15
真とツグミは、近くで戦闘が起こっている気配を感じて、足を運んだ次第だ。偶然たまたま近くにいた。
「ネロ、あんたが何やらよからぬことをしているという話は、PO対策機構の耳にも入っている」
「そ、そうか」
「問いただしても教えてくれそうにはないが、見過ごせない、ヤバいことをしていたんだよな?」
真の問いかけに、ネロは目線を逸らした。その所作が答えになっていた。
(長生きしているわりに嘘をつけない人なんだな。気持ちを隠すのも下手そうだし)
ネロの仕草を見て、真は思う。
「手出しをするなら容赦はしない」
「そっちも僕達の敵だ。助ける気は無いからお構いなく」
ネロが警告を発すると、真はあっさりと答えた。
「糞が……」
意識を取り戻した勤一が立ち上がり、ネロを睨む。
「再開だ」
勤一の方を向くネロ。
凡美が大きく口を開け、ネロに向けてビームを放つ。
ネロは再びビームを受け止めるが、ビームに気を取られた隙をついて、勤一が仕掛けた。
「さよならパーンチ!」
渾身の力を込めて繰り出した拳のヴィジョンが、死角からネロの頭部を襲ったが、ネロはダッキングしてあっさりと避けた。
避ける動作の直後に、ネロが勤一の方に振り返ると、猛ダッシュをかけて勤一に迫る。
無事だった転烙ガーディアンの能力者の一人が、能力を発動させた。巨大な火炎球が勤一の前方に出現したかと思うと、突っ込んでくるネロに向かって飛び、ネロの全身を炎で飲み込んだ。
(今の力凄ーい。遠距離にあんなに大きな火の玉を出すなんて)
ツグミが感心する。高エネルギーを自身の近くから飛ばす能力者がほとんどであるが、離れた距離に高エネルギーを出現させて操る能力はレアであり、中々高度な力だ。実の所ツグミもイメージ体を遠方に出現させる事が可能だが、自分より距離が離れるほど、出すことが難しくなり、ツグミの消耗に繋がる。
しかしすぐに炎球の中から、ネロが飛び出てくる。体はおろか、服さえも燃えた形跡が無い。
「嘘だろ……」
炎球を作った能力者が愕然とする。
(力の膜を自分の体の周囲に張ったな)
真が瞳を赤くして解析を行い、ネロが全く無傷である理由を見抜く。
勤一の体が大きく弾き飛ばされ、再び倒された。ネロはショルダータックルをかましただけだが、常人より遥かに頑強な体を持つ勤一が受け止められない程の突進力を伴っていた。
(あのオンドレイよりもさらに強い……。勝てる気が全くしない。殺される……)
圧倒され、死の恐怖を覚える勤一。
だが恐怖はすぐに打ち消される。勤一が心を奮い立たせて打ち消した。
(ビビるな。殺されてたまるかっ。今は……昔とは違う。今はもう死にたくない)
一時期、自殺することばかり意識していた時期が勤一にはあった。ヒモだった時代だ。死を意識し、いざとなったら自殺して逃げればいいと思っていた。逃げ口があると思えば、気持ちが楽になった。そのおかげで生きてこられた。
(今はあの時と違う。何が何でも生きてやる! 俺だけのためじゃなく……)
凡美の事を意識した瞬間、勤一の中で力が湧く。
勤一がタックルを受けて倒され、凡美が助けに入ろうとした所に、凡美とネロの間に割って入った者がいた。真だ。
「ネロ、僕と遊んでみないか?」
「真……」
真の唐突な行動と申し出に、ネロは微笑を零す。何故かわからないが、清々しく好ましい挑戦であると、ネロには受け止められた。
「何で? 助ける気は無かったんじゃないの?」
不思議そうに尋ねる凡美。
「お前達を助けたわけじゃないよ。何なら三つ巴の戦いでもいいぞ」
真は凡美の方を見ずに、ただじっとネロを見て言う。
「ネロ、誘いに乗る気ですか?」
「す、すまない。この子が呼びかけるなら……応じたい。我儘を言ってすまない」
確認するアジモフに、ネロが告げる。
「勤一君、一旦戦闘ストップ。休んで様子を見ましょう」
「わかった……」
凡美に言われて、勤一は身を起こして大きく息を吐いた。
真が銃を抜く。
「力は使わないのか? 銃で戦う気か?」
ネロが静かに問う。
「何か問題が?」
「ならば……俺も力は使わない」
問い返す真に、ネロが宣言する。
「気を遣わなくていいぞ。銃だけが僕の得物じゃないんだ」
「先輩もわざわざ銃だけが武器じゃないって教えちゃうんだー」
真の台詞を聞き、ツグミがからかうように言った。
真が銃を二発撃つ。頭と胸を狙い、フェイントも行動予測も無しだ。
どうせ再生能力があるだろうし、戦って勝てそうな相手で無いという事も、真は承知のうえで戦いを挑んでいる。ネロがどれだけの力を持つか、自分の力がどれだけ通じるか、単純に計りたかった。
ネロは両手を振るって銃弾を手の甲で弾く。再生能力持ちであるが故、ただの銃弾なら当たっても問題は無い。しかし溶肉液入りの銃弾であることを警戒した。
(反応速度、手の甲の強度、正確さと手を動かす速度、どれも人間離れしすぎだろ。漫画のキャラ並の芸当だ)
内心舌を巻きながらも、真は無表情のままさらに銃撃を行うが、ネロは避けようとせず、手を振るって弾を弾き続ける。
二人が戦っているうちに、凡美が勤一の側へと駆け寄り、棘付き鉄球の力で回復を試みる。
「隙を見て攻撃してもいいんじゃないか?」
ネロと真の戦闘を見て、勤一が言う。
