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真はまた明晰夢を見ている。夢だと意識していても、夢を操作は出来ない。
真の前に少女がいる。真にとってかけがえのない存在である、真紅の瞳の少女。だが今より幼い姿だ。十歳か十一歳といったところだろう。
「マスター、私はマスターの夢を引き継ぐよ」
幼い純子が決意を込めて言い放つ。
「お前は僕の夢に依存するのか? お前は依存が嫌いだったはずだ」
真が静かに問いかける。純子は容易く誰かに依存する者を好まなかった。自分に依存する者も、自分を崇拝する者も、ラットという区分にして冷遇していた。
「他人の夢を自分に夢に置き換えるのか?」
「そうじゃないよー。依存しているわけじゃないよ。もうさ、これは私の夢なんだよー」
悪戯っぽく言う幼い純子に、真は違和感を覚えた。
「私の夢にようこそ、マスター。ここはずっと覚めない夢。もうマスターがどこにもいかないように、ずーっとここに閉じ込めておくねー」
幼い純子の言葉を聞いて、真は確信した。
(違う。こいつ。マスターとか言ってるけど……違う。つまりこいつは……)
溜息をつく真。
「お前は――」
「おや、気付いた? いや、露骨すぎたかなあ」
純子が笑う。姿は変わらない。
「何故だろうな。夢の中で作り上げた虚像ではなく、確かな意思を感じてしまったよ。気持ちが流れ込んでくるというか……」
そこにいる幼い純子は、真の頭の中で作られたものではない。本物の純子の精神が、夢を通じて接してきている事に、真は気付いた。
「みどりの手引きか? この前の夢もそうか?」
「これが初めてだよ。そして今も真君が見ている夢だよ。それに私の意識が入ったんだ。夢の設定まで操作しているわけじゃない。本当は今夜に――と思ったけど、随分お寝坊さんだねえ。疲れちゃってた?」
真は毎日規則正しい時間に起きる事を純子は知っている。
「今夜に?」
「私の願いへの第一段階が達成される。真君には止められない。それを二人して見届けた後で、こうして夢の中で会おうかと思ったけど、気が変わって先に会うことにしたんだ」
「何のために?」
「君と心を繋ぐため? 私が勝った時、それでも真君が反発しているのは嫌だなと思ってさ。その時には――ちゃんと褒めて欲しいし、認めて欲しいよ。そう思うこと、おかしい?」
純子の言葉を聞いて、真は胸の痛みを覚える。
「お前は前世の僕の目的を、自分の拠り所にしているのか? 依存して――支えにして、それで千年の孤独を旅してきたのか?」
そう考えると、真の胸が激しく締め付けられる。
「違うよ」
全部違うわけではないが、純子は否定する。
「マスターの夢に依存しているわけじゃない。これは確固たる私の願い」
本当にそうだろうかと真は疑いかけたが、純子の想いがダイレクトに伝わり、それは嘘ではないと感じ取った。
「僕が負けることは無いから、そんな心配はしなくていいぞ。そっちこそ、僕に負けた時は潔く僕に従ってもらうからな」
「従うって何?」
「何度も言わせるな。マッドサイエンティストは廃業だ。そしてお前を僕のものにする」
真が力強い声で宣言すると、純子は思いっきり恥ずかしそうな顔になってたじろいでいた。
「あは……あははは……私、そういう台詞にどうにも弱いというか、耐性無いっていうか、あはは……」
(本当チョロいな)
嬉しそうにでれでれと笑う純子を見て、真は微笑ましく思う。
「でも、お前の気持ちもわかった。それは汲んでおく。いや、それは忘れないし、ちゃんと心に留めておくから……。そのうえで、全力でお前を叩き潰す」
意図的に優しい声で宣言する真。
「わかった。ありがとさままま、真君」
純子の姿が消え、真は夢から覚め、瞼をゆっくりと開く。
(あいつは否定していたけど、あいつはやっぱり、前世の僕の夢に縛られている。その呪いを解いてやる)
改めて真は決意した。
***
『全てのピースが揃いつつあります』
高めで柔らかな男性の声が響く。
『母星での我等の天敵であるアルラウネの特性を把握し、活かし、改良し、最大限の効果を引き出せば、君の願いは成就されるであろう』
