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夕方。純子はネコミミー博士とミスター・マンジと共に、回収した大石の遺体から、陰体のデータを解析していた。
「細胞の崩壊具合、神経や筋線維に対する負荷、中々いいデータが取れているねえ。色々と新しい発見もあったし、大石さんは頑張ってくれたよー」
純子の台詞を聞き、ネコミミー博士は怪訝な表情になる。言葉だけ聞いてみれば称賛や感謝の念を口にしているが、純子の口調が非常に冷めており、酷薄な印象があったからだ。今までネコミミー博士はこのような純子の声を聞いた事が無い。
実際純子には、感謝の念は無かった。道具として使われたい人間を、お望み通り道具として使い切ってやったという、ただその事実を口にしただけである。道具となった時点で、純子の感覚としては人として見れない。
「ムッフッフッフッ、霧崎教授は立ち会わないのかね?」
ミスター・マンジが尋ねると、純子は複雑な表情になった。
「んー……霧崎教授、私がワグナー教授を切り捨てようとしているみたく見えるらしくてさあ、ちょっと怒ってたかなあ」
「あれは僕にもそう見えたよ。約束が違ってるし、ワグナー教授が可哀想」
眉をひそめるネコミミー博士。
「んー……皆に言われる。私は切り捨ててはいないんだけどなあ……。クローン製造販売を中止にしたわけでもないし」
「この方針転換は、味方陣営にも悪い影響を与えると思うんだけどなあ。純子さんのこと信じられなくなっちゃう人も出てくるよ? 今からでも出来るだけフォローする姿勢を見せないと」」
ネコミミー博士が言いづらそうに注意する。
「そうだねえ。難しいけど」
作業を止め、本当に難しそうな顔になって思案する純子。
「発端になったのは美香ちゃんだし、彼女も交えて、ワグナー教授とゆっくり話してみるよ」
むしろ最初から、美香が発端になる事を期待していた純子であるが、それは言わないでおいた。
***
美香とクローンズと熱次郎は、喫茶店でワグナーの過去を調べていた。
おぞましい人体実験の数々だけではなく、クローンを作って社会に溶け込ませた結果が知れ渡り、一時期大きな話題になっていた事や、周囲への影響なども実験を行っていたことがわかった。
「すげえ叩かれようだわ……。それでいて捕まりもせず逃げおおせたわけか」
二号が唸る。
「クローン製作のためにここまで熱をあげる人がいるから、私達も生まれたのでしょうか?」
「この人の研究成果も、私達の誕生の下地になっているでしょうね」
哀しげに言う十三号と、虚しげに言う十一号。
「でもこの人の熱の入れ方は常軌を逸しているように見える。クローンに取り憑かれているというか、クローンが全てという勢いだ。俺もマッドサイエンティストの端くれだし、この情熱だけは見習わないといけないのかな」
と、熱次郎。
「そういやこの犬ッ子、頭だけ純子のクローンらしいけど、体はどっからもってきたのよ?」
二号が熱次郎の方を向いて尋ねる。
「知りたくないな……。拒絶反応を避けるため、異なるDNAを上手く適合させる必要があって、色々苦労したらしいけど。実際には実験台はもっと何人もいて、生き残った俺とマコは奇跡の産物らしい……」
熱次郎が若干嫌そうな顔で答える。
「そもそも脳だけの部分クローンを作ろうとしたコンセプトは何なわけ?」
「二号! 出生理由を根掘り葉掘り聞くな!」
「いいじゃん。お互いクローン同士なんだしさー」
美香が二号を注意したが、二号はにやにや笑って受け流す。
「純子がまるごと自分のクローンを作ることを嫌がったから、クローン製作していたマッドサイエンティスト達は、脳だけ、体だけと、それぞれ別個のクローンを作ったと聞いた」
熱次郎が言い、美香の方を見た。
