12
先程の戦闘と、人質にとられた市民が殺されるという痛ましい事件など、どこ吹く風と言わんばかりに、転烙市中央繁華街は今やすっかり祭りの活気で賑わっている。
「事件が有ろうと、無理矢理でも平常運転しておけば、人はそれに乗っかるもんだよー」
祭りで賑わう繁華街を歩きながら、純子が話しかける。
純子の隣を歩く、病的なまでに青白い肌の、しかし端正な容姿の少年は、何の反応も無い。
少年――デビルは周囲をきょろきょろと見回している。まるで祭りを初めて見たかのように、物珍しそうな視線を向けている。
「物凄く久しぶり」
ずっと無言で歩いていたデビルがようやく口を開く。
「ん? お祭り?」
「服を着て人前で歩くこと」
デビルがデビルとなってからは、ずっと移動の際は二次元化して保護色の擬態を行い、人目につかないように移動していた。服を着る事も無かった。
「さっきははりきってたねー。デビル。でも出来ればああいうことはもうしないでね。次からは流石に擁護も苦しくなるし」
「少し気が晴れた。そして約束はできない」
純子が釘を刺すも、デビルは悪びれない。
「それに……僕の行動は間違っていない。敵は人質を攻撃できないとたかをくくっていた。それをいいことにやりたい放題しようとしていた。僕はそれを防いだ」
「うん、それはわかってる。わりと助かっちゃったのは事実だよ」
注意しても無駄だと思い、諦める純子。
「今更だけど、純子はこんなに堂々と街中歩いて平気?」
デビルの方から声をかける。
「だいじょーぶ。PO対策機構に見つかって襲われたら、放射線攻撃で撃退しちゃうし」
「それは面白そう。周りにいる客もばたばた倒れる光景が見てみたい」
「一応冗談で言ったからね? ま、場合によっては冗談ではなくなるし、この手以外にも、対処はいくらでも出来るから平気だよ」
デビルが一瞬だが小さく微笑む顔を見て、純子もつられて微笑む。
(笑顔可愛いなあ。笑うタイミングも面白いよねえ)
わりと無表情なことが多いデビルだが、それでも真に比べればずっと表情の変化があるし、特にその笑顔は魅力的だと純子の目には映った。
それからまた、デビルは無言モードになってしまう。
「デビル、チョコバナナ食べる?」
「食べない」
「あ、金魚すくいやってく?」
「やらない」
「ヨーヨーすくいは?」
「いい」
「とうもろこし、りんご飴は?」
「いらない」
「射的……」
「撃たない」
「えっとー……デビル、私のこと嫌い?」
何を言っても拒絶するデビルに、苦笑気味に尋ねる純子。
「そんなことはない。構ってくれなくていい。今はただ、いつもの視点とは別に、町の様子を見物している。誰かと一緒に祭りなんて来るのも初めてだし、僕にそうした初めての体験をさせてくれる事も、悪い気はしない」
純子の方を見ることなく、涼やかな表情で祭りの風景を見ながら、デビルは答えた。
その時ふと、純子は思った。
「昨日の今日だし、まだショックから立ち直れてないかな?」
「僕を気遣って祭りに連れてきた?」
デビルが純子の方を見る。
「まーね。余計だった?」
純子が伺うと、デビルは俯き加減になる。
「僕と犬飼は……似て非なる者。戯れに盤をひっくり返す者。戯れに背中を押して高所から落とす者。命が弾ける瞬間を眺めて楽しむ者。それは同じだけど、でも違う部分が細かい所で幾つもあった」
少し暗い面持ちになって、デビルは語り出す。
「犬飼はただ卓袱台をひっくり返したいだけ。僕は違うんだ。僕はそんなんじゃない。真や美香にもそう思われていて少しがっかりしたけど」
ただ滅茶苦茶をすればいいものではないというのが、デビルの考えだ。引っ掻き回すだけでは面白くない。デビルにも美学がある。ポリシーがある。破壊をする際には、ポイントを抑えないといけない。背中を押して奈落に突き落とすには、タイミングがある。
「順番として、犬飼が先に僕を切った。僕は――僕と犬飼は、言わずともいつかはそうなることをわかっていた。細かい相違を感じていけば、似ている分、相手が煩わしくなる。そうなるとわかっていた。犬飼が僕を切らなかったら、いつか僕が犬飼を殺していただろう。わかっていたこと……なのに……」
声を震わせ、言葉をつまらせ、悲しみに満ちた顔になるデビルを見て、純子はそっとデビルの背を撫でる。身体も震えていた。
「なのに……何であんなに、何でこんなに……胸が張り裂けそうな気分なんだ。生まれて初めて……こんな酷い感情に……僕は……攻撃されている……」
「大事な人を失った悲しみか。いいなあ。私にはもう残っていない感情だよー」
今にも泣き出しそうなデビルに、純子はあえていつもの明るく弾んだ声をあげる。
「君の周囲の人間を殺して、本当に残っていないかどうか、試してみようか?」
デビルが震えを止め、いつもの口調で言う。
「それは遠慮するねー。そんなことしたら、私がデビルを絶対に殺すよ?」
「じゃあ死にたい時にはそうする」
笑い声で釘を刺すと、デビルは微笑を零した。
