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「転烙市庁舎のスパイからの報告だ。ヨブの報酬の残党連中が、何やら暗躍しているらしいぜ」
新居が報告し、同室にいる義久と犬飼が新居の方を向く。
「澤村さんやチロン達にも伝えておく」
義久が断りを入れて連絡を入れる。
(こいつ、すっかり小間使い役だ。しかも自らその役目を受け入れていやがる。全くもって好青年だこと。いや、もう青年じゃねーか)
そんな義久を見て犬飼は思う。
「何やら……って、そいつが何なのかまではわかってないのか。つかヨブの報酬は俺達に背向けちゃったわけね」
犬飼が薄笑いを浮かべて、おどけた口調で言う。
「あいつらはスノーフレーク・ソサエティーにやられちまったからな。そして俺達とスノーフレーク・ソサエティーがつるんでるってんで、もう信用できねーんだろうさ」
新居が面白く無さそうに言った。
「グリムペニスから連絡が来た。また勇気達がデビルに襲われたってさ。デビルは退けたが殺せないんだと」
義久の報告に、犬飼は溜息をつきたくなった。
(これであいつも諦める……かな? あと一回トライして駄目なら諦めるムードだったが。いや、場合によってはまた行くかもなー)
気まぐれすぎるデビルの事だから、その辺はどういう方向に行くか、犬飼にもわからない。
「で、討伐方法の見通しが立ったとよ。雫野流の術師が協力してくれれば、いけるかもしれねーってさ。自分で変なこと言ったけど、それ見通しが立ったって言うのか?」
(みどりか……? いや、チロンの可能性の方が高いが)
さらに報告された内容を聞いて、犬飼はみどりの存在を思い浮かべた。転烙市内にいて、こちらの陣営にいる雫野流の妖術師といったら、みどりとチロンしか思い浮かばない。
「グリムペニスのあの狐のじゃ娘がその術師だから、そいつに任せるか、あるいは真の所にいるみどりって子が担当するって話だ」
今度は新居が報告した。義久と二人してグリムペニスと連絡を取っている。
「みどりは、どういうわけか単独行動してるみたいなんだよなー」
義久が訝る。
「何の目的があって単独行動しているんだか」
それは犬飼も気になっていた。
「勇気をまた狙ってくるなら、そいつをガードにつけておけばいいわけだな」
と、新居。
(いや……もうデビルは勇気を狙う可能性低いんだ。わかんねーけどさ)
そう思う一方で、犬飼はあることを思いついた。
(つまり、また狙わせてみればいいだけの話だな)
にやけ笑いか自然と零れ落ちる犬飼。
(少し仕掛けてみるかな。デビル。お前が対処するか、どういう反応見せるか、そいつを楽しませて貰うぜ?)
心の中で、届くわけも無い声で、犬飼はデビルに語りかけていた。
***
「大石さん、負けちゃったみたいだねー。輝明君達が相手だったって」
市庁舎内の研究所で、純子は霧崎を前にして言った
「ワグナー教授は、御立腹というより諦観しているようで気の毒だったな。本国でも色々と苦労なされたようで、藁をも掴む想いで日本に来て、今度こそ夢がかなうかと思った所で、この仕打ちだ」
非難がましい口調で言う霧崎。
「ううう……そんな言われ方をすると心が痛むなあ……」
「雪岡君が方針をブレさせるから悪いのだよ。契約違反ではないか。ワグナー教授の身にもなって考えてみたまえ」
「いや、契約破棄はしてないけどねー。悶仁郎さんが反対表明はしたけど、はっきりと取りやめにはしないつもりだし」
純子のその言葉を聞いて、霧崎は不穏なことを想像した。
「なるほど。つまりワグナー教授を殺害するのか」
思い浮かんだことをそのまま口にする霧崎に、純子は一瞬驚いて目を丸くしてから、すぐに相好を崩す。
「私はそんなことしないよー。味方を裏切る真似はしないよ」
「勘繰り過ぎだったか。君のことだからそれくらいはやるかと思ったよ。それとだね、市長があの発言をした時点で裏切りなのだよ。少なくとも彼の立場からすればそうだろう。ま、確かにワグナー教授の目的には、私も賛同できんがね」
「でも霧崎教授は自分の目的を叶えるために、ワグナー教授のクローン技術が必要だから、居て欲しいと思っているんだよねえ?」
「思っているよ。違うと言えば嘘になる」
純子の指摘を霧崎はあっさりと認める。
「それならワグナー教授を助けに行った方がいいかもねえ」
「なるほど。大体の筋書きは見えた」
呆れ気味に息を吐く霧崎。
「私が手引きしたわけじゃないよー?」
「わかっていてなお、本人を護る構えも無いのではね。結局見捨てて見殺すという事ではないか」
非難気味に言って、霧崎は立ち上がった。純子の前ではあまり見せた事のない、極めて不機嫌そうな顔だった。
「気に入らないやり方だ。面倒だが、助けに行くとするよ」
