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二つに分かれたふくの体が、左右に倒れる。切断面から大量の血と内臓が溢れて、アスファルトにぶちまけられる。
「あ、あの滅茶苦茶強い幼女が……真っ二つに……」
「畜生……もったいねえ……。殺されるくらいなら……」
「もうおしまいだ~。うわ~ん」
ふくが殺される様を見て、大石に追い回されていたPO対策機構の三名が震える。
一方、ふくの凄惨な殺され方を見ても、輝明も修も全く動揺していなかった。
高速逆再生のように、零れた内臓と体液が二つに分かれたふくの体に瞬時にして吸い込まれ、体もくっついて元通りになる。
傷痕一つ残さず立ち上がるふくだが、全て元通りではない。服も切断されてしまったので、今のふくは、上着が両肩にだけかかっている状態で他は裸で丸見えという有様だ。
「す、凄い……。あんな物凄い再生能力の持ち主、滅多にいないよ」
「むっふっふっ、眼福だね」
「ケッ、おっさんロリコンかよ。あの歳じゃぺったんこすぎて全然欲情できねーよ」
ネコミミー博士が感心して興奮し、ミスター・マンジは鼻息を荒くして、輝明がミスター・マンジの台詞を聞いて呆れる。
「ちょっとそこの人……。もったいねえってどういう意味よ? 殺されるくらいなら何?」
「い、いや……すみません……。後生ですから聞かなかった事にしてください」
ふくに半眼で睨まれ、発言した男は気まずそうに目を背けながら謝罪した。
大石は無言でまた黒いテープを高速で振るう。
「大した切れ味と追尾性能だけど……それそのものは凄く驚異的な能力だけど」
ふくが喋りながら、一歩下がった。
聖犬がふくの前に踊り出て、黒いテープは聖犬の体を切りつける。
直後、聖犬の体から黒いテープが伸びて、大石の体を切断した。
「ぐあっ!」
袈裟懸けに体を傷つけられた。初めて大石が悲鳴をあげた。激しい出血も、苦悶の形相になっているのも初めてだ。
「凄い切れ味だからこそ、その頑丈な体も切断できたなんて皮肉ね」
「その攻撃反射すげーずるいよな……」
ふくが冷たく言い放つ一方で、輝明が笑いながら、倒れている修を見た。この無敵と思われるカウンターを持つ聖犬を、かつて修は弱点を見切ったうえで倒している。
大石の傷口は塞がる気配は無い。ふくは念のために解析してみる。
(皮膚や肉がただ固いだけでなくて、皮膚の下の肉に薄くて特殊な膜の層が何重にもあるのね。それがマイクロ波も含めてあらゆるダメージを殺していたと。そして膜そのものに力が流れ続けてもいる)
その何重もの膜が、大石の異常な頑健さの正体であると見抜く。
「再生能力は無い……のね。肉体そのものには」
こっそり安堵するふく。もしこれで強力な再生能力もついていたら手に負えないが、その辺は生物的に限界なのだろうと思う。防護膜に力を注いでいるからこそ、再生にまで肉体のエネルギーを回せないのだろうと。
「そのおかげで、再生にエネルギーを回すよりずっと効率的なんだよ。再生能力って大概が、体力の消耗が激しいからね。ミルクはゾル状の肉体の、エネルギーがほとんど消耗しないマウスを作ったけど」
ネコミミー博士が解説する。
「仕留めきれてないぞ。ネタはわかったから、今から気を付ければいいだけだ」
大石がうそぶき、また黒いテープを上に伸ばす。
「妖鋼群乱舞」
黒いテープが振るわれようとした直前に、輝明が呪文を唱え終えた。
昆虫の翅を生やした、メタリックな退避を持つ小人が二十匹以上現れ、大石めがけて飛んでいく。
大石がテープを振るう。ふくは再び転移した。
「む……」
大石が唸る。振り下ろされたテープは空振りだった。例え転移しても、転移した場所めがけて一瞬にして自動追尾して攻撃するが、それはテープの届く距離に敵が存在していた場合の話だ。ふくは輝明のすぐ横にいた。つまりはテープが届かない位置まで転移している。
