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転烙市各地で発生した転落ガーディアンとの戦闘が、一斉に終結した。スノーフレーク・ソサエティーとPO対策機構の追加援軍に対し、陽動中止のメッセージが送られたからだ。
スノーフレーク・ソサエティーは、ほぼ一方的に転烙ガーディアンを蹂躙していたにも関わらず、途中で撤退しだしたので、戦っていた転烙ガーディアンは呆然としながら退くスノーフレーク・ソサエティーを見送り、その後安堵した。
「あのね、そのね、突然の撤退理由、わかったよ」
メールで状況を伝えられた政馬が、仲間達に呼びかける。
「一般人を大量に人質にとったのか。やるじゃねーか」
「そのあげく人質殺され、敗走してりゃ世話ねーよ」
内容を聞いて、カシムとジュデッカは笑っていた。
「こりゃ最悪の事態になっちまったなー」
「人質作戦なんてアホなこと実行するからここうなるんよ……」
雅紀と季里江が呆れ顔で言う。
「勇気の奴は止めなかったのか?」
ジュデッカが尋ねる。
「あのね、えっとね、勇気も嫌だったらしいけど、新居と真が自信満々に押してきて、押し切られちゃったらしいんだ。勇気も凄く御機嫌斜めだね」
勇気にも直接メールを送って尋ねた政馬が答える。
「誰も止めないっていうのが何というか……悪い意味で日本人らしさだよなあ。俺、この国の奴の気質がだんだんわかってきちまったわ」
カシムが微妙な顔になって言った。
「他人事みたいに言ってるけど、お前も同類だぜ。俺もな」
ジュデッカが指摘する。
「PO対策機構が声明出してるじゃん」
季里江が報告し、ホログラフィー・ディスプレイを投影した。
外には情報を発信できないため、転烙市内だけで情報発信できるサイトを利用している。PO対策機構は、あくまで市民を避難させようとしていただけで、人質にとったわけではないと主張している。しかし転落ガーディアンは、人質を狙って攻撃してきたと。
「無茶苦茶というか無理ありすぎな主張だろ」
思わず笑ってしまうジュデッカ。
「転烙市側も声明出してるぜ」
今度は雅紀がホログラフィー・ディスプレイを映す。
転烙市側はPO対策機構が市民を人質に取って、そのうえで抗争を始めたと非難。こちらはそのまま真実である。
「私の目にはPO対策機構の方が悪者に見えるじゃん」
「俺もだよ」
「同感」
季里江の言葉に、雅紀と政馬が頷いた。
***
デビルは映像記憶生物のアクルを頭に乗せ、暇を潰していた。
今デビルがいる場所は、クローン製造工場だ。フォルクハルト・ワグナー教授に興味を抱かれたデビルは、彼の誘いに乗る形で、研究の手伝いをすることになった。
「君の体組織を研究し、私の研究に利用させて頂く代わりに、君の力をより強固なものにしましょう。出来るはずです」
ワグナーにそう言われ、研究に付き合う代償として、みどりによって不死性を失った身であるデビルは、今の体でも出来るだけ死なずに済ませるための改造を受けている。
正直、ワグナーに付き合うことはあまり面白くなかった。ワグナーに時折検査されるものの、何も無い退屈な時間が多すぎる。検査そのものにも時間がかかり、しかもそれを何度も繰り返すからだ。
「分裂能力はもう試したのでしょう? 以前より楽になっているはずですが、実感はありますか?」
「明らかに軽い。消耗が抑えられている」
ワグナーに話しかけられ、デビルは正直に答えた。
「私のこれまでのクローン作りのノウハウを、君の分裂能力に結び付けてみましたが、上手くいったようで何より。そしてデビルのこの分裂能力、まだまだ改良の余地がありますよ。より力強くする事が可能と思われます」
「よろしく」
穏やかだがどことなく熱のこもった口調で訴えるワグナーに、デビルは素っ気ない。
しかし表面上の態度とは裏腹に、デビルはより大きな力を欲しいと思っていた。今後の戦いのために、少しでも多くの敵を地獄に突き落としてやるために、力は確かに要る。
***
市庁舎に強行突入を試みて失敗し、敗走したPO対策機構。現在は各地に分散して潜伏している。
「人質を避難誘導って事にしたのか」
転烙市限定サイトにあげられた声明を見て、義久は心底呆れた。義久は作戦に参加していない。
「最低の手段やって失敗して、あげく恥の上塗りかよ」
「マジで俺等最低だね」
「私は気が進まなかったんですよー。はーあ……」
「最低の三流小悪党に成り下がった気分~」
バイパーと卓磨と怜奈と二号がぼやく。
内部でも非難の声はあがりまくっている。しかし真も新居も痛痒に感じない。
「でも結局お前等は従ったただろ。ていうかさ、お前達もわかってたからこそ従ったんだろ? 市民を盾にする手が極めて有効だと、最も合理的だと、直感的にわかっていたから実行したんだろ?」
新居が冷たい眼差しでPO対策機構の面々を見渡し、言い放つ。