「考えたけど、それをやるとPO対策機構のあの二人が、こっちに牙を剥いてきそうでしょ」
と、凡美。
「そうか……いずれにせよ俺では、あの大男一人にもかなわない」
ネロの戦闘力の底知れなさを思い知り、勤一は恐怖していた。勝ち目は全く無いと感じた。
「私が補佐しても無理ね。PO対策機構の方はともかく、ヨブの報酬の残党には勝てそうにない」
凡美が断言する。
「そ、そろそろこちらから行く」
ネロが呟き声で宣言した。真の耳には届かないほどの音量だったが、読唇術で何を言っているのかが見えた。
ネロが腕を振るう。一応加減はしているがかなり速い。
真は避けようとしたが避けられず、側頭部にフックを食らってしまい、横向きに倒れる。
(あ、浅いか……)
回避が間に合わなかったとはいえ、クリーヒットには至らない一撃だった。ネロは容赦無く追撃をかける。
真の鳩尾を大きな足で踏みつけようとしたネロであったが、すんでの所でかわして、立ち上がる。
立ち上がる最中、袖から透明の長針を抜き、ネロに飛びかかる真。
だが、ネロは軽く腕を払っただけで、真の体を大きく吹き飛ばした。
ネロが短く駆ける。倒れた真との間を即座に詰めると、真の横腹にサッカーボールキックを見舞う。
真はまたしても避けそこなって、痛打を食らってしまった。しかしそれでも動きを止めず、立ち上がる。
(またしても浅い。回避しきれてはいないが、反応して避けていることで、大きなダメージは防いでいる、か。頑張るな)
真の動きを見て、ネロは感心していた。
(こいつは……あのバイパーよりも近接戦闘が強そうだな……)
ネロを見据え、荒い息をつきながら真は思う。
「ううう……真先輩が完全に子供扱いされてる。子供だけど……。いつも強い真先輩のことばかり見ているから、この光景が信じられないし、見たくなかったよう」
両者の差のあり過ぎる戦いを見て、ツグミがぼやく。
(勝てないだろうと思ったけど、ここまで差があるなんてな。さて……それでも行ける所まで行こう。いちかばちか……)
ネロを見る真の眼差しが鋭くなる。しかしネロは警戒する事も無い。見くびっているわけではない。力の差が歴然であるとわかってしまったので、超常の力を使わない限りは、何をしても無理だろうと、これまでの戦いの様子を見て、事実に冷静に判断していた。
今度は真の方から、ネロめがけて駆け出す。
アタックレンジに入る間際で、真の速度が増した。そして横に回り込む。
ネロが裏拳を放ったが、真はダッキングでかわしながらネロの懐に飛び込み、長針でネロの脇腹を突いた。
(急に動きが速くなった。あの速度は……人が出せるものではない。しかし超常の力が働いたようにも見えない。薬物か?)
真の急変を見て、ネロはそう疑ったが、別の考えに至った。
ネロがさらに腕を振るうが、真は後方に大きく下がって避け、そのままネロと距離を取る。
(ああ、そうか。潜在能力のリミッターを自分の意思で解除できる技だな。多用できる代物ではないが)
針で刺された箇所をさすりながら、ネロは真相に気付いた。刺されたというより、ちくりとわずかに突かれた程度だ。毒も無いようである。
真の闘気が霧散する。針を袖口にしまう。銃も懐に入れる。
「一本だけ取り返した。大体わかった。もういいよ」
「そ、そうか……」
真の言葉を聞いて、ネロは微笑を零した。
「ネロ……後ろめたいことがあるようだな」
「わ、わかるか……」
真に指摘され、ネロの微笑が自虐的なものへと変わる。
「あんたの目つきが暗い。あんたは僕と逆で、感情が外に出やすいタイプなんだな」
「そうだな……。たまに言われる」
「雪岡を殺すつもりか?」
「だ、だとしたらどうする?」
ネロの顔から笑みが消え、表情が強張る。
「あいつは僕のものだ。当然護る」
「ひゅーひゅー、真先輩熱ーい」
臆面も無く宣言する真を、ツグミが茶化す。
「お前達は邪魔をするな。あいつを止めるのは僕の役目だ」
「我等ヨブの報酬は罪人を断罪するが責務。雪岡純子は我等の教義からすれば、ヨブの報酬発足以来の大罪人だ。見過ごせはしない」
真の台詞に対し、それまで黙って見ていたアジモフが口を出した。
「あいつに罪があるというなら、罰するのも僕の役目だ。僕が償わせる。でもそれをやっていいのは僕だけだ。僕がそう決めた」
「おい、矛盾してるぞ。それなら何でPO対策機構なんかに与するんだ?」
勤一が険のある声で問う。
「あいつが誤った道を進むから、それを阻んで正すためだ。でも殺すためじゃないし、殺して食い止めようなんて絶対に思わない」
勤一にというより、ネロとツグミを意識して、真は告げた。
「行こう、ツグミ」
真が促し、踵を返す。
「ほいほーい。そしてばいばーい」
ツグミはネロ達に笑顔で手を振り、真の後を追う。
「原山さん、僕達も退きましょう。彼等のことを詳細に報告しないと」
「悔しいが私達ではとても手に負えない相手ですね」
粘液から解放されたPO対策機構の兵士達が声をかけてくる。
「ああ……そうだな。撤退しよう。向こうも今は……追撃してくる様子も無さそうだしな……」
この場を離れる真とツグミと、自分達には目もくれず真の背を見ているネロを見て、勤一は悔しげに顔を歪めてそう判断した。




