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「またお前等か」
車道を渡って真達に接近した所で、勤一がうんざりした顔になる。
「関わるのが嫌なら無視してくれてもよかったのに」
「さっきあんなことをしなければ、それでもよかったかもね」
ツグミが煽り気味に言うと、凡美が冷淡な口調で言い返した。
「おい、何か対決ムードだぞ」
「転烙ガーディアンとPO対策機構バトルじゃない? さっきの市庁舎前での争いにいた子がいる」
「あの頭二つの子は、硝子山市長と戦った子だよ」
向かい合う真達五人と勤一達四人の姿を見て、通行人達が足を止めてざわつく。
「危険な状況。正体ばれまくってる」
「転烙市の住人はもう完全にPO対策機構を敵視済み。そして多くが能力者」
伽耶と麻耶が言った直後、熱次郎がある事に気が付いた。
「というか伽耶と麻耶は正体隠していたんじゃないの?」
熱次郎が尋ねる。二人は目立つので、魔術で認識されないようにしているという話だった。
「持続力長い術である代わりに、ふとした弾みで解ける」
「私達以外が認識されたから解けた」
「なるほど……」
姉妹の答えに納得する熱次郎。
「その術はやっぱり全員にかけておくべきだったな」
『それは疲れる』
真の台詞を聞いて、姉妹は口を揃えて拒絶気味に告げた。
「さっきは随分と身を張ったギャグしてくれたな。お上の手先の分際で、市民を盾にしたあげく逃亡とは、大した珍事だった。でもマイナス13だ」
蟻広が嫌味たっぷりに吐き捨てる。
(これは不味い。凄く危険だ。逃げた方がいい)
周囲を見渡し、真は即座にその結論に至る。
(こいつらだけでも手強い。いや――木島柚が危険だ。みどりがいない限り、こいつと相対するとなると、犠牲が出かねない。だが何よりヤバいのは、この通行人達だ)
足を止めた転烙市民達。彼等は決してPO対策機構の味方ではない。PO対策機構が市民を盾にして殺した事も知れ渡っている。そして彼等の中には、能力者も多く含まれていると思われる。それらが全て襲ってきたら、全滅しかねない。
「頑張れよーっ。転烙ガーディアンっ」
「PO対策機構みたいな外道に負けないで!」
「市民を盾にして殺すような奴等を許すなーっ!」
「いざとなったら俺達も戦うぞ!」
通行人達が次々と声をあげる。
「完全に悪役」
伽耶が溜息をつく。
「いや、まだよ。まだ……」
「何がまだ?」
麻耶の台詞を訝る伽耶。
「ブーイングが心地好く感じられて自然と笑えるくらいになったら、その時こそヒールとして完成」
「麻耶一人で勝手に完成してて。私は嫌だから」
麻耶の言葉を聞いて、伽耶は再度溜息をついた。
「ここで無駄な戦闘はせずに逃げた方がいいな。さっきも戦闘してからそんなに時間が経っていない。消耗は避けよう」
真が方針を口にした。
「承知」「せんそーはんたーい」
「簡単に逃がしてくれるとは思えないけどね」
「了解……でも本当の理由は、周りの奴等が危険だからだろ」
伽耶、麻耶が応じ、ツグミが微苦笑を零し、熱次郎が図星をつく。
「皆の足速くなれー」「体軽くなれー」
伽耶と麻耶が呪文をかけた直後、五人は高速で走りだした。
「逃がすか」
勤一が変身し、走って追いかけようとする。
「ま、この状況で戦うのは都合が悪いだろうな。プラス2。それなら無理にでも戦わせてやろう」
蟻広はその場を動かず、妖魔銃を撃った。狙いは逃げる五人の前方だ。
五人の足が止まった。行く手に、臓物と骨が混じり合った壁が出現し、行く手を遮ったのだ。しかも壁からは湾曲して大きな牙のような物が何本も生え、蠢いている。近付けば攻撃してくる可能性もある。