「美香、ワグナーとクローン製造販売の件、俺にも協力させてくれ。俺にとっても他人事として無視できない」
「おっけーにゃー、わんちゃんにゃんちゃんコンビで、仲良くやるにゃー」
「お前のにゃんちゃんは口調だけだろ~」
真剣なまなざしで申し出る熱次郎に、七号が了承を出し、二号が突っ込む。
「私が了承する前に勝手に了承するな!」
「ひぃぃっ、ボスがぷんぷんにゃー」
「うちらのボスは超狭量で超癇癪持ちだから気を付けろよー。すぐに血の雨が降るぞ~。ぐぷぎぎぎぎぎっ!」
「ああ! こんな風にな!」
「お、おう……気を付ける……」
二号にスリーパーホールドをかける美香を見て、熱次郎は苦笑いを浮かべる。
「しかし実際どうするんだ? 工場を潰すとなると、作りかけのクローンや作ったばかりのクローンまで死ぬ事になるから、それは出来ないとなると……」
「いい案は……思い浮かばん!」
熱次郎の問いかけに、美香は泰然と答える。
「犠牲もやむなしで、お構い無しにぶっ潰すしかねーだろー」
「それはだめにゃー」
「私は断じて反対です」
二号が言うも、七号と十三号が反対する。
「はあ? いい子ちゃんぶって手こまねいていたら、どんどんクローン作られて、悲劇も量産されるんだぜー? それでもいいのかよ?」
二号が険のある表情と声で伺うと、美香もクローンズも押し黙った。
(ワグナーの主張を真に受けるなら、そして今ここにいる皆を見た限り、クローンの製作がイコール悲劇、イコール悪とは限らないと思うんだが……)
熱次郎が思ったが、それは言わないでおいた。
***
夜。
「勇気のことは諦めた。冷めた」
犬飼の元に戻ったデビルが、つまらなそうに吐き捨てる。
「常に側にいることも出来ない。気配を消し続けるのも疲れる。たまに近近づいても護衛だらけ。隙を見せたと思ってちょっかいを出したら罠。だからもういい。冷めた。諦めた。冷めた。冷めた。冷めた」
「え? そうなのか……。ここにきて気変わりかよ。んー……複雑だな」
ぶつぶつと同じ言葉を繰り返して愚痴るデビルに対し、犬飼は意外そうな声をあげて、デビルの興味を惹く言葉を口にする。
「何が言いたい?」
「いや、俺の気持ちとしては――最初はお前が勇気を殺すことに乗り気じゃなかった。でも考えが変わってさ。勇気がいると俺も活動しにくい部分があるし、デビルに協力して、勇気を殺させるプラン考えてみるかと思って、準備を整えていたんだよ。でも……お前にその気が無くなったなら、このプランも無駄になったな」
「聞かせて」
犬飼の言葉を受けて、デビルはあっさりと乗ってくる。
その後犬飼がプランを説明した。そのプランは非常にシンプルであるが、犬飼も協力する形だった。
「……てなわけだが、どうだ? いけそうか? いや、やる気になったか?」
「いけそう。やる気になった」
伺う犬飼に、心なしか弾んだ声で答えるデビル。
(やはり犬飼は頼りになる。ちゃんとアドバイスにも従っておけばいい。僕の中の変な反発心を犬飼に向けて、意地を張ってもいいことはない)
実際デビルはすっかり気をよくしていた。犬飼のことがとても頼もしく思えた。
(問題は立場上、犬飼と純子が対立していることだ。しかし……犬飼は心底PO対策機構に賛同しているというわけでもないし、僕が純子の側にいった所で、迷惑はかけないだろう)
自身のその考えは、いささか無理矢理な気もしたデビルだが、そういうことにしておく。
(本当にわかりやすい奴だ)
一方で犬飼は冷ややかな気分でデビルを見ていた。
感情の流れを敏感に察知するデビルであれば、よく注意していれば、犬飼のその感情も察知できたであろうが、今の舞い上がってしまっているデビルには、それがわからなかった。
(だからこそ……俺にとってはつまらなくなっちまったんだよ。悪いな、デビル。最後にせいぜい俺を楽しませてくれ)