年配の男と思われる厳粛な口調。
『この短期間で、科学文明を一気に加速させ、都市一つの文明を著しく発展させた才腕、御見事』
次は少し癖のある少女の声。
『貴女の行動力と発想、何より創造の起点となる力にはただただ感服するしかない。雪岡純子』
「私だけの手柄じゃないよー。私に賛同して集まってくれたマッドサイエンティストの皆と、貴方達根人さんの協力があってこそだよー」
ハスキーな女性の声を聞き、純子は笑顔で言ってのけた。
純子のいる研究室には、一見して純子しかいない。しかし多くの意識が純子に向けられている。意識は実験室にある植物に宿っている。
惑星グラス・デューで最も知性の高い彼等の正体は、植物だ。そして彼等は植物と植物の間を、精神で行き来できる。
『謙遜することはない。起点となっているのは貴女だ』
『私達は純子さんの手伝いをしただけですよ』
『我々は君達地球人と違い、想像力と創造力に欠ける。これらは知能の高さと比例はしない』
『地球人の中には、IQが著しく低い知的障害者でも、創造に長けた者がいますしねえ』
『そして地球人の中でも、人種や国家の違いで、この創造力が異なる事もまた、厳然たる事実。我々も種として、創造力が乏しい。しかし地球人がそうであるように、我々もまた、成長の可能性がある』
『僕達は貴女の手伝いをする事で、創造の学習をさせて貰っている。年月はかかるかもしれないが、僕達も創造力を高めることが出来るよ』
次々と喋る根人達。最後に口にした台詞が、根人達が純子に協力した真意だ。
『懸念が一つある。我々はアストラル、メンタルのエネルギーの移動は容易に出来る。精神世界の距離感は、物質界での距離とは異なるからな』
『でもエーテルの力は物質界を経由せねばなりません。硝子山悶仁郎氏が作る、大規模な転移装置を用いて転送するつもりのようですが、果たして上手くいくのでしょうか?』
「そんな博打を打たなくてもいいんじゃないかって、そういう心配だよね? 私はこっちの方が上手くいくと思ってるんだ」
それまで黙っていた純子がようやく口を開き、己の考えを述べる。
『貴女がそう仰るのであれば、それに合わせます』
『自分はあくまで反対だが、方針を決めるのは君だ』
『不安はあるが……まあ……』
懐疑的だった根人達数名が、やや渋々といった感じで折れた。
『もう一つ、案じている事があります。私達も一枚岩ではありません。純子の目的そのものには、疑問を抱く者が何名かいました』
「世界に調和がもたらされれば、文明の発展は滞るっていう考えだね」
それは四日前、根人の一人が純子にぶつけた疑問であった。
『これまでが停滞していた。これより再び動かす――という弁でしたね。根人達の間でも、貴女の考えは共有していますが、それを聞いたうえでも納得しきれていません。安易に望みの叶う世界。艱難辛苦から離れた世界では、人々はただ与えられるもの享受するだけで、堕落してしまい、創造性を失うのではないかと』
なおも一人の根人が、疑問をぶつける。
「人間は苦難やストレスをどこかで欲している生き物だから、そうはならないよ。例えば多くのテレビゲームは――アクションゲームでもRPGでも、ストレス要素があるからこそゲームって言える。苦難を乗り越えるための試行錯誤や、上達や進歩の喜びを味わうじゃない。もちろん色んな人がいるし、ただ受け取るだけの人も出てくるかもしれないけど、そういう人は元々そういう人なんだって思うよ?」
『なるほど……。私達は地球人のことを把握しきれていないようでしたね』
純子の答えを聞き、疑問をぶつけた根人は納得したようだった。
(根人さん達は、頭はいいんだけどね。私達と価値観の相違が激しくて、どうしてもそこの部分で調整が必要だね)
しかしこちらが出来るだけ砕いて説明すれば、わりとすんなりと受け入れられるし、例え受け入れられなくても、容易く感情的にならずに折れる所が、根人の優れた所だと純子は思う。
やがて根人達の意識がその場から消える。
一人になった所で、純子は先程の、夢の中での真との接触を思いだす。
「依存しているわけじゃない。もう、これは私の夢なんだよ」
真の問いかけに対して、純子は現実で再度答えた。




