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『転烙市に住まう者達よ。各方はおーばーてくのろじいの都に住まう選ばれし民であるぞ』
芝居がかった喋り方であり、いつものように笑い声混じりの喋り方で、悶仁郎が切り出す。
『これより始まる祭り――転烙魂命祭は、ただの祭りではない。転烙市に集いし叡智より生まれた文明の利器を……えーっと……果て……いかん、忘れたわ。原稿用紙読みあげるのはみっともないでのう。避けておったが、忘れては元も子も無いわい』
「あの人は相変わらずだな!」
悶仁郎の放送事故スピーチを聞いて、美香が笑う。
ホログラフィー・ディスプレイを開く勇気。音声だけではなく、ローカル局で映像も流していた。市庁舎前に壇上を設けて、悶仁郎が立っている。多くは無いが、通行人も止まって悶仁郎に注目している。
「市庁舎前だから、ここから近い場所でやってるな。行ってくる」
勇気が早足で歩きだした。鈴音も続く。
「俺達も行くか」
「全員で殴り込みかな?」
新居が言い、修が冗談めかし、それぞれ移動を開始する。修の言葉は冗談でもなく実現する可能性が高いと、真は見ていた。
『ま、早い話が、新しい発明品がどどーんと発表される祭りっちゅーことじゃ。他にもさぷらいずが用意されておるという話じゃし、楽しみにしておくがよい』
「突然ざっくりまとめた」
「あの爺さんらしい」
伽耶と麻耶が揃って苦笑する。
百人以上はいると思われる、PO対策機構の部隊が市庁舎前に現れたので、悶仁郎のスピーチを聞いていた通行人達はぎょっとした。
たちまち転烙ガーディアンが何十人と集まり、悶仁郎とPO対策機構の間に割って入る。大人数で向かい合う格好となる。
「お前等、何かあるまで動くな」
勇気が断りを入れ、市庁舎の方に近付く。それを見て、転烙ガーディアンの兵士達の警戒が強まった。
「何だ、お前ら。支配者様である俺に手出しをしようっていうのか?」
転烙ガーディアンを見渡し、勇気は不敵な笑みをたたえる。
『通してやるがよい。可愛い歯医者様が拙者と対話したいそうな」
「支配者だ。ボケて耳も悪くなったか」
悶仁郎が鷹揚な口調で告げると、転烙ガーディアンは二手に割れる。勇気は傲然とした口調で吐き捨て、転烙ガーディアンの間を堂々と抜け、壇上へと進む。
『ほれ、其処許もまいくを手に取るがよい。民が話しを聞きたがっておるぞ』
壇上に登った勇気に、予備のマイクを差し出す悶仁郎。勇気は悶仁郎の方を向いたまま、マイクを受け取る。
「敵の大将が堂々と一人で……」
「それを言うなら私達の大将も、最初は一人で壇上に立って演説していたのよ」
転烙ガーディアンの集団の中にいた勤一が唸り、隣にいる凡美が言った。
『度胸があるのう。御大将自ら敵陣に乗り込んできたうえに、一人でこの目立つ場に立つとは』
勇気が中々喋ろうとしないので、悶仁郎が言う。
『そっちの大将はずっと隠れたままだがな。操り人形の市長を立てたうえで』
『して、何の御用かな?』
嘲るように衝撃的なことを口にする勇気。転烙ガーディアンも、通行人も、PO対策機構もざわつくが、悶仁郎は何も聞かなかったかのように、とぼけた口調で問いかけた。
『ただの宣戦布告だ。日本国政府は、転烙市に巣食うサイキック・オフェンダーの暴走を見過ごしはしない。断じて叩き潰す』
冷然たる口調で言い放つ勇気に、転烙ガーディアン達は一斉に険悪なオーラを放った。
「宣戦布告とか言ってるけど、とっくにもうやりあってるよね? 皆それ心の中で突っ込んでいると思うんですけどー?」
「とっくにドンパチしまくっているうえで、この人目のつく場で改めて、大将自らが宣戦布告か。悪くない」
正美がおかしそうに言い、アドニスがふてぶてしい顔のまま拳を掌で叩いた。
『勇気。純子の名を口に出さなかったか』
つくしが持つバスケットの中にいるミルクが呟く。
「真に対して気遣ったんじゃないか?」
『だろうな。あいつは傲慢で横柄だが、わりと配慮もする』
