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勇気の滞在しているホテル。勇気を護っているスノーフレーク・ソサエティーの仕事の関係か、警備が薄くなる時間があると犬飼に教えられて、デビルはその時間を選んで向かった。
ホテルのロビーには勇気がいた。しかし勇気以外に三人いる。鈴音と政馬と雅紀だ。
最近の勇気は、常にスノーフレーク・ソサエティーの面々と行動を共にして、常に大人数で、手を出しづらかった。今はいつもに比べて確かに人数は少ない。しかし、それでも四人いるとなると少々骨が折れる。そして彼等が腕利きだという事もわかる。
(今回、人の少ない時間帯を教えてくれただけじゃない。犬飼も手を回してくれている)
襲撃のための便宜とやらが何であるかは聞いていない。サプライズとのことだ。
(先にサプライズと言ったら、サプライズにならないような……。でもどんな事をするのか、楽しみだ)
そう期待して、何が起こるか待っていたが、特に何も起こらない。
何より隙が中々見当たらない。雑談している一方で、常に周囲に気を張っている事がわかる。
デビルは予め四体に分裂している。四方から一気に攻めるつもりで、ロビー内で二次元化して保護色で潜んでいる。
(この警戒具合では、人数が少なくても奇襲の意味はあまり無い)
例え人数が少なくても、犬飼のサプライズ便宜とやらが無いと難しいと、デビルは見た。
そしてその瞬間は訪れた。電話が鳴ったのだ。
ほんの少しだけ、全員の注意が電話に向いたその刹那の瞬間をデビルは見逃さなかった。
二次元化したまま、保護色のまま、四体のデビルが四方から勇気に迫る。途中で気付かれる事はわかっているが、そのまま突っ切るつもりでいる。そして上手くいくと思っている。
「パラダイスペイン」
だが、十分に接近する前に、鈴音が爪の間に針を刺して、能力を発動した。
四人のデビルのうち二人が、衝撃波で吹き飛ばされた。
鈴音も電話に注意が向いていた。視線も向けていた。こんなに早く反応するなど有り得ないと思いつつ、残る二人が勇気に襲いかかる。
「ヤマ・アプリ。新・独房」
政馬が能力を発動させる。
デビル二人は勇気に飛びかかったが、途中で軌道が逸れて、あらぬ方向へと吹っ飛んでいった。
勇気の周囲に薄い空間の膜が出現している。接近したものは空間の歪みによってあらぬ方向へと飛ばされる能力だが、この力は政馬の消耗も激しい。
「しつこいね。また来たんだ。これで何度目?」
デビルを見て、うんざりした顔で大きく息を吐く鈴音。デビルが来るのはわかっていたが、それでも言ってやりたかった。
「堂々と姿を現してくるとは、お前らしくないな。それとも何か策が有るのか?」
勇気が問う。その質問の意味が一瞬わからなくて、四人のデビルは一斉に目をぱちくりさせる。
「雅紀、結界は? 大丈夫?」
「ああ、張ってある」
(結界?)
政馬が伺い、雅紀が髪の毛を巻いていじりながらにやりと笑い、デビルは激しく動揺する。
(結界を張っていた。張っている。つまりそれって、僕対策? でも結界っていうものは、固定された場所に張るものだかに、つまりそれって、僕が来るために予め? つまりそれって、僕が来るのを待っていた?)
この流れを見ると、彼等の言葉を聞くと、デビルにはそうとしか思えない。
(四人でずっと同じ場所で待っていた? わざと人数減らしてみせて、罠にかけた?)
