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午前十一時半。転烙市中心繁華街には、正午から始まる転烙魂命祭目当てに訪れた、大勢の人の姿が見受けられる。
転烙市内に潜入したPO対策機構の者達は、この人ゴミの中に堂々と紛れ込んでいた。開けた歩道の一角にて大人数で集まってたむろしている。ほぼ全員がこの場に集中している。
「あいつら一網打尽に出来るチャンスだけど……できないわけか」
監視役の勤一が忌々しげに息を吐く。凡美と浜谷、その他転烙ガーディアンの者達も、遠巻きにPO対策機構の集団を見張っている。
「この場所とタイミングで戦闘になったら、祭りが台無しになりかねないですからね。祭りは転烙市中で行われますが、特にここがメインなわけですし」
「そしてあいつらも容易には暴れられない。互いに市民を人質に取り合っている格好ね」
浜谷が苦笑気味に、凡美が冷静に言った。
「それにしても露骨だし、何かしでかすつもりなのは明らかだ。監視だけに留めていいのか?」
「決めるのは我々ではありませんよ。我々はあくまで手足です」
苛立ちながら訴える勤一を、浜谷が柔らかい口調でなだめた。
「お疲れ」
そこに柚がやってきて声をかける。少し遅れて蟻広もやってくる。
「PO対策機構の見覚えある顔が大量だな。星炭輝明も相沢真もいる」
集結したPO対策機構のメンバーを見て言うと、蟻広がガムを紙に吐き出す。
「彼等は何をするためにここに来たの?」
「不明よ」
柚の問いに、凡美が肩をすくめた。
「あれだけの数が集まった時点で、どう考えても只事ではないのですが、迂闊に手出しが出来ないのです」
「祭りが台無しになるからな」
「それなら彼等が暴れて、祭りを台無しにしてきそうなものではないか?」
浜谷の言葉に蟻広は納得し、柚は疑問をぶつける。
「彼等も体制側ですし、無闇に市民を傷つけたくないのでしょう。私達もこの転烙市限定で体制側ですけどね」
と、浜谷。
「しかし何らかの破壊活動はしてくるだろうし、監視したまま手をこまねいているのはどうなんだ……」
監視に留めているまま、それ以上の指示が無いことに、勤一はあくまで納得がいかなかった。
***
渦畑陽菜と中山エカチェリーナは、オキアミの反逆のサイキック・オフェンダーの精鋭を率いて、市庁舎を訪れていた。
「陽菜ちゃん、エカさん、お久しぶり~」
二人が実験室に入ると、純子が笑顔で出迎える。実験室には累と綾音もいた。
「助太刀しにきたでー。何やここ入ル前、PO対策機構の連中がぎょーさん集まっとんノ見たけど、あれドないするん」
「今はこっちも様子見して、手出ししないように言ってあるよ」
エカチェリーナの質問に、純子が答える。
「オキアミの反逆はぽっくり連合とヨブの報酬との戦いで、戦力ダウンしたと聞いていましたが、随分と数が揃っていますね。転烙ガーディアンと比べてもそう引けを取らないです」
累が疑問を口にする。
「ぽっくり市のサイキック・オフェンダーを吸収しまくったのよ。元ぽっくり連合のサイキック・オフェンダーも相当いるわ。おかげで組織の人員は三倍近くまで膨れ上がった」
「なるほど」
陽菜の答えを聞いて、累は納得した。
「PO対策機構に降伏したと聞いていたので、不安になっていた所ですが」
今度は綾音が疑問を口にする。
「一時的に与したのは事実よ。降伏している間に、逃がしたかったからね。あの時戦っていたら無駄な死人を出していた。それを防いだから、こうして多数で応援に駆け付けることが出来たの。こっそりと転烙市に逃がした私の部下達も、先に転烙市に入って転烙ガーディアンにいるから」
「なるほど」
陽菜の答えを聞いて、綾音も納得した。
(髪の色は違うけど、瞳の色が同じだし、雰囲気も似ているし、姉弟とかなのかな?)
