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マッドサイエンティストと遊ぼう!  作者: ニー太
96 マッドサイエンティストの玩具箱で遊ぼう
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 数日前、大石常雄は純子に呼ばれて、大喜びで転烙市へと向かった。用件は聞かされていない。しかし純子が自分に声をかけてくれた事だけで嬉しい。


「陰体に組み込まれる核となってほしいんだ。ただ、研究はまだまだ不十分だし、陰体の圧力に蝕まれずに済む方法が確立出来ていないし、この実験に付き合った場合、長ければ二週間、短ければ一週間弱で、全身の細胞が陰体に蝕まれて、自我も失うと思う」


 転烙市市庁舎で一年振り以上の再会を果たすなり、純子にそのような頼みごとをされて、大石は多少ショックを受けたが、どこか納得もしていた。


「それは、私に死ねということですか?」

「うん、多分そうなるねー。あるいは陰体となって生きるとも取れるけど。でもこれはただのお願いだし、断ってもいいよー」


 冷静に尋ねる大石に、純子が笑顔で告げる。


「ははは……そりゃ私の命は純子さんに預けた身だから、そう言われると逆らえませんけれど、やっぱりいざ言われると怖いですね」


 乾いた笑い声をあげる大石。


「私はねー、滅多にこんなことお願いしないんだよー? 直接的にハッキリと、死んでなんてお願いはね」

「それはとても名誉なことであると、皮肉抜きで受け取ってよいのでしょうか。だとすれば、私は相当救われます。死に甲斐もあるってもんです」


 それは大石の本心であるが、あえて自分にそう言い聞かせているという部分も強い。恐怖が無いわけでもない。悲しみが無いわけでもない。


「無駄にはならないよ。例え死ぬにしても、陰体と一体化した被験者のデータは無駄にならないからさ。きっと次に活かせる」


 優しい声音で純子が告げる。


「嬉しいことこのうえありませんな。太く短く。それでいいのです。くだらない人生を生きてきた私が、普通じゃ味わえない刺激を何度も味わえた。全て雪岡さんのおかげです。そしてそんな雪岡さんのために死ねる。最高ですよ」


 少し上擦った口調で、大石が述べる。それは本心でもあり、恐怖と絶望を押し殺すための方便でもある。


(私にはどうしてもそれが最高だとは思えないんだけどねえ。自分を他の誰かに売り渡してしまうような人は、どうしても受け付けないんだ。今だってさあ、はっきりと断ればよかったのに、心の整理をつけて私と決別して、自分を取り戻すチャンスでもあったのに、無理矢理自分を殺しちゃったし)


 自分でそう仕向けておきながら、純子は大石に対して呆れていたし、落胆していた。


 大石は三十代半ばのサラリーマンだった。

 家では粗大ゴミ扱いされ、その憂さ晴らしも兼ねて、部下の女性社員と不倫していたら、その社員の身内が裏通りのチンピラで、たかられるようになった。それが家族にもバレ、大石は居場所を失う。


 全てに行き詰って雪岡研究所を訪れ、改造手術を施された大石は、チンピラを殺して部下の女性社員も殺した。勢いでつい妻子も手にかけ、全てを失くしたが、心からすっきりした。


 そして大石は純子を自分の救い主だと心酔し、崇拝するに至る。そんな態度で接してきて、自分を役に立てて欲しいと過剰に売り込んでくる。

 純子はまたこのパターンかと思い、大石に興味を失くした。


 純子は実験台となるマウスを、大事に扱っている。実際、親切で優しく配慮が行き届いているし、何かあればすぐに助ける。当然、自分のために利用もする。マウスになったら、それはもう自分の実験台であり、所有物だと認識しているからだ。だからこそ大事に扱う。

 しかしある条件が整うと、マウスではなくラットとして区分して、放置するか、適当に使い潰す。

 力を得て煩わしい周囲を皆殺しにするパターン。自分を抑圧する全てを破壊するパターン。ここまではいい。真はこれでだけも嫌がっていたが、純子は何とも思わない。しかし自分に心酔するパターン。崇拝しだすパターン。依存するパターン。これらを見ると純子は冷める。ラットに指定する。


***


 左右はビルの壁の袋小路。前方に大石。後方にミスター・マンジとネコミミー博士という挟み撃ちの構図。


「修っ! テルを護って!」


 輝明の後方に敵が出現する格好となったので、ふくが有無を言わせぬ口調で叫んだ。


「こいつは私一人で何とかする!」

 ふくが大石を睨む。


「丁度三対三か」

 修が呟き、輝明のいる方へと駆ける。


(丁度三対三? 相手が計り知れない頑丈さを持つとはいえ、ふくの強さを考えれば、わりと安心して任せられるが……)


