出す塔も、大掛かりな装置とは言えますが、それも硝子人の補助を得て機能しているようですしねえ。人手が必要ということですよ」
こくこく頷く男治。
「その人手を硝子人に担わせているわけか。ぐぴゅぴゅ……いい方法思いついたぞ」
史愉がにやりと笑う。
「ワシも思いついた。この硝子人達にこっそり仕掛けを施して、計画を狂わせるのはどうじゃ?」
「あたしと同じ発想を先に言ってんじゃないぞー。ぐぴゅー」
チロンが提案すると、史愉はむっとした顔になった。
「その前に、取り敢えず報告はしておきましょ~。祭りの参加者の生命エネルギーとか、精神エネルギーを吸い取ることは、事実だったと。専用の硝子人を発見したことで、証明されたと。あと、その吸い取った力の移送もですね」
「吸い取った両方のエネルギーをどこへ持っていくのかがわからんがな」
「それはまだ命令が施されていないからッス。予め――」
喋っていた三人が、一斉に会話を止め、神妙な面持ちになる。何者かが部屋の近くで息をひそめている気配を感じた。
「巧妙に隠しておるようじゃが、今確かに……術師特有の電磁波の流れを感じた」
「今来たのですかね~?」
「いや……これは聞かれていたと見ていいぞ」
三人が囁き合う。
(逃げようとしない? ワシらの様子が変化した事も――ワシが存在に気付いた事も、そこに潜んでいる何者かにもわかったはずじゃが、その場に留まり続けておる。一体どういうつもりじゃ……?)
チロンが訝りながら、突然跳び上がり、壁に向かってヒップアタックを決めた。いや、正確には尻尾にため込んでいる妖力で、壁の向こうにいる者に壁越しに攻撃した。
(すんでのところでかわしおった。何者か知らんが、相当にやりおるぞ)
攻撃が当たっていないことを察知するチロン。
男治が扉を蹴り開ける。
そこにいた細身の翠眼の少女を見て、チロンは目を丸くした。男治も知っている人物だった。
「お主か、綾音……」
身構える綾音を見て、チロンは臨戦態勢に入る。
「雫野累君の娘さんですか~。たはー、これはまたバッドタイミングですねえ」
「ぐっぴゅっぴゅう、聞かれたか? まあいいぞー。一人なら、さっさと三人かがりで口封じするぞ」
男治と史愉も戦闘の構えを取る。
「待て、殺すでない。しかし口封じはせねばならんが……おかしいぞ。何故すぐ逃げなかったのじゃ?」
チロンが疑問をぶつける。
「その必要はありませんから。あっ……隠れてください」
綾音が言う。接近する者の気配があった。
男治が呪文を唱えて、幻影の壁を作る。
現れたのは累だった。
「祭り用の硝子人が一体紛失したという情報が入りまして」
「手違いがあったのでしょうか? それとも……」
「悪い方の可能性を考え、警戒に当たりましょう」
(そういうことか……)
綾音が自分達のことを累に報告せず、誤魔化す様を見て、チロンは察した。
やがて累が立ち去り、史愉達が幻影の壁の中から出てくる。
「どういうことっスか? 何であたし達をかくまうの?」
史愉が問う。
「お主……わからんのか。真の言っていた内通者は、この雫音綾音だったということじゃよ」
「ぐ、ぐぴゅ……そうと決まった話じゃないかもしれないぞ。もっと別の理由があるかもしれないじゃないっスかー」
「いえ……私が真と取引して内通していました」
「ぐっぴゅーっ」
綾音の発言に、少し大きめの声をあげる史愉。
「うるさいからお主は少し黙っておれ」
チロンがそんな史愉の頭を拳で軽くはたく。
「えっとですねえ。個人的好奇心で、理由を聞いてもいいですか~?」
男治が尋ねる。
「父のすること――いえ、純子がすることに憧れつつも、疑問と不安を抱いていましたから」
「憧れもあるんかい」
綾音の発言を聞いて、微苦笑を零すチロン。
「あたしにはわかるぞ。大きなことをしようとしている純子が、正直眩しく見えるぞ。それが妬ましく悔しいから、足引っ張ってぐちゃぐちゃにして台無しにしてやりたいんだぞー。この女もきっとそうだぞー」
「私はそういう動機とは違いますが……」
「お主のように歪んどる者はそうそうおらんじゃろ」
史愉が決めつけてかかるが、綾音は否定し、チロンは呆れて突っ込んだ。
「残念ながら私の出せる情報には限りがあります。わかっている事は全て真に伝えています。どこから情報漏洩があるかわからないと知っているからこそ、計画の全容を把握しているのは、ごくごく一部の者だけです。私にさえ秘密だらけです」
「累から怪しまれておるのか?」
チロンが尋ねると、綾音は寂しげな微笑を浮かべる。
「今回に限った話ではなく、正直、父は私をあまり信じていないのでしょうね。私は父と相対した事も何度かありますし」
「本当にそうか? ワシと結託したと見せておいて、ワシを裏切って結局累についてくれた事もあったではないか」
「今も私が内通者の振りをしているだけだと思いますか?」
疑うチロンに、綾音が問い返す。
「ぐぴゅ……そうではない方に賭けるよ」
史愉は綾音が嘘をついているようには思えなかった。信用させておいて潜り込むという可能性もあるかもしれないが、トロイの木馬にしては杜撰すぎる気がする。
「あのですねえ。それなら綾音さんにも手伝って欲しいことがあるんですけど~」
男治が言った。
「まず、一部の精鋭だけを、この市庁舎内部に招き入れたいですねえ。私、思ったんですけど、大部隊で正面からぶつかる力押しよりは、精鋭をこっそり紛れこませて、暗殺とか破壊工作路線とかの方が、上手くいくんじゃないですかね~」
「むしろ戦力不足してるから、それしかないぞー。ぐっぴゅ」
男治の頼みを聞いて、史愉が付け加える。
「私にその手引きを行えという事ですか?」
「話の流れからして、それしかないぞー。ぐぴゅぴゅう」
「可能な限りはお手伝いします」
綾音は承諾した。
「新居と真と勇気にも伝えておくとしよう」
話がまとまったと見て、チロンがメッセージを送った。




