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全身黒光りする肌質になったネロが、高速で純子に迫る。
手足の刃で続け様に攻撃する。時折体を回転させて、背中の刃でも攻撃している。
そんなネロの怒涛の連続攻撃を、ギャラリーは固唾をのんで見守っている。
「攻撃も凄いけど、あれさ、全部かわしきっている純子の方が凄くない? 凄いよね? 私は純子の方が凄いと思います」
驚嘆する正美の言葉に、多くの者が同意だった。
「シェムハザ、俺の瞼の裏からは、幼い頃の君の姿が離れない。今のその姿の君を見ても、あの頃の君が重なって見える」
連続攻撃を仕掛けながら、ネロは間近で語りかける。
「君を捻じ曲げたのは俺のせいなのか? 君の大事なものを奪ったヨブの報酬のせいなのか?」
「そんな意識をしたことは無いよ。ネロさんを恨んだことも無いから」
ネロの攻撃を尽く避けきりながら、お馴染みの屈託のない笑みを広げて、純子は答えた。
「お、同じ台詞……遠い昔にも聞いた覚えがある……」
「そう? 私は覚えてないや。すまんこ」
謝罪したとほぼ同時に、純子はネロの両腕肘から先の刃を、両手で掴んで動きを止めた。
「でもこう言ったことは覚えてるんだ。私がネロさんを助けられる機会があったら、例えネロさんが敵だろうと助けるって、そう約束したの、ネロさんは覚えてる?」
「あ、ああ……忘れてはいない」
ネロが明るい声で答え、両腕を掴まれた状態のまま前報に高速で一回転し、背中から生えた刃で純子を切りつけんとした。
その動きも読んでいた純子は、ネロの回転に合わせて手を放して、素早く後方に身を引く。
「千年の間に、私の心は少しずつ欠けていった。ネロさんと同じになっちゃった。涙が出ないんだ」
喋りながら、純子の双眸が赤く光った。
「そ、そうか……」
頷いた直後、人工魔眼からビームが迸り、ネロの体を貫く。
「涙の代わりにビームが出るならオールオッケイッ」
「何もオッケーじゃない」「どうして全てオッケーな理屈?」
ツグミが言うも、伽耶と麻耶は否定的だった。
「お、俺とシェムハザは、わりと歳が近い。おそらく会った時は互いに実年齢だった」
「あれま、そうだったんだー」
いったん距離を取り、互いに次の出方を見ながら会話を交わす。
「つまりあの町は……互いに故郷。つまり俺達は同郷だ」
「すまんこ。故郷には違い無いし、同郷だけど、私が生まれたのはあそこじゃないんだよねー。私の生まれは日本で、人種的には日本人ぽいよー?」
「そ、そうだったか」
「ペドロさんのことを、お、覚えているか?」
「もちろーん。転生したペドロさんにも何度か会ったしー。縁があるみたい」
「そうか。君のことを見て、幸せになって欲しいと言っていた。俺と君が会った時のことだ」
「そっかー」
話しているうちに、ネロは変身を解いた。ビームで貫かれた痕は消えている。
「主の盟により来たれ。第二十の神獣、研固なる光兵! 主の盟により来たれ。第十一の神獣、許されざる盗獣!」
現れた神獣は二体。剣と盾を持つ、眩い光に包まれた真っ白な石像の兵士。刀を携えた、蛙とトカゲを合わせたようなフォルムのヒューマノイド。
「主に背き者よ、宿れ。第一の魔獣、悔い猛き罪狼!」
二体の神獣を呼び出したうえに、自身は魔獣へと変身するネロ。全身に無数の鎖を纏い、無数の杭を全身に撃ち込まれ、目隠しで目を隠され、枷を前肢と後肢にそれぞれはめられた、真っ黒な狼へと姿を変えた。
蛙トカゲ人と光り輝く石像兵士が、真っすぐ純子に向かってくる。ネロは大きく横に回って駆けてくる。
「人喰い蛍」
夥しい数の三日月状の光滅が純子の周囲に現れ、二体の神獣めがけて放たれた。
蛙トカゲ人はあっさりと全身穴だらけにされて消滅した。
石像兵士は盾でガードも試したが、盾を貫通し、体のあちこちを貫かれる。そして盾を持った左腕がちぎれて落ちる。しかし盾が全く効果が無かったわけでもなく、蛙トカゲ人よりはずっとダメージが低い。
片腕になっても体のバランスを崩す事無く、石像兵士は純子の前に迫り、剣を振るう。
純子は避けることはなかった。あろうことか、振るわれた剣を片手で受け止めた。
純子が掌で剣を受け止めた次の瞬間、剣の掴まれた場所が霧状になって消滅し、剣は半分以上消えてなくなった。
石像兵士が驚く仕草をしていると、純子がもう片方の手で石像兵士の頭部を掴み、力を発動させる。原子分解の力を。
頭部も一瞬で霧状になって、完全に消えてしまう。残った胴体も消える。
横から黒狼化したネロが猛ダッシュで迫る。