デビルの中で、決定的な疑いが生じた。犬飼は便宜を図ると言っていたのに、この様だ。つまり犬飼の企みが勇気にバレていたか、犬飼が自分を裏切ったのか、どちらかだ。そしてデビルは真っ先に後者の可能性を思い浮かべた。
(犬飼がそんなことをするわけが……いや、ある。僕がそうであるように、犬飼だってそれをやってくる。絶頂から奈落へと突き落とす。絶頂だったかどうかはわからないが、今後こそいけると思ったチャンスで、絶望を与えた。そう、これは犬飼にぬかりがあったと考えるよりも……犬飼が僕を見限り、奈落に突き落とすために背中を押したと考えた方が自然)
犬飼に他意が無いと考えれば、色々とおかしい。全て裏目に出ている。見事にハメられている。犬飼もハメられているという可能性もあるが、しかし逆に犬飼が自分を裏切ったと考えると、全て合点がいってしまう。
確信は無い。疑念の段階だ。しかし犬飼の性格も考えると、充分に有り得る話だ。飽きた玩具は壊して遊ぶ。犬飼も自分と同じだと、その点に関してのみ、デビルは確信している。
四人いたデビルのうち、一人は鈴音の攻撃で大ダメージを受けて、動けなくなっていた。もう一人は何とか動ける。何とか立ち上がる。
(いっそこっちも三人でそれぞれに襲いかかった方が堅実だった? いや、罠だったらそれさえも無意味)
デビルがそう思った直後、勇気が大鬼の巨大な足を呼び出し、鈴音から攻撃を受けて、立ち上がったばかりのデビルを踏み潰した。
「残り二匹だ」
勇気がデビルを見る。
「ヘーイ、勇気兄とその他大勢、もういいぜィ。あとはあたしがやるよォ~」
その時、ロビーの奥から声がかかり、薙刀の木刀を持ったみどりが笑顔で現れる。
「頼んだぞ。かいわ……いや、もや……」
「わざと間違えている振りしてるんだよね? それ」
勇気の台詞を受け、みどりの笑みが苦笑いへと変わった。
「勇気兄達、悪いけど引っ込んでてよ~。聞かれたくない話も少しするからさァ」
「わかった」
「気を付けてね」
みどりの要望に勇気が頷き、鈴音が声をかけて、それぞれホテルの奥へと引っ込んでいった。
デビルは四人の後を追おうとはしなかった。追っても無駄だとわかっている。返り討ちにされるだけだ。そして突然現れたみどりに目に釘付けになっていた。
「イェアー、久しぶりぃ~」
デビルに向かって、みどりが歯を見せてにかっと笑う。
(僕がまだハチコーと一緒にいた時、真達と会った時に一緒にいた髪の長い子)
それくらいにしか覚えていない。しかし改めて向かい合うことで、デビルはみどりに深い縁を感じていた。
「誰?」
自分とどういう縁があるのかというニュアンスで問う。
「あたし? あたしを見て誰かわからない。見ての通りの姫様だよ。死に魅せられ、死に惹かれて、死を引き付けて呼び寄せる。そんな呪いが魂にかけられた、狂った姫様さァ」
「何を言ってるのかわからないけど、不思議な言霊を感じる。引き付けられる」
「イェア、そりゃそーだろォ、あんたがみどりの魂にそういう呪いをかけたんだ。悪魔」
みどりは不敵に笑いながら、薙刀を振りかざして構えた。
「ま、呪いはもう薄まっている。あるいはとっくに解けているのかもしれない。あたし自身が死の魅力から目を背けようとしないだけなんだよね。千年前のあたしは、呪われた時、本当は怖がっていたくせにさ。そして今のあたしは、記憶と力を維持したまま転生を繰り返し、死を弄び続けている。あんたから受けた呪いを、あたしが歓迎して受け入れちまっている。それもまた呪いの範疇? ま、どーでもいいんだけどォ~」
デビルにはみどりの話がよくわからなかったが、それにしても他人事だとは思えない。惹きつけられる。詳しく知りたいと思ってしまう。
「あんたは死を超越した存在になったらしいじゃん? 上っ等ッ。死神と悪魔、どっちが強いよォ? 死神プリンセス様のみどりが、あんたに死をくれてやらァ!」
みどりが威勢よく啖呵を切ると、二人いるデビルのうちの一人へと一気に突っ込み、薙刀を袈裟懸けに振るった。
デビルは薙刀を避けたつもりであったが、避けた直後、下から顎に強烈な一撃を食らって、大きくのけぞって倒れた。みどりは袈裟懸けに振った直後、石突を跳ね上げたのだ。
もう一人のデビルがみどりを横から襲うが、みどりは襲ってきたデビルの方に向くと同時に薙刀を振るう。
今度は石突の一撃を考慮して、デビルは大きく横に避け、そのままみどりの横にまた回り込み、腕を振るう。
デビルは腹に痛みと衝撃を食らい、素早く後退した。気を付けていたはずなのに、みどりは薙刀を横に振るって、石突でデビルの脇腹をしたたかに打ち据えたのだ。
「どうやら死神の方が悪魔より強そうだぜィ」
二人のデビルに交互に視線を送り、みどりはうそぶいた。