 輝明が頭を巡らす。ふくは見た目こそ十歳くらいの少女だが、その正体は、五百年以上も生きる大妖術師だ。ほぼ妖怪に改造されている体の持ち主だ。伝説の魔人と呼ばれる男治遊蔵の娘だ。純子や累とほぼ同等のステージにいる。しかし――


(俺達の相手は、俺達より強そうな気がするんだよなあ……)


 ネコミミー博士とミスター・マンジを見て、輝明は思う。まだ二人は動こうとしない。修が辿り着く前に二人がかりで輝明を襲おうという気配も無い。


「戦いに来たのが目的じゃないんだけどなー」


 憂い顔で大石を見やり、ぽつりと呟くネコミミー博士。


「ムッフッフッ、そうは言っても、実験台があっさりとやられてしまったのでは、データがとれんからねチミ。適度に助けは必要だろうよ」


 修が輝明の横に来たタイミングを見計らい、ミスター・マンジが口を大きく開く。


 大石の膝から再び長い棘が生える。


「おいで、聖犬」


 ふくが呪文を唱え、一体の真っ白な四足獣を呼び出す。全身が白い靄のようで輪郭はぼやけている。頭部に目も鼻も確認できない。大きさは大型猫科肉食獣ほどもある。


 ふくより聖犬が先に大石に襲いかかる。


 大石は膝蹴りを繰り出し、膝から伸びている湾曲した長い棘で、聖犬を突き刺した。


 手応えは無い。まるで空気を攻撃したような感覚に、大石が戸惑う。


 そしてそのまま聖犬に全身が当たりそうになった所で、聖犬の頭から湾曲した長い棘が飛び出し、大石の体に当たった。

 棘は大石の体を貫くことは叶わなかったが、大石はまさかのカウンターにひるんでしまう。


 その隙をついて、ふくは大石の横に転移する。


 転移するなり、気功塊を再び至近距離から放つ。今度は頭部を狙い、先程よりもさらに力を込めて放った。


 大石の体が横転して吹き飛ばされた。


 頭を吹き飛ばすつもりであったが、頭が吹き飛んだらこんな動きはしない。衝撃を受けた頭部を支点にして回転しながら吹き飛び、壁に当たって倒れた。


「卍流星群!」


 ミスター・マンジが口から無数の小さな玉を吐き出す。


 しかし玉は輝明と修に届く前に、輝明の周囲を回転する五つの光球によって全て弾かれた。


 いつの間にか大根を両手に携えたネコミミー博士が、二人に向かって駆け出す。大根には光るルーン文字が一列に刻まれている。


 修がネコミミー博士の前に立ちはだかり、木刀を上段に構える。


(これは……僕では勝てない)


 ネコミミー博士と対峙しただけで、修は直感した。自分より数段上の実力者だと。いや、比較するのもおこがましい程に差があると。


 恐怖で動きと反応が鈍った修の懐に、ネコミミー博士が飛び込み、素早く体を反転させて、刃物で切り付けるかのような仕草で、二刀流の大根を横薙ぎに振るう。


 修の体が横に吹き飛ばされ、壁に激突する。当たったのは肩と腕と背中で、頭が当たるのは何とか避けた。


「星屑散華」


 輝明の掌から金平糖の散弾が放たれる。狙いはネコミミー博士だ。


 ネコミミー博士は素早く振り返り、両手の大根を振り下ろす。衝撃波が生じて、散弾が全て弾かれる。


「卍ボール!」


 口から色とりどりのゴムボールのようなものを次々と飛ばすミスター・マンジ。これまた回転する光球によって全て防がれる。


(相手を見誤った? 私があの猫っぽい子の相手した方がよかったかも。あの子が一番強い。下位のオーバーライフ級の力が有りそう)


 振り返り、修が倒れている様と、大根二刀流のネコミミー博士を見て、ふくは思う。


 異様な気配を感じ取り、ふくはすぐに大石の方を向いた。


 割れた額に覗く黒曜石のようなものから、虹色の光沢を帯びた短く黒い帯状のものが生じて、曲がりくねりながら伸びていく。まるで油がテープとなって宙に漂っているかのようだと、ふくは感じる。


「むっふっふっふっ、ようやく陰体の力を使う気かね」


 その様を見て、ミスター・マンジが笑う。ネコミミー博士も修と輝明から視線を外し、大石の方を見る。


(力が凝縮している。ヤバそう)


 ふくがそう感じた刹那。空中に漂う黒いテープが高速で一瞬にしてぴんと空高く伸びる。


 攻撃が来る気配を感じ、ふくは転移した。


 転移したその瞬間、大石の眉間から伸びた黒いテープが、ふくの頭上から振り下ろされた。


(私の動きが完全に読まれてた? そういう能力? 完全自動追尾? マーキングされてロックオン?)


 驚き、高速で思考を回転させている最中、ふくの思考は途切れる。振り下ろされた黒いテープ状のものによって、ふくの体が頭から股間にかけて、真っ二つに両断されていた。

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