「こいつは命懸けの戦争だ。勝つためには、自分が死なないためには、綺麗事は抜きにして、最善手と思われる手を選ぶ必要がある。それだけの話だ。不服があるなら辞めればいい。綺麗事をほざいて手段を選ぶのは、身の危険が伴わないスポーツでやればいい。命がかかった戦いでおためごかしをぬかして、善意と心中したい奴は、澤村みたいに抜けてくれ。俺はそんな奴等と心中したくはねーし、そんな展開になるのは許せねーんだよ」
新居は静かに語るが、その言葉は冷たくも力強く、その場にいる面々に突き刺さる。
「最低になろうと何だろうと、勝たなくちゃ意味が無い。手段を選んで負けていたら世話が無い」
新居に同意を示したのは来夢だった。
「ま、結果論を言うなら、結局盾にした市民は殺されてしまい、うちらは最低の手段を用いたあげく、無関係者を死なせてうえに、敗走しただけという、最低の結果だけどな。問題はこれからどうするかだ」
李磊がシニカルな口調で言い、新居を見る。
「うん。今の所打つ手は思いつかない」
新居は腕組みして、苦笑いと共にあっさりと言う。
「ケッ、やっぱりドン底に堕ちたままじゃねーか」
「後ろ向きなことばかり言う奴は、やめてもいいぞ。今から転烙市の方に鞍替えしろよ」
輝明が毒づくと、新居は意地悪い口調で告げた。
「前向きに考えるとして、次の手はどうするんだ!」
美香が苛立ちのこもった声で叫ぶ。
「俺達が暴れ、市民に犠牲も出た事で、祭りの客足が遠のくことに期待したいな。そしてこのままゲリラ的に、あちこちで暴れ回る。祭りは十一ヵ所で行われているから、各地を狙う」
即興で考えたプランを口にする新居。
「襲撃され、殺される可能性もあるという情報を、前もってインプット出来たしな」
「ニーニー、またケチつけて悪いけど、そんなんでいいの?」
修が不安げに伺う。
「祭りにどういう意味があるのか、この先、敵さんが何をするつもりなのか、詳しくわかっていないんだ。こっちとしてもこれ以上はいい手が浮かばねーよ。ま、そのうち嫌でもわかるだろうが」
そう言って新居は大きく息を吐いた。発言はしなくても、その言い分には同意する者が多い。
「祭り参加者の命を吸い取るなんてヤベー話を聞いたぞ。転烙市のテクノロジーを使った奴は、内臓に刻印が記されて、そんでもって祭りの際に、刻印ある奴の命を吸い取られるっていう噂をよ」
アドニスが口を開く。
「お前さんは後発組だったから知らんだろうが、その話はこちら陣営の中ではもう出回ってる」
「そうなのか……」
オンドレイに言われ、アドニスは納得する。
「転烙市民を生贄にするような計画だよね。酷い話。頭にきちゃう。ぷんぷんだよ」
「でも純子がそこまで酷いことするかな?」
正美が頬を膨らまし、熱次郎は懐疑的な発言をして真を見やる。
「する」
真はきっぱりと言い切った。
「だから絶対に止めたい」
「僕には信じられないし、しない方に賭けるよ。いや、少なくとも命を奪うことまではしないと信じる」
ツグミが異を唱える。
「俺もそっちかなあ……。純子はそこまでひでーことしない……。命を吸い取っても、死ぬまで吸い取らない……と信じてえよ」
ツグミを見て、輝明が自信無さげに言った。
「で、結局の所、有効な手は思い浮かばず様子見ってことか」
勇気が大きく息を吐いて確認する。
「話は変わるけど、市庁舎の上にあった謎の黒玉、気付いた人いる?」
シャルルが一同を見渡して伺う。
「見た」
「空間の歪みを感じたぞ。でも正体はわからない」
真と熱次郎が言った。
「純子は色々と手を打ってそうだし、その一つかねえ。ケッ、そういうのも含めて、こっちは後手ばかり。この戦い、勝ち目薄いよなー」
輝明が嫌味っぽく言う。
「輝坊、お前もう本当帰っていいぞ?」
「そういう発言は抑えろよ。皆して頑張っているのに……」
「全くだ。士気を下げる発言ばかりして楽しいのか、このピアスチビは」
「だよね。ネガ発言して場を盛り下げる人は要らないと思う。有害じゃない? 有害だよね? 私は有害だと思います」
『かーえーれっ。かーえーれっ』
新居、鋭一、勇気、正美が一斉に輝明を非難し、伽耶、麻耶、二号、ミルクが帰れコールを送り始める。
「ケッ、内ゲバかよ。やっぱり駄目だこのしゅうだ……むぐぐぐ」
「もう黙ってテル」
なおも悪態を突こうとした輝明の口を、ふくが強引に抑えた。
***
ホログラフィー・ディスプレイに、市庁舎の上空にある黒い球体が映し出されている。
「悶仁郎さん、ありがとさままま、転送装置も完璧だねー」
「あれこれ仕事させおって。難儀したわい」
椅子に座った純子が礼を述べると、純子の後方に立つ悶仁郎が、ディスプレイを覗き込んで微笑んだ。
「それより、先程の騒動は酷かったのう。民草を盾にして殺めるとは。いや、殺めたのはでびるなる者とも聞いたが」
「そうだけど、PO対策機構の仕業ってことにしておいたよー」
悶仁郎が話題を振ると、純子はにっこり笑って告げた。
「結果的に言うと、デビルのおかげで助かったねー。汚れ役を引き受けたおかけで、膠着状態にならなくて済んだ。あれは私には出来ない決断だったよ」
「汚れ役を担ってもらってそれで満足か。其処許も大概よの」
純子の台詞を聞いて、悶仁郎は息を吐いた。




