表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
マッドサイエンティストと遊ぼう!  作者: ニー太
96 マッドサイエンティストの玩具箱で遊ぼう
3267/3386

25

 モニカ・イグレシアスは生まれる前から、ヨブの報酬の戦士となる宿命にあった。彼女の家系がそうであったが故に。

 イグレシアス家は極めて厳格な家庭であり、この家に生まれた時点で、人生はヨブの報酬に捧げられる運命であり、ただそのためだけに育て上げられる。モニカの兄弟姉妹達は皆、その運命を疑い無く受け入れていたが、モニカだけは違った。


 ネットも交友関係も厳しく制限され、外界の刺激を極力受けさせず、家計の思想に染めあげるイグレシアス家であるが、完全に社会と隔絶する事は無理が有るし、社会の学習と勉学のために、学校くらいは行かせる。モニカの場合、その学校での出来事が、変わるきっかけとなる。

 家訓では友人は作ってはいけないというルールであったし、その学校も同様のルールがあった。勉学に集中させて、一切の遊びを禁止し、友人を作る事も禁止させる校則で、英才教育を行っていた。しかしモニカのクラスメイト数名が、この校則を公然と破ったのだ。


 彼等は賢く、巧みだった。友人を作って遊んだ事を教師に咎められる場面を、生配信して世界中に伝えた。リアルタイムでは視聴者も少なかったが、やがてバズって、世界が注目するに至り、子供の人権を高らかに訴え、この学校は激しく非難されるに至る。

 モニカはそのグループに加わっていたわけではないが、彼等のやり方にすっかり感動し、モニカの人生観を大きく変えた。兄弟の中で唯一、親に反抗するようになり、気が付いたらすっかりグレていた。


 親はモニカに愛想を尽かし、捨てようとしたが、そんなモニカの事を、ヨブの報酬の精鋭部隊ヤコブナックルが目をつけた。


「君がいくら運命を嫌っても、ヨブの報酬を嫌っても、君はそういう風に育てられた。他の生き方は難しいだろう。出来ないとは言わない。しかし難しい。君は戦士として育てられたのだ。そして君には戦士として高い適正がある」


 ヤコブナックルのリーダーであるライ・アジモフが、モニカの前で無表情に語る。


 モニカはアジモフの言葉を無視し、一人で社会に飛び出した。十四歳の時の事だ。

 そしてすぐに行き詰った。低賃金。退屈な労働。全てがモニカの不満へと繋がり、彼女の心はあっさりと折れ、ヤコブナックルの一員に収まる。


 収まったはいいが、モニカはヨブの報酬の教義など微塵も信じていない。常に反感を抱いている。楽して稼げる場所程度にしか受け取っていない。


 ずっとそういう気持ちだった。乗っている飛行機をミサイルで撃ち落とされ、アジモフ以外の同僚全てを失うまでは。


***


 さらに一日経過し、転烙魂命祭まであと一日となった。


(あと一日か。間に合うのかしらねえ……)


 裏路地で煙草を吹かしながら曇り空をぼんやりと見上げ、モニカは思う。


(皆死んじまった。あいつらと一緒にいる時、楽しかったんだなあ。あいつらのこと、私は大事だったんだなあ……)


 喪失感は虚無感を呼び、モニカは日々淡々と地味な作業に従事している。

 仲間のことは大事だったが、復讐心や怒りは無い。そんなものは沸かない。それがモニカの性質だった。


(さっさと戦いにならないかなあ。派手にやりあって、この命も散らしちゃいたいよ。退屈は地獄だわ)


 しかし物事が万事うまくいけば、戦いにはならず、そして死ぬ事になる。


 陣を張る合間に休憩しているアジモフとネロを見やる。


「ネロもアジモフも、ここで死ぬつもりなんだよねえ? ヨブの報酬の再建するって言ってたけど、本当はネロ、そのつもりは無いのよね?」


 煙草を口から吹いて捨てながら、モニカは尋ねる。


「私、生き残っていい? もうヨブの報酬と離れて、別の人生歩みたい」


 心にもないことを口にするモニカ。本心ではそんなことは望んでいない。ヨブの報酬の一員として、ここに残って戦って死にたくている。


「強制は……しない。今抜けても咎めない」

「ネロにも私にも、咎める気力も無い――が正解だ」


 ネロとアジモフの答えを聞いて、モニカは笑った。


「あははは、嘘よ。私も残る。これで最後なんだし、付き合うよ。駄目だって言われたら、抜けてやるつもりだったけどね~」


 悪戯っぽい笑みを広げて言い放つモニカに、ネロは一瞬だが口元を綻ばせた。アジモフは無表情のままだ。


「最後の戦いの幕引きに付き合うシチュエーション、悪くないよ。第一さぁ、私が抜けたら、むさくるしい野郎二人になっちゃって嫌でしょー」

「そ、そうだな。これがヨブの報酬の最後の戦いだ。シェムハザと……雪岡純子と共に差し違える形で、我等の二千年の歴史は、幕を閉じる。お、俺はその半分ほどしかいないが……」