バイパーの言葉に対し、バスケットの中で頷くミルク。
「ミルクは勇気の爪の垢煎じて飲んだら?」
『だまれヴォケガ殺すぞ』
桜の軽口に、ミルクが毒づく。
『せっかくの祭りも潰すつもりかね?』
『そのつもりだ』
『剣呑じゃのう。皆楽しみにしておるのじゃぞ? しかもこの場に兵士を沢山連れておる。国の元首が市民を脅かすとは、いやはや』
『ただ祭りをするだけなら構わないが、絶対にそれだけでは済まないとわかっているからな。俺は支配者だし、民を護る責務を果たす。しかしこの街の住人がテロリスト共に与するというなら、その時点でこいつらもテロリストだ。容赦する謂れは無い』
おどけた口調でのらりくらりと話す悶仁郎に対して、勇気は堂々たる態度を崩さない。
「あははは、あの子は僕達に近いね」
シャルルが勇気を見て笑う。
「俺達としてはその理屈は歓迎だが、他が不味いんじゃないか? 味方も動揺していそうだ。それに、市民も場合によってはテロリスト扱いするなんて、そんな話は初耳だぜ」
李磊が顎髭を撫でながら苦笑する。
「勢いで言ったんじゃねーの。それくらいは許す」
シャルルと李磊の言葉を聞いて、新居が言った。
『拙者達が何をするつもりかもわからんで、ただ危ういかもしれんという理由だけで、宣戦布告とは、これまた呆れた理屈じゃのう』
人を食ったようなにやにや笑いをたたえて、悶仁郎はオーバーな呆れ口調で言う。
「向こうの立場からすればそうだろうな!」
「空っぽな理由。チンピラの因縁みたいなものだよ。でも危険だと、こちらは皆感じている」
美香と来夢が言った。
「今更だけど、政馬先輩達スノーフレーク・ソサエティーは、相変わらず来てないみたいだね」
ツグミが自陣営を見渡して言う。今日は男の方だ。
「あいつらは勇気の下についているらしいが、PO対策機構とは距離を置いているようだからな」
と、真。
(あいつらがいない。どこに行った?)
一方でミルクも、ある人物達の姿を見えないことを気にしていた。
『それで? 宣戦布告のためにわざわざ出てきただけかの? 軍勢を率いてそれだけかね?』
『他にも意味はある。わからないだろうけどな。そして教えてやらない』
『祭りを盛り上げてくれるための手助けかな?』
悶仁郎の目に危険な光が宿る。今の言葉はただの軽口ではない。まだ祭りは始まっていないが、祭りを盛り上げるための前座を、今から始めてやろうかと、そう告げているかのような意味合いに、多くの者には聞こえた。
***
「わからないなあ」
市庁舎前の様子を映したディスプレイを見て、勇気の言葉を素直に認める格好で、純子が呟いた。
「何でPO対策機構の兵士をあんなに大勢、目立つ場所に集めたのか。何が狙いなんだろ」
「月並みな発想だと、示威か陽動でしょう。陽動にしては派手すぎますし、前者のような気がします」
純子の疑問に対し、累が私見を述べる。
「でも指揮を執っているのは――作戦を考えているのは、新居君だと思うし。ああ、真君の可能性もあるねえ。んー……どっちも私が指導した弟子なのに、弟子の考えが読めないなんて」
「弟子だからこそ読めないのではありませんか? あの弟子ならこうするはずだ、こうはしないはずだと、そういう固定観念を純子が抱いているのではありませんか?」
「なるほどー、綾音ちゃんの言うことが正しいかも」
綾音が口にした考えに、純子は納得する。
「そして新居君にしろ真君にしろ、それを意識したうえでの作戦かなあ」
「つまり……裏をかいて、凡庸で月並みな手を用いているという可能性もあるわけですか」
裏の読み合いのあげく、そのような手に出る事もあるだろうが、累からすると、真や新居の性格を考えると、そのような手に出るイメージがいまいち湧かない。
「ま、陽動である可能性も考慮してあるから、転烙ガーディアンもあの場に全て集結させてはいないよ。他の祭り会場全てに配置してあるから」
祭りが行われる場所は中央繁華街一ヵ所ではない。市内の各地で同時に行われる。純子は全ての祭り会場の警護を怠っていなかった。