累と綾音とは初見である陽菜が思う。
「PO対策機構の目を欺いたのは中々見事だったよー。陽菜ちゃんやるねえ」
「私の手柄じゃなくて、大半はエカさんの考えた作戦だから」
「全部あんたの手柄にしててえエで」
純子が褒めると、陽菜は複雑な表情で正直に述べ、エカはそんな陽菜の背中を軽くはたいて笑いかけた。
***
転烙市の中心繁華街。祭りの準備はすでに整っているが、祭りの時刻にはなっていないので、人通りはいつもと変わらない。だからこそ目立つ。
転烙市に入ったPO対策機構の大半のメンバーが、この場所に集結していた。
赤猫電波を一瞬解除した際の、外に情報を発信した事で、援軍もかなりの数が来ている。追加された者は裏通りやグリムペニスや政府筋の関係者だけではなく、自警団もかなりの数いた。
「あ、アドニスさんだー。アドニスさんもいるよ。アドニスさんまでいる。これって凄く心強いよね? わくわくしちゃう」
無骨な顔つきの白人男性を見て、鳥山正美が弾んだ声をあげる。
「久しぶり」
白人男性――アドニス・アダムスが正美の方を向いて短く告げる。正美の後ろには、見覚えのある巨漢の姿もある。オンドレイ・マサリクだ。
「ふふん、またこの三人で組むことになったのか」
オンドレイが口髭をいじりながら微笑む。
「あっちにシャルルさんもいるから四人だよ。シャルルさんもこっちに来ればいいの。そうすべきだと私は思います。葉山さんがいないのは残念だけど、きっと天国で見守ってくれているよ。うねうね~とか言ってる。私はわかる」
「それは俺にもわかるよ。ところで、旦那は負けたらしいな」
「ふん。上には上がいるのが世の中だ。しかし負けたことを物珍しげに言われるのは、評価されているということと受け取ってもいいな」
正美、アドニス、オンドレイが和やかに会話をしている一方で、少し離れた場所で、新居と真と勇気と鈴音が、真顔で向かい合っている。
「随分と大胆な方針に出たな」
新居から告げられた作戦内容を聞き、勇気は眉をひそめた。
「大胆? この程度でか? 俺はこれが最適解だと思っているぜ」
「こんなことして本当に大丈夫なの?」
うそぶくように言う新居に、鈴音が不安げに伺う。
「俺好みなやり方だから許可した。俺はこいつを信じる」
真の方を見て新居がきっぱりと告げる。ここにいる四人だけが知る事だが、これから始めることは、真の考えた作戦だった。
「おいニーニー、その眼鏡の王様と仲良しなのかよ」
「面白い組み合わせだね」
そこに輝明と修がやってきて声をかける。
「いたのか。ピアスチビ」
輝明を一瞥して、露骨に顔をしかめる勇気。
「俺は裏通り中枢代表の指揮官。こいつは国家元首。トップ同士で会話くらいはするだろ」
と、新居。
「ケッ、そうかよ。こいつの言うことは一切聞かなくていいぜ」
「それ以前に輝坊の言うことを聞く気がねーから」
「ああ? ふざけんなよ。意見聞かない暴走指揮官の下でなんかやってらんねーわ」
「そうかそうか。じゃあ輝坊はさっさと安楽市に帰っていいぞ」
輝明と新居が言い合いをしている横で、鈴音が空を見上げる。
「ねえ、あれは何?」
鈴音が指した空に、黒い球体が浮かんでいた。
「市庁舎がある辺りの上だな。あの黒玉が何だかわかるか?」
勇気が眼鏡に手をかけながら、真の方を向いて伺う。
「エネルギー転送装置だと聞いた。でも、具体的なことはわからないらしい」
「それが内通者とやらからの情報か?」
「ああ」
勇気の問いに、真が頷く。
「犬飼の馬鹿が死んだらしいな」
新居が真と勇気を交互に見やって言う。二人ともその話はすでに聞いている。
「デビルと通じていたらしい」
真の言葉を聞き、勇気と鈴音が同時に目を見開く。それは初耳だった。
「そうだったのか。デビルに裏切られたってことか?」
「先に裏切ったのは犬飼だったという話だ」
確認する新居に、真が答えた。
「あのさ、これで全員なの? 助っ人部隊も含めて」
道に大量に集まって目立つ集団を見渡して、修が少し渋い表情で尋ねた。一見して大人数に見えなくもないが、転烙市と事を構えるにしては、少ないような気もする。元々いた人数も聞いていた。ようするに――
「全員じゃないが大半だ。言いたいことはわかるぜ」
新居が息を吐き、真の方を向く。ようするに追加で送られてきた部隊が少ない。
「援軍の数はかなり絞られている。数を絞った理由はわかるが、綱渡りにも程があるぞ」
新居がシリアスな表情で、再確認するかのように言う。
「大量虐殺されるよりマシだ。雪岡に本気を出させずに戦い、勝利するしかない」
真が言った。人数を絞るように要求したのは真だった。その理由は――
『これより硝子山悶仁郎市長より、転烙魂命祭開催の挨拶を行います』
街中にあるスピーカーより、そんな音声が流れた。
「祭り前の市長の挨拶って何だよ」
輝明が苦笑気味に呟いた直後、スピーカーより悶仁郎の声が流れた。