「手っ取り早く転移して逃げよう。俺は真を受け持つから、伽耶と麻耶はツグミを」
「らじゃっ」「あいあいさー」
「すっかり失念していたがその手があったな」
真に指示され、伽耶、麻耶、熱次郎が転移の力を発動させようとした。
「あれ?」
「しかし何も起こらなかった」
伽耶と麻耶が揃って首を傾げる。
「駄目だ……空間を固定されて、操作出来なくされて。あいつに……。こっちの力も封じるくらいの圧倒的な干渉力だ」
熱次郎が呻き、柚を指す。柚は得意げににんまりと笑っている。
「止まったぞ」
「やっちまえっ!」
「おーともよーっ」
ギャラリーの中の能力持ちが手出しをしてくる。真達は回避し、あるいは能力で防ぐ。
「ありがたいけど加勢はしないで! 危険よ!」
「攻撃すればそっちも攻撃される! 手出しはするな!」
凡美と勤一が叫ぶ。
「わ、わかった……」
「ううう……危険だからと言われて、危険なことを任す流れとか。俺も転烙ガーディアンに入ろうかな……」
「せめて応援だけでもしないと。ガンバレー」
勤一と凡美の声に応じる形で、側にいた市民達は攻撃の手を止めた。
「あっちは完全にヒーローだね。転烙市を一歩でも出れば、お尋ね者のサイキック・オフェンダーなのに」
ツグミが言う。
「周囲の奴等が手出ししないのなら、まだマシじゃないか? 戦ってもよくないか?」
「それは無い。多分勇ましい奴がいて、向こうが不利になったら手出しもしてくる。つまり状況は変わらない」
熱次郎が言うが、真は否定的だ。
「しかし逃げてばかりってのも無理があるぞ。いや、逃げ切れると思えない」
熱次郎が柚を見た。特にあの少女が計り知れない力を有していると、はっきりとわかる。
「じゃあ……伽耶、麻耶。ギャラリー含めて全員眠らせろ」
『この数はキツい』
真が命じるが、伽耶と麻耶は同時にかぶりを振った。
「数で問題あるのか? 例えば眠りガスを発生させて操作するとか、それでも数が多いと消耗が激しいか?」
真が提案して伺う。
「あ、それならいける」
「その手が有った。流石は真。冴えてる」
「大気よ、我等に敵意を向ける者達の魂を安息の世界へと誘え」「ねんねんころりんガス爆発バス獏バグ」
伽耶と麻耶が呪文を唱えると、一般人達が次つきと倒れていく。勤一と凡美もあっさりと目を閉じ、崩れ落ちていった。
「何だ……これ……堪えきれない……」
蟻広はある程度抵抗できたようだが、堪えられたのは三秒か四秒程度だった。
「おやおや。これは中々凄いぞ。これだけの人数を一斉に眠らせるなんて」
柚には効いていない。目を丸くして感心している。
「やっぱりあの子には効かないか」
ツグミが言う。柚が寝ないことは予想していた。ツグミはかつて柚と交戦し、必殺技とも言える絵を現実に被せる能力を用いたが、あっさりと柚に破られている。
「全員に直接術をかけたわけではない」
「それは難しいとわかったから、眠りをかける媒体を作った」
伽耶と麻耶が答える。
「今のうちに逃げるとしよう」
真が促したが――
「喝!」
柚が大声で叫ぶと、柚の首から下げている鏡が一強い光を放った。
眠りに落ちていた者達全員、一斉に飛び起きる。柚の気合い一つで、全員が無理矢理一気に覚醒させられた。
「凄い……あっさり破られちゃった」
「何でもありなの? って、私がおまいう」
「噂には聞いていたが、飛び抜けてるな……」
柚の力を目の当たりにして、愕然とする伽耶、麻耶、熱次郎。
「いいから逃げるぞ。今はまだ隙が出来ている」
真が改めて促し、先に走り出した。




