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悶仁郎のクローン製造販売に反対する声明を受け、クローン製造の指揮を執っていたフォルクハルト・ワグナーは、純子の元に訪れた。
「一体どういうことかお聞かせ願えませんか? 私はこのために転烙市を訪れ、これまでクローン製造に携わってきましたし、そちらに多くの技術供与も行ったのですよ?」
霧崎、純子、悶仁郎の三名を前にして、ワグナーは穏やかに抗議する。
「内部にも反対する人は少なくないし、PO対策機構にも目つけられちゃってるよねえ」
「奪えるだけ奪って、私はもうお払い箱という事ですか?」
「そこまで不義理なことはしないよー。もし公に販売禁止になったとしても、何らかの抜け道は容易するつもりでいるからさ」
問い詰めるワグナーに、純子が答える。
「おいおい、抜け道を用意するつもりなのか……」
悶仁郎が渋い表情になる。
「話が違いますね。市として販売を推す形にするという契約でしたよ」
「そうじゃな。故に拙者は禁止に踏み切ってはいない。しかし反対を表明するのは自由じゃろ」
なおも食い下がるワグナーに、悶仁郎が告げる。
「ずるずるとなし崩し的に禁止に持っていくため、足掛かりを作ったのでしょう?」
「いずれにしても、今はまだ禁止には踏み切らないよ」
「今は――ですね。もう貴方達の中では、クローンの製造販売を禁止にすることが決定事項になっているのではないですか? 日本には長く滞在していますからね。日本人のやり方はよくわかっていますよ。それでも私にとって、この国が世界中で最も過ごしやすい国ですが」
「日本人がよくやるやり方かもしれんが、雪岡君はそうしたやり方を好まんよ」
指摘するワグナーに、それまで黙っていた霧崎が口を出した。
「公に販売する事にこだわりたい? 裏で販売するんじゃ駄目なのかな?」
「認められているか認められていないかで、大きな違いが有ります。私はクローンの製作と買い取りを、世の中に認めさせたいのです。それで幸せになる事もあれば、救われる事もあるのです。いや、多くの人が幸せになれると信じています」
純子に問われ、ワグナーは熱っぽく語る。
(家族を失い、今は家族のクローンと幸せに暮らしていると聞いた。しかし……彼は本気でそれを幸せだと思っているのだろうか?)
霧崎はワグナーを見て疑念を抱く。今の家族は、クローンによる代替品だと意識が棘のように刺さっているからこそ、ワグナーはクローンの普及に取り憑かれ、クローンを世に認めさせる事で、自分の心に言い聞かせようとしているのではないかと。
***
灰色の怪人は追い詰めていたPO対策機構の三名に背を向け、輝明達に向かって駆け出す。
修とふくが前方に立ち、近接戦で応じる構えを取る。
まだ距離が開いている位置で、灰色の怪人が跳躍する。膝蹴りを出すかのように、空中で大きく足の膝を突き出す。すると膝から生えていた長い棘が発射される。
修が飛ばされて来た棘を避ける。
灰色の怪人はもう一度跳躍し、もう片方の膝の棘も飛ばす。
今度はふくを狙ったが、ふくも難無く避ける。
「うおっ」
ふくが避けた棘が、輝明に当たりかける。輝明は慄きながら、際どい所で回避した。
「危ねーな。後衛に攻撃届いちまってるぞ。弾くか受け止めるか食らうかして止めろよ」
輝明が要求したが、修もふくも反応しない。
「かわした後の棘にも気を付けろ!」
追い詰められていた転烙ガーディアンの一人が叫び、三人は地面と壁に刺さった棘に注目した。
「ペンタグラム・ガーディアン」
輝明がそれぞれ色の異なる光球五つを呼び出し、自分の周囲を回転させる。
赤い棘が輝きを帯びたかと思うと、爆発し、狭い路地裏に炎を撒き散らす。
輝明は光球で防ぎ、ふくは素早く避けたが、修はズボンに炎が燃え移った。
「くっ……」
修が小さく呻く。叩いて消している余裕は無かった。すぐ前方に灰色の怪人が迫っている。
(この燃え方を見ると、棘の中に油か何か、引火性の液体が混じっているみたいね)
そこかしこに飛び散って燃えている炎を見て、ふくはそう判断する。このままだと建物に燃え移り、火事になる可能性もあるが、当然後回しだ。まずは目の前の敵に集中する。
服に火がついてひるんでいる修の姿を一瞥したふくが、先に飛び出して灰色の怪人を迎える。
灰色の怪人が両腕を振るうと、小さな赤い棘が沢山ついた腕が伸び、鞭のようにしなる。
ふくは灰色の怪人の懐に飛び込むと、両手の掌を全面に押し出し、掌から凝縮した気功塊を放った。