 ネロがモニカに同意し、瞑目する。


「二千年も生きたっていうあのシスターが、あの人が、あっさり死んだってこと、私には未だに信じられないよ」


 しみじみと言うモニカ。


「千年生きた俺やシェムハザも、ここで、永過ぎた人生に……ま、幕を下ろす……」


 ネロが瞑目して告げる。


「あ、そういうこと言われると私、また気が変わっちゃう。私は何とか生き残って一人で、ヨブの報酬を再建してみるわ」


 モニカが冗談めかして言う。


「そそろそろ再開しよう。そろそろ……陣が整う。け、結界を作動させるまであと一息だ」


 ネロがそう言って立ち上がったその時、複数の気配の接近を感じた。


 三人が身構える。やがて複数の男女が裏路地に現れ、三人と対峙した。


「とうとう見つけたっ」

「先に連絡をしないとっ」

「陣形を取れ! くれぐれも油断するな!」


 現れた集団が緊張した面持ちで口々に叫ぶ。


「こいつらは転烙ガーディアン……じゃなくて、PO対策機構かな。スムーズにはいかないもんだね」


 敵の出現に、モニカの口調は弾んでいる。スムーズにいかなくてよかったと、敵の来襲を歓迎していた。


「数が多い。油断は禁物だ」

「ふ、踏ん張るぞっ」


 アジモフが緊張感の無い声で言い、ネロは気合いの入った声で呼びかけた。


***


 純子がワグナーの研究所ラボに訪れると、勤一と凡美、そしてデビルの姿があった。


「昨日からずっとこうしていますよ。色々と検査をさせてもらい、治療も施しました。その間、全くの無反応です」


 膝を抱えて蹲って落ち込んでいるデビルの方に顔を向け、ワグナーが溜息混じりに言う。


「デビルがこんなことになっちゃうなんてねえ。よっぽど酷いことがあったんだろうけど……何なんだろ」


 純子が意外そうにデビルを見て呟く。


(自分でも驚いている。自分がこんなにショックを受けて、傷ついている事実に驚いている。信じていた者の裏切られる事、見捨てられる事が、こんなに痛みを伴い、心を弱らせるものだとは知らなかった)


 そう思いながら、デビルは顔を上げて純子を見た。


「あ、ようやく反応した?」

 凡美が声をあげる。


「純子……」


 デビルが小声で純子の名を呼び、安堵したかのように息を吐く。目が潤んでいる。


「どうしたの? 何があったの?」


 激しく保護欲をくすぐられて背中にぞくぞくする心地好い感触を覚えつつ、純子はデビルに声をかけた。


「頼みが……ある」

「なーに?」


 デビルが掠れ声で言うと、純子は屈託の無い笑顔でデビルの口元に自分の耳を寄せた。

 それからデビルが口にした頼みを聞き、純子の笑みが消える。


「一応、詳しい事情を聞いてもいいかなあ。納得してから協力したいから」

「わかった……。でも、君以外に話すのは……」


 デビルが勤一達を一瞥する。


「場所を変えよっか。おっと、ちょっと待ってね」

 純子が電話を取る。


「PO対策機構がヨブの報酬の残党を見つけたってさー」


 勤一と凡美の方を向いて、純子が電話の内容を告げた。


***


 ネロ達発見の報を聞き、転烙市各地にいるPO対策機構のチームが、現場に向かっていた。

 その中で最も近かったのは、オンドレイ、正美、プルトニウム・ダンディーの面々だった。駆け足で現地に向かう。


「すぐ側だな。上手くいけば天使が立ち去る前に地獄に落としてやれる」

「ふん、敵を天使と称するのか」


 エンジェルの言葉を聞き、オンドレイが鼻を鳴らす。


「宗教系の秘密結社だから、今回はそう見てもいいかも」

 と、来夢。


「それおかしくない? おかしいし、おかしいよね。おかしくておかしい。笑っちゃう。だって神の御使いを名乗っておいて、結局神様から見捨てられて風前の灯火の運命とか、何かウケるんですけどー」

「正美ってわりと性格悪い?」


 本当におかしそうに笑う正美に、来夢が半眼で言った。


「何それ失礼しちゃう。ここは笑う所だし、私は性格悪くありませーん」

「まあ、皮肉な構図だし、ある意味笑い話であることは確かさ」


 正美がむっとして言い張ると、マリエが正美に同意した。


「近いですっ。そこの裏路地ですっ」

 怜奈が道の脇の裏路地を指す。


 七人が裏路地に飛び込むと、すでに戦闘は終わりかけていた。


 裏路地の中にある三又路に、あちこちに死体が散乱している。異様なまでに派手に血が飛び散っており、転がる死体も破損が酷い。

 生き残っている転烙ガーディアンの面々もいたが、今正に戦意を失くして逃走する寸前といった所だった。


「ふんっ。敵はたった三人だというのにこの有様か」


 散らばる亡骸と、ネロ、アジモフ、モニカの三名を見て、オンドレイはまた鼻を鳴らした。


***


「ネロ達を発見したらしい」


 PO対策機構からの報告を受けた真が、ホログラフィー・ディスプレイで地図を投影し、発見場所を見せる。


「結構ここから距離が離れている」

「着いたら終わってそう」


 地図を見て伽耶と麻耶が言う。


「あのさ、今なら空の道使ってもいいんじゃない?」

「そうか。今はPO対策機構と転烙市が一時休戦中だし、使っても問題無いぞ。そうしよう」


 ツグミが提案し、熱次郎が同意した。


「他の連中にも行っておくか。空の道を使って向かうように」


 気付いている者もいるかもしれないが、気付いていない者の方が多そうだと判断し、真はPO対策機構のSNSに報告した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