淡々と吐き捨てると、霧崎は研究所を出ていく。
「意外と真面目だよねえ。霧崎教授」
霧崎を見送りながら、純子は微笑を浮かべて呟いた。
***
勤一と凡美は、浜谷湯吉と他数名の転烙ガーディアンと共に、市内のとある場所に向かっている。
「見つけましたよ。情報通りです」
「あれがヨブの報酬の残党か」
アジモフとネロの姿を確認し、先頭の浜谷が足を止めて告げると、勤一が二人を睨みつけた。
「少し……話し込んでしまったせいで、見つかってしまったか」
「そのようですな」
ネロとアジモフは転烙ガーディアンの姿を確認しても、平然とした様子だ。二人は陣を張った後、打ち合わせをしていた。
「一華の仇だ。さよならパーンチッ!」
勤一がその場でパンチを繰り出す動作をすると、それに合わせて巨大な拳のヴィジョンが出現し、ネロめがけて飛んでいく。
次の瞬間、勤一は目を剥いた。ネロは片手を上げて、拳のヴィジョンを軽く受け止めたのだ。
拳のヴィジョンが消える。当たればほぼ即死級の威力を持つ一撃であるというのに、ネロの掌は何の変化も見受けられない。
アジモフがネロの前に進み出る。
浜谷の前より、白く光輝く小さな矢が五本放たれる。放物線を描いて飛んでいった矢は、三本がアジモフに当たり、二本はネロを狙ったがかわされた。
闘争心を眠気へと転換する効果を持つ、眠りの矢。しかしアジモフには一切効いている様子が無い。
「あの顔の長い男は……闘争心が微塵も無い……。私の能力が無風状態にされてしまっています……」
アジモフを見て、浜谷が唸る。
「アジモフ。君はまだ出るな」
「承知しました」
ネロに命じられ、アジモフは下がった。アジモフの戦闘力も相当に高いため、よほどの相手ではない限り、引けを取る事は無い。しかしアジモフの術が計画の要であるが故、アジモフが消耗させまいと判断しての指示だ。
「い、行くぞ……。俺が相手だ」
複数の転烙ガーディアンの能力者達を舞うにして、徒手空拳で構えるネロ。
(あいつ……相当強い……)
ネロを見て、勤一は震えを覚える。隣にいる凡美も同様に恐怖していた。二人共それなりに修羅場をくぐっているので、相手が自分達より格段に強いことは、すぐにわかった。
「やってやるよ……」
恐怖を飲み込み、勤一が闘争心を剥き出しにした顔になると、全身の肌が青黒く変わり、筋肉が盛り上がっていく。顔も鬼のようなものへと変わる。
勤一が真っ先にネロに飛び込んでいた。勤一がネロに迫る前に、凡美が口からビームを吐いて、ネロを攻撃する。勤一への手助けのつもりだった。
「むんっ」
ネロは一声唸ると、片手をかざして、ビームを受け止めてしまう。
そこに勤一が肉薄して拳を繰り出してきたが、ネロはその拳も掌で受け止める。
勤一は驚く間も無く、攻撃されて意識が暗転した。ネロは勤一のパンチをキャッチした刹那、思いっきり勤一の顎を蹴り上げたのだ。勤一は空中で何回転もして吹き飛ばされ、地面に顔から落下する。
(嘘でしょ……。あんなにあっさり……)
強敵だということはわかっていたが、それにしてもあの勤一が、こうもあっさりと瞬殺されるとは思ってもみなかった凡美である。東ではPO対策機構の刺客を尽く返り討ちにし、A級サイキック・オフェンダーの中でもツートップと呼ばれる程の実力者であるというにも関わらず、この有様だ。
「主の盟により来たれ。第十八の神獣、猛き愛粘の父蛙!」
ネロが叫ぶ。
巨大なカエルがネロの前に出現した。カエルの全身には粘液がまとわりついており、その粘液がアメーバの如く蠢いている。
転烙ガーディアン数名も一斉に遠隔攻撃を仕掛ける。しかしネロの前にいるカエルの粘液が大きく広がると、全ての遠隔攻撃を受け止め、無力化した。
その後、カエルが跳びはね、転烙ガーディアンの元へと向かっていく。
粘液の塊が大量に飛び散って、転烙ガーディアンに降り注いだ。凡美は手を変形させた棘付き鉄球で防いだが、他の面々は粘液の塊を浴びてしまう。
「何ですかこれは……」
「う、動けん……」
「スライムプレイとか~」
転烙ガーディアン達が唸る。粘液は全身を包み込むように広がり、彼等の動きを封じていた。
(手加減しているのね……。その気になれば殺せたはず。舐められていると見ればいいのか、ありがたいと感じればいいのか……)
その気になれば体内に粘液を侵入させて、彼等を殺す事も出来ると凡美は見た。しかしネロはそうしようとせずに、動きを封じるに留めている。
「加減する必要は無いのでは? いずれ皆死にます」
「お、俺達の計画が成功すればな。失敗すれば……死に損になる」
アジモフが伺うと、ネロはそんな答えを返した。
「ネロ」
と、そこに聞き覚えのある声がかかる。
ネロが声のした方を見ると、見覚えのある二人組がいた。
「嘘鼠……真か」
真とツグミの二人を見て、ネロは目を細めた。