確かな手応えを感じた。最高の当たりだとふくは思った。常人が食らえば、体中の骨を砕かれ、内臓破裂も数ヵ所起こしていておかしくない威力の一撃だ。
しかし至近距離から強烈な攻撃をクリーンヒットさせたにも関わらず、灰色の怪人は少しよろけて後退したに過ぎない。動きは一瞬止まったが、倒れる気配は無い。その表情にも変化が無い。
修がふくの横を通り過ぎ、灰色の怪人めがけて突きを繰り出す。
ふくの一撃が多少の効果があったのか、怪人は避けられず、木刀の突きを喉に食らった。
修の木刀が大きくぶれて弾かれる。修も体勢を崩す。
「な、何だ……。この硬さ。まるで鉄の壁だ」
修は手の痺れを覚えながら、本能的に灰色の怪人と距離を取った。動揺と同時に恐怖の念が確かに生じていた。
「隋分な頑丈さね。じゃあ……体の中からシェイクしたらどう?」
ふくが言い、マイクロ波を放つ。灰色の怪人の体内の水分が高速振動し、熱が上昇していく。
(あれをやっているのか)
かつてふくから同じ攻撃を食らったことを思い出し、怖気が走る修。
「これ……は……」
灰色の怪人が低い声で唸った。体に明らかな変化が生じており、灰色の怪人は全員に熱と痛みと倦怠感が生じている。
「喋れたのか」
輝明が思わず笑う。
「これでも一応……人間だからな。ちゃんと名前もある。それとも元人間と呼ぶべきなのか? 大石常雄。それが私の名だよ」
大石が名乗った瞬間、ふくがこっそりと呪文を唱え終え、次の攻撃に移っていた。
「修はもっと離れて!」
ふくが叫ぶと、ふくと大石のいる周囲のアスファルトが、粘菌で覆われ、さらには盛り上がっていく。
四方八方から粘菌が高く伸びあがり、ふくと大石の二人を同時に包みこまんとする。
「ふんっふんふんっ」
大石が唸りながら、伸びた両手を高速で振るい、粘菌を振り払わんとするが、増殖する粘菌の勢いを殺しきれず、やがて大石は粘菌の中に取り込まれた。
「やったか……?」
追われていた転烙ガーディアンの一人が、強敵がとうとう倒れたかどうかという場面の、常套句を口にする。そして自分が口にした台詞に、はっとした。漫画でもアニメでもゲームでも、この台詞が出た時、大抵相手は無事である事を思い出したのだ。
「ふくは大丈夫なの?」
「ケッ、自分もろともなんて手を使うほど追い詰められてねーだろ。そんな間抜けな術使うかよ」
案ずる修に、輝明がやたら目立つ八重歯を覗かせて告げる。
輝明が言ったその三秒後、粘菌が大きく上空へと噴き上がった。
その場にいるのはふくだけだ。驚いて頭上を見ている。他の者達の視線も上に向けられる。
ちりぢりになった大量の粘菌と共に、大石の体も宙を舞っていた。そして雑居ビルの窓に手をかけ、ビルに張り付く格好になって、ふく達を見下ろす。
「人喰い蛍」
輝明が雫野流の術を発動させる。大量の小さな三日月状の光滅が湧いたかと思うと、大石のいる方へと一斉に飛来する。
大石は避けようとしなかった。何百もいる人喰い蛍の直撃をその身に受け、平然としていた。
「マイクロ波もそれほどは効いていなかったし、今の粘菌の浸蝕による体力低下作用も、あまり効いてない。こいつ、どんだけタフなの……」
大石を見上げてふくが呆れる。
「それだけじゃねーよ。頑丈さが増してきてねーか? 最初のふくの攻撃にはちょっとよろめいていただろ。それなのにあれだけ大量の人喰い蛍を浴びてへっちゃらだぜ? 衝撃タイプと貫通タイプでの攻撃の違いあるけど」
「一時的にだが、戦っていると体が順応してきて、皮膚も肉も常より固く厚くなる。しかしこれは私に限った話ではない。生物が普通に備えている能力だ。私の場合、それが極端ではあるが」
輝明の指摘を、大石自ら肯定する。
(そしてこいつ、三対一で守勢に回っていて、2パターンの攻撃しか見せちゃいねーが、何かヤバいことしてきそうな気がする)
大石の奥の手を警戒し、すぐに対応するつもりで、輝明も手出しを少し控えている。
「誰か来る」
修が言い、輝明の後方を向いた。
輝明、ふく、そして大石と三人の転烙ガーディアンも、路地裏の入ってきた方を見る。
「お、やってるねー。丁度いい所にきたものだよ。むっふっふっふっ」
太った体をオレンジのラバースーツで包み、さらにその上に白衣まとった男が、泥鰌髭をいじって笑いながら歩いてくる。
「一人で六人と戦ってたの? いや、その前にも何人か斃しているみたいだし、凄いねえ」
太った男の後ろからは、猫耳猫尻尾を生やした短パン姿で白衣を纏った少年が歩いてきて、大石を見上げて感心した。
「ミスター・マンジにネコミミー博士、助けにきてくれたのか」
現れた二人を見下ろし、大石が他人事のような口振りで言った。