純子はネロの方を向かず、手だけ突き出して、掌をかざす。
強烈な衝撃波が発せられ、ネロの体が大きく吹き飛んだが、純子も自ら放った衝撃波の反動によって、大きく体をよろめかせた。
ネロは空中で回転して、受け身を取って着地した。そしてすぐにまた駆け出そうとしたが、前脚をおかしな方向に曲げて、大きく転倒して転がる。
「ぐぐぐ……」
ネロが唸り、前脚の再生を待つ。
「純子の方が強そう」
意識が戻っていた来夢が、両者の戦いの様子を見て、ここまでの印象を口にした。
「どうかな。あいつは再生能力に乏しい。オフェンス9以上ディフェンス1未満だ。それでいて接近戦が得手というピーキー性能だ」
真が言った。
「ゲームのキャラか、戦闘マシンを判定するような言い草だな……」
苦笑気味に克彦。
「首をはねられたり脳や心臓を破壊されたりしても、それで死ぬってことは無いようだけど、常人の致命傷が、そのまま敗北に繋がりかねないのも確かだ」
神蝕で補えることは真も知っているが、それは口にしないでおく。そもそも神蝕は再生でも回復でもなく、一時式な増殖による補完でしかない。
「つまり、純子は常に攻撃し続けて、再生能力持ちの相手を削り続け、出来るだけ攻撃を食らわないようにしなくてはならないのだな」
「純子らしいと言えば純子らしい。面白い」
エンジェルと来夢が言った直後、純子が転移した。ネロの真上に。
狼の体に巻き付いた鎖が一斉にほどけて、上にいる純子に向けて勢いよく伸びる。
「あれま。読まれてた」
呟いている最中に、無数の鎖が純子の体を直撃したが、純子は念動力によってガードして、鎖の軌道を片っ端から逸らしていく。
しかし鎖の内、四本は逸らせる事が出来なかった。鎖の三本が、首、右上腕部、左太ももに巻き付き、一本は腹部を貫いて腰まで抜けた。
「雪岡先生っ!」
ツグミが悲鳴をあげる。
麻耶と来夢と熱次郎が真に視線を向けて様子を伺うが、真は両者の戦いを無表情に見つめているままだ。動揺の気配は欠片も見受けられない。
純子はそのままネロの背中に落下し、同時に手刀を振り落としていた。ネロの頭部が切断されて、地面に転がる。
「話したいことはまだ沢山ある……」
地面に転がったウルフヘッドが半回転して、ウルフボディの背中に跨った格好の純子に目を向けて、声をかけた。
「君の感情はどれくらい残っている?」
「言う程消えてないよー。怒りとか憎しみとか、そういう負の感情は結構消えたけど。あ、でも真君達がプロレスごっこしていた時は、ちょっと怒ったかも」
「ふふっ、何だそれは……」
純子が頬を掻きながら答えると、ネロは思わず笑った。
「涙は流れなくなっちゃったけど、でもさ、悲しみの感情は、そこそこ残っていたみたい。それにさ、今……泣きたいくらい嬉しい」
「嬉しい?」
「今、あの時と同じ気持ちなんだ。あの町、子供の頃、ネロさんと遊んでもらったあの時と全く同じ。千年も昔なのに、私はしっかり覚えているし、忘れてないんだよ。今、思い出している。それが凄く……泣きたいくらい嬉しい」
しかし涙は出ない。
「私の子供の頃の友達と言ったら、狂われ姫と、悪魔と、ネロさんくらいだしね」
「ろ、ろくな友達がいない……」
ウルフフェイスをしかめるネロ。喋っている間にネロの頭は胴体に接着する。とんだ時間稼ぎだが、純子はそれも承知のうえで乗っていた。ネロとの本音の会話も楽しんでいた。
「あははは、そんなことないよー」
「シスターはどうだ? あれから仲が良くなっただろう?」
「そうだねえ。マブダチになったと思うよー。でも……」
純子が心なしか寂しげな微笑を浮かべた。
「シスターとの因縁は、私が決着つけると思っていたんだけどな。予感のようで、実際は願望だったみたいだね。私の知らない所で死んじゃったのが、少し悲しい」
「シ、シスターにとって一番の特別は、シェムハザ、君だったと思うぞ。き、君の話をする時、シスターの目は輝いていた」
「そっかー。照れるなあ」
純子が頬を掻く。
再生が済んだネロが、大きく体をはねた。純子は転移して、ネロの上から移動する。
黒狼に変身していたネロが元の人の姿に戻る。
「さーてと、いつまでも喋っているわけにもいかないし、そろそろ……本気出すよ」
純子が弾んだ声をあげ、背伸びして両手を掲げ、指を鳴らす。
「そうか。だ、だったら、お、俺も本気を出そう」
ネロが不敵な笑みをたたえ、闘志を燃やす。
「主に背き者よ、宿れ。終の魔獣、赤き竜!」
「神蝕」
ネロの姿が大きく変貌し、純子の腹から中の物が大量に勢いよく飛び出た。




