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マッドサイエンティストと遊ぼう!  作者: ニー太
96 マッドサイエンティストの玩具箱で遊ぼう
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29

「だいやもんどー?」

「注意しろ! それは――」


 アジモフがかざした宝石を見てホツミが呟き、熱次郎が鋭い声をあげたその瞬間、ホツミと累の周囲の空間が変化した。


「なるほど、陣が張られて、空間そのものが変化するようですね」


 累が喋りながらツグミを見やる。


「僕やツグミが使う力と似ていますが、大幅にコストダウンしつつ、発動の時間が速いという点が異なります。静かに、速やかで、そして鮮やかと言えます」


 アジモフの方を見て称賛する累。アジモフのかけた術があまりにも鮮やかかつスマートであるが故に、防ぐことは非常に困難でるあと累は見なした。気が付くと陣を張られ、その中に入れられてしまうようだ。累でさえ、反応が出来なかった。


「累君、これでどうなるのー?」

「かいつまんで言えば、術を用いた者の思い通りになる空間に閉じ込められたのです。超常の力を弱体化されるか、一方的にダメージを与えられるか、操られてしまうか、何が起こるかわかりませんが、このままでいると、ろくなことにはならないでしょう。熱次郎はただ閉じ込められているだけのようですが、僕に対する扱いは違うはず」


 ホツミの問いに答えている最中、累はじっとアジモフを見ていた。アジモフの視線も、ずっと累に向けられている。無表情でも、明瞭な敵意が彼から感じられた。


「累君だとどうして違うの?」

「彼等のような支配者気取りの方々に、僕は激しく嫌われていますから。実際、悪の限りを尽くしてきましたし、ヨブの報酬と対立した事もあります。神の御使いを僭称し、安っぽい正義の御旗を掲げる彼等が、この機会に僕を見逃すなどありえませんし、彼が僕を仕留める気である事は、こうしてお見合いしているだけでも伝わってきます」


 さらに投げかけたホツミの質問に答えながら、累は穏やかな微笑をたたえて、皮肉たっぷりに吐き捨てる。


「私はライ・アジモフ。ヨブの報酬の戦闘部隊ヤコブナックルのリーダーを務めている者だ。名高いソーサラーである雫野累と一戦まみえる事は、光栄に思う」


 アジモフが唐突に口を開いた。少しも敬意のこもっていない冷淡な口調で、敬意を示す。


「おためごかしはいりませんよ。僕も貴方達のような輩が大嫌いですから」


 累が笑いながら挑発的な言葉を投げかけ、刀を抜いたその瞬間、取り巻く空間に大きな変化があった。


「広がった?」


 ホツミが周囲を見渡す。隔絶していた空間の壁が大きく左右前後に遠のき、二人を閉じ込めている閉鎖空間そのものの面積が広くなった。


 さらに周囲の風景も一変した。路地裏ではない、お花畑へと変わる。空は快晴だ。


「何か来ます。用心を」


 異様な気配を感じた累が、ホツミに注意を促す。


 二人の前方――生い茂る花の中から、それはむっくりと身を起こした。


「あ……」


 現れた異形を見て、呆気にとられるホツミ。


「悪趣味なデザインですね。僕は好きですけど。そしてこの香ばしい匂い……」


 現れたヒューマノイドを見て、累が微笑む。それはフォルムからすると女性だが、衣服を着ているようには見えない。代わりに、全身肌色のどろどろした流動体で覆われている。いや、絶えず全身から噴き出して流れているように見える。


「焼いたバターの匂い……」

「これっ、バターウーマンよっ」


 訝る累の隣で、ホツミが叫んだ。


「何です? それ」

「見ての通り、全身バターだらけの女の子よ。内気でいじめられっ子の女の子が、全身バターを塗りたくられるいじめを受けて、特におっぱいを重点的にバター攻めされ、飛び降り自殺したんだけど、バターウーマンとして生き返って、いじめっ子達に復讐するBホラ映画なの。特に見所なのは、いじめっ子の中にバカップルがいて、その二人がキャンプのテントでにゃんにゃんしている所にバターウーマンが現れて、二人をバターで包んじゃう所だねー。あれは最高にざまあでスカっとしたよー」