「少しは元気出てきた感じだね。ま、これからも一人でため込んでないで、誰かに吐き出すといいよ」
「誰かに吐き出す……」
ふとデビルは思う。自分は犬飼に依存していたきらいがある。しかしもう誰かに依存したくはない。犬飼を失ったからといって、今度は純子に依存するようでは、あまりに情けないと。
しかしその一方で、純子の言葉も正しいと認めざるを得ない。純子の前で気持ちを吐き出して楽になった。
デビルが再び歩きだし、純子もそれに続く。
「で、お祭りは楽しい?」
「楽しい。一人ではなく、君と喋りながら歩いているから楽しい」
臆面もなく言ってのけたデビルに、純子は少し驚いた。
「誰かと喋りながら歩く。たったそれだけのことが、こんなに楽しいものだったんだ。世の中の人間は皆、こんな感覚を当たり前のように味わっていた。悪魔の僕は、今まで知らなかったけど」
デビルのその台詞を聞いて、純子の胸がじんわりと温まる。
「君は千年経っても変わらないねえ。何度転生を繰り返しても同じ。こんなに変わらない子も珍しいけど、何か嬉しいよ。会う度に懐かしい気分になる。千年前の自分を思いだしちゃう」
「悲しみの感情は無くして、嬉しいという気持ちは残っているんだ。いいな。僕もそうなりたい。その方が悪魔的だ」
「負の感情だって人には大事なものだし、私は、取り戻せるなら取り戻したいなあ」
「僕は悪魔だからその方がいい」
話しながら、デビルは疑問が生じ、純子を見た。
「恐怖も怒りも無い?」
「悲しみも怒りも全く無いってほどじゃないよ。凄く鈍くなっちゃってる感じ。恐怖はわりと残ってるかなあ」
「どんな時に怖い?」
「えっと……」
デビルの疑問に対し、純子がまず思い浮かべたのは――
『ギネスブックを目指す』
真の発言だった。
「……内緒」
青ざめる純子を見て、デビルは興味を覚える。純子程の者をここまで恐怖させるものとは一体何なのかと。
「やややっ、そこにいるのはっ」
芝居がかった子供の声があがり、純子とデビルが振り返る。
そこにいたのは小さな子供の男女だった。その二人を純子は知っている。
「おやおや、アリスイ君とツツジちゃんじゃなーい。君達も転烙市に来たんだねえ」
「純子さんとこんな所で会うなんて……」
「そ、そっちの方は誰ですか? もしかして彼氏? デート? 真君とは破局?」
「いや、そうじゃないから……」
アリスイの質問攻めに、純子は鼻白む。
「この子達は……人間ではない?」
「おおうっ、一目で見抜かれたっ」
デビルの台詞を聞き、アリスイはオーバーにのけぞって驚きを表した。
「デートに見えるのか。それはよくない。しかも真との仲も疑われる要素になっているのか。真にも悪い」
「デビル、悪魔なのにそんな気遣いするんだ」
デビルの台詞を聞き、純子は意外そうな顔になる。そういう気遣いをするキャラだとは思っていなかった。
「真には一目置いていたから。彼は運命に抗う反逆者だ」
睦月の想い人であり、そして百合との戦いを目の当たりにし、今は純子と相対している時点で、デビルは真に対してリスペクトがあったが――
「でも真が君と相対する理由を聞いて、馬鹿馬鹿しいと感じた。最初は真に味方したい部分が強かったけど、その気持ちは消えた」
「理由、馬鹿馬鹿しいの?」
「マッドサイエンティストを辞めさせたいという理由だった。正確にはその、マッドサイエンティストを辞めさせたい理由がつまらない。悪いことだからやめさせるという、ただそれだけ」
「大事なことじゃないですかーっ」
「真君、そういう理由で純子さんと……」
真が純子と敵対している理由を、デビルの口から知ったツツジとアリスイであった。
「そっか。でも私はつまらないと思わないよ」
「そうか。でも僕はつまらないと感じたから、純子につくことにした」
純子が言うと、デビルは悪戯っぽい笑みを零して告げる。
「真君はあれで真剣だからねえ。私はその想いをちゃんと汲んで、力いっぱい否定して我を通すつもりでいる。真君が真剣に私を変えようとしたから、私もこうして本気出している面もあるからさ」
「なるほど」
納得するデビル。
「ところで君達二人は何の目的? PO対策機構につくの?」
「いえ、調査目的です」
「イーコの里から指令があったんですよー。腕利きの調査員として、オイラが見込まれたわけで」
純子が尋ねると、ツツジとアリスイが答える。
「アリスイ……そこまで言わないの……」
「えー? 何かオイラ喋っちゃいけないこと喋りましたかねー? そんなことないでしょー」
ツツジが諦め気味に注意するが、アリスイに反省の色は無い。
イーコ二人は調査を続けると言って、純子達と別れた。
「あれは都市伝説の妖怪のイーコ?」
「うん」
「だったら殺しておけばよかった。善行妖怪とか、身の毛もよだつ存在」
「だめだよー。あの子達は私の友達なんだから。殺したら私がデビルを殺すよー」
不機嫌そうに言うデビルに、純子は笑顔で警告した。