メタリック小人達が大石の近くまで飛来する。
大石はまた両手を伸ばして鞭のように振るい、メタリック小人達を空中で両断していったが、全てを迎撃はできなかった。
何匹かの小人が、大石の体に張り付いた。そして大きく開いた傷口から、体内へと侵入を試みる。
「うおおおぉぉっ!」
流石にこの攻撃にはたまらず、大石は必死の形相になって絶叫しながら、体内に入ろうとする小人を搔き出していく。
「あがっ……」
大石の動きが止まった。口を大きく開き、血を吐き出す。小人の一人が、大石の食道を破ったのだ。
小人はそのまま肺の中にまで侵入し、掻きまわす。そして心臓も貫かれる。
大石は血を吐きながら膝をつき、前のめりに倒れた。
「ムッフッフッフッ、勝負あったね」
感心したように笑うミスター・マンジ。
(私は私の意思で、この体になった。雪岡さんにお願いされて、彼女の役に立てると知って、喜びの気持ちでいっぱいになりながら引き受けた。悔いはない)
薄れていく意識の中、大石はそう自分に言い聞かせた。穏やかに死ねるようにと、心がけた。その本心が如何なるものであったか、大石は実の所わかっていたが、強引に捻じ曲げ、最期まで自分を偽った。
「テルに美味しい所持ってかれちゃった。ま、いいか。彼氏だし」
「お膳立て御苦労……って、彼氏じゃねーよっ」
ふくが微笑みながら言うと、輝明は憮然として否定する。
「え? 彼氏だったんだね」
「ムッフッフッフ、最近の小学生はマセてるね、チミ。嘆かわしいことだよ」
「俺はこれでも高校生だ」
ネコミミー博士が意外そうに、ミスター・マンジが嫌そうな顔で言い、輝明はよりムッとした顔になって否定する。
「二人共身長があまり変わらないから、輝明君は中一くらいかと思ったけど、高校生で小学生と付き合っているの? もっと問題でしょ……」
「私これでも三桁の年齢生きてるからノープロブレム」
ネコミミー博士が半眼になるが、ふくはすました顔で言ってのける。
「やったのか……」
「でもまだ二人いるぞ……」
大石に追われていたPO対策機構の者達が、倒れた大石と、ネコミミー博士とミスター・マンジを見やる。
「もう僕達に戦う理由は無いよ」
ネコミミー博士が言い、大根を消した。
「むっふっふっふっ、私達は陰体移植者のデータを取りに来ただけだしね。殺されてしまったのは残念だが、戦闘データが取れたからよしとするよ」
ミスター・マンジが両手を広げ、無造作に大石の方へと近づいていくと、大石の亡骸を担ぎ上げた。
「待てよ。気にいらないな……。それではいそうですかと返すと思っているのか? あんたらが僕達の敵である事に変わりはないし」
修が身を起こし、ネコミミー博士を睨みつける。一方的にやられて頭にきているだけではなく、大石をただのデータ収集の実験台扱いする言動にも腹が立っていた。
「やめとこーぜ。修。デブの方はともかく、この猫耳野郎とやるとしたら、俺達もただじゃすまねーかもしれねーぜ」
輝明が修を制した。あるいはふくなら勝てるかもしれないが、それでもこちらに犠牲が出ないとも限らない。
「純子も純子だ。しばらく会わないうちに随分と非道になったんだね。真が悲しむよ」
なおも腹の虫が収まらない修が吐き捨てる。
「純子さんは死に至らせる相手を選んでいるし、強制はしていないよ」
ネコミミー博士は悲しげな表情になって言い残し、踵を返した。ミスター・マンジもそれに続く。
「真の場合キレるだけだろ。それによ、純子は昔からこんなんじゃなかったか?」
言いながら輝明は上着を脱いで、限りなく全裸に近いふくの上に被せる。
「サンキュー、彼氏」
「違うって言ってんだろ。ケッ、親切して損した気分になっちまった」
にっこりと笑いかけるふくに、輝明は悪態をついてそっぽを向いた。