「はあ……」


 凄く嬉しそうに語るホツミに、累は溜息混じりの相槌を打つ。


 そのバターウーマンの隣に、郵便屋の格好をして、大きな掲示板を背負った、仏陀ヘアーに醜悪な顔と伸びた首と蜘蛛のような足を生やした、異形の怪人が現れる。


「ああっ、あれは郵政からの仏体XYZっ!」

「それもBホラですか?」

「うん。某有名映画のインスパイアだって監督は主張していたけど、世間からは劣化パクリだと叩かれて炎上した伝説の作品っ」

「混ぜればいいってもんじゃないという見本ですね」

「ええっ!? 続・鮫ゾンビの阿波踊りに出てきたラスボスの本体の、ブレインデッドシャークもいる! あ、こっちにはネクロマングローブの森に出てきた殺人鬼、レイシスト仮面も! それにあの車は、帰ってきたクリスティーンの玄孫! これって全部……あの監督の作品だよ。ルイ・アシモフの……」

「え……」


 今戦っているライ・アジモフと似たような名前がホツミの口から出たので、累はぽかんと口を開く。


(ホツミがこんなにBホラ好きなのは、純子の影響なのでしょう。生まれたばかりの真っ白なホツミに、色々教えこんでいたのは知っていましたが)


 ホツミを一瞥して累は思う。純子の趣味に付き合わされた結果、染まってしまったのだろうと。


「気付いてしまったか。如何にも。私はルイ・アシモフ名義で映画監督をしている。表舞台には極力顔を出さないが」


 どこからともなく、アジモフの声が響く。


「僕とツグミは、絵の中に世界を作ったり、現実に絵の世界を被せたりします。つまり……ここは、アジモフの映画の世界という事ですね」

「大雑把に言えばそうなる。私は時代ごとに名前を変え、もう百年以上もこの仕事をしているが、私が温めた世界観を能力に取り込むことで、より強い効果をもたらせることに気付いた。私の世界を存分に味わってくれ」


 大真面目な声でアジモフが告げると、異形達がゆっくりと動き出した。


(あの木石のような男がB級ホラー映画の監督とは、全くイメージがあいませんね。しかも監督名は僕と同じとか……)


 花畑の中を、こちらにゆっくりと向かってくる十体以上の異形の群れ相手に、累が身構える。


 多くの異形が緩慢な動きの中、一体だけ高速で向かってくるものがあった。赤い車体の車だ。ボンネットには斜めに大きな傷がついている。


「悪因悪果大怨霊」

 累が片手をかざし、黒色極太ビームを放つ。


 ビームが赤い車に直撃し、爆発炎上する。車体が一瞬大きく跳ね上がる。


 だが車は止まらなかった。炎上したまま累とホツミめがけて猛然と突っ込んでくる。


(特殊な空間であるが故か、陣の影響か、術の出力が弱めになっています。30%から40%くらいといった所ですか)


 車そのものを消し飛ばしてやるつもりの威力で術を放ったのに、車が形を保って健在している事実を見て、累はそう判断する。

 世界を瞬時に構築し、あっという間に二人を引きずり込み、そのうえ弱体化まで施す。アジモフの術のクオリティーの高さに、累は改めて感心していた。累も同系統の術を使うが、自分よりずっと高度な使い手だと認めざるを得ない。


 ホツミは上空に飛んで逃げ、累はぎりぎりまで引きつけてから横に跳んで避けた。


 車の荷台の蓋が跳ね上がる。むせかえるような香ばしい匂いが周囲に立ち込める。


(あのバターの匂い……)


 累がそう思った次の瞬間、荷台の中から飛び出したバターウーマンが、累めがけて覆いかぶさってきた。

 バターウーマンが累の体をぎゅっと抱きしめる。彼女の体から溢れるバターが、まるで別の生き物のように動き、累の服の中へと入り、累の全身にまとわりついてくる。


「あああ……累君がバターまみれに~」


 ホツミが嘆き、骨と目玉で出来た杖を振るおうとしたが、累が手で制する。


(助けなくていいの? まあ累君だから……。私には自分の戦いに集中しろってことかな?)


 殺気を感じ、前方を見るホツミ。血塗れの鮫が、ホツミめがけてゆっくりと飛んでくる。


「ブレインデッドシャークぅぅぅぅっ!」


 ホツミが叫び、杖からピンクの光線を放つ。


 血塗れの鮫は光線を食らい、その体の半分が塩の塊となったが、落下することはなく飛び続けている。


「え? 光線弱い? それともブレインデッドシャークが耐性ある? いや……私が弱くなっているんだ」


 ホツミもいつもの自分の力が出せない事に気付く。


 しかも塩化したブレインデッドシャークの体から、塩が剥げていき、元の体へと戻る。


 ブレインデッドシャークだけではない。爆発炎上していた赤い車も、炎が消え、破損個所が復元している様を、ホツミは確認した。


「元に戻っちゃうんだ。どうしたらいいんだろ、これ」


 空を飛んでブレインデッドシャークから距離を取り、ホツミは再び累を見る。累はバターウーマンに抱きしめられたままだ。


「綺麗な子……。嗚呼……私……幸せ……。こんな綺麗な子と抱き合えるなんて……。こんな綺麗な子にバターを塗れるなんて……」


 バターウーマンが感激にむせびながら、累を抱きしめ続ける。


 累は間近でバターウーマンのバターまみれの顔を見つめ、にっこりと笑った。


「では……あと二十秒だけ、こうしてあげます。残り二十秒、堪能してください」


 バターウーマンの耳元で、優しい声音でそう告げると、バターウーマンの体を抱きしめ返す。

 殺すべき相手に優しくされたことで、バターウーマンは感激したのか、累をすぐ殺そうとはせずに、より一層強く抱き返した。


「はい、二十秒経ちました。おしまいです」


 五秒後、累はそう言ってバターウーマンを振りほどき、妖刀妾松でバターウーマンを縦一文字に切りつけた。


「えっ……えええ……そんな……二十秒早過ぎぃ……。いや、こんなに早いわけが無いわ……。騙した……のね……」


 愕然としたバターウーマンが、恨みがましい目で累を見ながら崩れ落ちた。


「敵ですし。騙される方が悪いでしょう?」


 累が体中についたバターを払いながら、笑顔で告げる。


 バターウーマンが身を起こす。傷口がみるみるうちに塞がっていく。


「ユ・ル・サ・ナァアァァァイ!」

「黒いカーテン」


 怨嗟に満ちた声で叫び、再び抱き着こうとして大きく腕を広げて飛びかかってきたバターウーマンであったが、累の前方に黒い布のようなものが広がったかと思うと、バターウーマンの体を包み込み、黒い布もバターウーマンも消滅する。


「それで~?」


 暗黒惑星に送り込む術をかけられ、この場からいなくなったはずのバターウーマンが、再び累の前に姿を現し、嘲るような声を発する。


 赤い車が累めがけてまた突っ込んでくる。累は転移してかわす。


「ねね、累君。キリがないよ~」

 ホツミが累に声をかける。


「ここはアジモフの世界ですからね。アジモフの世界の住人はすぐに復元されるでしょう。とはいえ、イメージ体とはいえ物質を伴っています。アジモフの力で作られ続けているのですから、無限に湧き続けるなど有り得ません。限界は必ずあります。つまりは力と力の根競べです」


 累が解説する。


「しかし妙ですね。攻撃がぬるい」


 不審がる累。未だ十体以上いる異形のうち、三体しか先頭に参加していない。他は緩慢な動きでこちらに向かってきてはいるが、積極的に戦いを挑もうという気配が感じられない。


「時間稼ぎされてるだけとか~?」

「それも考えられますが、外に残っている悶仁郎の影響とも考えられます。外とこことで一対三の戦いになっているという可能性です」


 累は思案する。ホツミの言うように時間稼ぎ目的であれば、さっさとこの空間を出ることを考えねばならず、自分の予測通りに悶仁郎の影響であるなら、逆にこちらが時間稼ぎやアジモフの消耗を狙った方がいいのではないかと。


***


 妖刀柔肌破りが振るわれる。


 アジモフは避けたつもりであったが避けきれず、袈裟懸けに切り付けられた。


 再生能力には自信があるアジモフであるが、だからといって無駄に力を消耗したくもない。ただでさえ今は、閉鎖空間に引きずり込んだ累とホツミも相手にしているのだ。


「あの二人を瞬時に引きずり込むとは、其処許も中々やるものよ。しかし……故に拙者も高みの見物とはいかなくなったわい」


 不意打ちをかけた悶仁郎が笑う。その輪郭が激しくブレている。まるでピンボケ映像を見ているかのような姿になっている。それが何を意味するかは、空間操作の術に長けたアジモフにはすぐにわかった。


 アジモフが宝石をかざす。エメラルドだ。


「無駄無駄。残念ながら、拙者の方が、其処許より、空間を操る力はちいとばかし長けておるぞ」


 楽しそうに言い、悶仁郎が刀を横に払う。するとその動きに合わせるかのように、悶仁郎の体が五体に増えた。


(分身……しかし幻影でも残像でもない。実体が増えた)


 常に笑みを張り付かせた悶仁郎を見て、これは一筋縄ではいかないとアジモフは改めて気を引き締めた。

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